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魔王誕生編

三女の森

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 広大な森の中に刀と革鎧で武装した三人組の若い女がいる。
 長い黒髪をポニーテールにした凛とした顔立ちの女が立ち止まると、仲間二人に偉そうに言った。

「この辺でいいわね。さっさと召喚するわよ」

 顎まで金髪を伸ばした幼い顔立ちの女が「ホォーイ♪」と馬鹿そうに返事をした。
 長い紫髪を顎の位置で左右に結んでいるお下げの女は「……」と黙って立ち止まった。
 三人は腰から刀を抜いて、三メートル程の間隔を開けて、正三角形に立った。
 そして、刀の切っ先を地面に向けて、十五センチ程突き刺した。

『この地を去りし原初の神々よ。我ら小さき者の願いを叶えたまえ。この地に全てを超えし者を——』

 三人は地面に跪き、刀の柄を両手で祈るように持つと、神々に魔力を捧げ始めた。
 すぐに正三角形の中心に、直径六十センチ程の黄金に輝く魔法陣が出現した。
 魔法陣の輝きは徐々に強くなっていき……一際強く輝くとパァンと拡散した。

「来たわね。召喚成功よ♪」
「成功してもハズレかもよぉ~。前みたいに」
「服着ているから成功よ♪ 身包み剥がせるでしょ♪」

 魔法陣から現れた男を見て、黒髪の女は喜び、金髪の女は興味なさそうだ。
 魔法陣から現れたのは、黒のイタリアスーツに白のビジネスシャツ。
 ノーネクタイに濃茶の革靴を履いた、ツーブロック茶髪の若い男だった。
 百七十六センチ、六十六キロ、細身だが筋肉質な鍛え上げられた身体をしている。
 
「……全然駄目。ただの『勇者』。使い物にならない」

 黙って男を鑑定していた紫髪の女が、首を左右に小さく振って言った。

「じゃあ身包み剥いだら撤収よ! 囮ぐらいには使えるでしょ!」
「はぁ~またハズレ。しかも男……欲しいのは生産職なのに、どうして戦闘職が来るのよ?」
「でも、服は高そうなの着てる。あの腕時計は欲しい」
「あっ! 確かに良さそうな物持っていそうね♪」

 三人は地面から刀を抜くと、目の前に立っている私文書偽造の勇者を強盗する事に決めた。

 ♦︎

「ちょっとお兄さん。持ち物全部置いて行ってくれる?」
「はぁ? 何だ、お前ら?」

 意識が戻ったら、刀を持った若い娘三人に囲まれていた。
 ここは天国かと一瞬思ったが、天国ではなさそうだ。

「黙って脱げばいいんだよ!」
「ほらほら早く脱がないと、大事な珍宝切り落としちゃうよ!」
「挿れるよ。お尻にこれ挿れちゃうよ」
「ひぃっ‼︎ 脱ぎます脱ぎます‼︎」

 三本の刀で俺の下半身を脅してきた。急いで言われるままに服を脱ぎ始めた。
 そういえば聞いた事がある。あの世には三途の川があって、そこには服を脱がす鬼婆がいるそうだ。
 どう見ても三途の川じゃなくて、三途の森だが、女は三人。
 つまりここは——『三女の森』だ‼︎

「ふっ♪ これ以上は大した物持ってなさそうね。さあ撤収よ」
「ぅぅぅ……」

 最後の砦・トランクスまで脱がされると、黒髪ポニテが俺の股間を見て笑って言った。
『俺の男珍宝は凄いんだぞ!』と言いたいが、刀三本も突き付けられたら駄目だ。
 男珍宝は宝物皮の中で、ブルブル縮み上がっている。

「ちょっ、ちょっと待てよ。何処なんですか、ここは……?」

 流石に知らない森で全裸放置は酷過ぎる。
 立ち去ろうとしている娘達に聞いてみた。

「ここは異世界。私達は『魔物が超究極進化した世界』と呼んでいる。じゃあ頑張って」
「……はい?」

 紫髪のちっこい二刀流娘が振り返ると、それだけ言って右手を軽く上げた。
 いやいや、説明短過ぎるって‼︎ ここ異世界頑張って言われても、全裸は無理だって‼︎
 最低でも財布、スマホ、時計、服、靴……とにかく全部返してください。

「ははっ♪ 咲夜さくや~、それじゃあ分かんないって♪ ほら、凛華りんかが召喚したんだから教えてあげなよ」
「ちぇっ。仕方ないわねぇ~。貰った分ぐらいは教えてあげるわ」

 金髪娘に言われて、嫌々ながら黒髪娘・凛華が説明を始めてくれた。
 あと貰ったんじゃないですよね。奪ったんですよね。

「あんたの『ジョブ』は『勇者』よ。能力は剣と魔法を使える万能職で、火・水・地・風魔法に回復魔法が使えるわ。飲み水は魔法で出して、食糧はあの木に成っている落花生なら生でも食べれるわ」
「……」

 言っている意味は分からないが、凛華が指差した方向には螺旋状の幹の白い木がある。
 枝には落花生のような形の白い木の実がぶら下がっている。

「それと魔法は極力使わない事ね。魔物は魔力に反応して集まってくるわ。強力な召喚魔法を使ったばかりだから、すぐにやって来るはずよ。早く逃げないと殺されるから、じゃあ説明終わり。異世界サバイバル頑張ってね♪」
「……へぇ? いや、ちょっ——⁉︎」

 まだまだ聞きたい事が山程ある。それなのに一方的に話し終わって走り出した。
 追いかけたいが……時速百五十キロ超えの瞬足娘は絶対に無理だ。
 流石は三女の森の鬼娘。アイツらやっぱり人間じゃねえ。

 ♦︎

「あ~クソ寒いなぁ~。警官はいねえみたいだけど、異世界って何だよ?」

 凛華の訳の分からない説明はどうでもいい。服無しは流石に寒い。
 まずは食糧の落花生を集めて、次は服だ。
 その後は森を抜けて、町か村を探してやる。
 三人娘がいるなら家ぐらいは何処かにあるだろうよ。

「チッ。裸で木登りかよ」

 魔物が来るなら時間との勝負だ。さっさと集めて俺も避難する。
 螺旋状の溝がある白幹に、手と足を引っ掛けて登っていく。
 地上五メートル、横に広がった枝に落花生はぶら下がっている。
 一つずつ回収するよりも、枝を折った方が持ち運びも回収も楽そうだ。
 幹に近い直径五センチ程の枝を右手で握って、奥に向かって曲げてみた。

「うおっ⁉︎」

(凄え、マジかぁー⁉︎)

 そんなに力を入れてないのに、べキィべキィと枝に亀裂が走った。
 この程度なら前後に何度か曲げればへし折れそうだ。

「よっと! まずは食糧ゲットだな♪」

 高さ五メートルから地上に飛び降りた。
 三メートル以上の落花生付きの長枝を手に入れた。
 あの高さから飛び降りても全然怖くなかった。
 まさか本当に『勇者』になったんじゃないだろうな?

【ジョブ:勇者】=《火・水・地・風魔法》《回復魔法》《身体能力強化》《危険察知》《恐怖耐性》《限界突破》……

「おいおい、本当に勇者じゃねえかよ‼︎」

 何かの冗談かと思ったら、真っ暗な頭の中に白文字が浮かび上がった。
 もう一度試してみたら、同じものが見えた。
 幻覚でも錯覚でもなさそうだ。

「回復魔法が使えるんだよな? どうやって使うんだ?」

 俺が勇者で回復魔法が使えるなら、エアバックで強打した顔を治療できるはずだ。
 物は試しだ。両手で顔を覆うと、知っている呪文を唱えてみた。

「『回復ヒール』……ん? おっ⁉︎ えっ⁉︎ マジかよ⁉︎」

 すぐに両手が淡い緑色に光り始めた。
 温かい光を浴びて、痛みが引いていく。

(間違いない。俺は勇者だ‼︎)

「おいおい、勘弁してくれよぉ~。異世界なんて行きたい奴だけ——」

 ゾクッ‼︎

「——ッッ‼︎」

 心臓を冷たい手で掴まれたような不快感、背中を走り抜ける悪寒。
 何だ、この嫌な気配は? 両足が大地に縛り付けられたみたいだ。
 周囲を何度も見回して、見えない何かを探してしまう。
 俺の本能か勇者の本能か知らないが、踏み切りの警報が頭の中で鳴り止まない。

「何か来る……」

 森の奥の奥、百、二百、三百メートル。
 まだまだ奥だが何かが近づいてくる気がする。
 途轍もない大きな存在を感じる。
 途轍もない大きな何か……

「来た‼︎」

 ♦︎
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