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中編・前

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「嬢ちゃん、まずは初級編だ……」

 そう言って赤毛のセミロングヘアのジェシーが、借金の取り立て先の説明を始めてくれた。
 飲んだくれの旦那は酒を購入する為にダニーとジェシーにお金を借りたそうだ。旦那には奥さんと十六歳の娘がいて、今日はたっぷりと利息が溜まったので、貸した金の三十倍のお金を取り立てるらしい。

 ……私なら貸したお金と同じ金額しか取り立てる事が出来ない。流石はプロです。
 二人を尊敬の眼差しで見つめて、後ろを歩いて行く。そして、石造りの一軒家に到着した。

「ジョーイ! いるんだろ? 約束の日だ、さっさと扉を開けて、貸した金を返して貰うぜ」

 ドンドンドンと木扉を壊れる勢いで叩いて、ジェシーは呼びかける。家の中からは物音一つしないので留守のようだ。帰るまで待つしかない……

「ダニー、油だ! 出て来ないから丸焼きにするぞ!」

「ああ、すぐに買って来る」

「ジョーイ! 早く出て来ないと寝る場所も無くなるぞ!」

 そう思っていたのに、二人は家の中に人がいると思っているみたいだ。家の中まで聞こえるような大声で脅している。その声に反応して、近くの家の人達が次々に外に出て来ている。
 ジョーイの家が燃えたら、飛び火で自分の家にも被害が出てしまうと心配しているみたいだ。

 そして、ジョーイの家の木扉も……

「わ、分かったっ! 分かったから家を燃やさないでくれっ!」

 バンと勢いよく開くと、袖無しの白いシャツを着た男が鍋を頭から被って現れた。
 居留守を使っていたようだ。

「当たり前だ。家も金になるんだ。燃やすわけねぇ。お前が早く開けないから油代も追加しておくぞ」

「は、はい……」

 ……凄いです。油も買っていないのに油代まで貰えるなんて……。

 ジェシーは怯える男を手で突き飛ばして家の中に入って行く。私もダニーと一緒に家の中に入った。
 家の中はさっきの酒場よりも酒臭い。そんな家の中には怯えるジェシーと同じように、不安な顔で怯える女性が二人いた。奥さんと娘さんだと思う。

「ジョーイ、金はどこにある? 三百万ユールだ。さっさと出せ」

 女性二人は気にせずにジェシーは借金の取り立てを開始した。

「そ、そんな⁉︎ 俺が借りたのは十万ユールです! そんな大金借りてない!」

 ジョーイは言われた金額に驚いて腰を抜かしてしまった。私のお父さんの月の給料が十八万ユールぐらいだから、給料十六ヶ月分のお金をいきなり払えと言われても無理だと思う。

「おいおい、ジョーイ。酔っ払って何も覚えてねぇとか、そんな下手な芝居が俺達に通用するとか思っているのか? ダニー、壁ドンして、ジョーイの酔いを覚ましてやろうぜ」

「ああ、そうだな。少し痛い思いをしてもらうか」

「やめてくれぇ! やめてくれぇ!」

「あなた!」「お父さん!」

 ダニーとジェシーに肩を掴まれると家族に心配されながら、ジョーイは壁に向かって投げ飛ばされた。ドンと激しく激突して、「うがぁ!」と呻き声を上げて倒れてしまう。
 でも、一回で終わりじゃなかった。痛がって倒れているジョーイを再び二人が起き上がらせると、もう一度壁にドンと激しく激突させた。

「あぐぐぐぅ……」

「ジョーイ、酔いは覚めたか? 金はどこに用意してある? それともまだ酔いを覚ましたいか?」

 ジェシーが折れた鼻から鼻血を盛大に流しているジョーイに聞いている。でも、お金が無いのは分かっている。だけど、これ以上、壁ドンしたら死んでしまう。どうしようもない状況だ。

「ジェシー、その辺で許してやれよ。金が無いんだから、払えないに決まっているだろう」

 そんな状況で神様が現れた。ダニーが許してやろうと言い出した。当然、そんな甘い事を言われて、ジェシーが黙っていられるわけなかった。

「おいおい、ダニー。まさか、返済期限を延ばすとか言わねぇだろうな? この酒臭い家で分かるだろう。酒飲む金はあるのに、借りた金を返す金はねぇとか、俺はそんなおかしな話は聞いた事ねぇぞ」

「無い金を払えと言う方が無茶だ。最初から金を払うつもりがない男に金を貸した俺達が馬鹿だったんだ」

「はぁ? おい、ジョーイ! お前、最初から金を返すつもりがなかったのかよ!」

 二人が至近距離で睨み合って、殴り合いの喧嘩が始まりそうな勢いだったけど、ジェシーの怒りの矛先が、急に床に座っているジョーイに向けられた。

「そ、そんなつもりはありません! 払います!」

「じゃあ、さっさと払えよ!」

「今は無理です! もう少しだけ待ってください!」

 ジョーイは土下座して、ジェシーは怒鳴り続ける。
 ……これがプロの技ですか? ジェシーはただ怒鳴っているだけです。
 こんな方法だと何も手に入らない。習う相手を間違えたかもしれない。

「待て待て、ジェシー。ジョーイは払う気持ちがあるって言っているだろう」

 ちょっとガッカリしていると、ダニーがしゃがみ込んで、優しくジョーイの肩をポンポンと叩き始めた。そして、肩を叩きながら返済期限を延ばすと言い出した。

「よし、こうしよう。返済期限を延ばすから奥さんと娘に働いて貰おう。……でも、逃げられたら大変だな。だから、この家を担保にしてもらおうか。払う気持ちがあるなら簡単だろう?」

「そ、そんな……娘を……」

 とっても良い話なのにジョーイは嬉しそうじゃない。返済期限を延ばしてくれて、仕事まで紹介してくれる人なんて普通はいない。

「おい、ジョーイ。まだ酔いが覚めてないのか? 俺はお前の為に現実的な話をしているんだぜ。分かったから、この書類に署名して血判を押せ。もっと鼻血が出したいわけじゃないだろう?」

「は、はい……」

 なかなか決められないジョーイの為に、ダニーは書類を取り出した。ジェシーも力尽くで血判まで押してくれている。なんて良い人達なんでしょう。
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