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14話 欲しいものは、なんとしてでも
ミアチェスカ・アルヴェインは、昔から欲しいものが多かった。
それは我儘とか単なる物欲とか、そういう可愛らしいものではなかった。
もっと根深くて飢えた、どうしようもない渇きだった。
たとえば父王の愛、たとえば宮廷で誰よりも高みに座して笑っていられる立場、その身を包む宝石、そして何より、誰もが羨む確かな価値。
ミアチェスカは、第三王女といえど王妃の娘だ。
けれど男子ではなく、政略結婚の駒程度の価値しかない。
可愛らしくて愛想よく、そこそこ賢いけれど、兄達のように特別ではない。
父王が本当に愛しげな眼差しを向けるのは、いつだって第二妃の二人の息子達だった。
第二王子ティリウスと末王子クリストフェル。
王が唯一真に愛する側妃から生まれた二人の王子は、王の寵愛を欲しいままにし、宮廷の空気すら自分たちのものにしていると、ミアチェスカには見えていた。
特にクリストフェルは、王の愛も兄の庇護も周囲の好意も、そして、ミアチェスカが心底欲した唯一無二の価値さえも、何ひとつ努力せず当然のように持っていると思えてならない。
「何も知らないくせに……」
喉の奥に沈めていた黒い感情が、じわりと浮かび上がる。
羨望なのか嫉妬なのか、あるいはもっと醜い何かなのか、自分でもわからない。
ただ、クリストフェルを目にすると、胸の奥を掻き毟りたくなるような感覚が湧き上がって、いつまでも消えなかった。
積もり積もった感情の澱みに耐えきれなくなり、我知らず、恨みの言葉が歪んだ唇から零れ落ちる。
「何も、欲しがったこともないくせに……」
ミアチェスカはクリストフェルが嫌いだった。
いつも笑っていて無邪気で可愛らしく、何も知らない顔をしながら、欲しいものを全部持っていくからだ。
だから最初にバッカス・バルグリードを見た時も、彼女が抱いた感情は恋ではなかった。
『欲しい』
ただそれだけだった筈だ。
王宮の廊下で、訓練場で、謁見の間で、見るたびに逞しく成長していくその男は、あまりに眩しかった。
侯爵家三男でありながら誰より剣に秀で、誰より精悍で、誰より高く昇っていける男。
美しく、強く、そして野心がある。
あれを婿に迎えられれば、自分の価値は跳ね上がる。
「私だって、選ばれる側になれる」
ただの王女として、どこかへ嫁がされるだけの人生ではなくなる。
バッカス・バルグリードという男を手に入れることができれば、自分はもっと高い場所へ行ける。
美しく整った顔立ちに、堂々とした体躯の、将来を嘱望される若き騎士。
王都中の令嬢達が密かに熱い視線を送るその男を、自分の伴侶として隣に立たせることができたなら。
夜会のたびに羨望の眼差しが向けられるだろう。
あのミアチェスカ王女が、あのバッカス・バルグリードを射止めたのだと。
令嬢達の嫉妬も、貴婦人達の賞賛も、すべて自分のものになる。
そして彼が戦場で武勲を立てれば、その名声は妻である自分の価値にも積み増しされる。
未来の『英雄の妻』という輝かしい肩書。
誰もが羨み、誰もが認める価値。
それを手に入れられると思っていた。
バッカスが見ているのが、よりにもよってクリストフェルだと知るまでは。
「……悔しい……」
夜会用の薔薇色の手袋を外しながら、ミアチェスカは自室でひとり怒りに震えていた。
今夜の晩餐会で彼女は確信していた。バッカスは自分を見ることはないと。
自分だけではない、どの令嬢も、どの令息も、どの視線も、バッカスにとってはどうでもいい事なのだと。
バッカスが見ているのはただひとり、あの甘やかされて育った末王子クリストフェルだけなのだから。
「どうして、あの子なのよ!!」
ミアチェスカは、手袋を鏡に映る自分に投げつけた。
確かに、クリストフェルは綺麗だし、愛らしいのはミアチェスカも認めている。
けれど、世間知らずで危なっかしくすぐ感情を顔に出し、王族としては少しどころでなく甘すぎる。
なのに、どうしてあの子が選ばれて、自分は違うのかと、ミアチェスカの苛立ちは増していく。
自分の方が、ずっと現実を知っている。ずっと賢い。
ずっと、欲しがる理由を持っている。
そんな強い自負がミアチェスカにはあった。
なのに。
「……どうして、私じゃないの…!」
その問いに答える者は誰もいない。
窓の外に浮かぶ月が、静かにミアチェスカを見下ろしているだけだった。
銀の光が差し込む部屋で、ミアチェスカは唇を噛み、そして思った。
欲しいものがあるのなら、奪えばいい。
今の自分に奪う力がないのなら、奪える方法を探せばいい。
王家の図書塔、誰も寄りつかない古い書架の、禁じられた古文書。
古い契約の記述、そして『人ならざるもの』に願いを届ける方法。
それらが彼女の脳裏をよぎる。
そんな方法があると誰に聞いたのか、もはやミアチェスカは覚えていない。
ただそれは、彼女にとってひどく甘く、孕む危険さえ蠱惑に思える誘惑の囁きだった。
一度耳にしてしまったものは、もう二度と消えない。
ミアチェスカはゆっくりと顔を上げ、鏡に映る自分を睨んだ。
薔薇色の赤い瞳が、月光を受けて鈍く光る。
「……欲しいものは、手に入れるわ」
たとえ、クリストフェルを溺愛する王の不興を買ったとしても、禁忌だとしても、先に待つのが破滅であっても構わない。
最初から誰も彼も、ミアチェスカに優しくなんてしてくれなかったのだから。
母ですら、一番は第一王子なのだから……。
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴
『いいね』ものすごく励みになります、ありがとうございます!
頑張ります(๑•̀ㅂ•́)و✧
それは我儘とか単なる物欲とか、そういう可愛らしいものではなかった。
もっと根深くて飢えた、どうしようもない渇きだった。
たとえば父王の愛、たとえば宮廷で誰よりも高みに座して笑っていられる立場、その身を包む宝石、そして何より、誰もが羨む確かな価値。
ミアチェスカは、第三王女といえど王妃の娘だ。
けれど男子ではなく、政略結婚の駒程度の価値しかない。
可愛らしくて愛想よく、そこそこ賢いけれど、兄達のように特別ではない。
父王が本当に愛しげな眼差しを向けるのは、いつだって第二妃の二人の息子達だった。
第二王子ティリウスと末王子クリストフェル。
王が唯一真に愛する側妃から生まれた二人の王子は、王の寵愛を欲しいままにし、宮廷の空気すら自分たちのものにしていると、ミアチェスカには見えていた。
特にクリストフェルは、王の愛も兄の庇護も周囲の好意も、そして、ミアチェスカが心底欲した唯一無二の価値さえも、何ひとつ努力せず当然のように持っていると思えてならない。
「何も知らないくせに……」
喉の奥に沈めていた黒い感情が、じわりと浮かび上がる。
羨望なのか嫉妬なのか、あるいはもっと醜い何かなのか、自分でもわからない。
ただ、クリストフェルを目にすると、胸の奥を掻き毟りたくなるような感覚が湧き上がって、いつまでも消えなかった。
積もり積もった感情の澱みに耐えきれなくなり、我知らず、恨みの言葉が歪んだ唇から零れ落ちる。
「何も、欲しがったこともないくせに……」
ミアチェスカはクリストフェルが嫌いだった。
いつも笑っていて無邪気で可愛らしく、何も知らない顔をしながら、欲しいものを全部持っていくからだ。
だから最初にバッカス・バルグリードを見た時も、彼女が抱いた感情は恋ではなかった。
『欲しい』
ただそれだけだった筈だ。
王宮の廊下で、訓練場で、謁見の間で、見るたびに逞しく成長していくその男は、あまりに眩しかった。
侯爵家三男でありながら誰より剣に秀で、誰より精悍で、誰より高く昇っていける男。
美しく、強く、そして野心がある。
あれを婿に迎えられれば、自分の価値は跳ね上がる。
「私だって、選ばれる側になれる」
ただの王女として、どこかへ嫁がされるだけの人生ではなくなる。
バッカス・バルグリードという男を手に入れることができれば、自分はもっと高い場所へ行ける。
美しく整った顔立ちに、堂々とした体躯の、将来を嘱望される若き騎士。
王都中の令嬢達が密かに熱い視線を送るその男を、自分の伴侶として隣に立たせることができたなら。
夜会のたびに羨望の眼差しが向けられるだろう。
あのミアチェスカ王女が、あのバッカス・バルグリードを射止めたのだと。
令嬢達の嫉妬も、貴婦人達の賞賛も、すべて自分のものになる。
そして彼が戦場で武勲を立てれば、その名声は妻である自分の価値にも積み増しされる。
未来の『英雄の妻』という輝かしい肩書。
誰もが羨み、誰もが認める価値。
それを手に入れられると思っていた。
バッカスが見ているのが、よりにもよってクリストフェルだと知るまでは。
「……悔しい……」
夜会用の薔薇色の手袋を外しながら、ミアチェスカは自室でひとり怒りに震えていた。
今夜の晩餐会で彼女は確信していた。バッカスは自分を見ることはないと。
自分だけではない、どの令嬢も、どの令息も、どの視線も、バッカスにとってはどうでもいい事なのだと。
バッカスが見ているのはただひとり、あの甘やかされて育った末王子クリストフェルだけなのだから。
「どうして、あの子なのよ!!」
ミアチェスカは、手袋を鏡に映る自分に投げつけた。
確かに、クリストフェルは綺麗だし、愛らしいのはミアチェスカも認めている。
けれど、世間知らずで危なっかしくすぐ感情を顔に出し、王族としては少しどころでなく甘すぎる。
なのに、どうしてあの子が選ばれて、自分は違うのかと、ミアチェスカの苛立ちは増していく。
自分の方が、ずっと現実を知っている。ずっと賢い。
ずっと、欲しがる理由を持っている。
そんな強い自負がミアチェスカにはあった。
なのに。
「……どうして、私じゃないの…!」
その問いに答える者は誰もいない。
窓の外に浮かぶ月が、静かにミアチェスカを見下ろしているだけだった。
銀の光が差し込む部屋で、ミアチェスカは唇を噛み、そして思った。
欲しいものがあるのなら、奪えばいい。
今の自分に奪う力がないのなら、奪える方法を探せばいい。
王家の図書塔、誰も寄りつかない古い書架の、禁じられた古文書。
古い契約の記述、そして『人ならざるもの』に願いを届ける方法。
それらが彼女の脳裏をよぎる。
そんな方法があると誰に聞いたのか、もはやミアチェスカは覚えていない。
ただそれは、彼女にとってひどく甘く、孕む危険さえ蠱惑に思える誘惑の囁きだった。
一度耳にしてしまったものは、もう二度と消えない。
ミアチェスカはゆっくりと顔を上げ、鏡に映る自分を睨んだ。
薔薇色の赤い瞳が、月光を受けて鈍く光る。
「……欲しいものは、手に入れるわ」
たとえ、クリストフェルを溺愛する王の不興を買ったとしても、禁忌だとしても、先に待つのが破滅であっても構わない。
最初から誰も彼も、ミアチェスカに優しくなんてしてくれなかったのだから。
母ですら、一番は第一王子なのだから……。
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴
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