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19日目

未来の老婆

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 夜会の関係者が一人連行されたが、パーティーは中止にならずに最後まで続いた。
 父親の代わりに料理やテーブルの片付けを終わらせると、カノンは男爵の屋敷を出た。

「遅くなりました。早く帰ってドラゴンにエサをやらないと」
「……ちょっとお嬢ちゃん。こっちにおいで」
「はい? えーっと、何でしょうか?」

 サメ型飛行船で急いで帰ろうとするカノンを、長い金髪の老婆が呼び止めた。
 真っ赤なフードを頭から被っていて、フードの隙間から髪が垂れている。
 手には小さな針時計が埋め込まれた、真っ白な木の杖を持っている。

「あんた家に帰るんだろ。死にたくないならやめときな」
「え⁉︎ 私、死ぬんですか⁉︎ 知らなかったです!」

 老婆の言葉にカノンは驚いているが、大抵の人間は死ぬ日を知らない。
 見るからに怪しい老婆に驚くべきだ。

「正確には半殺しだね。あんたが作った精霊にやられるんだよ」
「精霊ですか? だったら大丈夫ですよぉ~♪ 最強のドラゴンにキチンと見張らせています。お婆ちゃん、もしかしてお隣さんですか? 飼育ケースに入れているから大丈夫ですよ」
「はぁ~~~、私がこんなに馬鹿なんて知らなかったよ。ハイッ!」
「はふう!」

 老婆が深く長いため息を吐くと、カノンの右頬を左手で高速ビンタした。
 目にも留まらぬ早業に、カノンはフラついている。

 時精霊は飼育ケースから逃げて、偽ドラゴンは簡単に倒されている。
 だが老婆が怒っている理由は、お隣さんだからじゃない。
 真っ赤なフードを取ると老婆が自己紹介した。

「私は未来のカノン・エロエストだよ」
「えっ……お婆ちゃん、頭大丈夫ですか?」
「グーで殴るよ!」
「ごめんなさい!」

 老婆の振り上げた拳から本気が伝わったようだ。急いでカノンは謝った。
 老婆が怒れる拳を下ろすと、未来からやって来た理由を話し出した。

「私は今から50年後の未来から、この時の杖を使って来たんだ。これから起こる不幸な未来を変える為にね」
「これから起こる不幸ですか? もうお父様は捕まりましたよ」
「それは始まりでも何でもないよ。不幸の途中だよ。お父様は二度と帰って来なかった。そして、私は時精霊にやられた後に、教会に捕まるんだ。新種の凶悪な魔物を作った罪でね」

 嘘のような、本当のような話だが、カノンは信じたようだ。
 未来の自分に助けて欲しいと頼んでいる。

「えー! そんなの嫌です! どうにかしてくださいよ!」
「それを止めに来たと言っただろ。まったく人の話はキチンと聞けないのかい?」
「聞いてますよぉー。どうやって止めてくれるんですか?」

 助けてくれるなら、過去の自分でも、未来の自分でもどっちでもいい。
 なんなら誰でもいい。カノンは助かる為の方法を老婆に聞いた。

「何言ってんだい。私は助けることは出来ないよ。あんたが自分でやるんだよ」
「えー、じゃあ、何で来たんですか?」

 だけど、老婆は助けてくれないらしい。
 これから起こる不幸を教えに来ただけなら、家に帰らないようにするしかない。
 それだけで時精霊にやられずに済むし、教会に捕まらないで済む。

「あんたが一番最適だったからだよ。いきなりやって来て、未来のカノンだと言っても信じないだろ?」
「大丈夫です。全然信じてませんから」

 カノンは堂々と信じてないと言った。
 カノンは殴られたくないだけだった。

「ああ、そうかい。どっちでもいいよ。助かる方法は簡単だよ。まずはこの時の杖で過去に戻って、お父様が雑草酒を作るのを阻止するんだ。そうすればお母様と離婚しなくなるからね」
「なるほど。良い手だと思います。じゃあ、頑張ってくだ——はふう!」
「あんたがやるんだよ!」

 信じなくてもいいけど、帰るのは駄目らしい。
 怒れる老婆の高速ビンタが、カノンの左頬を襲った。
 またカノンがフラついている。

「うぅぅ、暴力ババアです」
「生きて帰りたいなら私の言う通りにするんだよ。過去に戻ったら、自分を探して、合成スキルを使うんだよ。過去の自分と一緒になれば、それで時の干渉を受けなくなる。私がやると42歳のカノンになるから、あんたがやるんだ。分かったね!」
「暴力反対です! うぅぅ、今が一番不幸です」

 老婆が確認の為に拳を振り上げた。
 カノンはキチンと聞いていたようだ。キチンと防御している。
 時の杖を受け取ると、老婆が指定する過去に戻ることにした。

「えーっと、5ヶ月前の……はぁー、早く帰りたいです。いつまで付き合えばいいんですか?」
「こら、集中しな! 槍で串刺しにするよ!」
「はーい」

 ボケた老婆のおままごとに、カノンは付き合っている気分だったが、それは間違いだ。
 白い杖から溢れる球状の魔力に包まれると、杖に嵌め込めれている時計の針が回り始めた。
 あっという間に5ヶ月前の世界に送られた。
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