閉鎖病棟の怪

明智 颯茄

文字の大きさ
16 / 31

怨霊の魔窟/2

しおりを挟む
 さっきから、ぶつくさとつぶやいている、緊迫感のない女に、夕霧はまっすぐツッコミ。

「何のことを言っている?」

 それには答えず、颯茄は意味不明なことを口にする。

「ちょっと集中します!」

 くるっと背を向けて、胸の前で両方の手のひらを天井へ向け、何かを念じるように、彼女は力みうなり出した。

「ん~~~っ! ん~~~っ!」
「何をしている?」

 ――霊体、八十八。邪気、百十七。

 三十八センチも身長差があるものだから、背後からではなく、完全に上からのぞき込まれた。

 颯茄は立てた人差し指を唇に押し当て、振り返って素早く注意する。

「し~、静かに!」

 肩に入った力を、息を吐きながら抜く。目を閉じ、祈るようにつぶやく。

「神さま……」

 縦にビリビリと貫く、人知を超えた畏敬。あの聖堂の高い天井、空間。それがなぜか、すぐ後ろにさっきから立っている男からも感じ取れた。

「ん?」

 この男は普通と違う。他の人が持っていない雰囲気を持っている。それはとても希少で価値あるものだ。

 神聖で荘厳なぴんと張り詰めた空気。まるで、聖堂の身廊にひざまずいて祈りを捧げているような気持ちになった。こんな不浄な閉鎖病棟で、唯一の希望の光として後押しされたようだった。

 その時だった。颯茄の手の中に重みが広がったのは。

「あっ! きた」

 彼女は得意げな顔をして、夕霧へと振り返った。急に手の中に現れたものを差し出す。

 美しい曲線を描く、素材が何であるかわからないその正体を、地鳴りのような低い声が口にする。

「弓……」
「きっと、これが私の武器です!」

 颯茄は親指を立てて、バッチリですみたいに微笑んだ。

「なぜ持っている?」

 理論とはそこが気になるもので。だが、感覚の颯茄には、そんなことはどうでもいいことで。

「小さい頃、気づいたらありました。だから、なぜと聞かれても困ります。でもたぶん、あってると思います」

 答えが出ないことも、この目の前にいる女は適当に乗り越えてゆく。ある意味、それも強さなのだ。

 滅多に微笑まない夕霧の、無感情、無動の瞳は細められた。

「そうか、俺と同じか」

 しかし、颯茄の勢いがあったのはここまでだった。脱力したように腕を落として、ひたいに手を当てる。

「ただ困ったことに、矢がないんです。どうやって攻撃――」

 三人寄れば文殊もんじゅの知恵。ではないが、今度は夕霧が答えを持っていた。

「俺のも銃弾はないが、霊力で装填できる。お前の矢も自身で作るのかもしれん」

 天にも昇るように、みるみる笑顔になって、颯茄はガッツポーズを取った。

「よし、やるぞやるぞ!」

 袖がないのに、腕まくりをする仕草をして、

「ずっと誰かの役に立ちたいって思ってたけど、これでその夢が叶う! よし! 頑張るぞ!」

 右腕を高々と勢いよくかかげた。だが、夕霧の地鳴りのような低い声に出鼻をくじかれた。

「戦いに頑張りはいらん。隙ができるだけだ」

 ――霊体、九十七。邪気、百三十二。

 正論である。物事がそこにあるだけで、感情などいらないのだ。ただ処理すればいいだけのことだ。

 だが、颯茄という薪を燃やす炎だった、やる気とは。

「私には頑張りがいります! それが私を動かすエネルギーです!」

 職業柄、女と接する機会は多く、言い寄ってくる女はたくさんいるが、媚びを売る輩はいても、こんな女はいなかった。

 腹の低い位置で袴の袖を交差させ、両腕を組み、今までに感じたことのない、面白みが湧いた。

「あぁ言えばこう言うで、おかしなやつだ」

 また言い返してくる。

「それが私ですから、誰が何と言おうと」

 対等を望んでいるのだ、夕霧は。この名前も知らない、超適当で感覚的な女は不安定なはずなのに、揺るぎないものを持っていた。

 そこで、待ちきれなくなった敵の一人が、かなり戸惑い気味に声をかけてきた。

「あのぅ……もういいですか?」
「はい、お待たせしました!」 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

真実の愛は水晶の中に

立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。 しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。 ※AIイラスト使用 ※「なろう」にも重複投稿しています。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...