3 / 81
踏みつけられた銀時計3
しおりを挟む
何が起きたのかもわからず、アミーユは床から父親の顔を見上げた。
野良犬のように邪険に払われたことに呆然となる。伯爵はアミーユを冷たく見下ろした。
「アミーユ、お前も悪いのだ。お前が平凡な出来であれば、お前に子爵を与えて領地を任せることも考えたが、お前は優秀すぎる。いずれ、ゲイルの邪魔となる」
ボトリと絨毯に投げつけられたのは銀時計だった。
立ち上がった伯爵は、アミーユの目の前でそれを踏みつけにした。
踏みつけられたのはアミーユの心だった。抱いていた望み、父母に認めてもらうこと、物心がついて以来の願いが、粉々に破れた。
愛してもらおうなんて、ひどい勘違いをしていた。俺はいるだけで邪魔な存在だった………。
アミーユは起き上がれなかった。長いこと床に横たわっていた。身動きもできないで固まっていた。やがて、銀時計に手を伸ばし、震える手で握りしめた。
♰♰♰
翌朝、アミーユは出発することになった。長い旅路だが、荷物は少なかった。そもそもアミーユに与えられたものは少ない。士官学校で支給されたものを除けば、ほんのわずかな衣類しかなかった。
ゲイルが馬車に乗ろうとするアミーユを見つけて駆け寄ってきた。伯爵に見咎められることを気にしているのか、柱の陰にアミーユを引っ張った。泣きそうに顔を歪めている。
ゲイルの頬にはまだ幼さが残るが、背丈も目方もアミーユを上回っている。体格は母親似に違いない。一方、父親からは茶目に亜麻色の髪を引き継いでいる。
金髪碧眼のアミーユとは似通ったところがない。そんな弟は昔からアミーユに懐いてきた。
「兄上、私が兄上を迎えに行きますから。私が一人前になったらきっと、兄上を」
言葉を詰まらせると、ゲイルは、アミーユを抱きしめてきた。
ゲイルは愛されて育っただけあって、誰からも愛されると信じ込んでいる。
軽く抱擁を返すと、ゲイルを押し戻す。ゲイル、俺は、お前が憎いよ……。
アミーユの心うちなどゲイルには理解し得ないだろう。
アミーユがどれだけ欲しくても手に入れられなかったものを、生まれたときから当たり前のように与えられているゲイル。
ゲイルは、甘やかされているせいか、その腹には脂肪が何重にも巻いている。馬術も剣術もてんでダメで、学業も落ちこぼれているらしい。それでも、父上と母上の愛を独り占めしてきた弟。
俺には何が足らなかったんだろう。ずっと考えてきたが、それは努力で得られるものではないと、やっとわかった。生まれながらにゲイルにはあって、俺にはないものがあるのだ。
「ゲイル、……元気でな」
爆発しそうな妬みを必死で抑え込んで、何とか兄としての威厳を保っていた。
野良犬のように邪険に払われたことに呆然となる。伯爵はアミーユを冷たく見下ろした。
「アミーユ、お前も悪いのだ。お前が平凡な出来であれば、お前に子爵を与えて領地を任せることも考えたが、お前は優秀すぎる。いずれ、ゲイルの邪魔となる」
ボトリと絨毯に投げつけられたのは銀時計だった。
立ち上がった伯爵は、アミーユの目の前でそれを踏みつけにした。
踏みつけられたのはアミーユの心だった。抱いていた望み、父母に認めてもらうこと、物心がついて以来の願いが、粉々に破れた。
愛してもらおうなんて、ひどい勘違いをしていた。俺はいるだけで邪魔な存在だった………。
アミーユは起き上がれなかった。長いこと床に横たわっていた。身動きもできないで固まっていた。やがて、銀時計に手を伸ばし、震える手で握りしめた。
♰♰♰
翌朝、アミーユは出発することになった。長い旅路だが、荷物は少なかった。そもそもアミーユに与えられたものは少ない。士官学校で支給されたものを除けば、ほんのわずかな衣類しかなかった。
ゲイルが馬車に乗ろうとするアミーユを見つけて駆け寄ってきた。伯爵に見咎められることを気にしているのか、柱の陰にアミーユを引っ張った。泣きそうに顔を歪めている。
ゲイルの頬にはまだ幼さが残るが、背丈も目方もアミーユを上回っている。体格は母親似に違いない。一方、父親からは茶目に亜麻色の髪を引き継いでいる。
金髪碧眼のアミーユとは似通ったところがない。そんな弟は昔からアミーユに懐いてきた。
「兄上、私が兄上を迎えに行きますから。私が一人前になったらきっと、兄上を」
言葉を詰まらせると、ゲイルは、アミーユを抱きしめてきた。
ゲイルは愛されて育っただけあって、誰からも愛されると信じ込んでいる。
軽く抱擁を返すと、ゲイルを押し戻す。ゲイル、俺は、お前が憎いよ……。
アミーユの心うちなどゲイルには理解し得ないだろう。
アミーユがどれだけ欲しくても手に入れられなかったものを、生まれたときから当たり前のように与えられているゲイル。
ゲイルは、甘やかされているせいか、その腹には脂肪が何重にも巻いている。馬術も剣術もてんでダメで、学業も落ちこぼれているらしい。それでも、父上と母上の愛を独り占めしてきた弟。
俺には何が足らなかったんだろう。ずっと考えてきたが、それは努力で得られるものではないと、やっとわかった。生まれながらにゲイルにはあって、俺にはないものがあるのだ。
「ゲイル、……元気でな」
爆発しそうな妬みを必死で抑え込んで、何とか兄としての威厳を保っていた。
0
あなたにおすすめの小説
淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
さかなのみるゆめ
ruki
BL
発情期時の事故で子供を産むことが出来なくなったオメガの佐奈はその時のアルファの相手、智明と一緒に暮らすことになった。常に優しくて穏やかな智明のことを好きになってしまった佐奈は、その時初めて智明が自分を好きではないことに気づく。佐奈の身体を傷つけてしまった責任を取るために一緒にいる智明の優しさに佐奈はいつしか苦しみを覚えていく。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる