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introduction/2
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夕食を終えて夫婦そろっての団らん。食後のデザートの時間である。
時計のない食堂では、時間を気にする必要がない。白い長テーブルに全員ついたまま、料理が得意な夫から、食後のお茶が配られ始めた。
「緑茶ふたつ」
盆から手渡しではなく、茶器は姿をすっと消して、ふたりの夫の前にすぐに現れた。ひとりはニコニコの笑顔で、髪が腰まである夫。
「ありがとうございます~」
「すまん」
もうひとりは、対照的に、極力短く切られた短髪で、地鳴りのような低い声が響いた。鼻に少しかかる声の持ち主が、次の飲み物を配る。
「水ふたつ」
少し味気ないお茶だが、超不機嫌俺さまの夫が、それは意思表示なのかと聞き返したくなるようにうなずいた。
「ん」
「ありがとうございま~す」
唯一妻、いや紅一点の声が、イケメン天国でスキップするようにウキウキでお礼を言った。今のところわりと和テイストな明智家だったが、洋物が出てきた。
「紅茶」
「ありがとうございます」
広いテーブルなのに、茶を配る夫が動くのではなく、茶器が動くという超常現象が起きていたが、いつものこと――いや当たり前のことなので、全員スルーしてゆく。
だが、妻は次の茶の名前から、引っかかり出すのだった。
「ジャスミン茶」
「ありがとう」
妻の視界から水は消え去り、漆黒の長い髪を持つ夫の手元をじっと見つめた。
「え? それって、食前茶じゃないの?」
そうこうしているうちに、次の飲み物の名前が出てくる。
「フルーツジュース」
ボブ髪の夫の前に、細長いグラスに入った黄緑色の飲み物が現れた。
「サンキュ~」
それ自体がデザートである。デザートを食するのに、デザート×デザートであり、どんだけデザートする気かと、妻は密かに思う。
「それ、お茶なの?」
そして、また夫から笑いの前振りみたいなのがやってくる。
「ジンショット」
「すまねえな」
しゃがれた夫の声が響いた。
「紹興酒」
「ありがとっす」
気さくな夫の声が歯切れよく言った。
「それは、酒だわ!」
近くにあったナプキンを、やってられるか的に、妻はテーブルにぴしゃんと投げつけた。だが、それはまだ序の口だった。鼻にかかる声でこんな長い茶の種類が告げられたのである。
「第三宇宙の第二十七星雲にある、私はどこ?ここは誰?それは記憶喪失じゃくて、ただ混乱してるんじゃないの?茶房の限定五袋の緑茶」
「待っていました。限定物のお茶」
羽布団みたいな柔らかさがあり低い声の男が、にっこり微笑み、それは手で受け渡された。水の入ったグラスに口をつけ、妻は文句ダラダラだった。
「どんな店の名前? っていうか、長すぎて覚えられないわ! インパクトもイマイチで、それじゃ、店の売り上げ半減どころの話じゃないわ!」
料理が得意な夫は椅子に腰掛けながら、
「俺は麦茶」
着いたと同時に、盆を手裏剣でも飛ばすように横向きでシュッと投げた。どこまでも飛んでゆく盆だったが、壁にぶつかる寸前で、すっと消え去り、どこかへ行ってしまった。
まともな茶に戻ったのを前にして、妻がボソボソと言うと、グラスが息で白くくもった。
「オール季節で麦茶」
夫婦十一人で、それぞれのお茶? をすするの図が展開していたが、妻は目の前に置かれたカラの食器に視線を落とした。
「あれ、お茶だけ? フォークとお皿はあるのに」
こんな日は今までなかった。デザートまで上手に作る夫がおり、幸せな夕食だった。それがないのである。ボブ髪の夫は、子供が膝を抱えるみたいにして、椅子の上に足を乗せた。
「今日、デザートどうしちゃったの?」
全員の視線が向かってきたが、鼻声の夫なりにきちんと説明した。
「作らなくていいって言われたから、作らなかったんだが……」
いつどこで誰がどうしてがない夫。いや、これはおそらく策略的に、情報を与えられていないようだ。最初に緑茶を受け取った、ニコニコの笑みをいつも絶やさない夫の声が響いた。それは、凛として澄んでいて儚げで丸みがある女性的なもの。
「僕が出しますよ」
言葉遣いも至極丁寧。
「何?」
ナンパするような軽薄な様子で、ボブ髪の夫は聞き返した。すると、テーブルの下から白い正方形の箱が持ち出されたのだった。
「こちらです」
それはよく、子供の誕生日とかで見るもので、他の夫婦十人が声をそろえた。
「ケーキ?」
「えぇ、そうです~」ニコニコのまぶたにいつも隠されているヴァイオレットの瞳は姿を現した。それは、見なかった方がいいと後悔するような目で、邪悪。そうとしか言いようがなかった。「ですが、ただのケーキではありません。底に時限爆弾のスイッチがついてるものです~」
平和な我が家に、危険物が持ち込まれていたのだった。
時計のない食堂では、時間を気にする必要がない。白い長テーブルに全員ついたまま、料理が得意な夫から、食後のお茶が配られ始めた。
「緑茶ふたつ」
盆から手渡しではなく、茶器は姿をすっと消して、ふたりの夫の前にすぐに現れた。ひとりはニコニコの笑顔で、髪が腰まである夫。
「ありがとうございます~」
「すまん」
もうひとりは、対照的に、極力短く切られた短髪で、地鳴りのような低い声が響いた。鼻に少しかかる声の持ち主が、次の飲み物を配る。
「水ふたつ」
少し味気ないお茶だが、超不機嫌俺さまの夫が、それは意思表示なのかと聞き返したくなるようにうなずいた。
「ん」
「ありがとうございま~す」
唯一妻、いや紅一点の声が、イケメン天国でスキップするようにウキウキでお礼を言った。今のところわりと和テイストな明智家だったが、洋物が出てきた。
「紅茶」
「ありがとうございます」
広いテーブルなのに、茶を配る夫が動くのではなく、茶器が動くという超常現象が起きていたが、いつものこと――いや当たり前のことなので、全員スルーしてゆく。
だが、妻は次の茶の名前から、引っかかり出すのだった。
「ジャスミン茶」
「ありがとう」
妻の視界から水は消え去り、漆黒の長い髪を持つ夫の手元をじっと見つめた。
「え? それって、食前茶じゃないの?」
そうこうしているうちに、次の飲み物の名前が出てくる。
「フルーツジュース」
ボブ髪の夫の前に、細長いグラスに入った黄緑色の飲み物が現れた。
「サンキュ~」
それ自体がデザートである。デザートを食するのに、デザート×デザートであり、どんだけデザートする気かと、妻は密かに思う。
「それ、お茶なの?」
そして、また夫から笑いの前振りみたいなのがやってくる。
「ジンショット」
「すまねえな」
しゃがれた夫の声が響いた。
「紹興酒」
「ありがとっす」
気さくな夫の声が歯切れよく言った。
「それは、酒だわ!」
近くにあったナプキンを、やってられるか的に、妻はテーブルにぴしゃんと投げつけた。だが、それはまだ序の口だった。鼻にかかる声でこんな長い茶の種類が告げられたのである。
「第三宇宙の第二十七星雲にある、私はどこ?ここは誰?それは記憶喪失じゃくて、ただ混乱してるんじゃないの?茶房の限定五袋の緑茶」
「待っていました。限定物のお茶」
羽布団みたいな柔らかさがあり低い声の男が、にっこり微笑み、それは手で受け渡された。水の入ったグラスに口をつけ、妻は文句ダラダラだった。
「どんな店の名前? っていうか、長すぎて覚えられないわ! インパクトもイマイチで、それじゃ、店の売り上げ半減どころの話じゃないわ!」
料理が得意な夫は椅子に腰掛けながら、
「俺は麦茶」
着いたと同時に、盆を手裏剣でも飛ばすように横向きでシュッと投げた。どこまでも飛んでゆく盆だったが、壁にぶつかる寸前で、すっと消え去り、どこかへ行ってしまった。
まともな茶に戻ったのを前にして、妻がボソボソと言うと、グラスが息で白くくもった。
「オール季節で麦茶」
夫婦十一人で、それぞれのお茶? をすするの図が展開していたが、妻は目の前に置かれたカラの食器に視線を落とした。
「あれ、お茶だけ? フォークとお皿はあるのに」
こんな日は今までなかった。デザートまで上手に作る夫がおり、幸せな夕食だった。それがないのである。ボブ髪の夫は、子供が膝を抱えるみたいにして、椅子の上に足を乗せた。
「今日、デザートどうしちゃったの?」
全員の視線が向かってきたが、鼻声の夫なりにきちんと説明した。
「作らなくていいって言われたから、作らなかったんだが……」
いつどこで誰がどうしてがない夫。いや、これはおそらく策略的に、情報を与えられていないようだ。最初に緑茶を受け取った、ニコニコの笑みをいつも絶やさない夫の声が響いた。それは、凛として澄んでいて儚げで丸みがある女性的なもの。
「僕が出しますよ」
言葉遣いも至極丁寧。
「何?」
ナンパするような軽薄な様子で、ボブ髪の夫は聞き返した。すると、テーブルの下から白い正方形の箱が持ち出されたのだった。
「こちらです」
それはよく、子供の誕生日とかで見るもので、他の夫婦十人が声をそろえた。
「ケーキ?」
「えぇ、そうです~」ニコニコのまぶたにいつも隠されているヴァイオレットの瞳は姿を現した。それは、見なかった方がいいと後悔するような目で、邪悪。そうとしか言いようがなかった。「ですが、ただのケーキではありません。底に時限爆弾のスイッチがついてるものです~」
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