458 / 967
心霊探偵はエレガントに〜karma〜
Beginning time/3
しおりを挟む
落ちた資料はそのままに、国立は机の上から一枚の写真をつかんで、空中でピラピラと見せびらかした。
「墓場は墓場で、違う角度からいろいろ見れんぜ」
「兄貴らしいっすね、その言葉」
素直に褒められて、居心地が悪くなった国立は、恥ずかしさを隠すために、スチールデスクの足に蹴りをガツンと入れた。
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、てめぇ仕事に戻りやがれ!」
「また来るっす!」
威勢よく言って、若い男は部屋から去っていこうとする。その背中に、さっきの凝視事件が二度と起きないよう、兄貴は釘を刺した。
「今度やったら、ドロップキックだ!」
「おっす」
若い男は一旦振り返り、軽快に答えて聖霊寮から廊下へ飛び出していった。不浄な空気の中で、兄貴はひとりごちる。
「オレは甘党だ。無糖のコーヒー買ってきやがって……」
おごってやるからと言って、お金を渡したのに、違うものを買ってこられるという珍事。文句のひとつぐらい出てしまうのだった。
手に持っていた写真を、帽子の下からのぞき込む。気品漂う男がひとり写っている。鋭いブルーグレーの眼光は、机の上に広げてある資料に落とされた。
「崇剛 ラハイアット……三十二歳。出生不明……」
足を軸にして椅子を左右に回しながら、さらに情報を追ってゆく。
「庭崎市……ベルダージュ荘在住。……聖霊師、神父」
ずいぶんと浮世離れした職業をいくつもする男で、罪科寮にいた国立がどんなに理解しようと努力しても、右から左へとデータが抜けていってしまうのだった。
そうして、聖霊寮でしか知り得ない、ディープな世界へと入ってゆく。
「霊、天使が霊視可能。除霊。短剣使用による浄化」
霊感はまったく持っておらず、その手の話も半信半疑。国立は非日常を前にして、胡散臭そうに部屋を見渡す。
「聖霊師……。悪霊を倒す職業……てか。映画かなんかみてえだな」
信じてもいないスピリチュアルワールドで、国立は精神まで左遷されたようだった。
他の聖霊師の経歴も疑わしいものばかりだったが、極めつけがこの男しか持っていないスキルだった。国立は思わず、吐息をもらす。
「千里眼の特殊能力……」
しかしそれよりも、おかしいものを若い男がくる前に、左遷刑事は見つけていた。反対の手を伸ばし、タバコの火が落ちて焼け焦げ、茶色く変色した紙をもう一枚つかんだ。
「がよ、これもオレの目がおかしくなってのか?」
崇剛のデータが印字された紙を、国立は今度穴が開くほど見つめていたが、やがてしゃがれた声でボソッと言った。
「毒盛りって字に見えんだよな……」
いくら見えないものを信じていなくても、国立もさすがに違和感を強く抱いた。
「お化けさんにゃ、毒は効かねえだろ、どうなってんだ?」
辻褄が合っていないし、たとえそうだとしても、それはそれで危険な人物だ。急に寒気がした気がして、無糖の缶コーヒーに手を伸ばし、苦味と酸味で気持ちを入れ替えた。
「触らぬ神に祟りなしってか……」
崇剛とおさらばするために、紙を持つ手を下へだらっと垂らした。しかし、刑事の勘に何かが引っかかり、再び眼前に持ってきた。
「がよ、何だ?」
黄ばんだ壁。よどんだ空気。ゾンビみたいな同僚たち。不浄の代名詞と言ってもいい空間。
その水面に一石投じたように聖なる波紋で浄化したようだった。崇剛の写真がその石のような感じがした。
「この変な感覚は……」
一瞬まわりの色形が歪み、今までの人生で感じたこともない、別の感覚が引き出されたような気がした。
自分を包み込む世界――いや宇宙そのものが次元の違うチャンネルへと無理やり変えられてしまったようだった。
何とも言えない体験で、国立はしばらく考えながら、あちこちに視線を乱れ飛ばしていた。
さっきまで平気で過ごせた聖霊寮だったが、今は重く息苦しい。何かが違う。うまく説明はつかないが。
黄ばんだ部屋と不浄な空気。死んだような目をしている同僚たちは相変わらずで、特に変わった様子もない。
「気のせいか……」
二口でギブアップした無糖のコーヒーを、灰皿へざばっとかけた。
「墓場は墓場で、違う角度からいろいろ見れんぜ」
「兄貴らしいっすね、その言葉」
素直に褒められて、居心地が悪くなった国立は、恥ずかしさを隠すために、スチールデスクの足に蹴りをガツンと入れた。
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、てめぇ仕事に戻りやがれ!」
「また来るっす!」
威勢よく言って、若い男は部屋から去っていこうとする。その背中に、さっきの凝視事件が二度と起きないよう、兄貴は釘を刺した。
「今度やったら、ドロップキックだ!」
「おっす」
若い男は一旦振り返り、軽快に答えて聖霊寮から廊下へ飛び出していった。不浄な空気の中で、兄貴はひとりごちる。
「オレは甘党だ。無糖のコーヒー買ってきやがって……」
おごってやるからと言って、お金を渡したのに、違うものを買ってこられるという珍事。文句のひとつぐらい出てしまうのだった。
手に持っていた写真を、帽子の下からのぞき込む。気品漂う男がひとり写っている。鋭いブルーグレーの眼光は、机の上に広げてある資料に落とされた。
「崇剛 ラハイアット……三十二歳。出生不明……」
足を軸にして椅子を左右に回しながら、さらに情報を追ってゆく。
「庭崎市……ベルダージュ荘在住。……聖霊師、神父」
ずいぶんと浮世離れした職業をいくつもする男で、罪科寮にいた国立がどんなに理解しようと努力しても、右から左へとデータが抜けていってしまうのだった。
そうして、聖霊寮でしか知り得ない、ディープな世界へと入ってゆく。
「霊、天使が霊視可能。除霊。短剣使用による浄化」
霊感はまったく持っておらず、その手の話も半信半疑。国立は非日常を前にして、胡散臭そうに部屋を見渡す。
「聖霊師……。悪霊を倒す職業……てか。映画かなんかみてえだな」
信じてもいないスピリチュアルワールドで、国立は精神まで左遷されたようだった。
他の聖霊師の経歴も疑わしいものばかりだったが、極めつけがこの男しか持っていないスキルだった。国立は思わず、吐息をもらす。
「千里眼の特殊能力……」
しかしそれよりも、おかしいものを若い男がくる前に、左遷刑事は見つけていた。反対の手を伸ばし、タバコの火が落ちて焼け焦げ、茶色く変色した紙をもう一枚つかんだ。
「がよ、これもオレの目がおかしくなってのか?」
崇剛のデータが印字された紙を、国立は今度穴が開くほど見つめていたが、やがてしゃがれた声でボソッと言った。
「毒盛りって字に見えんだよな……」
いくら見えないものを信じていなくても、国立もさすがに違和感を強く抱いた。
「お化けさんにゃ、毒は効かねえだろ、どうなってんだ?」
辻褄が合っていないし、たとえそうだとしても、それはそれで危険な人物だ。急に寒気がした気がして、無糖の缶コーヒーに手を伸ばし、苦味と酸味で気持ちを入れ替えた。
「触らぬ神に祟りなしってか……」
崇剛とおさらばするために、紙を持つ手を下へだらっと垂らした。しかし、刑事の勘に何かが引っかかり、再び眼前に持ってきた。
「がよ、何だ?」
黄ばんだ壁。よどんだ空気。ゾンビみたいな同僚たち。不浄の代名詞と言ってもいい空間。
その水面に一石投じたように聖なる波紋で浄化したようだった。崇剛の写真がその石のような感じがした。
「この変な感覚は……」
一瞬まわりの色形が歪み、今までの人生で感じたこともない、別の感覚が引き出されたような気がした。
自分を包み込む世界――いや宇宙そのものが次元の違うチャンネルへと無理やり変えられてしまったようだった。
何とも言えない体験で、国立はしばらく考えながら、あちこちに視線を乱れ飛ばしていた。
さっきまで平気で過ごせた聖霊寮だったが、今は重く息苦しい。何かが違う。うまく説明はつかないが。
黄ばんだ部屋と不浄な空気。死んだような目をしている同僚たちは相変わらずで、特に変わった様子もない。
「気のせいか……」
二口でギブアップした無糖のコーヒーを、灰皿へざばっとかけた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【R18】仲のいいバイト仲間だと思ってたら、いきなり襲われちゃいました!
奏音 美都
恋愛
ファミレスのバイト仲間の豪。
ノリがよくて、いい友達だと思ってたんだけど……いきなり、襲われちゃった。
ダメだって思うのに、なんで拒否れないのー!!
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる