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前編・後

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「こ、ここですね……」

 ゴクリと喉を鳴らして、昼なのに暗い街の路地裏に覚悟を決めて入って行く。路地裏は酒や煙草の臭いが漂い、ネズミを猫が追いかけている。こんな最悪な環境に奪うプロの人達が暮らしているそうです。

「よぉ、姉ちゃん。金くれよ」

「ひぃぃ⁉︎ す、すみません、お金は無いんです!」

「へっへへ。じゃあ、服でもいいからなんかくれよ」

 地面に寝ていた汚い服を着た歯の抜けたおじさんが、横を通り過ぎようとすると声をかけてきた。怯えながらもお金がないと断ると、すぐに服を寄越せと言ってきた。
 流石はプロです。道を歩くだけで奪われるなんて思っていませんでした。

「すみません、奪うプロの方ですよね? これで上手な奪い方を教えてくれませんか?」

 野良犬に怯えながら餌を与えるように、おじさんにジャガイモを差し出してお願いする。お金は無いので、私があげられる物は野菜しか残っていない。
 おじさんはジャガイモをパシッと奪い取ると皮ごと丸噛りして、ムシャムシャ食べながら表通りを指差して言ってきた。

「ガフッ! ガフッ! ぺぇっ……やめときな。女子供がやるような仕事じゃねぇ。大怪我する前に日の当たる場所に帰るんだな」

 おじさんは不気味な笑みを浮かべている。その笑みに私は怯えてしまうけど、私も中途半端な覚悟でここまで来たわけじゃない。簡単には引き下がれない。もう一個ジャガイモを渡して頼み込んだ。

「お願いします! 奪われる人生を終わりにしたいんです!」

「……チッ、後悔しても知らねぇぜ。この先に『フルハウス』という名の酒場に、ダニーとジェシーという金貸しがいる。チンピラの俺よりも何十倍も稼いでいる正真正銘のヤバイ奴らだ。教わるなら本物のプロに教わるんだな」

 おじさんは仕方ねぇといった感じに舌打ちすると、人差し指の先を微妙に左に曲げて教えてくれた。きっと真っ直ぐに進んで左に行けば酒場があるんだろう。
「ありがとうございます」とおじさんにお礼を言うと酒場を目指した。
 
「きっとここですね……」

 汚い木製の建物の壁には、斜めに傾いた状態でフルハウスと書かれた看板がぶら下がっている。
 勇気を出して店の中に入ると、ガラの悪い男達が口の中の物をくちゃくちゃ鳴らしながら私の方を見てきた。男達のほとんどが睨んでいたり、下品な笑みを浮かべている。
 そんな男達の中から私はカウンターの中の酒場の主人に話かけた。

「あのぉ……この酒場にダニーさんとジェシーさんという人はいませんか?」

「……やめときな。頭を冷やす水ぐらいはタダで出してやる。それを飲んだらお家に帰るんだな。あんな奴らから金を借りたら骨の髄までしゃぶられるだけだぜ」

 黒い口髭に右目に眼帯を付けたマスターが、チラッと私を見た後に渋い声でそう言ってから、ドン! とコップ入った水を叩きつけるように出してくれた。ゲラゲラと酒場にいる男達が笑い声をあげている。
 ここまで来て負けられない。コップの水を一気に飲み干すとドン! と叩き付けてお願いした。

「ぷはぁ! お願いします! プロの奪う技を教えて欲しいんです! ダニーさんとジェシーさんはいませんか!」

 店の男達に聞こえるように大声でお願いした。この中に探している二人がいるなら反応してくれる。

「……やれやれ、水で悪酔いしてやがる。水で酔われたら商売あがったりだ。おい! このお嬢ちゃんがお前達を探しているそうだ。店の中で騒がれるのは迷惑だ。お前達が家まで送り届けてやれ」

 マスターが私を面倒くさそうに見ると、店の奥のテーブルで飲んでいる二人組を指をクイクイと折り曲げて呼んだ。
 二人は三十代ぐらいで黒髪と赤髪で髭は生やしていない。着ている服は一般的な物で高級な装飾品は身に付けていなかった。私には人にお金を貸せるようなお金持ちには見えない。

「くそぉ、仕事の前に一杯飲んでいたのに邪魔しやがって……」

「さっさと仕事しろって事だろうよ。それに見物客がいる方が面白そうだ」

「あぁ、分かったよ。おい、お嬢ちゃん。授業料はいくら払えるんだ? タダで教えて貰えるとは思ってねぇよな?」
 
 肩まで女みたいに赤髪を伸ばしている男が嫌々椅子から立ち上がってやって来る。スッキリした黒髪の男はそんな赤髪を宥めている。
 赤髪が目の前までやって来ると手を出して報酬を聞いてきたので、ジャガイモを全部渡してあげた。

「お金が無いので、これしかあげれません」

「はぁぁ……マスター、フライドポテトだ。薄切りで頼むぜ」

 カゴごと渡したジャガイモを赤髪は溜め息を吐きつつ、そのままカウンターのマスターに渡した。どうやら交渉成立みたいだ。これで奪う技を直接教えて貰える。
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