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10.アウロラの決断

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「アウロラ、怒っているかい?」

 父王の執務室で、そう尋ねられてアウロラはやや顎を上げ、ツンと顔を背けた。

「ええ、お父様、もちろんです。なぜ、私に何も言ってくださらなかったのですか?」

 軽くめつけると、父王は苦笑し視線を逸らした。

「その、お前は少し、感情が顔に出やすいからな……」

 父王の指摘に返す言葉もないアウロラだったが、だからといって怒りはすぐには静まらない。
 アウロラが怒っているのは、父王とヴァルテリと宰相の三人が、実は王妃のたくらみを知っていて黙っていたことだった。
 執務室には宰相とヴァルテリが呼ばれている。
 宰相にも視線をやれば王と同じように視線を逸らし、ヴァルテリはいつものように無表情で、不遜とも取られかねない態度で見返してくる。

「お父様はいつ、ヴァルテリのもうひとつの姿を知ったのですか?」
「そうだな、お前が十四になったころか。魔族に森を還すと言い出してしばらく経って、ヴァルテリが自ら明かしたのだ」

 それまでは、きっと誰にも教えなかったのだろう。誰かが知っていれば、どこかから噂とともに聞こえて来たはずだ。

「お前が安易に魔族と接触しようとしているから、ヴァルテリが心配したんだよ」

 弁明しようとする王の視線を受け、ヴァルテリが頷くと言葉を継いだ。

「はい、本当にアウロラ殿下を誘拐しようと考えるほど、ヴィットルイペに悪感情を持っている魔族がいるのか、まずそれを調べました」

 下町におりて、治安の悪そうな飲み屋などを巡り、それらしい者たちがいないか捜したのだという。
 魔族には特有の特徴があるので捜しやすかったようだ。
 それっぽい集団を見つけ、まず一人の魔族と接触して仲間になり、人間に反感を持つ集団だということを突き止める。
 だが、彼らは管を巻くだけで行動を起こすような積極性がない。
 仕事の合間を縫って彼らと接触を続けて数か月。何の変化も見られないので他の魔族を捜すべきかと考え始めたとき、はじめて彼らの口から『ボス』という言葉を聞いた。
 彼らを統率する者がいるのだと知り、ボスに会えるまでヴァルテリは辛抱強く待ったのだと言う。

「そのボスはどうしたの?」

 確かヴァルテリは自分がボスだと言っていたはずだが。

「『ボスの座を明け渡せ』といって、下っ端に降格させました」
「……そう」

 勝負を挑み勝ったのか、その辺りの説明を端折られたような気がするが、彼はとても強いのでそういうことなのだろう。
 ボスとなったヴァルテリは、元ボスだった男にこれからどのような行動を起こすつもりだったのか訊ねた。
 すると、こう返ってきた。

『偉いお方の指示がある。あの方に従っていれば、数年後には北東の森が還って来るんだ』

 ヴァルテリはその『偉いお方』に顔つなぎを頼むが、相手が警戒しているのか単に面倒なのか、なかなかそれが叶わない。
 だが、ひとまず潜入は成功したので、その時点でようやくヴァルテリは国王へ謁見を申し入れたのだと言う。

「その時にはすでに、我々は王妃を警戒対象としておりました」

 宰相が厳しい表情でそう続ける。

「王妃の散財や横暴な態度が日増しに激化し、周りの使用人の入れ替わりが頻繁になったことを受け、警戒を強めていました」

 その際、王妃の息がかかった侍女長が、アウロラの侍女も入れ替えを行った。
 王妃の周りでは忙しなく入れ替えが続き、気がつくと身元の怪しい者をちらほら見かけるようになる。

「その中に魔族もいました。めったに部屋から出ては来ませんでしたが――ヴァルテリ殿の言っていた元ボスです」

 その時点で厳しく追及しても良かったが、調べていくうちにさらなる疑惑が出てきた。
 十年ほど前、公務のため地方へ向かう途中、魔獣に襲われた一件に王妃が関わっていたかも知れないという疑惑が。

「あのころは、地方の領地で魔獣の出現が頻発したときでした。国境に近く、他国の侵略も危ぶまれたため、国王へ助力の要請があったのです」

 ただ、魔獣の出現自体は早々におさまったため、国王の姿を見せることで他国を牽制し、領民を励まし勇気づける、そんな意味を込めた遠征だった。
 危険は少ないだろうと、アウロラの『ついて行きたい』という我儘を王は許してしまい、そのせいで危険な目に遭ってしまったのだが。

「細い繋がりですが、魔獣の出現が頻発した小領地の近くに、元王妃の親族がいたのです。母方の叔母の三男、つまり元王妃にとっては従弟いとこですが、その従弟が中領地の貴族に婿養子として籍を移していました」

 とくにこれまで親しくしていた様子はなかったが、魔獣出現の一年ほど前から、よく手紙のやり取りをしていたという事実を突き止める。
 さらに、従弟の治める領地では、積極的に魔族の血を引く者たちを採用しているのだと知る。

「疑うには弱い情報ではありますが、アウロラ殿下が執拗に魔獣から狙われていたと聞き、まさかと王妃の動向を注視するようになったのです」

 しかし、一度失敗したためか、それから王妃は目立った行動を起こさなかった。

「私の中で疑いが確信に変わったのは、カーリナの『蛮族』という発言だった」

 宰相の説明を継ぎ、国王が元王妃への思いを吐露する。

「魔族に森を還したいと言ったアウロラに、カーリナは嫌悪を示し魔族を『野蛮な民族』とさげすんだ。それだけでなく、『魔族が魔獣を手懐ける』とも口にした」

 ヴィットルイペの先人が魔族と遭遇した当初、魔獣と同じように不思議な力――魔力を使うのを見て、魔獣の仲間かと疑った話は多くの者が知っている。
 だが、魔獣を手懐けるという話は、国王ですら初めて聞く話だった。

「手懐けることは、基本できない。だがカーリナは誰かからそう聞かされたのだろう」

 その誰かは、従弟かもしれないし、従弟の元で働く魔族の血を引く者かもしれない。アウロラを亡き者にしたいと考えていたカーリナに、誰かがそう吹き込んだのだと思われる。

「しかし証拠はない。だから泳がすことにした。そのうち尻尾を出すだろうと思っていたが――その前にヴァルテリがもう掴んでいた」

 謁見を申し出たヴァルテリは、国王と宰相にだけもうひとつの姿をさらした。自分が持っている情報を伝え、このまま潜入を続けて王妃の動向を探る、と自ら進言する。

「魔族特有の姿をしていれば正体はバレないからと――。そして、アウロラが十八を迎えるその日、ようやくヴァルテリはカーリナと顔を合わせることになったのだ」
「なぜ、十八だったのでしょう?」

 不可解に思いアウロラは首を傾げる。
 それに答えたのは宰相だ。

「アウロラ殿下が十八歳になることに、それほど意味があったのではないようです。確かに成人することで女王となる未来により近づいたことが、元王妃の焦りにもなったようですが――。それよりも、ヴェンラ王女が成長されるのを待っていたようですね」
「?」
「もしアウロラ殿下が女王となれない、となれば、次はヴェンラ王女が候補に挙がるはずです。ですが、幼すぎるとそれよりもまず、国王に男児を――という話になるでしょう」

 元王妃は『男児の世継ぎを』と、圧力をかけられるのを避けたかったようだ。
 国王との接触や関係改善を拒み、アウロラが次期女王の座から外され、さらにヴェンラが成長して次期女王に相応しくなれば、元王妃の思惑どおりになっていたかも知れない。

「元王妃は自分の娘を女王にしたかったようです。ヴァルテリ殿が接触したとき、彼は元王妃に『契約書を作れ』と迫りました。書面に残すことを初めは渋っていたそうですが、ヴェンラ王女を必ず女王にするため役に立てと厳命し、契約書に署名したそうです」

 書面に残せば誰かに見つかる可能性がでてくる。
 だが、ヴァルテリが契約書に署名をしなければ協力しないと言えば、元王妃は渋りながらも危険を冒して署名した。
 それほどに自分の娘を何としても女王にしたかったのだろう。
 宰相の話を聞き、アウロラは異母妹であるヴェンラに思い馳せた。
 元王妃が騎士に両脇を抱えられるように連れて行かれる間、彼女は顔を青くして震えていた。
 彼女は元王妃と同じように散財し、我儘を使用人に押し付けていたようだから、考え方は元王妃と同じだったかも知れない。
 だが、元王妃に振り回された人間のうちの一人でもあっただろう。

(私がもっと次期女王らしく振舞えていたら――)

 たらればを言っても後の祭りだが、アウロラはひとつ決意を胸に顔を上げた。

「お父様――いえ、国王陛下、ひとつお願いがあります」
「なんだ、アウロラ」
「魔族が住む北東の森を、私にいただけませんか?」

 アウロラの言葉に父王は目を瞬き、他の面々も驚いた様子で息をのんでいる。
 みなが沈黙している間に、アウロラは自分の考えを一息に伝える。

「あの領地が国王の領地だと言うなら、次期女王である私に、先にお譲りください。そうすれば、再びヴェンラ様が巻き込まれることも無いでしょう?」

 北東の森がアウロラの領地となれば、誰もが次期女王はアウロラだと思うに違いない。
 そして今までアウロラは女王になることに迷いがあったが、王領が欲しいということは、女王となる覚悟を決める、その意味でもあった。

「だが、そうなればまた魔族に狙われるな」

 娘を心配する父親の顔でそう言いつつ、国王の視線がヴァルテリに向く。それを追ってアウロラもヴァルテリを見ながら微笑んでみせた。

「心配ありませんわ、ヴァルテリが居るもの。ヴァルテリが私を守ってくれるのでしょう?」
「……」

 だがヴァルテリは表情を崩さず、臣下の礼を執るため頭を下げかけた。そのヴァルテリにアウロラは続ける。

「ヴァルテリには常に傍に居てもらわなくてはいけないわ。だから、私の伴侶となってくれるのが一番いいと思うの」

 ヴァルテリの動きが止まり硬直する。
 それを見やりつつ、国王も何食わぬ顔で話を続けた。

「――アウロラは、それでいいのか?」
「ええ、嫌だと言っても、私を騙した罰よ。それに、ヴァルテリは私を誘拐したあと、どうしたら思いとどまってくれるって尋ねた私に『俺のものになってくれるなら』って言ったのよ」
「ほう……」
「ヴァルテリが敵にならずに済んだのだし、私から言い出したことだもの。叶えてあげないといけないわよね?」
「あの、殿下……」
「それにお父様、安心して。北東の森に、もう私の離宮が用意されてるのよ。見栄えはいまいちだけど、私の自由にしていいのですって」
「なるほど」
「あ、アウロラ殿下、その、それは……」

 何とか会話に割って入ろうとしているヴァルテリが、彼にしては珍しく動揺している。見れば頬を紅潮させて、口元を片手で覆い複雑な顔をしていた。
 滅多に見られない彼の表情を眺めながら、アウロラはわざとらしく驚いた声を上げた。

「まぁ、ヴァルテリ、もしかしてあれはたわむれだったと言うの?」
「いやっ」
「そうなのか、ヴァルテリ。アウロラをもてあそんだのか?」
「いえ、まさかっ」
「それにカーリナ様が勇者に仰っていたのでしょう? 一緒に王宮へ戻れば私を妻にする、と。実際は私を王宮に戻してくれたのはヴァルテリだわ。それなら、私はヴァルテリの妻にならなければね?」
「……」
「ヴァルテリが嫌なら、無理強いはしないけど――」

 悲しげにアウロラが視線を落とすと、ヴァルテリが顔色を変えて表情を改めると国王へ向き直った。

「陛下、私は元王妃の企みからアウロラ殿下を守り、無事に王宮へお連れ致しました。この私に褒美を賜りたく、お願い申し上げます」
「なんだ、言ってみろ」
「アウロラ殿下を我が妻に。身に過ぎた願いと重々承知しておりますが、私はずっとアウロラ殿下をお慕いしておりました。この命が尽きるまで、アウロラ殿下をお守りすると誓います」

 ヴァルテリの願いに国王は苦笑を返した。

「いいだろう。それがアウロラの望みのようだからな」

 やや呆れたような父王の視線に気づきもせず、アウロラは頬を染めて告白するヴァルテリを見つめ続けるのだった。
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