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第1章 café R 〜ふたりの出会い、みんなの出会い〜

第1話:café R

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 初夏の今は木々の葉の緑が青く、多くの陽を受け止めようと横へと伸びている。
 その枝葉の奥に、ひっそりと”café R”がある。

 この店はオーナーの莉子がひとりで切り盛りしているカフェ。
 亡き両親から譲り受けたカフェは、蔦が壁を走り、昔ながらの喫茶店の佇まいで、隠れ家的な雰囲気だ。

 だがここは、オフィス街に面した場所でもある。

 それを区切るのは、街路樹としてあるイチョウ並木だ。
 若い葉が茂るイチョウの木の奥に、いくつも伸びた背の高いビル群。
 それは、日本有数の大企業本社街。
 いつみても圧巻であり、近代的であり、無機質の塊だ。

 莉子はその塊を遮るようにある、イチョウ並木を眺めながらグラスを磨く。
 街路樹に面した壁には、大きな窓がはめ込まれ、街路樹を伝って奥の公園まで眺めがいい。

 高校を卒業してから、莉子はずっとこの景色を眺めてきた。
 過去の父がしていたように、グラスを布で挟み、くるくると回しながら外の方に視線を投げる。
 父の背に合わせて造られたカウンターは、彼女にとって少し高い。
 それでもそこからの景色を、父が、そしてパートナーだった母が、毎日見ていた景色だと思うと、彼女は日々懐かしく、微笑ましく、今日もこのカフェを一生懸命切り盛りしようと踏ん張るのである。

 彼女は慣れた手つきでワイングラスをぶら下げてから、腕時計に目を落とした。

「さぁ、ランチタイムだ。頑張るかぁ!」

 今日のランチメニューを確認し、下ごしらえしてある食材を確認したとき、ドアベルが鳴る。
 もちろん、一番乗りはこの人。

「莉子ちゃん、いつもの」

 ご近所のおじいちゃん、靖也さんである。
 父の代からのお客さんで、常連の中の常連さん。そのため、いつもので通じてしまう。

「はい、Aセットね。で、コーヒーは?」
「今日は食後にするかな」
「わかったよ」

 いつもの通りに準備にかかり、ひと皿出しおえたとき、ちょうどが来る───

「いらっしゃい」

 ドアベルに合わせて莉子が声をかけると、彼は色眼鏡ごしに目を細めた。

「こんにちは、オーナー」
「席はこちらへどうぞ。連藤さん、いつものでいいです?」

 莉子は彼の左手を肩に乗せる。
 狭い店内だが、彼女が先達て歩くのならこれが最適だ。


 そう、彼は、目が不自由だ。


 だけど、彼の笑顔が優しくて、純粋で、莉子は彼の来店がこのごろ楽しみで仕方がない。

 その彼の来店は2週間ほど前に遡る────
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