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第2章 カフェから巡る四季

第146話 長芋は叩いて冷凍&長芋焼きはスキレットで

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 定休日である莉子の台所──

 ……ドン! ドンドン! ドン! ドドン……!

 激しく叩く音が聞こえてくる。
 連藤はイヤホンを外し、衝撃音に首を傾げた。

「莉子さん、何をそんなに叩いてるんだ……?」
「……え、あ、音、うるさかったです?」
「うっすらと、テンポ悪く聞こえると気になった」
「……たしかに、そういうのって気になりますよね」

 莉子はもう5回ほど叩き、終わりとすると、必死に手を洗い出す。

「あーーーー……もう手が痒くなって嫌ですよね、長芋!」

 連藤はそこでようやく合点がいく。
 ジップロックかなにかに長芋を詰め、叩いていたのだ。

 まだキッチンにいる莉子から声がする。
 少し遠いため、声が大きい。

「長芋、すりおろして冷凍が基本らしいんですけど、叩いて冷凍してもそんなに問題なかったんで叩いて処理してて。……あと3本あるんで、しばらくうるさいと思います」

 連藤は音を聞いていることにした。
 手際よく長芋をぶつ切りにし、ピーラーで皮をむく。
 しゅ、しゅ、という音といっしょに、ごとんと長芋が流しへ落ちる音が数回響く。
 再び、適当な大きさに切ったようだ。

「すべる……めっちゃすべる……きたな……」

 袋に詰めているようだ。
 そして「よし」の声と共に、ドン! という音が響きだす。
 最初は軽快だが、そのうち潰す箇所をさがしているのだろう。音のリズムが変わっていく。
 ドンとなって、忘れた頃にドンとなる。
 胃に湧き上がる不快感!
 連藤はモゾモゾしながら、莉子の処理を聞いていく。

 ──最終的にはかなり手際が良くなり、一斉に処理をして、最後に叩き続けるながれになり、連藤の不快感は解消された。

 が。

「連藤さん、長芋、食べません?」

 そうなると思ったと連藤はうすく微笑む。

「もう冷凍庫パンパンなんで。長芋焼き、作りますね」
「じゃあ、俺はビールを用意しとく」
「さすが!」

 莉子は叩いた長芋をボウルへいれると、卵を1つ落とす。さらに片栗粉を大さじ2杯程度くわえ、出汁醤油、味の素を入れ、混ぜ合わせていく。
 次にスキレットを温めていく。多めの油を入れ、しっかり塗りつけたところで、長芋を投入。
 本来は片面を焼いて、裏返して……とするのだが、ここが莉子流。
 長芋を流し込んだスキレットを数分焼いたのち、そのままオーブントースターへと入れてしまう。

「……莉子さん、トースター使うのか」
「裏返すの、やわすぎてムズイので、そのまま焼こうかなって」
「なるほど」

 180℃にして7分程度。少し焦げ目がついてきたところで、温度を少し下げて、もう5分。
 卵に火が通れば問題ないので、適当に眺めながら火を入れていく。

「連藤さん、ビールって言ったら、餃子ですよね! 焼きますね!」

 それは莉子さんの食べたいものだ。と連藤は思うが、ビールといえば餃子というのもありなので黙っておく。

「お、長芋、ふちも焦げて、縮んできてるので焼けてるっぽい」
「そうだな。生地が縮んでいれば、だいたい焼けてるだろ」

 よくこれで食中毒を出さないな、とは思わないでほしい。
 厨房と、家のキッチンでは判断が異なることもある。

 莉子がフライパンの蓋をあけたようだ。
 ふんわりとニンニクの香りが広がってくる。
 これだけでビールが飲めそうだと、連藤の喉が鳴る。

「さ、餃子と長芋焼きでビールいっちゃいましょ。足りなくなったら、おつまみ追加しますね。お茶漬けもあるほへ、たべへたべへ」
「ありがとう、莉子さん」

 すでに食べ始めている莉子に笑いながら、連藤も箸を取り上げる。
 すっと皿が手前にだされ、箸の先があたる。すでに取り分けてある。

「ありがとう、莉子さん」
「冷めちゃうから、早く食べてたべへ」

 餃子を食べるのが止まらないようだ。
 乾杯もなしに始まった休日飲み。
 ゆっくりと、夜まで続いていくのは間違いない。
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