玉座の檻

萌於カク

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踏みつけられた銀時計2

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 慌てて涙腺を引き締めて、アミーユは父母のもとにつかつかと歩み寄った。

「父上、母上、お元気そうで何よりです」

 必死で笑顔を保つ。

「アミーユ、ずいぶん大きくなったな」

 アミーユはこの三年で見違えるほどに成長した。身長は父親に追いついていた。横幅は父親の半分以下だが、しなやかな体には筋肉を十分に蓄えている。

「はい、ありがとうございます」
「お前はやはりαだな」

 第二性は遺伝の作用を受ける。伯爵はβだが夫人はαだ。アミーユはまだ第二性の性徴を迎えてなかったが、その優れた身体能力に高い知性は、αに違いなかった。

 伯爵はどことなく怯えた顔でアミーユを見返した。
 ずっとないがしろにしてきた息子への罪悪感のせいか、それとも、真新しい軍服姿に威圧されたのか。

「父上と母上のおかげで、士官学校を首席卒業することができました。陛下から賜りましたものを、お受け取りください」

 母親の目線はもう、アミーユではなく、窓に向いている。授与が決まったときに、一番に浮かんだのは母親の顔だったが、その目にアミーユを映すことを拒んでいるのがわかった。

 アミーユは父親の前にひざまずいた。
 もったいぶった手つきで手のひらのものを差し出す。

 首席卒業者に下賜される銀時計だ。なかなか受け取ろうとしない父親の手を取り、銀時計を握らせる。 

 伯爵はやむなく受け取りながら、髭を撫でた。

「アミーユ、お前は立派に育った。そこで、話がある」

 伯爵は切り出した。
 アミーユはやっと来たか、と、身構えた。

 卒業するなり一隊の長という地位を得た俺への称賛を惜しむわけにもいかないはずだ。しかも貴族の特権ではなく、実力で勝ち得たことは父上が何よりご承知だ。何しろ、父上は俺のために特権を使ってなどくれなかったのだから。

 アミーユは内心では傲慢につぶやいていたが、その美貌は、ひどく不安げだった。両親に褒められたい、喜んでほしい、受け入れてほしい、何より、愛してほしい、アミーユにはそんな渇望がある。

 私は銀時計を賜ったのです、少しは褒めてくれてもいいでしょう? 少しは私に目を向けてくれてもいいでしょう………?

 アミーユが訴えるような目で伯爵を見上げていると、伯爵は、夫人と弟とに手で合図を送り、サロンから下がらせた。

 どんな言葉をかけてもらえるのだろうか。期待と不安とに揺れるアミーユが聞いたのは、意外なものだった。

「お前には、我が領地、ノルデンに出向いてもらう」

 アミーユは咄嗟に何を言われているのかを理解することができなかった。ノルデンなど北のほうにあるとしか知らない。広大な伯爵領の北端の、森林におおわれた寒冷地、取るに足らない僻地だ。

「えっと、それはどういう」
「大がかりな開拓を試みようと思ってな。そこでお前に直に出向いてもらうことになった。お前も立派になったことだしな」
「え……?」
「だから、お前にはノルデンに出向いてもらう」
「そんな……、あ、あの、私は軍人として陛下の命を受けております」

 アミーユの言葉は伯爵によって遮られる。

「お前ごとき、陛下にとってはいくらでも変わりはいる。だが、レルシュ家の長男はお前だけだ」
 
 どう考えても理不尽な命令だった。まるで放蕩息子を都から放逐するかごとき扱いだ。大切な後継ぎ、しかも何の落ち度もないアミーユに対するやり方としては不当極まる。

「まさか、本気では……」

 しかし、伯爵の目に浮ついたものなどない。

 まさか本当に俺をノルデンに追いやるつもりなのか。自分でさえ行ったことののない僻地に俺を追いやると?

 アミーユは身震いした。
 帰るなり、こんな仕打ちを受けるとは。

「わ、私はこの家からは出て行くつもりです。兵舎に移り住みます。な、なのでノルデンに行かせるのはおやめください」

 アミーユの人生はこれから開けている。軍人として名を上げ、良い家柄の令嬢と縁を結び、出世し、それから。

 それが辺境の地へ追いやられて過ごすだって? 

 しかし、一家の長の命令は絶対だ。 
 不意に頭にあることが思い浮かぶ。

「も、もしかしたら、私を廃嫡するつもりなのですか……?」

 ああ、そうなのか?
 ノルデンに追いやれば、病弱だの何だの理由を作り上げて、アミーユを葬り去ることなどいとも簡単だろう。

 アミーユの問いに伯爵は固く口を閉ざし、やがて目を逸らした。
 父上は本気だ。本気で俺を放逐するつもりだ。そして、ゲイルに何もかもを譲るつもりだ。

 いくら士官学校で銀時計を勝ち取ろうが、アミーユにはまだ何の力もない。伯爵の命令を前に無力同然だ。
 アミーユは絨毯に両膝を付いた。伯爵の膝にすがった。

「父上、お願いします。ゲイルにすべてを譲ります。私はもうレルシュ家から出て行きます。一軍人として生きていきます。ですからノルデンに向かわせるのだけはおやめください。お願いです、お願いです」

 アミーユは父親の膝にすがって必死で頼んだ。父親の膝を揺さぶる。せめて、王都にいたい。伯爵家など要らない。実力でのし上がることくらい許してほしい。

「もう決めたことだ、アミーユ」
「そんなっ、父上。私はレルシュ家と縁を切ります。平民として生きてまいります、だからお願いです」
「そんなことできるはずもないだろう。そんなことをすればレルシュ家の恥となる」
「父上、おねがい………」

 アミーユの声は途切れた。伯爵がアミーユを足で突き飛ばしたからだった。
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