69 / 80
絶対音感持ちの音楽家たち
しおりを挟む
知っている人は知っていると思う。だが、言う必要はないと思う。細かいわけは言わないが、魂の存続が許された私は、陛下の元へ一区切りの挨拶をしにいったのだ。
不思議な気持ちで、陛下の執務室に光命と三人でいた。その時に話した内容を実現しようと、私の新しい人生は始まった。
アーティストとして、地球にある不浄を、神界の価値観を踏まえて、新しいものとして世の中に広める。
さてさて、とにかく、作詞作曲をして、歌を歌わければ、目標には近づかない。そうして、思い出した。光命と結婚した当初、あることが理由で彼とは仕事を一緒にしようと約束していたことを。
もっと先の話だと思った。もちろん、一秒先には人は生きていないかもしれない。それでも、生きている間に、その夢を叶える日がやってくるとは思わなかった。
シンガーソングライターを目指して、メジャーでもCDを発売したことがあった私だが、あちこちから声をかけていただいたのに、怖くなって全て断り、今を生きている。
病気をして、精神的な理由から音の聞こえ方まで狂い、もう音楽はできないのだと思ったが、やると決まれば、それは何らかの方法で克服するしかない。
私のこの世の家には、ある理由で通信カラオケがある。防音の部屋もある。そこへいって、練習をする。それを、光命が聞くわけだが、たった二小節で、
「歌い直してください」
マイクをはずして、私は慎重にうなづく。
「はい」
「ピッチがずれています」
「あぁ~、音じゃなくて、ピッチ~!」
妻は頭を抱えた。0.01のズレも許せない夫は、ピッチがずれていると言うのだ。
音がズレている――は、まるっきり違う音を歌っているか、フラットしているかシャープしているかを指している。
ピッチがずれている――とは、ギターのような弦楽器を思い浮かべるとわかるが、音にも許容範囲がある。その中で、高いか低いかのことを指していて、光命はど真ん中を望んでいる。
しかしそれは当然だ。プロでやってゆくのだから、適当にはやれない。どっちにずれているとは教えてこない。それは自分で気づいて直さなければ、本当にできるようになったとは言わないのだ。
絶対音感を持っているピアニストは厳しかった。
その後も、歌い出しては、すぐに止められてを繰り返した。
それでも、何と練習は無事に終え、のんびり寝るまでの時間を過ごしていると、蓮がやってきた。
「お前は曲は書かなくていい」
「え?」
「お前に曲の才能はない。光が書く。あれは才能がある」
R&Bの人気アーティストが言うのだから、確かだろう。光命は神の世界で、十五年も前から、他のアーティストに曲の提供もしているようなピアニストだ。
この世界でさえ、メジャースケールとマイナースケールしか使いこなせない、私が追いつくはずもない。
私のコード進行が同じパターンになりがちな曲よりは、デジタルに音を操作して、自身のスタイルの曲を自由に書ける人である、光命が適任であろう。
そうして、絶対音感を持つヴァイオリニストの蓮から、再度通告。
「ピッチが下がっているから、上げろ」
「わかった」
昔は、高くなり気味と言われていたが、逆になったんだ。年齢のせいか、それとも、気分のせい――!
その時、妻はピンときた。ピッチを上げる方法を。何となくという曖昧な感覚ではなく、理論的なやり方を。
そうだ!
武術だよ!
数日後、再び歌の練習に挑戦。光命の厳しいダメ出しを受けていると、夕霧命がやって来た。
「腹筋を使うな」
これはこういう意味だ。手で触れられるお腹の筋肉は、歌にはほとんど関係ない。本当に必要なのは、腸腰筋、腸骨筋というインナーマッスルだ。それは背骨の少し前にある。
使ったことのない筋肉を使うと、最初は衝撃的な感覚を覚える。体にこんな場所があったのかと。次にひどい筋肉痛が襲う。
体の内側は外からさすれないから、もどかしい激痛。それも慣れてしまうと、当たり前のようになってしまう。
昔、腸腰筋と腸骨筋が使えるようになった時、背骨の前がゴムを極限まで伸ばしたような引っ張られる感覚があったが、今はもう感じない。それをよく使えということだ、夕霧命の言っていることは。
無になった感覚でも、見た目でわかるところはある。インナーマッスルを使って息を吸うと、お腹は膨らまないのだ。当たり前のことだ。呼吸をするのは肺と横隔膜なのだから。胃や腸は関係ない。
初心者には肺と横隔膜を意識すると、深く息が吸えないため、お腹で吸えと教えるだけであって、プロではまずしない。
しかも、私が挑戦するのは、肉体のない魂の世界で通じる歌い方だ。それは、気の流れが結局大きく関わってくるのだ。
絶対不動の夕霧命だから、すぐに止められはしないが、できないとやはりやり直しをさせられた。
武術という絶対音感持ちの武道家と、音楽家ふたりに支えられて、順調にデビューをして、それなりに売れていて、ツアーの話も出ている。
まだアルバムも出していない段階で、演奏する曲がない。だから、曲を次々にリリースするということで、来週の火曜日にはまた、新しい曲のレコーディングだ。
曲調は、オーケストラにバンドが入る壮大なスケールの曲だ。既にご存知の方はいるかと思う。先日の船旅で演奏したものだ。
こんな風な曲を歌いたいというと、光命は翌々日には、彼なりに消化してカラーをつけた楽曲を完成させてくる。
あとは、私の歌の技術が追いつけば、いいのだ。今はひとつのジャンルに絞らないで、いろいろな歌を歌いたい。基本に忠実に――曲の持つ気の流れを、自身で再現して歌う。千曲あれば、千通りの自分で歌うということだ。そんなヴォーカリストを目指している。
ツアーはまだまだ先の話だ。まずは、光命のツアーが四月から本格的に始まる。それが終わってからになるだろう。
2020年3月1日、日曜日
不思議な気持ちで、陛下の執務室に光命と三人でいた。その時に話した内容を実現しようと、私の新しい人生は始まった。
アーティストとして、地球にある不浄を、神界の価値観を踏まえて、新しいものとして世の中に広める。
さてさて、とにかく、作詞作曲をして、歌を歌わければ、目標には近づかない。そうして、思い出した。光命と結婚した当初、あることが理由で彼とは仕事を一緒にしようと約束していたことを。
もっと先の話だと思った。もちろん、一秒先には人は生きていないかもしれない。それでも、生きている間に、その夢を叶える日がやってくるとは思わなかった。
シンガーソングライターを目指して、メジャーでもCDを発売したことがあった私だが、あちこちから声をかけていただいたのに、怖くなって全て断り、今を生きている。
病気をして、精神的な理由から音の聞こえ方まで狂い、もう音楽はできないのだと思ったが、やると決まれば、それは何らかの方法で克服するしかない。
私のこの世の家には、ある理由で通信カラオケがある。防音の部屋もある。そこへいって、練習をする。それを、光命が聞くわけだが、たった二小節で、
「歌い直してください」
マイクをはずして、私は慎重にうなづく。
「はい」
「ピッチがずれています」
「あぁ~、音じゃなくて、ピッチ~!」
妻は頭を抱えた。0.01のズレも許せない夫は、ピッチがずれていると言うのだ。
音がズレている――は、まるっきり違う音を歌っているか、フラットしているかシャープしているかを指している。
ピッチがずれている――とは、ギターのような弦楽器を思い浮かべるとわかるが、音にも許容範囲がある。その中で、高いか低いかのことを指していて、光命はど真ん中を望んでいる。
しかしそれは当然だ。プロでやってゆくのだから、適当にはやれない。どっちにずれているとは教えてこない。それは自分で気づいて直さなければ、本当にできるようになったとは言わないのだ。
絶対音感を持っているピアニストは厳しかった。
その後も、歌い出しては、すぐに止められてを繰り返した。
それでも、何と練習は無事に終え、のんびり寝るまでの時間を過ごしていると、蓮がやってきた。
「お前は曲は書かなくていい」
「え?」
「お前に曲の才能はない。光が書く。あれは才能がある」
R&Bの人気アーティストが言うのだから、確かだろう。光命は神の世界で、十五年も前から、他のアーティストに曲の提供もしているようなピアニストだ。
この世界でさえ、メジャースケールとマイナースケールしか使いこなせない、私が追いつくはずもない。
私のコード進行が同じパターンになりがちな曲よりは、デジタルに音を操作して、自身のスタイルの曲を自由に書ける人である、光命が適任であろう。
そうして、絶対音感を持つヴァイオリニストの蓮から、再度通告。
「ピッチが下がっているから、上げろ」
「わかった」
昔は、高くなり気味と言われていたが、逆になったんだ。年齢のせいか、それとも、気分のせい――!
その時、妻はピンときた。ピッチを上げる方法を。何となくという曖昧な感覚ではなく、理論的なやり方を。
そうだ!
武術だよ!
数日後、再び歌の練習に挑戦。光命の厳しいダメ出しを受けていると、夕霧命がやって来た。
「腹筋を使うな」
これはこういう意味だ。手で触れられるお腹の筋肉は、歌にはほとんど関係ない。本当に必要なのは、腸腰筋、腸骨筋というインナーマッスルだ。それは背骨の少し前にある。
使ったことのない筋肉を使うと、最初は衝撃的な感覚を覚える。体にこんな場所があったのかと。次にひどい筋肉痛が襲う。
体の内側は外からさすれないから、もどかしい激痛。それも慣れてしまうと、当たり前のようになってしまう。
昔、腸腰筋と腸骨筋が使えるようになった時、背骨の前がゴムを極限まで伸ばしたような引っ張られる感覚があったが、今はもう感じない。それをよく使えということだ、夕霧命の言っていることは。
無になった感覚でも、見た目でわかるところはある。インナーマッスルを使って息を吸うと、お腹は膨らまないのだ。当たり前のことだ。呼吸をするのは肺と横隔膜なのだから。胃や腸は関係ない。
初心者には肺と横隔膜を意識すると、深く息が吸えないため、お腹で吸えと教えるだけであって、プロではまずしない。
しかも、私が挑戦するのは、肉体のない魂の世界で通じる歌い方だ。それは、気の流れが結局大きく関わってくるのだ。
絶対不動の夕霧命だから、すぐに止められはしないが、できないとやはりやり直しをさせられた。
武術という絶対音感持ちの武道家と、音楽家ふたりに支えられて、順調にデビューをして、それなりに売れていて、ツアーの話も出ている。
まだアルバムも出していない段階で、演奏する曲がない。だから、曲を次々にリリースするということで、来週の火曜日にはまた、新しい曲のレコーディングだ。
曲調は、オーケストラにバンドが入る壮大なスケールの曲だ。既にご存知の方はいるかと思う。先日の船旅で演奏したものだ。
こんな風な曲を歌いたいというと、光命は翌々日には、彼なりに消化してカラーをつけた楽曲を完成させてくる。
あとは、私の歌の技術が追いつけば、いいのだ。今はひとつのジャンルに絞らないで、いろいろな歌を歌いたい。基本に忠実に――曲の持つ気の流れを、自身で再現して歌う。千曲あれば、千通りの自分で歌うということだ。そんなヴォーカリストを目指している。
ツアーはまだまだ先の話だ。まずは、光命のツアーが四月から本格的に始まる。それが終わってからになるだろう。
2020年3月1日、日曜日
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる