10 / 81
結ばれた約束
しおりを挟む
赤毛はアミーユの荷物を持って、アミーユに付き従って、辻馬車に乗り込んできた。
どうして現れた?
使用人として屋敷に上がり込んで、ずっと俺を見張っていたのか?
名を、ダン、と言ったな。
♰♰♰
馬車のドアが閉まるなり、ダンは使用人風情をやめた。アミーユのあごを捉えてきた。
「ひどい傷だ。痛むか?」
アミーユの顔は殴られたあとがある。
ダンは、ガーゼや消毒液を取り出して、アミーユの顔の手当てをしようとしてきた。
「俺はいい。自分のを先にやれ」
アミーユはダンが先ほど負った腕の傷に目線を向けて、顔をそむけた。しかし、ダンはもう一度アミーユのあごを捉えて自分に向かせた。
「俺は自分のものを大事にするんだ」
ダンは俺を拾った、と言った。つまり、俺はダンのものということか。
大事にするとの言葉通り、ダンの手つきはひどく丁寧だった。アミーユをとても大切なもののように扱っている。
こんな山賊が俺を拾ったなどと戯言を。アミーユはダンに嫌悪しか感じない。
しかし、アミーユと目が合えば、ダンの目は優しく緩んだ。そして、きれいな歯を見せてやはり笑う。
夫人の声を思い出す。お前が死ねばよかったのに。
遺体をアミーユを思い込んでいたにもかかわらず、涙の痕もなかった伯爵夫妻。
誰にも見向きされない俺でも、山賊にとっては価値があるのか。
アミーユの手当てが済むと、ダンは自分の片袖を抜いて、消毒液を自分の腕にかけた。痛いはずだが平然とした顔をしている。まるで痛覚を持っていないようだった。
片手で包帯を巻こうとするのを見かねて、アミーユが包帯を手に取った。
そのとき、ダンの体から匂いが立ち上った。アミーユは、一瞬、めまいを覚えた。
汗と土埃と血の匂いのほかに、頭がしびれるような甘やかな匂いを感じ取る。
これはいったい………?
包帯を巻くアミーユの手が震えてくる。自分の中で何かが込み上げてくる。形容しがたい衝動が体内で沸き起こってくる。巻き終わると、ダンがアミーユの手を掴んだ。
「震えている。俺が怖いか」
「いや」
「では、寒いか?」
「いや」
そう答えたアミーユの体では熱が高まっていた。背中が震えている。寒い。とても寒い。なのに、熱い。体の芯が熱い。やはり、流感、か………?
ダンは鼻をスンと鳴らすと、アミーユから飛びのいた。
「もしかして、お前」
ダンが戸惑ったような顔で訊いてきた。何かを意識したせいか、急にダンの発する匂いが強く立ち込めてくる。
「お前の第二性は?」
その質問に、アミーユは何が起きているのか思い至る。
もしかして、これはヒートなのか?
この匂いはΩ特有の、つまり、ヒートの匂い、なのか………?
ダンをまじまじと見つめる。
こいつがΩ?
俺よりも大きくて頑丈そうなのに?
山賊のくせにΩとは。いや、Ωだからなのか?
Ωに生まれれば人生は終わったも同然だ。貴族の出ならば家族に保護されることもあり得るが、平民ならば、いきつく先は貴族の玩具か、売春宿だ。
ダンはそれが嫌で山賊になったのか。
アミーユにダンに対する憐れみのようなものが沸いてきた。
太々しい山賊にしか見えなかったダンが健気に見えてくる。
俺を追って、王都に出てきて、そして俺のために怪我まで負った。
誰も、俺を大事になどしなかった。そんな俺をダンは大事にすると言う。
アミーユはダンから目が離せなくなっていた。その顔が好ましく見えてくる。眉はまっすぐに横に伸び、切れ長の目は涼しげだ。
ヒートに当てられているせいなのか。俺は今惑わされているのか。
ダンも同じく、アミーユから目が離せないようだった。
惑わされていても構わない。俺はこいつが欲しい。今、こいつにひどく欲望している。
アミーユは腰を上げた。ダンの前に立つ。
ダンのあごを持ち上げる。真正面に見つめ合えば、ぞくっと腹の下で欲望がもたげた。
ダンは眩しいものでも見るような目でアミーユを見上げてきた。ダンも俺に欲情を感じている。アミーユはそう確信する。
「ダン、お前にとって、俺は、価値があるんだな? 拾うだけの価値が」
「ある」
「では、俺をお前にやろう。そのかわり、俺もお前をもらう。俺のものになれ、ダン」
「いいだろう」
ダンは目を細めて、きれいな歯並びを見せた。アミーユがダンに唇を重ねると、ダンは従順に受け入れた。
どうして現れた?
使用人として屋敷に上がり込んで、ずっと俺を見張っていたのか?
名を、ダン、と言ったな。
♰♰♰
馬車のドアが閉まるなり、ダンは使用人風情をやめた。アミーユのあごを捉えてきた。
「ひどい傷だ。痛むか?」
アミーユの顔は殴られたあとがある。
ダンは、ガーゼや消毒液を取り出して、アミーユの顔の手当てをしようとしてきた。
「俺はいい。自分のを先にやれ」
アミーユはダンが先ほど負った腕の傷に目線を向けて、顔をそむけた。しかし、ダンはもう一度アミーユのあごを捉えて自分に向かせた。
「俺は自分のものを大事にするんだ」
ダンは俺を拾った、と言った。つまり、俺はダンのものということか。
大事にするとの言葉通り、ダンの手つきはひどく丁寧だった。アミーユをとても大切なもののように扱っている。
こんな山賊が俺を拾ったなどと戯言を。アミーユはダンに嫌悪しか感じない。
しかし、アミーユと目が合えば、ダンの目は優しく緩んだ。そして、きれいな歯を見せてやはり笑う。
夫人の声を思い出す。お前が死ねばよかったのに。
遺体をアミーユを思い込んでいたにもかかわらず、涙の痕もなかった伯爵夫妻。
誰にも見向きされない俺でも、山賊にとっては価値があるのか。
アミーユの手当てが済むと、ダンは自分の片袖を抜いて、消毒液を自分の腕にかけた。痛いはずだが平然とした顔をしている。まるで痛覚を持っていないようだった。
片手で包帯を巻こうとするのを見かねて、アミーユが包帯を手に取った。
そのとき、ダンの体から匂いが立ち上った。アミーユは、一瞬、めまいを覚えた。
汗と土埃と血の匂いのほかに、頭がしびれるような甘やかな匂いを感じ取る。
これはいったい………?
包帯を巻くアミーユの手が震えてくる。自分の中で何かが込み上げてくる。形容しがたい衝動が体内で沸き起こってくる。巻き終わると、ダンがアミーユの手を掴んだ。
「震えている。俺が怖いか」
「いや」
「では、寒いか?」
「いや」
そう答えたアミーユの体では熱が高まっていた。背中が震えている。寒い。とても寒い。なのに、熱い。体の芯が熱い。やはり、流感、か………?
ダンは鼻をスンと鳴らすと、アミーユから飛びのいた。
「もしかして、お前」
ダンが戸惑ったような顔で訊いてきた。何かを意識したせいか、急にダンの発する匂いが強く立ち込めてくる。
「お前の第二性は?」
その質問に、アミーユは何が起きているのか思い至る。
もしかして、これはヒートなのか?
この匂いはΩ特有の、つまり、ヒートの匂い、なのか………?
ダンをまじまじと見つめる。
こいつがΩ?
俺よりも大きくて頑丈そうなのに?
山賊のくせにΩとは。いや、Ωだからなのか?
Ωに生まれれば人生は終わったも同然だ。貴族の出ならば家族に保護されることもあり得るが、平民ならば、いきつく先は貴族の玩具か、売春宿だ。
ダンはそれが嫌で山賊になったのか。
アミーユにダンに対する憐れみのようなものが沸いてきた。
太々しい山賊にしか見えなかったダンが健気に見えてくる。
俺を追って、王都に出てきて、そして俺のために怪我まで負った。
誰も、俺を大事になどしなかった。そんな俺をダンは大事にすると言う。
アミーユはダンから目が離せなくなっていた。その顔が好ましく見えてくる。眉はまっすぐに横に伸び、切れ長の目は涼しげだ。
ヒートに当てられているせいなのか。俺は今惑わされているのか。
ダンも同じく、アミーユから目が離せないようだった。
惑わされていても構わない。俺はこいつが欲しい。今、こいつにひどく欲望している。
アミーユは腰を上げた。ダンの前に立つ。
ダンのあごを持ち上げる。真正面に見つめ合えば、ぞくっと腹の下で欲望がもたげた。
ダンは眩しいものでも見るような目でアミーユを見上げてきた。ダンも俺に欲情を感じている。アミーユはそう確信する。
「ダン、お前にとって、俺は、価値があるんだな? 拾うだけの価値が」
「ある」
「では、俺をお前にやろう。そのかわり、俺もお前をもらう。俺のものになれ、ダン」
「いいだろう」
ダンは目を細めて、きれいな歯並びを見せた。アミーユがダンに唇を重ねると、ダンは従順に受け入れた。
0
あなたにおすすめの小説
オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜
トマトふぁ之助
BL
某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。
そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。
聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。
淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる