9 / 21
第二章
第9話 森の外の世界
しおりを挟む
「はぁぁ、やっと外に出られたよぉー」
喜ぶよりも疲れているようだ。佐藤が森の外の荒地を見て、ため息を吐き出した。
毒の杖はまだ成長してないが、森の中に引き返してイモ虫を探したい女子はいないだろう。
「暗くなるまでは、まだ六時間ぐらいは余裕があると思うけど、皆んなはどうしたい?」
「どうした方が良い?」とは聞かない。
良し悪しで行動を判断して決めていたら、それがルールになってしまう。
ルールは他人も自分も拘束する諸刃の刃だ。まだまだ感情で判断する余裕と柔軟さが必要だ。
「七海ちゃんの回復のお陰であまり疲れてないから、私は行ける所まで行きたいかな?」
「私は今日はここまででいいと思う。限界まで頑張って、夜に広い場所で魔物に襲われたらヤバイでしょう? 森なら隠れる場所もあるし、イモ虫もいる。食糧には困らない」
「なるほどね。佐藤さんと七海はどうしたい?」
お嬢様なのに長谷川はまだ歩きたいようだ。逆に高橋は慎重だ。
個人的には高橋の案で良いと思うけど、佐藤と七海にも聞いた。
「えーっと、私はどっちでもいいかな?」
「モモ、そういうのはいいから。六対四とか微妙な感じでもやりたい方があるでしょう?」
「うーん、じゃあ、休みたいかな?」
「はい、休憩ね。雫はどっちがいいの?」
「私もどっちでもいいけど、今日は森を抜けたところで満足かな。これから何か見つけようとして、何も見つからなかったらショックだし」
佐藤の曖昧な答えを高橋が決めていく。七海も休憩したいようだ。
確かに森を抜けたという達成感のまま、明日にモチベーションを維持するのも一つの手だ。
「じゃあ、今日はここで休憩で決まり。でも、一、二時間だけ周囲を調べたいから、長谷川さんが良かったら付き合って欲しい。駄目かな?」
「あっ、はい! 大丈夫です!」
「ありがとう、長谷川さん。一人じゃ心細いから助かったよ」
三人の意見を尊重して、今日は休憩する事にした。
それでも、地面に座って残り六時間を無駄にするつもりはない。
まだ歩きたいと言っていた長谷川に、付き合って欲しいとお願いしたら、喜んで付いて来てくれた。
♢
「長谷川さんがこんなに体力があるなんて知らなかったよ。お嬢様だから、ペットボトルよりも重い物は持った事がないと思っていたから」
「もぉー! それは酷いよ、一ノ瀬君。教科書とか入った鞄は二キロはあるよ」
「そうだね。ごめん、ごめん」
……まぁ、胸に重い脂肪の塊をいつも乗せていたら持てるか。
隣を歩く長谷川に冗談を言って揶揄うと、少し怒ってから否定された。
あまり話した事がないので、どういうタイプの人間なのか分からない。
森の外の荒地は、小さな薄茶色の雑草が生えているだけで何も落ちてない。
森の木の枝さえも貴重品になりそうだ。
遠くの方に灰色と青色が混ざった高そうな山脈が見えるが、山登りは流石に上履きでやりたくない。
丈夫な靴もそうだが、バッグなどの持ち運びが出来る保管庫も欲しい。ポケットに物を入れるのも限界だ。
「一ノ瀬君は怖くないの? こんな場所にいきなり連れて来られたのに……」
荒野を歩いていると、長谷川が立ち止まって聞いてきた。
声は普通のトーンだったけど、目は不安そうに揺れている。
「そうだね。明日死ぬかもしれないし、今日死ぬかもしれない。でも、それは日本でも同じ事だよ。僕達が怖いと思っているのは死ぬ事じゃなくて、当たり前の日常を奪われた事なんだよ……」
少しだけ上を向いて考えると、長谷川の目を真っ直ぐに見て話し始めた。
一人でも精神的に不安定になると、他の人にも悪影響を与えてしまう。
相談に乗るなんて面倒でしかないけど、相談に乗らないともっと面倒な事に発展する。
自分一人で限界まで我慢してイライラされるよりは、困っていると教えてくれる方が助かる。
「お尻を葉っぱで拭いて、お風呂にも入れない。でも、奪われた物はまた手に入れればいい。その為に前に向かって、皆んな進んでいると思うよ。長谷川さんみたいに勇気を持ってね」
「勇気……私が?」
「そう、勇気だよ。それに長谷川さんがいてくれるお陰で俺は勇気が出るんだ。一人だったら怖くて、きっと何も出来ないと思う。七海や佐藤さん、高橋さん、長谷川さんがいてくれるから、頑張ろうって勇気が出るんだよ」
快適な生活から不便な生活への生活環境の大きな変化は、半端ない精神的ストレスだろう。
とくに裕福な家庭だと、その落差が激しい。おそらく長谷川がクラスで一番不安な状態だ。
その不安感を別の感情に切り替える必要がある。長谷川に寄り添うとソッと優しく抱き締めた。
「んっ、あ、あの、一ノ瀬君、こういうのは……」
「心臓の音を聴くと落ち着くらしい。どんな音がするのか聴いてみて?」
「あっ、はい……トクン、トクン、言ってます」
「それが命の音だよ。俺の命が動いている間は長谷川さんを守るから、長谷川さんも俺を守って欲しい。二人だけの約束だけど、お願い出来るかな?」
胸の中で微動だにしない長谷川が口だけを動かして囁いてくる。
おかしな雰囲気になる前に心臓の音を聴かせた。
長谷川はゆっくりと身体を下げて、右耳を俺の胸に押し当てている。
どうやら聞こえたようだ。
「はい、いいですよ。フフッ。でも、プロポーズみたいですね?」
「じゃあ、そうしようか? 長谷川さん、目を閉じて」
「えっ⁉︎ あ、うぅ……」
心臓の音を聴くのをやめて、身体を上げると長谷川が嬉しそうな声で言った。
プロポーズみたいだと言うので、どうせなら誓いのキスもしておこう。
目を閉じるようにお願いすると、一瞬戸惑った後に長谷川は目を閉じた。
目も唇は硬く閉じて、明らかに緊張しているのが伝わってくる。
抱き締めるのをやめると、ゆっくりと跪いて長谷川の右手の甲にチュッと軽くキスした。
「……長谷川さん、終わったよ」
「えっ? あ、あぁー、そっちですよね。そうですよねぇ……」
長谷川は少しがっかりした表情をしているけど、そこ以外にする所はない。
二股して痴話喧嘩して修羅場になって、後ろから魔法の弾丸を撃たれたくない。
「それじゃあ、手を繋いで前に進もうか。長谷川さんはお兄さんがいるそうだから、俺の事はお兄さんだと思っていいから。頼りないかもしれないけどね」
「あ、はい、お兄ちゃんですね。わぁーい……」
明らかに声のトーンが下がって、全然嬉しそうじゃないけど、構わずに手を繋いで歩き出した。
手と手で誰かと繋がっているという安心感は与えられるはずだ。
♢
「長谷川さん、そろそろ帰ろう? 暗くなる時間は目安で、絶対じゃないんだよ」
「あと五分だけ……あっちの方向に何かぼんやりと見えませんか?」
歩き始めて、二時間が過ぎてしまった。
「もうちょっと、もうちょっとだけ」と言って、長谷川がお願いして進むからだ。
回復役の七海がいないから、水と回復薬は手持ちの一本ずつしかない。
そろそろ引き返さないと体力的に戻れない可能性もある。
「ほらほら! 一ノ瀬君、何か見えるよ!」
「えっ? 何処に?」
長谷川が指差す方向を目を細めて見る。
裸眼でもそこまで視力は悪くないけど、遠くの方にぼんやりと少し茶色い何かが見えるぐらいだ。
ちょっとした岩山か、木が数本生えているようにしか思えない。
もしくは、何かあると言われたから、そう見えるだけで、本当は何も無いかもしれない。
「あれは家だよ。私、目は良い方だから」
「うーん……分かった。長谷川さんを信じるよ。でも、今日は引き返すよ。今日中に戻らないと七海達が心配するし、友好的な人達が住んでいるとも限らない。キチンと準備して、明日、皆んなで行こう」
攻撃できるのは一人だけ、森を抜けるまでに70匹以上もイモ虫を倒している。
明らかに準備不足で連戦と移動で疲労も蓄積している。
それに本当に家だとしても安全とは限らない。この世界の知的生命体が人間じゃない可能性もある。
緑色の不気味な怪物や二本の手と八本足のイカ型宇宙人の可能性もある。
もちろん人間の姿でも凶悪な場合もある。家があったから助かるとは限らない。
「そうだよね。皆んなで行った方が良いよね?」
「うん、そうだね。でも、大発見だよ。家を建てられる人がいるなら生活できる証拠だから」
「そうだよね。お風呂とかトイレもあるよね?」
「あるかもしれないね。さあ、戻ろう」
「う、うん……」
長谷川の表情を見る限り、帰りたくないようだけど、強引に連れ帰らないといけない。
ある程度、話を合わせて理解を示すと、繋いだ手を少し強く引いて、七海達の元に連れ帰った。
♢
翌日、五人で昨日の場所を目指して進む事になった。地面に書いた目印を頼りに順調に進んで行く。
昨日と同じ場所まで到着すると、七海が「本当だ。何か見えるよ」と言った。
どうやら、蜃気楼や思い込みではなさそうだ。
「会長、どうするんですか? 火とか水とか攻撃できる杖にした方が良いですか?」
「それはまだ待ってほしい。一度決めると変更できないから」
濃茶色の木造の建物が見えてくると、高橋が聞いてきた。
襲われるのと襲うのは全然意味が違うから、とりあえず待ってもらった。
確かヨーロッパのロンドンの建物が石造りの家になったのが、17世紀の後半だったと思う。
1600年だと、ちょうど日本が江戸時代になった年だ。
剣と弓ぐらいは普通に持っていると思った方がいい。火縄銃や魔法がある可能性もある。
そんな武装した相手に攻撃役が一人増えても意味はない。下手に攻撃意思を見せる方が危険だ。
「ごめん。皆んなはここで待ってて欲しい。相手が武装していて、好戦的な場合がある。俺一人で安全なのか確かめてくるよ。襲ってきた場合は毒で攻撃して、沢山道連れにも出来るからね」
立ち止まると皆んなに謝って、一人で行くと伝えた。
色々と考えた結果、単独行動の方が上手くいくと思う。
「それって、凄く危険ですよね?」
「確かに襲って来た場合は危険だね。俺以外がやって来たら皆んなは逃げて、他の人達に危険を教えて欲しい。四人なら、俺がいなくても大丈夫だから」
長谷川が心配そうな顔で聞いてきたけど、犠牲者五人よりは一人の方がいい。
それに男一人の方が逆に狙われにくい。男は食べるぐらいしか利用価値がない。
こっちの世界で若い女よりも若い男の方が、性的に狙われるのが一般的じゃなければだ。
四人に待っているように念押しして、遠くに見える濃茶色の建物に近づいていく。
一階建ての木造の家が沢山見えてきた。横に並んだ建物の数から村と言うよりも小さな町だ。
ヘソの高さまである壊れた木柵が小さな町を囲んでいる。
「これは……少し厄介だな」
柵の向こう側に町の中を歩いている人達が見えた。でも、話を聞くのは難しいかもしれない。
町の人達は汚れた服を着て、茶色に汚れた肌のゾンビになって徘徊していた。
喜ぶよりも疲れているようだ。佐藤が森の外の荒地を見て、ため息を吐き出した。
毒の杖はまだ成長してないが、森の中に引き返してイモ虫を探したい女子はいないだろう。
「暗くなるまでは、まだ六時間ぐらいは余裕があると思うけど、皆んなはどうしたい?」
「どうした方が良い?」とは聞かない。
良し悪しで行動を判断して決めていたら、それがルールになってしまう。
ルールは他人も自分も拘束する諸刃の刃だ。まだまだ感情で判断する余裕と柔軟さが必要だ。
「七海ちゃんの回復のお陰であまり疲れてないから、私は行ける所まで行きたいかな?」
「私は今日はここまででいいと思う。限界まで頑張って、夜に広い場所で魔物に襲われたらヤバイでしょう? 森なら隠れる場所もあるし、イモ虫もいる。食糧には困らない」
「なるほどね。佐藤さんと七海はどうしたい?」
お嬢様なのに長谷川はまだ歩きたいようだ。逆に高橋は慎重だ。
個人的には高橋の案で良いと思うけど、佐藤と七海にも聞いた。
「えーっと、私はどっちでもいいかな?」
「モモ、そういうのはいいから。六対四とか微妙な感じでもやりたい方があるでしょう?」
「うーん、じゃあ、休みたいかな?」
「はい、休憩ね。雫はどっちがいいの?」
「私もどっちでもいいけど、今日は森を抜けたところで満足かな。これから何か見つけようとして、何も見つからなかったらショックだし」
佐藤の曖昧な答えを高橋が決めていく。七海も休憩したいようだ。
確かに森を抜けたという達成感のまま、明日にモチベーションを維持するのも一つの手だ。
「じゃあ、今日はここで休憩で決まり。でも、一、二時間だけ周囲を調べたいから、長谷川さんが良かったら付き合って欲しい。駄目かな?」
「あっ、はい! 大丈夫です!」
「ありがとう、長谷川さん。一人じゃ心細いから助かったよ」
三人の意見を尊重して、今日は休憩する事にした。
それでも、地面に座って残り六時間を無駄にするつもりはない。
まだ歩きたいと言っていた長谷川に、付き合って欲しいとお願いしたら、喜んで付いて来てくれた。
♢
「長谷川さんがこんなに体力があるなんて知らなかったよ。お嬢様だから、ペットボトルよりも重い物は持った事がないと思っていたから」
「もぉー! それは酷いよ、一ノ瀬君。教科書とか入った鞄は二キロはあるよ」
「そうだね。ごめん、ごめん」
……まぁ、胸に重い脂肪の塊をいつも乗せていたら持てるか。
隣を歩く長谷川に冗談を言って揶揄うと、少し怒ってから否定された。
あまり話した事がないので、どういうタイプの人間なのか分からない。
森の外の荒地は、小さな薄茶色の雑草が生えているだけで何も落ちてない。
森の木の枝さえも貴重品になりそうだ。
遠くの方に灰色と青色が混ざった高そうな山脈が見えるが、山登りは流石に上履きでやりたくない。
丈夫な靴もそうだが、バッグなどの持ち運びが出来る保管庫も欲しい。ポケットに物を入れるのも限界だ。
「一ノ瀬君は怖くないの? こんな場所にいきなり連れて来られたのに……」
荒野を歩いていると、長谷川が立ち止まって聞いてきた。
声は普通のトーンだったけど、目は不安そうに揺れている。
「そうだね。明日死ぬかもしれないし、今日死ぬかもしれない。でも、それは日本でも同じ事だよ。僕達が怖いと思っているのは死ぬ事じゃなくて、当たり前の日常を奪われた事なんだよ……」
少しだけ上を向いて考えると、長谷川の目を真っ直ぐに見て話し始めた。
一人でも精神的に不安定になると、他の人にも悪影響を与えてしまう。
相談に乗るなんて面倒でしかないけど、相談に乗らないともっと面倒な事に発展する。
自分一人で限界まで我慢してイライラされるよりは、困っていると教えてくれる方が助かる。
「お尻を葉っぱで拭いて、お風呂にも入れない。でも、奪われた物はまた手に入れればいい。その為に前に向かって、皆んな進んでいると思うよ。長谷川さんみたいに勇気を持ってね」
「勇気……私が?」
「そう、勇気だよ。それに長谷川さんがいてくれるお陰で俺は勇気が出るんだ。一人だったら怖くて、きっと何も出来ないと思う。七海や佐藤さん、高橋さん、長谷川さんがいてくれるから、頑張ろうって勇気が出るんだよ」
快適な生活から不便な生活への生活環境の大きな変化は、半端ない精神的ストレスだろう。
とくに裕福な家庭だと、その落差が激しい。おそらく長谷川がクラスで一番不安な状態だ。
その不安感を別の感情に切り替える必要がある。長谷川に寄り添うとソッと優しく抱き締めた。
「んっ、あ、あの、一ノ瀬君、こういうのは……」
「心臓の音を聴くと落ち着くらしい。どんな音がするのか聴いてみて?」
「あっ、はい……トクン、トクン、言ってます」
「それが命の音だよ。俺の命が動いている間は長谷川さんを守るから、長谷川さんも俺を守って欲しい。二人だけの約束だけど、お願い出来るかな?」
胸の中で微動だにしない長谷川が口だけを動かして囁いてくる。
おかしな雰囲気になる前に心臓の音を聴かせた。
長谷川はゆっくりと身体を下げて、右耳を俺の胸に押し当てている。
どうやら聞こえたようだ。
「はい、いいですよ。フフッ。でも、プロポーズみたいですね?」
「じゃあ、そうしようか? 長谷川さん、目を閉じて」
「えっ⁉︎ あ、うぅ……」
心臓の音を聴くのをやめて、身体を上げると長谷川が嬉しそうな声で言った。
プロポーズみたいだと言うので、どうせなら誓いのキスもしておこう。
目を閉じるようにお願いすると、一瞬戸惑った後に長谷川は目を閉じた。
目も唇は硬く閉じて、明らかに緊張しているのが伝わってくる。
抱き締めるのをやめると、ゆっくりと跪いて長谷川の右手の甲にチュッと軽くキスした。
「……長谷川さん、終わったよ」
「えっ? あ、あぁー、そっちですよね。そうですよねぇ……」
長谷川は少しがっかりした表情をしているけど、そこ以外にする所はない。
二股して痴話喧嘩して修羅場になって、後ろから魔法の弾丸を撃たれたくない。
「それじゃあ、手を繋いで前に進もうか。長谷川さんはお兄さんがいるそうだから、俺の事はお兄さんだと思っていいから。頼りないかもしれないけどね」
「あ、はい、お兄ちゃんですね。わぁーい……」
明らかに声のトーンが下がって、全然嬉しそうじゃないけど、構わずに手を繋いで歩き出した。
手と手で誰かと繋がっているという安心感は与えられるはずだ。
♢
「長谷川さん、そろそろ帰ろう? 暗くなる時間は目安で、絶対じゃないんだよ」
「あと五分だけ……あっちの方向に何かぼんやりと見えませんか?」
歩き始めて、二時間が過ぎてしまった。
「もうちょっと、もうちょっとだけ」と言って、長谷川がお願いして進むからだ。
回復役の七海がいないから、水と回復薬は手持ちの一本ずつしかない。
そろそろ引き返さないと体力的に戻れない可能性もある。
「ほらほら! 一ノ瀬君、何か見えるよ!」
「えっ? 何処に?」
長谷川が指差す方向を目を細めて見る。
裸眼でもそこまで視力は悪くないけど、遠くの方にぼんやりと少し茶色い何かが見えるぐらいだ。
ちょっとした岩山か、木が数本生えているようにしか思えない。
もしくは、何かあると言われたから、そう見えるだけで、本当は何も無いかもしれない。
「あれは家だよ。私、目は良い方だから」
「うーん……分かった。長谷川さんを信じるよ。でも、今日は引き返すよ。今日中に戻らないと七海達が心配するし、友好的な人達が住んでいるとも限らない。キチンと準備して、明日、皆んなで行こう」
攻撃できるのは一人だけ、森を抜けるまでに70匹以上もイモ虫を倒している。
明らかに準備不足で連戦と移動で疲労も蓄積している。
それに本当に家だとしても安全とは限らない。この世界の知的生命体が人間じゃない可能性もある。
緑色の不気味な怪物や二本の手と八本足のイカ型宇宙人の可能性もある。
もちろん人間の姿でも凶悪な場合もある。家があったから助かるとは限らない。
「そうだよね。皆んなで行った方が良いよね?」
「うん、そうだね。でも、大発見だよ。家を建てられる人がいるなら生活できる証拠だから」
「そうだよね。お風呂とかトイレもあるよね?」
「あるかもしれないね。さあ、戻ろう」
「う、うん……」
長谷川の表情を見る限り、帰りたくないようだけど、強引に連れ帰らないといけない。
ある程度、話を合わせて理解を示すと、繋いだ手を少し強く引いて、七海達の元に連れ帰った。
♢
翌日、五人で昨日の場所を目指して進む事になった。地面に書いた目印を頼りに順調に進んで行く。
昨日と同じ場所まで到着すると、七海が「本当だ。何か見えるよ」と言った。
どうやら、蜃気楼や思い込みではなさそうだ。
「会長、どうするんですか? 火とか水とか攻撃できる杖にした方が良いですか?」
「それはまだ待ってほしい。一度決めると変更できないから」
濃茶色の木造の建物が見えてくると、高橋が聞いてきた。
襲われるのと襲うのは全然意味が違うから、とりあえず待ってもらった。
確かヨーロッパのロンドンの建物が石造りの家になったのが、17世紀の後半だったと思う。
1600年だと、ちょうど日本が江戸時代になった年だ。
剣と弓ぐらいは普通に持っていると思った方がいい。火縄銃や魔法がある可能性もある。
そんな武装した相手に攻撃役が一人増えても意味はない。下手に攻撃意思を見せる方が危険だ。
「ごめん。皆んなはここで待ってて欲しい。相手が武装していて、好戦的な場合がある。俺一人で安全なのか確かめてくるよ。襲ってきた場合は毒で攻撃して、沢山道連れにも出来るからね」
立ち止まると皆んなに謝って、一人で行くと伝えた。
色々と考えた結果、単独行動の方が上手くいくと思う。
「それって、凄く危険ですよね?」
「確かに襲って来た場合は危険だね。俺以外がやって来たら皆んなは逃げて、他の人達に危険を教えて欲しい。四人なら、俺がいなくても大丈夫だから」
長谷川が心配そうな顔で聞いてきたけど、犠牲者五人よりは一人の方がいい。
それに男一人の方が逆に狙われにくい。男は食べるぐらいしか利用価値がない。
こっちの世界で若い女よりも若い男の方が、性的に狙われるのが一般的じゃなければだ。
四人に待っているように念押しして、遠くに見える濃茶色の建物に近づいていく。
一階建ての木造の家が沢山見えてきた。横に並んだ建物の数から村と言うよりも小さな町だ。
ヘソの高さまである壊れた木柵が小さな町を囲んでいる。
「これは……少し厄介だな」
柵の向こう側に町の中を歩いている人達が見えた。でも、話を聞くのは難しいかもしれない。
町の人達は汚れた服を着て、茶色に汚れた肌のゾンビになって徘徊していた。
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件
さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ!
食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。
侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。
「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」
気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。
いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。
料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。
それは、最強の魔道具だった。
魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく!
すべては、憧れのスローライフのために!
エブリスタにも掲載しています。
『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』
チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。
気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。
「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」
「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」
最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク!
本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる