Brand New WorldS ~二つの世界を繋いだ男~

ふろすと

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第4章 紫禁編

王たらんとして

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『………………………』

 恩来が手をこちらに向ける。

『!』

 鈴麗は槍を両手で横に持つ。
 槍の柄に、先程の重圧がぶつかる。
 数m足を引きずられながらも両足で地に足をつけて踏みとどまった。

『ぐ……………ぅっ』
(まただ。やっぱり見えない………………!)

 槍にのしかかる『何か』を弾き飛ばし、手の痺れを噛みしめながら思案する。

(これは、『風』というより『大気操作』の方が近いかもしれない…………)

 風の能力使いは基本的に空気の動き、すなわち大気の状態変化を司る。気流制御や気候操作など、その派生の振れ幅が広い属性なのが特徴だ。
 今回の能力は『気圧操作』といったところだろう。
 恐らく、気流自体を制御するのではなく、二空間の大気密度を変動させることで全方位に及ぶ大気圧ベクトルに方向性を与えている。
 もちろん、人間一人ごときの力で10.13t/㎡の力を自在に扱えるはずもなく、自制できるのは精々60㎏/㎡程が限度であり、操作範囲も比較的狭い範囲に限定される。その上、複数範囲の同時操作は事実上不可能(極小範囲を複数、なら出来なくはない)ので、戦闘に応用するには逐一範囲定義をし直す必要があるはずだ。

(だったら………………そのラグを狙う!)
『ほら、防げたわ。まさか、こんなもんだとは言わないよね?』
『ぬかせ!』

 鈴麗の挑発に、恩来は二撃目を放つという攻撃態勢で応える。
 攻撃のタイミングを予想して、ギリギリと思われる時間で横に飛び退く。なびいていた服に『何か』が掠かすめた感触と、後方の壁に『何か』がめり込むような音が、鈴麗の計るタイミングが正しかったことを知らせてくれた。
 それを聞き受けた直後───、
 ジェット噴射付きで床を蹴り飛ばし、床板を抉りながら一直線に、恩来に向かって走った。
 恩来はこちらに狙いを定めて手を伸ばし、目を丸くしている。
 明らかにタイミングが遅い。
 ───勝った。
 そんな確信を胸に、槍を突き出した。

 何かに突き当たる感触。

『な……………っ!?』

 だがそれは人肉を貫く感触ではなく、不可視の壁に阻まれる感触だった。

『ッ!?』

 突然、その壁が爆散する感覚とともに槍の穂先を弾かれ、鈴麗の正面ががら空きになる。
 掌は、そこに向けられていた。

 ずドン!
『う゛ご、ホォ゛!』

 二撃目。
 今度は胸ではなく腹。正確に言えば───鳩尾。
 そのど真ん中に空気の砲弾がめり込み、鈍い音を響かせた。
 遠く後方まで飛ばされた先ほどとは違い、5m程床を転がって倒れた。

『ぐ………ォ!お゛ェ…………!』

 腹にたたき込まれた鈍痛は猛烈な吐き気に変換され、体内から血反吐混じりの胃液を吐き散らす。

『ゲホ!ゲホッ!ぅえ゛…………!』

 不快感と苦痛に咳き込む鈴麗。
 それを眼にして、
 恩来は顔をしかめるどころか卑しく口元をつり上げた。

『おやおやァ?、戻してしまったのですかな?』
『!!』

 その言葉を耳にして、眼下に広がる自分の吐瀉物を眼にして、脳内に押し留めていたあの時のトラウマがフラッシュバックする。
 天安門から見渡した、眼下を彩る無数の期待の眼差しが。

『この国は我ら皇帝家とその従者の金になるものだ!民は我らの財を潤すために存在する!そして、それらは他でもない皇帝家のものだ!』

 ───ずドン!
『ぐ…………ぁ!』

 床に手足をついて起き上がろうとする鈴麗の背中に空気の砲弾がのしかかる。

『それをこんな、人を眼にして嘔吐して気絶するような落ちこぼれに渡せというのか!?ふざけるな!!』

 ───ずドン!
『ぅ゛…………ッ!』
『こんなクズのせいで財産を減らすくらいなら、この私が皇帝となって…………』

 ───ずドン!
『………………っ』
『地位も名誉も金も女も土地も屋敷も何もかも全て我がものとしてやる!そして宣家も潰して慈家の新たな歴史を刻んでやるのだ!!』

 ───ずドンッッ!!
『…………………………』
 その小さな背中にのしかかる重圧。床がめり込むほどのそれに押されて、うつ伏せで地に伏す鈴麗の身体。
 それ以上に心にのしかかる辛辣な言葉。過去の記憶を掘り出され、今にも逃げ出したくなる衝動がくすぶりだす。
 それでも、

『……………………ふ…………な…………っ』
『?』

『ふざ、けンな……………ッ!』
 決して、言いたい事が無いわけじゃない。

『黙って聞いてれば、クズとか落ちこぼれとか好き放題言ってくれやがって…………………ッ!うぐぅ…………!』

 傷だらけの身体に容赦なく鞭を打ち、全身の全ての筋肉に力を込める。

『ッ゛……………悔しい、けど、そこに関しては………全部アンタの言うとおりよ。私は…………弱いわ。今でもまたあそこに立って…………無事でいられる自信なんて無いし、今のまま皇帝になっても、誰も得をしないことくらい、私が一番分かってる…………!』

 背骨、肋骨、腕や脚。
 その全ての骨が軋んで、神経に直接擦り込まれるような痛みをあげる。それを食いしばる奥歯で噛み殺し、杖代わりに突き刺した槍を両手で握り締めて体を起こす。

『けど……………そんな私でも、アンタに皇帝の座を渡しちゃいけないことくらいは分かる。中華民国は、たまに熱くなって過激な行動を起こしたりして厄介扱いされるところもあるけど、それでも…………それでも1日1日を強く一生懸命生きる力をちゃんと持ってる、欧米なんかに負けないくらいの良い国なの!』

 のしかかる重圧を全身に感じながら、槍を杖として突きながらゆっくりと立ち上がる。とうに限界を迎えているはずの全身に、なぜか自然と力がみなぎってくるのが解る。全身を駆け巡る苦痛よりも、こみ上げる思いが口を通じて溢れてくる。それがより一層彼女の身体に、立ち上がるだけの力を与えてくれる。

『そんな国の地を、人を、自然を、心を、血を汗を涙を…………それを自分のポケットマネー程度にしか考えてないようなヤツに、この国を空け渡すわけにはいかない。父上が、いや、そのすっとずっと昔から守り抜いてきた歴史を、そんなヤツに預けるわけにはいかない。それだけは、絶対にさせない!そのために私は強くなるって決めたの。何年、何十年かかったって構わない。みんなの前で堂々と立っていられる私になる。みんなの背中を支えられる私になる!中華民国のになれる私になってやる!!今も畑耕してる人たちのために、武器持って戦っている人たちのために。父上のために。そして、私自身のために!ここでアンタに、負けるわけにはいかないのよ!!』

 鈴麗は、いつの間にか二本の脚でしっかりと立ち上がっていた。その眼は恩来を突き刺すほど鋭く、その口は覇気のある力強い言葉を叫んでいた。
 鈴麗が心の底から解き放った、後悔、懺悔、抵抗、対立、そして、決心の言葉。
 紛れもない、宣 鈴麗の、皇女として生きる者の意志そのもの。

『───くだらん』

 それを、
 恩来は空気弾一発で弾き飛ばした。
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