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20日目

酒工場見学

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「ここならバレないですね」

 部屋から脱出したカノンはサメ型飛行船で、屋敷の屋根に移動した。
 屋敷からエリックが出て来るのを待って、後をつける予定だ。
 どこで酒を作っているのか知らない。

「もぐもぐ……」

 全然出て来ないから、屋根の上で朝食を始めた。
 パンと果物を食べて待っているが、聞いた方が早い。
 酒造り中のカッコイイお父様を見たい、とか言えば喜んで連れて行く。

「あー、フローラ姉様でした。お父様、起きるの遅すぎませんか?」

 屋敷から女性使用人と出て来たのは、長女フローラだった。
 使用人二人とジョウロを持って、花壇の花に水を与えている。
 カノンはパトラッシュと庭の散歩、フローラはジョウロで花の水やり散歩だ。
 我儘な次女ミランダは日に焼けるから、部屋で自分磨きの睡眠中だ。

「カノンお嬢様ぁー! カノンお嬢様ぁー!」
「居ませんね。まさか屋敷の外に逃げたんじゃ?」
「お嬢様の身体じゃそれは無理でしょう」
「はぁ、はぁ……門には来ていないそうです」
「屋敷の中に隠れているのよ。早く見つけてお庭三周よ!」

 怖い顔の使用人達がカノンを探し回っているが、屋根の上までは探しに来ない。
 安心して父親が出て来るのを待っていると、やっと出て来るようだ。
 一頭引きの小さな馬車が玄関前に停まった。

「よぉーし! 尾行開始です!」

 屋敷の中から金髪のエリックが出て来て、馬車に乗り込むと馬車が動き出した。
 カノンもサメ型飛行船に乗ると、上空からの尾行を始めた。
 かなり目立つ尾行だが、新種の未確認魔物として報告されるだけだ。

「結構小さいです」

 馬車は二階建てのレンガの建物で止まった。
 縦長横長の酒工場で、黒い三角屋根をしている。
 製造した酒は即出荷されるから、保管する広い建物は必要ない。
 馬車からエリックが降りると、工場の中に入って行った。

「エリック様、下準備は出来ています。今日もよろしくお願いします」
「エリック様、納品はまだかと、酒場から催促の連絡が届いています」
「エリック様、レベリン子爵様から夜会用の特別な酒の注文が入っています」
「ああ、分かっている。納品分は今日作る。子爵の酒は複数の酒を混ぜて渡せば問題ない」

 穴の開いた屋根から見る父親は大人気だ。
 灰色の作業着を着ている男達に囲まれている。
 困った顔で指示を出しているが、仕事量が自分が出来る量を軽く超えている。
 仕事なんて投げ出して逃げ出したい、そんな疲れた顔をしている。

「うーん、雑草酒を阻止すればいいんですよね。でもお酒は作らないといけないから……」

 老婆の指令は雑草酒造りの阻止だ。
 雑草を使ったら駄目と、父親に注意したら聞いてくれるかもしれない。
 雑草を盗んだり、工場を破壊したり、エリックを拉致監禁しても、雑草酒造りは阻止できる。
 でも酒を作らないと、酒を待っている人達に怒られるに決まっている。

 注文した酒場はもちろん、貴族や酒愛好家、妻のロクサーヌも黙っていない。
 雑草酒造りは阻止してもいいが、酒造りを阻止したら駄目だ。
 エリックから酒造りを取り上げたら、存在価値はほとんどない。

「あー、なるほど。私が手伝えばいいんですよ!」

 カノンは考えた結果、工場で働くことに決めた。
 屋根に開けた穴を修復すると、工場の小さい方の扉を叩いた。
 すぐに灰色の作業服の男が、外開きの扉を開けて出て来た。

「はい、何のご用でしょうか?」
「すみません。この工場で働かせてくれませんか?」
「あー、すみません。従業員は足りているので、申し訳ありません——うっ!」
「まだ話は終わってませんよ」

 果物や野菜を切る人手は足りている。
 男は軽く謝りながら、扉を閉めようとした。
 だが、目の前の女が素早い動きで、扉を掴んで止めた。
 もの凄い力だ。扉がピクリとも動かない
 只者じゃない。
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