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11.そして平穏な日常を取り戻す?

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 王宮の裏庭にある見事な庭園を、アウロラは歩いている。
 隣には騎士服姿のヴァルテリがいるが、彼はアウロラを護衛するという仕事の最中だった。
 隣を歩かせているのはアウロラの我儘だ。

「ヴァルテリはいつ、私のことを、その――好き、だと思うようになったの?」

 無粋な質問だろうかと思いつつ、アウロラは聞かないわけにはいかなかった。彼はあまりはっきりと表情を見せない。いろんな彼の表情を知ったのが、誘拐されてからとごく最近のことだからだ。
 ヴァルテリはしばし考えたのち口を開いた。

「わりと最初からです、殿下」
「まぁ……最初というとお父様の公務についていって魔獣に襲われたときでしょう? 私はあの時まだ八つだったのだけど」

 アウロラは無意識に、前世にあった言葉を脳裏によみがえらせていた。

なのかしら)

 しかし、そんなアウロラの心情を見透かしたように、ヴァルテリが細めた目でアウロラを見下ろす。

「殿下、私は幼女趣味ではありません」
「まぁ、ヴァルテリ。あなた読心術があるの?」
「……殿下、魔族という種族の特質として、家族なかま同士の繋がりをとても大事にする、というものがあります」

 唐突になにやら説明を始めた彼を、アウロラは見上げる。

「もちろん、その特質から外れる者もいますが……」

 数年前、アウロラが魔族と話がしたいと言い出したころ、ヴァルテリは一人で北東の森へ入り、魔族の町へ行ったことがあるのだと言う。
 そこで族長と会い、魔族に関する様々な話を聞く。

「魔族はとても保守的で、内にこもる性質があり、結束が固く、家族の繋がりを大事にします。私の母はそうではなかったようですが、人間に育てられた私でも、どうやら同じ性質が継がれているようです」

 アウロラと初めて会う以前、それまでヴァルテリはそんな自覚もなく過ごしていた。
 ただ、離れに追いやったまま自分を受け入れない伯爵家の者たちや、自分を捨てて姿を消した母親を強く軽蔑していただけで。

「家族を大事にしない者たちを、私は自分に関係ない者であっても蔑視べっししていたような気がします。実はアウロラ殿下のことも、まで私はさげすんでいました」
「私を?」

 ヴァルテリの告白に目を見開き、アウロラは軽蔑されるような何かをしただろうかと必死に記憶を探る。

「私はまだ一兵卒だったので、アウロラ殿下をお見掛けすることは滅多にありませんでした。それでも、叔母であるリリャ殿に対する殿下の態度は冷たいように感じました」
「えっ?!」

 思ってもみなかった指摘に、アウロラは驚きの声を上げる。
 そうだったろうかと思い返してみても、あの日以前の記憶がかなり曖昧ではっきりと思い出せない。

(なぜかしら……前世を思い出したから?)

 ヴァルテリによれば、リリャは姪であるアウロラを大事に想っているのが伝わって来たという。一方、アウロラはそんなリリャを一臣下としてしか見ていないのではないか、と感じるような態度だったらしい。
 ところが魔獣に襲われたあの日、リリャに危機が迫ろうとしたとき、アウロラは恐怖に悲鳴を上げた。

「あれは、家族を失うかもしれないという悲痛な叫びに聞こえました。実のところ、私はあの日までそれほど忠誠心というものを持ち合わせておりませんでしたが、貴女の叫びを聞いて助けなければと思ったのです」

 その後、アウロラが自分を鍛えようとしたり、魔族との歴史を知って自分を誘拐するかも知れない魔族と対話をしようとしたり――。
 それまでと違う変化を目にするたびに、ヴァルテリはアウロラに興味を持つようになったのだと言う。

「あの日以降、殿下は私のことも気にかけてくださるようになりましたが、貴女に家族として――誰よりも親しい者として見てもらうことが出来たら、どんなに嬉しく感じるだろうかと考えるようになり――気がつけば私はそれだけを願っていました」
「ヴァルテリ……」

 頬を染めるアウロラの手をヴァルテリがそっと握りしめる。

「将来女王となられる殿下を、私一人が独占することなどできないと分かってはいますが、できればあの離宮に閉じ込めてしまいたいと思うほどに、私は――俺は貴女を想っております」

 やや不穏な言葉を聞いた気がするが、それでも真っ直ぐなヴァルテリの告白にアウロラは胸が躍った。

「ヴァルテリ、嬉しいわ。私もあなたが好きよ」

 頬を染めたアウロラが、自分なりに想いを込めて告白する。
 ヴァルテリも告白を受けて微笑むが、それだけでは足りなかったようだ。

「ありがとうございます、殿下。ところで殿下は、いつその想いを自覚されたのですか?」
「えっ!」

 と要求されてアウロラは火照る。

「えっと、そうね、はっきりと自覚したのは森のなかの離宮で、かしら。ヴァルテリと庭を歩きながら、『ここを離宮に』と言われて、それもいいかなって思ったの」
「そうですか。北東の森は殿下の領地ものになったことですし、殿下が過ごしやすいように手を入れるといいですよ。もしかしたら、長く滞在することになるかも知れませんし」

 何やら思案するヴァルテリの様子に少々不穏なものを感じ、アウロラは離宮から意識を離すよう話を続けた。

「あ、でも、やっぱり私も初めてヴァルテリを見たときかも知れないわ。騎士が数人で対峙しても手強かった魔獣を、ヴァルテリはあっさり蹴り飛ばしたでしょう? まだ騎士でもなかったのに、平然と魔獣を倒したヴァルテリが格好良くて一目惚れしたのだと思うわ」
「なるほど、俺は格好いいですか? 殿下」
「ええ、もちろん」
「では、魔族としての俺の姿は、いかがですか?」

 尋ねられてアウロラは脳裏に、数回しか見ていないヴァルテリの魔族特有の姿を思い起こす。
 だが、その質問の意図が分からず首を傾げた。

「俺のあの姿は恐ろしかったでしょう? 誘拐するとき、貴女は怯えていた」
「あの時は敵だと思ってたから……。ヴァルテリがどんな姿でも怖がったりなんかしないわ」
「では、あの姿の俺も受け入れてくださると?」
「もちろんよ」
「それを聞いて安心いたしました。貴女と結ばれる日が待ち遠しい――」

 後半は独り言のような呟きだったせいか、アウロラはその意味まで理解することができなかった。
 アウロラが問い返す前にヴァルテリの手が頬に触れ、顔が寄せられるのを見て、そんな疑問など吹き飛ぶ。
 期待と不安で無意識に目を閉じ、アウロラはその時を待った。
 意外にも柔らかいヴァルテリの唇の感触と、触れるだけの口づけに、頬だけでなく全身が火照る。
 すぐにヴァルテリは離れ、真っ赤なアウロラを愛しそうに見つめると言った。

「結局、殿下が見た予知夢が当たったのか外れたのか、分かりませんね?」

 初めての口づけにぼんやりとしながら、アウロラはヴァルテリの言葉に予知夢を――前世のことを思い出した。

(本当は予知夢でなくゲームの内容なのだけど……もしかしたら、ゲームの通りになってるのかも知れないわ)

 勇者は森に仕掛けられた罠に翻弄され、決してアウロラを助けることはできず、アウロラは魔族のボスとなったヴァルテリに誘拐され――そしてそのままヴァルテリのものとなった。
 本来であればヴァルテリは魔族側の人間で、国に反意を持つ存在になっていたのかも知れない。
 だが、アウロラに興味を持ち好意を寄せるようになったことで、アウロラを守る側の人間になった。
 どれが真実であるかは分からないが、今のアウロラにとってあのゲームは『クソゲー』ではなかった、ということだ。
 まさかの魔族のボスを味方に――どころか伴侶とすることになり、誘拐に怯えることもなくなって平穏な日常が手に入ったのだ。
 だが――

「殿下、初夜はあの離宮で過ごしませんか?」
「……離宮で?」
「誰にも邪魔されることなく、二人きりで過ごすことができますよ。楽しみですね?」

 初めて見るヴァルテリの満面な笑みに、アウロラは思わず見入る。まるで魅了にかかったようにゾクリとして、それから目が離せなかった。

(やっぱりゲームの通り、私はボスに――ヴァルテリにいつの間にか囚われていたのだわ)

 だがそれを自覚しても、アウロラは逃げようなどとは思わない。むしろ自分から進んで囚われにいきたいと思う。
 アウロラもヴァルテリに、心からの笑みを返す。

「ええ、ヴァルテリ、私も楽しみだわ」

 そうして、前世で『クソゲー』と言われたゲームの世界のアウロラ姫は、元魔族のボスであるヴァルテリに度々離宮へとさらわれ――幸せな日々を送るのだった。
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