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死体とポイズナーとナイフとメタボ

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『リンさんのこと、大好きっす』

なぜか昨日の夜ことを思い出していた。

リンさんの死んだ顔など見ただけで、泣いて崩れてしまいそうで、顔も洗わずに太陽とは逆の方向にひたすらに、ただひたすらに走っている。

『リンさんの顔、最後に見た方が良かったかな…』
でも死体なんて、直視できるはずがない。

なぜリンさんは死んだ?

ポイズナーにやられたのか?

それとも、元々毛虫を触っていたとか?

それなら、なんだあの血は?

俺も…あんな感じで死んじまうのか?



『血が出るなんて…聞いてないっすよぉ…』



涙を袖で拭いながら、走り続ける。

ただ、走る。
目的はたったひとつ。

全ての元凶、ポイズナーを殺すため。

こんな日本は嫌だ。

こんな日本にしたポイズナーを、

リンさんを殺したポイズナーを、この手で殺す。


足元に硬い感触がしたので、下を見てみると、そこには一本のナイフが落ちていた。
俺は、それをポケットに入れ、また走り出した。

ポイズナーを、見つけるため。
そして、これで…この、ナイフで……!

「うわあああああああああ!ポ、ポイズナーがいるぅうう!!!!!!」

後ろから叫び声が聞こえた。

『だ、誰だ!??』

そこに立っていたのは、男にしては小柄な少し太ったヤツだった。

しかも、こちらに銃を向けている。

「こ、殺してやるぅ!!!」
彼は、引き金を引いた。

『ま、待て!おい!俺はポイズナーじゃない!落ち着け!』

「落ち着かない!こ、殺す!!!」
ダメだ、我を失っている。

『こうなったら…』
こうなったら、アレだ。

『おいお前!肩に毛虫付いてるぞぉ!』


俺とリンさんが出会った時の、
最初の、会話を思い出した。

「け、毛虫!?うわぁ!?」
彼は銃を落とした。

「毛虫なんて…何処にも…ついてないじゃないか…」

『はぁはぁ…はぁ…』

「お前…はぁ…嘘ついたな…はぁはぁ」

『やっと落ち着いたかよ、クソメタボ』

「なっ…!?」

落ち着いたようだ。
しかし、これは好都合だ。
俺はポケットに手を入れ、ナイフがあるかを確認する。

ある。

リンさん…見つけたよ。
日本に残っている人間は2人…俺とリンさん…
つまり、こいつは…

ポイズナー確定、だ。

「おぉいぃ…おまぇぇ…」

『な、なんだよ、クソメタボ…』
ポイズナーが話しかけてくんじゃねぇ。

「好きな食べ物は…なんだ…?」
好きな、食べ物?

ちょっと待て

『ま、待て…なんでお前が…リンさんの質問を知ってるんだ?』

「お、お前こそなんで!?これがリン様の質問だと、知っている!?」
リ、リン様…!?

様呼び…

『待て、一旦考えるから…黙れ』

「リン様は俺の命の恩人だぞお!?」

『いいから黙れって!』
命の恩人か…そんな奴が…リンさんが死んだって知ったら…。


言えるわけねぇ…。



いや、コイツが人間だって決まった訳じゃない。考えるんだ。

でも…もし…

そうなってくると…話が変わってくるぞ…。
今考えられるパターンは3つ。

➀俺とリンさんは人間で、コイツがポイズナー。

➁アメリカ政府の報道は間違っていて、今日本にいる人間は、3人。

そして次は…これはあまり考えたくない最悪のケースだが…

➂コイツとリンさんは人間で、俺が無自覚のポイズナー…であるということ…。

もし、➂だとしたら…
リンさんを殺したのは………紛れもなく…
昨日隣で寝ていた…

「よぉよぉ!男子ども!なーに睨み合ってんのっ!」
聞いたことない声が聞こえた。

メタボと俺は目線をそちらに移す。

茂みから、割って入ってきたのは、小柄な女性だ。

『➃…?まじすかぁ…?』


「おぉ!?お前もポイズナーかぁ!?2人いるなんて聞いてないぞぉ!?」

「は、はぁ?ポイズナー?私が?な訳ないじゃん、何このおっさん」

「おっさんじゃない!20歳だ!」

『待て…君も、リンさんの知り合いか?』

「リン?リンって誰?私知らない」
彼女はリンさんのことを知らなかった。

「様をつけろ様をぉぉ!」
こいつはうるさい。

「んで?リンって人は、誰なの?」

「リン様はな、この世界の理解者だ!」

「理解者!?なんそれ、私もなってみたい!」

「ダメだ、お前はなれない。」

「なんなのよ…あんた…。てゆーか、アンタら何睨み合ってたわけ?」

メタボと同じくらいの身長の小柄な彼女は、この非現実な世界には似合わず、元気で明るくて、眩しいほどだった。

『「コイツはポイズナーだ」』
揃った、最悪、恥ずい。メタボ。

「はぁ?何を証拠に言ってんのよアンタらは」

「リン様が言ってたんだ。ラジオで聞いたって」

「聞いたって、何をよ。」

『今日本で生存している人間は、2人しかいないって、リンさんはそう聞いたらしい』

「ふーん……でもさ、ここに今いるだけで3人だから、アメリカ政府、間違ってたみたいだね!」

「リン様が嘘をついたって言うのか?」

「そんなこと言ってないよぉ。でも、私からしたら、そんな不確実な情報を信じて殺し合いするのは、おかしいよ」

不確実…確かにそうだ。メタボがリンさんを殺した証拠も根拠もあるわけじゃないし、アメリカ政府の数え間違いって可能性も実際大いにあり得る。

我を失っていたのは、俺のようだ。

『と、とにかく、今ここで俺らが解決できることは、何もない!』

「だね!じゃーもう、関わらないのが1番だって!ほら全員!後ろ向いて!」

「うしろぉ?」

3人は互いに背を向けた。

「じゃ、それぞれの方向に10分全力で走ること。そうしたらもー2度と会わないでしょ!」

「10分走るなんて…この体型じゃ…」

『そうだな…そうしよう…それが1番いい。色々となんか、ありがとうな、えっと…』

「私はヒマリ!よろしくね!って言ってももう会わないか」

「俺は…カズマだ。一応名乗っておく。」

『じゃ、じゃあ…俺はアスカだ』

3人とも、背を向けながら、それぞれ名乗った。

顔を見ない自己紹介など、初めてだ。

「じゃ、カズマ、アスカ!元気でね!」

3人はそれぞれの方向に、走り出した。

元気でねって、俺はあと2日の命だ。

毛虫だらけの山道をひたすらに真っ直ぐ走る。
ポケットでカラカラと、ナイフの金属の音が鳴っていた。



5分ほど走っただろうか。

太陽は先ほどよりも上に昇っていて、日差しが強くなっていた。

俺は、なぜかヒマリの言葉を思いだしていた。

『不確実な情報…うん、確かにその通りだ。』

この世界の全てをリンさんは知っていると思っていた。リンさんの言ってることは、全て正しいと信じて疑わなかった。



でも、全て嘘だとしたら?



俺らという駒を都合よく動かすための、
嘘だと、したら。



でも待て…リンさんはもう…死ん……


いや、今朝を思い返せ。




朝起きて、横を見たら、そこには死体があった。




誰のだ?




俺は顔を確認していない。



ちゃんと死んでいるかどうかなんて、見ていない。



なにで俺は判断した?



髪色か?黒髪なんてどこにでもいる。
服装か?血の色で赤に染まってよく分からなかった。
そもそも、あれは本当に死体なのか?
本当に死んでいるといえる…アレがリンさんの死体だといえる証拠は…




何一つない。





この目で、リンさんの死体を…

リンさんの顔を確認するまでは…



とにかく俺が今向かうべき場所は…




『第一拠点だ』




走っていた足を止め、額の汗を拭い、鳴り止まぬ心臓の音を必死に抑えながら、今度は太陽の方向に走り出した。













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