玉座の檻

萌於カク

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結ばれた約束

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 赤毛はアミーユの荷物を持って、アミーユに付き従って、辻馬車に乗り込んできた。
 どうして現れた? 
 使用人として屋敷に上がり込んで、ずっと俺を見張っていたのか?
 名を、ダン、と言ったな。

♰♰♰

 馬車のドアが閉まるなり、ダンは使用人風情をやめた。アミーユのあごを捉えてきた。

「ひどい傷だ。痛むか?」

 アミーユの顔は殴られたあとがある。
 ダンは、ガーゼや消毒液を取り出して、アミーユの顔の手当てをしようとしてきた。

「俺はいい。自分のを先にやれ」

 アミーユはダンが先ほど負った腕の傷に目線を向けて、顔をそむけた。しかし、ダンはもう一度アミーユのあごを捉えて自分に向かせた。

「俺は自分のものを大事にするんだ」

 ダンは俺を拾った、と言った。つまり、俺はダンのものということか。
 大事にするとの言葉通り、ダンの手つきはひどく丁寧だった。アミーユをとても大切なもののように扱っている。

 こんな山賊が俺を拾ったなどと戯言を。アミーユはダンに嫌悪しか感じない。
 しかし、アミーユと目が合えば、ダンの目は優しく緩んだ。そして、きれいな歯を見せてやはり笑う。

 夫人の声を思い出す。お前が死ねばよかったのに。
 遺体をアミーユを思い込んでいたにもかかわらず、涙の痕もなかった伯爵夫妻。
 誰にも見向きされない俺でも、山賊にとっては価値があるのか。

 アミーユの手当てが済むと、ダンは自分の片袖を抜いて、消毒液を自分の腕にかけた。痛いはずだが平然とした顔をしている。まるで痛覚を持っていないようだった。

 片手で包帯を巻こうとするのを見かねて、アミーユが包帯を手に取った。
 そのとき、ダンの体から匂いが立ち上った。アミーユは、一瞬、めまいを覚えた。
 汗と土埃と血の匂いのほかに、頭がしびれるような甘やかな匂いを感じ取る。

 これはいったい………?

 包帯を巻くアミーユの手が震えてくる。自分の中で何かが込み上げてくる。形容しがたい衝動が体内で沸き起こってくる。巻き終わると、ダンがアミーユの手を掴んだ。

「震えている。俺が怖いか」
「いや」
「では、寒いか?」
「いや」

 そう答えたアミーユの体では熱が高まっていた。背中が震えている。寒い。とても寒い。なのに、熱い。体の芯が熱い。やはり、流感、か………?
 ダンは鼻をスンと鳴らすと、アミーユから飛びのいた。

「もしかして、お前」

 ダンが戸惑ったような顔で訊いてきた。何かを意識したせいか、急にダンの発する匂いが強く立ち込めてくる。

「お前の第二性は?」

 その質問に、アミーユは何が起きているのか思い至る。
 もしかして、これはヒートなのか?
 この匂いはΩ特有の、つまり、ヒートの匂い、なのか………?
 ダンをまじまじと見つめる。

 こいつがΩ? 
 俺よりも大きくて頑丈そうなのに?
 山賊のくせにΩとは。いや、Ωだからなのか?

 Ωに生まれれば人生は終わったも同然だ。貴族の出ならば家族に保護されることもあり得るが、平民ならば、いきつく先は貴族の玩具か、売春宿だ。
 ダンはそれが嫌で山賊になったのか。
 
 アミーユにダンに対する憐れみのようなものが沸いてきた。
 太々しい山賊にしか見えなかったダンが健気に見えてくる。

 俺を追って、王都に出てきて、そして俺のために怪我まで負った。
 誰も、俺を大事になどしなかった。そんな俺をダンは大事にすると言う。

 アミーユはダンから目が離せなくなっていた。その顔が好ましく見えてくる。眉はまっすぐに横に伸び、切れ長の目は涼しげだ。
 ヒートに当てられているせいなのか。俺は今惑わされているのか。
 ダンも同じく、アミーユから目が離せないようだった。

 惑わされていても構わない。俺はこいつが欲しい。今、こいつにひどく欲望している。
 アミーユは腰を上げた。ダンの前に立つ。
 ダンのあごを持ち上げる。真正面に見つめ合えば、ぞくっと腹の下で欲望がもたげた。
 ダンは眩しいものでも見るような目でアミーユを見上げてきた。ダンも俺に欲情を感じている。アミーユはそう確信する。

「ダン、お前にとって、俺は、価値があるんだな? 拾うだけの価値が」
「ある」
「では、俺をお前にやろう。そのかわり、俺もお前をもらう。俺のものになれ、ダン」
「いいだろう」

 ダンは目を細めて、きれいな歯並びを見せた。アミーユがダンに唇を重ねると、ダンは従順に受け入れた。

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