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三章
07
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王都に着くと、その足で王城へと向かう。
国王の計らいか早々に謁見が叶ったが、公務中だったため謁見の間で相まみえることとなった。
台座の上の玉座に腰かける国王へアルベルトが臣下の礼を執る。
「面を上げよ――アルベルト・ルーベンソン公爵。私兵を動かす許可を、とのことだが理由を聞かせてもらおうか」
慇懃に頭を上げてアルベルトは、国王と周囲にいる側近を視界に収める。
そこに並ぶ者たちをもちろんアルベルトは見知っているが、とある貴族の顔を見てわずかに眉をしかめた。とはいえ、その変化に気づいたのは恐らく伯父である国王のみだろう。
私的な訪問とは違うため、気を取り直したアルベルトは以前よりも意識して国王と臣下という姿勢で臨んだ。
「はっ、国境の城に軟禁しているティペリッシュの王子の件で――」
手紙ですでに詳細を伝えてはいるが、説明を求めたのは一応周りの側近らへも周知するためだろう。
実はティペリッシュの国王代理と結んだ条約には、アルベルトとマリアーナが婚姻すればエーリス王子を解放すると書かれていた。
それを深く考えず承諾したのち、エーリスとともに帰国できないと知ったティペリッシュの面々は当然色めき立ったが、『署名したのは貴殿らだ』とアルベルトは反論を封殺した。
そして当然まだアルベルトとマリアーナは婚約したばかりであり、婚姻するに至ってはいない。
そのためエーリスは未だ国境の城に軟禁されている状態だった。
「ティペリッシュの辺境伯夫人が執拗にエーリス王子の解放を求め、さらには国境の城近くの町に滞在しているようで――自国へ送り帰すために数名の私兵を向かわせようと考えております」
フィーアンダでは護衛と分かる数名の騎兵なら許可なく領地外でも使用できるが、明らかに護衛以上の騎兵もしくは傭兵を移動させる場合、国王の許可が必要になる。
今回、数はそれほど多くならないが、公爵家が所有する私兵のみを移動させるために許可を求めることになった。
「許可する。だが、送り帰したとして、エーリス王子を解放しなければまた来るのではないか?」
その懸念はもっともだった。
関係が悪い両国とはいえ行き来を禁止してはいない。
当然、兵士の類は排除の対象となるが入国禁止の措置を取ったとしても、旅人や商人などと紛れて入国されれば辺境伯夫人を特定することは難しいだろう。
しかしそれもエーリス王子の命を脅しに使えば行動の制限はできる、とアルベルトは考えている。
条約には、『婚姻が成立すれば帰す』と書かれてはいても、それを承服せず勝手な行動を取っているのはあちらなのだから、脅しに使うくらいどうということはない。
アルベルトがそれを説明しようと口を開いた、その時。
「そもそも、そのエーリス王子とやらを軟禁する必要があったのか? さっさとティペリッシュへ追いやるか殺せば良かったのではないか?」
許可も断りもなく、そう口を差し挟んできたのは財務官補佐を務めるダリアン侯爵だ。
役職的に外交にも軍事にも直接関係のない人物だが、アルベルトに対しては一応の関係がある。
ダリアン侯爵の妻がアルベルトの父親の妹であり、彼の娘アストリッドが従妹にあたる。
アストリッドとは歳が離れているものの以前より想いを寄せられ、それを父親であるダリアン侯爵も叶えてやりたいと思っているらしい。
そういった関係から彼は気安く口を差し挟んできたようだった。
また、爵位でいえばアルベルトの方が高いが、年齢が親と子ほど違うということと自身の妻の甥ということで砕けた態度になっているらしい。
アルベルトが先ほど視界に入れて眉をしかめたのは、ダリアン侯爵の姿が見えたからだ。何らかの差し出口を挟むかもしれないと思っていたが、予想どおりになった。
別の意味で表情を硬くしながらアルベルトは改めて口を開いた。
「……エーリス王子の婚約者であるマリアーナ嬢を私の妻にすることに加え、ルォッツァライネン家から多額の賠償を支払わせました。マリアーナ嬢が正式に私の妻になればエーリス王子を解放すると条約にも記しております。この上、約束を反故にしてエーリス王子を殺せば私もこの国も悪逆非道と罵られることでしょう。我が国はかつてのティペリッシュよりも悪辣な国家として周辺国からも見られますが――貴殿はそれでも良い、と」
一息にそれだけを言うとダリアン侯爵は鼻白んだ様子で狼狽える。
「な、なにもそんなことは言っていない……ただ、王子を拘束する必要があったのか、と思っただけで……」
「私も、フィーアンダも結ばれた約束は必ず守る。ですが、ティペリッシュは過去のことを考えればその言動は信用に値しない。なので保険をかけたまでです」
かつて、フィーアンダの王太子と婚約していた精霊姫がティペリッシュの王太子によって攫われた。
同じ悲劇は絶対に起こさせないためにマリアーナと婚姻を結ぶまで、エーリスを軟禁することにしたのだ。
言い換えれば、過去と同じようにマリアーナがティペリッシュに攫われてしまうことをアルベルトは恐れている。
エーリスがかつてのティペリッシュの王太子と同じ行動をするとも限らないし、状況はまったく異なるのだが――。
そんな恐れを悟られないよう胸の内に秘めつつ、アルベルトは言葉を重ねる。
「辺境伯夫人の行動から考えても私の懸念は妥当だったと思われます。もしまた解放を訴えてきても、エーリス王子の命を脅しに使えばさすがに自重するでしょう。今回は辺境伯夫人からの手紙が数通、どこかで滞ってしまっていたため対応が後手に回りましたが、今後同じようなことが起こることはありません」
淡々と言い募るうちに、すっかり反論する意欲もなくしたらしいダリアン侯爵から、国王へと視線を移してアルベルトは続ける。
「ただ、陛下のご懸念もごもっともかと思います。エーリス王子の処遇を考えるためにも、もう一度国境の城へ向かう所存です」
「ああ、わかった。もういっそ解放条件にある婚姻を早急に進めるのもひとつの手ではあるな」
至って真剣な表情で結婚を勧める国王の言葉に、咄嗟にアルベルトは言葉を詰まらせた。
表情は変えなかったものの国王はその目にからかいの色を見せ、アルベルトもまた狼狽えそうになる感情を押し隠す。
だが国王は――伯父はそんなアルベルトの心情を鋭く察して隠し切れない笑みを見せつつ話を進めた。
「どちらにしても今回の件はお前に任せてある。許可はした、行け」
はっぱをかけるような笑みを浮かべる伯父に、複雑な感情を抱きつつも頭を下げアルベルトは踵を返し謁見の間を後にしたのだった。
国王の前から辞去したのち、本当であればすぐさま国境の城へ向かいたかったが、アルベルトはあえてゆっくりと王城内を歩いて行く。
すると玄関口へと到達する前に背後から声をかけられて足を止める。
振り返れば想定通り、あとを追ってきたらしいダリアン侯爵の姿があった。
「アルベルト殿、今少し聞きたいことがあるのだが――」
声をかけられるのは想定内だが、状況的に急いでいるとわかっているだろうに、それでも呼び止めるダリアン侯爵につい眉をひそめてしまう。
だが、アルベルトも話がしたかったため表情には出さずダリアン侯爵に向き直った。
「なんでしょうか」
「婚約のことだ。陛下はああ仰ったが私は結婚に反対だ。“精霊姫”の血を継ぐ子が欲しいのだろうが、何も結婚までする必要はないだろう。アルベルト殿の経歴に傷をつける必要はないはずだ」
以前、マリアーナ自身が言ったことと同じ言葉を耳にして、アルベルトは一瞬苛立ちに胸が騒めく。
つい眉尻を吊り上げるが、気づいているのかあるいは気づいていて無視しているのか、ダリアン侯爵はさらに続ける。
「ティペリッシュの女など公爵夫人に相応しいとは思えない。それよりも私の娘アストリッドの方が公爵夫人に相応しい容姿も教養もある。なのになぜだ、アストリッドのなにが不満なんだ」
先日、彼女の想いを断り一方的に会話を打ち切ったことを言っているのだろう。
さらに眉間にしわを寄せてアルベルトが答える。
「不満などありません。ただ、縁が無かったのだと思います。私はすでにマリアーナ嬢を妻にすると決めておりますし、妻にするからには幸せにしたいと思っております」
「それは義務から言っているんだろう? 義務感で言われてはティペリッシュの女も喜ばないんじゃないか。それよりも早く子を作って解放してやったらどうだ。そうすればきみも経歴を傷つけることなく、アストリッドという公爵夫人に相応しい妻を得られる」
そこまで言ってようやく侯爵は言葉を切った。アルベルトの鋭い視線が自分を射抜いていることに気づいたのかも知れない。
アルベルトは募る苛立ちを抑えるため時間を置く必要があった。
侯爵としては気まずいと思われる沈黙が続く。
耐えかねた侯爵が何かを言おうと口を開きかけたとき、それを遮るようにアルベルトが話を再開するが――
「ところで以前、侯爵のご母堂に紹介いただいた使用人が数日前に離職を願い出たのですが、その後国境の城方面へ向かったと聞いております。彼の者の生家がそちらにあるのでしょうか」
話をまったく別ものに変える。
そのことに侯爵は初め訝しげにしていたが、何かに気づいたのか動揺する様子を見せた。
「わ、私がそのようなこと、分かるはずが……」
「そうですか。その者はその後王都へ向かったようですが、侯爵家でまた雇い入れたのでしょうか。辞めた理由を聞いていないので、職場の環境に何か不満があったのかと聞き出してはいただけませんか」
「い、いや、その者がどこの誰かなど分からないことには……」
「ご安心ください。名前も姿格好もわかっております」
侯爵の額に汗が滲んでいるのを確認して、アルベルトはまた話を変える。
「その者についてはまた後ほど確認するとして――アストリッド嬢のことですが」
「っ、ああ、考え直してくれるか」
目に見えて侯爵の表情が明るくなるが、しれっと言葉を受け流して続ける。
「先日、一方的に会話を打ち切り見送りもできなかったことを改めて謝罪したく思っております――が、今彼女は在宅ですか?」
「ああ……いや、領地にある別邸にいる。親戚が開く冬明けの祭りに呼ばれたとかで――」
「残念です。ではまた別の機会に――失礼いたします」
やはり一方的に辞去の礼をして、アルベルトはダリアン侯爵に背中を向けた。
当然、侯爵はまだ何か言いたげにしていたが知らないふりをして、今王都にアストリッドが不在だと頭に入れながら今度こそ王城を後にした。
国王の計らいか早々に謁見が叶ったが、公務中だったため謁見の間で相まみえることとなった。
台座の上の玉座に腰かける国王へアルベルトが臣下の礼を執る。
「面を上げよ――アルベルト・ルーベンソン公爵。私兵を動かす許可を、とのことだが理由を聞かせてもらおうか」
慇懃に頭を上げてアルベルトは、国王と周囲にいる側近を視界に収める。
そこに並ぶ者たちをもちろんアルベルトは見知っているが、とある貴族の顔を見てわずかに眉をしかめた。とはいえ、その変化に気づいたのは恐らく伯父である国王のみだろう。
私的な訪問とは違うため、気を取り直したアルベルトは以前よりも意識して国王と臣下という姿勢で臨んだ。
「はっ、国境の城に軟禁しているティペリッシュの王子の件で――」
手紙ですでに詳細を伝えてはいるが、説明を求めたのは一応周りの側近らへも周知するためだろう。
実はティペリッシュの国王代理と結んだ条約には、アルベルトとマリアーナが婚姻すればエーリス王子を解放すると書かれていた。
それを深く考えず承諾したのち、エーリスとともに帰国できないと知ったティペリッシュの面々は当然色めき立ったが、『署名したのは貴殿らだ』とアルベルトは反論を封殺した。
そして当然まだアルベルトとマリアーナは婚約したばかりであり、婚姻するに至ってはいない。
そのためエーリスは未だ国境の城に軟禁されている状態だった。
「ティペリッシュの辺境伯夫人が執拗にエーリス王子の解放を求め、さらには国境の城近くの町に滞在しているようで――自国へ送り帰すために数名の私兵を向かわせようと考えております」
フィーアンダでは護衛と分かる数名の騎兵なら許可なく領地外でも使用できるが、明らかに護衛以上の騎兵もしくは傭兵を移動させる場合、国王の許可が必要になる。
今回、数はそれほど多くならないが、公爵家が所有する私兵のみを移動させるために許可を求めることになった。
「許可する。だが、送り帰したとして、エーリス王子を解放しなければまた来るのではないか?」
その懸念はもっともだった。
関係が悪い両国とはいえ行き来を禁止してはいない。
当然、兵士の類は排除の対象となるが入国禁止の措置を取ったとしても、旅人や商人などと紛れて入国されれば辺境伯夫人を特定することは難しいだろう。
しかしそれもエーリス王子の命を脅しに使えば行動の制限はできる、とアルベルトは考えている。
条約には、『婚姻が成立すれば帰す』と書かれてはいても、それを承服せず勝手な行動を取っているのはあちらなのだから、脅しに使うくらいどうということはない。
アルベルトがそれを説明しようと口を開いた、その時。
「そもそも、そのエーリス王子とやらを軟禁する必要があったのか? さっさとティペリッシュへ追いやるか殺せば良かったのではないか?」
許可も断りもなく、そう口を差し挟んできたのは財務官補佐を務めるダリアン侯爵だ。
役職的に外交にも軍事にも直接関係のない人物だが、アルベルトに対しては一応の関係がある。
ダリアン侯爵の妻がアルベルトの父親の妹であり、彼の娘アストリッドが従妹にあたる。
アストリッドとは歳が離れているものの以前より想いを寄せられ、それを父親であるダリアン侯爵も叶えてやりたいと思っているらしい。
そういった関係から彼は気安く口を差し挟んできたようだった。
また、爵位でいえばアルベルトの方が高いが、年齢が親と子ほど違うということと自身の妻の甥ということで砕けた態度になっているらしい。
アルベルトが先ほど視界に入れて眉をしかめたのは、ダリアン侯爵の姿が見えたからだ。何らかの差し出口を挟むかもしれないと思っていたが、予想どおりになった。
別の意味で表情を硬くしながらアルベルトは改めて口を開いた。
「……エーリス王子の婚約者であるマリアーナ嬢を私の妻にすることに加え、ルォッツァライネン家から多額の賠償を支払わせました。マリアーナ嬢が正式に私の妻になればエーリス王子を解放すると条約にも記しております。この上、約束を反故にしてエーリス王子を殺せば私もこの国も悪逆非道と罵られることでしょう。我が国はかつてのティペリッシュよりも悪辣な国家として周辺国からも見られますが――貴殿はそれでも良い、と」
一息にそれだけを言うとダリアン侯爵は鼻白んだ様子で狼狽える。
「な、なにもそんなことは言っていない……ただ、王子を拘束する必要があったのか、と思っただけで……」
「私も、フィーアンダも結ばれた約束は必ず守る。ですが、ティペリッシュは過去のことを考えればその言動は信用に値しない。なので保険をかけたまでです」
かつて、フィーアンダの王太子と婚約していた精霊姫がティペリッシュの王太子によって攫われた。
同じ悲劇は絶対に起こさせないためにマリアーナと婚姻を結ぶまで、エーリスを軟禁することにしたのだ。
言い換えれば、過去と同じようにマリアーナがティペリッシュに攫われてしまうことをアルベルトは恐れている。
エーリスがかつてのティペリッシュの王太子と同じ行動をするとも限らないし、状況はまったく異なるのだが――。
そんな恐れを悟られないよう胸の内に秘めつつ、アルベルトは言葉を重ねる。
「辺境伯夫人の行動から考えても私の懸念は妥当だったと思われます。もしまた解放を訴えてきても、エーリス王子の命を脅しに使えばさすがに自重するでしょう。今回は辺境伯夫人からの手紙が数通、どこかで滞ってしまっていたため対応が後手に回りましたが、今後同じようなことが起こることはありません」
淡々と言い募るうちに、すっかり反論する意欲もなくしたらしいダリアン侯爵から、国王へと視線を移してアルベルトは続ける。
「ただ、陛下のご懸念もごもっともかと思います。エーリス王子の処遇を考えるためにも、もう一度国境の城へ向かう所存です」
「ああ、わかった。もういっそ解放条件にある婚姻を早急に進めるのもひとつの手ではあるな」
至って真剣な表情で結婚を勧める国王の言葉に、咄嗟にアルベルトは言葉を詰まらせた。
表情は変えなかったものの国王はその目にからかいの色を見せ、アルベルトもまた狼狽えそうになる感情を押し隠す。
だが国王は――伯父はそんなアルベルトの心情を鋭く察して隠し切れない笑みを見せつつ話を進めた。
「どちらにしても今回の件はお前に任せてある。許可はした、行け」
はっぱをかけるような笑みを浮かべる伯父に、複雑な感情を抱きつつも頭を下げアルベルトは踵を返し謁見の間を後にしたのだった。
国王の前から辞去したのち、本当であればすぐさま国境の城へ向かいたかったが、アルベルトはあえてゆっくりと王城内を歩いて行く。
すると玄関口へと到達する前に背後から声をかけられて足を止める。
振り返れば想定通り、あとを追ってきたらしいダリアン侯爵の姿があった。
「アルベルト殿、今少し聞きたいことがあるのだが――」
声をかけられるのは想定内だが、状況的に急いでいるとわかっているだろうに、それでも呼び止めるダリアン侯爵につい眉をひそめてしまう。
だが、アルベルトも話がしたかったため表情には出さずダリアン侯爵に向き直った。
「なんでしょうか」
「婚約のことだ。陛下はああ仰ったが私は結婚に反対だ。“精霊姫”の血を継ぐ子が欲しいのだろうが、何も結婚までする必要はないだろう。アルベルト殿の経歴に傷をつける必要はないはずだ」
以前、マリアーナ自身が言ったことと同じ言葉を耳にして、アルベルトは一瞬苛立ちに胸が騒めく。
つい眉尻を吊り上げるが、気づいているのかあるいは気づいていて無視しているのか、ダリアン侯爵はさらに続ける。
「ティペリッシュの女など公爵夫人に相応しいとは思えない。それよりも私の娘アストリッドの方が公爵夫人に相応しい容姿も教養もある。なのになぜだ、アストリッドのなにが不満なんだ」
先日、彼女の想いを断り一方的に会話を打ち切ったことを言っているのだろう。
さらに眉間にしわを寄せてアルベルトが答える。
「不満などありません。ただ、縁が無かったのだと思います。私はすでにマリアーナ嬢を妻にすると決めておりますし、妻にするからには幸せにしたいと思っております」
「それは義務から言っているんだろう? 義務感で言われてはティペリッシュの女も喜ばないんじゃないか。それよりも早く子を作って解放してやったらどうだ。そうすればきみも経歴を傷つけることなく、アストリッドという公爵夫人に相応しい妻を得られる」
そこまで言ってようやく侯爵は言葉を切った。アルベルトの鋭い視線が自分を射抜いていることに気づいたのかも知れない。
アルベルトは募る苛立ちを抑えるため時間を置く必要があった。
侯爵としては気まずいと思われる沈黙が続く。
耐えかねた侯爵が何かを言おうと口を開きかけたとき、それを遮るようにアルベルトが話を再開するが――
「ところで以前、侯爵のご母堂に紹介いただいた使用人が数日前に離職を願い出たのですが、その後国境の城方面へ向かったと聞いております。彼の者の生家がそちらにあるのでしょうか」
話をまったく別ものに変える。
そのことに侯爵は初め訝しげにしていたが、何かに気づいたのか動揺する様子を見せた。
「わ、私がそのようなこと、分かるはずが……」
「そうですか。その者はその後王都へ向かったようですが、侯爵家でまた雇い入れたのでしょうか。辞めた理由を聞いていないので、職場の環境に何か不満があったのかと聞き出してはいただけませんか」
「い、いや、その者がどこの誰かなど分からないことには……」
「ご安心ください。名前も姿格好もわかっております」
侯爵の額に汗が滲んでいるのを確認して、アルベルトはまた話を変える。
「その者についてはまた後ほど確認するとして――アストリッド嬢のことですが」
「っ、ああ、考え直してくれるか」
目に見えて侯爵の表情が明るくなるが、しれっと言葉を受け流して続ける。
「先日、一方的に会話を打ち切り見送りもできなかったことを改めて謝罪したく思っております――が、今彼女は在宅ですか?」
「ああ……いや、領地にある別邸にいる。親戚が開く冬明けの祭りに呼ばれたとかで――」
「残念です。ではまた別の機会に――失礼いたします」
やはり一方的に辞去の礼をして、アルベルトはダリアン侯爵に背中を向けた。
当然、侯爵はまだ何か言いたげにしていたが知らないふりをして、今王都にアストリッドが不在だと頭に入れながら今度こそ王城を後にした。
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