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25日目

パトラッシュ反抗期

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 早朝に起きると、カノンとナンシーは訓練所に向かった。
 早朝訓練ではなく、夜に訓練所に預けたパトラッシュを迎えに行っている。
 昨日、無様に逃げ出したから、二度と逃げ出さないように鍛えている。

「はいはい、もう大丈夫ですよ」
「クゥーン、クゥーン」
「よしよし、レベル45になっていますね。約束通り、外に出してあげますね」

 パトラッシュは背中を撫でる飼い主ではなく、ナンシーに身体を擦り付けて甘えている。
 飼い主にはHPが自然回復する服を着せられて、訓練所に放り込まれた。
 死なないようにしているが、立派な動物虐待だ。

「カノンお嬢様、ミランダお嬢様のお手伝いはしなくてもいいんですか?」

 サメ型飛行船を出しているカノンに、ナンシーは聞いた。
 これからルセフの家に行くが、ミランダが何をしているのか知らない。

「ん? 別に負けてもいいんじゃないですか? 死ねとか言われないですよ」

 だけど、カノンにそのつもりはないようだ。
 全然心配していない。むしろ負けてもいいと思っている。

「それはそうですが……変なお願いをされないか心配じゃないですか?」
「大丈夫です。本当に変なお願いなら、姉様は絶対に言うこと聞きません。何でも言うことは嘘です」
「まあ、それはそうですけど……」

 ルセフよりもミランダの方が、変なお願いをしそうで心配だ。
 どちらか勝たせないといけないなら、ルセフの方がいい。

 飛行船に乗り込むとルセフの家に向かった。
 飛行船で裏庭に降りると、鉄剣をジャンが振り回していた。
 兄が昨日帰らなかったら、人喰いサメを攻撃していただろう。

「朝から何だよ。またにいちゃんを誘拐に来たのかよ」
「あっははは。違いますよぉ~。今日はキチンと待ち合わせして来ましたよ」

 昨日の誘拐は否定しないみたいだ。飛行船から出て来たカノンは笑っている。

「クゥーン、クゥーン」
「何だよ、お前? 食べ物はやらねえからな」

 ルセフとウェインを待っている間に、パトラッシュはジャンに駆け寄ると甘え始めた。
 この家でお留守したいようだ。昨日の廃都は猛犬がいるから怖い。

「食べ物ならありますよ。パトラッシュ、牛と竜の合い挽きハンバーグですよ」
「ワフッ!」
「んー、竜は目玉焼きで飽きちゃったんですね」

 鉄皿に出されたソースたっぷりのハンバーグを、パトラッシュは拒否した。
 味ではなく、お前の料理を食いたくないだけだ。

「犬のくせに我儘な奴だな。食べないなら俺が貰うぞ?」

 パトラッシュはワンともクゥーンとも言わない。
 ジャンは鉄皿の美味しそうなハンバーグを持ち上げて、普通に食べた。
 朝稽古でお腹が空いている。美味しそうな匂いには勝てない。

「美味っ! 犬のくせにこんな美味いもん食ってんのかよ! あー、シリカは良いよなぁ~。三日も美味いもん食い放題なんだから」

 妹のシリカはミランダを、屋敷に泊まり込みで監視している。
 ジャンは羨ましいみたいだが、期待するほどの料理は食べれない。

「じゃあ、今日の探索に一緒に行きますか? この参加申し込み書に署名すれば行けますよ」
「マジで! 行く行く! 行くから、昼飯と晩飯出せよ!」
「そのぐらいいいですよ。朝飯にオヤツも付けます」

 参加申し込み書ではない。パーティ申請書だ。
 署名すると二度と脱退できないから、覚悟が必要だ。
 参加特典として、勝手にレベルが上がるという副作用がある。
 寝ている間にルセフのレベルは、45の最大レベルになってしまった。

「クゥーン、クゥーン!」
「何だよ、邪魔するなよ。上手く書けないだろ」

 申請書に署名しないように、パトラッシュはジャンの黒いズボンを噛んで引っ張った。
 安全な場所で一緒にお留守番したい。だけど、カノンに身体を掴まれて阻止された。

「パトラッシュ、もう一度訓練所に行きたいんですか?」
「ワァーン‼︎」

 朝まで無限に増え続けるスライムは倒したくない。
 脅されて大人しくなったパトラッシュを、カノンは引き摺って飛行船に放り込んだ。

「まったく、甘えん坊なんだから。遊び相手が必要ですね。猛犬とドラゴンのどっちが良いですか?」
「クゥーン、クゥーン!」
「ふふふっ。遠慮しなくてもいいですよぉ~。良い友達を捕まえてあげますね」

 お友達が欲しいわけじゃない。どっちも嫌だ。パトラッシュは首を左右に振った。
 おそらく伝わらないだろうが、意思表示はとっても大事だ。
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