9 / 81
捨てられた子2
しおりを挟む
いやあああああっ、いやああああっ。
夫人は動物のような声で叫び続けた。
伯爵はアミーユに向き直った。
「お前は母親の企みを知っていたのか。知っていて、ゲイルを部屋に引き込んだのか? 両手両足を縛ったのもお前か?」
アミーユの全身は震えていた。もう何にショックを受けているのかもわからない。ごとごとと震えが止まらない。
床に落ちたランプの割れる音。もぞもぞとベッドの上で動くしかなかったゲイル。飛び降りたときに開け放ったままの窓。
下女が窓から投げ込んだ火が床のランプオイルに引火し、燃え広がって、ベッドに火が移って、それから。
ああ、ゲイル………。
最後に見たゲイルのもぞもぞと動く姿が頭によぎる。
ゲイル、さぞかし苦しかったことだろう。
「私への復讐か?」
思いもかけない伯爵の言葉にアミーユは目を見開いたが、アミーユが伯爵夫妻を殺そうとしたのはつい昨日の朝のことだった。復讐心を抱いたのに間違いはない。
押し黙るアミーユに伯爵は告げる。
「確かに私はお前を不当に扱った。しかし、血のつながっていないお前を実の子同然に扱うことなどできなくて当然だろう」
「………え?」
アミーユは震えながら首を傾げた。何を言われているのか咄嗟に理解できない。
「お前は捨て子だ」
呆然と伯爵を見つめ返すしかないアミーユに、伯爵は氷のように冷えた声で告げる。
「お前はこの屋敷の玄関に捨てられていたのだ」
え?
「お前がぼろをまとっていたなら妙な気を起こさなかっただろう。しかし、お前は絹のドレスを着ていた。貴族のわけありの子だと一目で見当が付いた。長いこと子ができない私たちの事情を知っていた貴族が捨てていったのだ。それを私たちが拾ったのだよ。まさか翌年に実の子を授かるとも知らずにな」
伯爵は吐き出すように付け加えた。
「いいか、お前は実の親にも捨てられた子どもだったのだ」
驚きに言葉を失い、正体不明の激情に駆られるも、その向かう先がない。しかし、思考ではすとんと入ってくるものがあった。だから俺は憎まれていたのか。邪魔者だったから。
伯爵はアミーユを見た。伯爵の目には殺意が浮かんでいた。
―――今やお前が憎くて憎くてたまらないよ。お前さえ拾わなければこんなことにはならなかったのに。
伯爵は目でそれを告げていた。
俺は憎まれても当然だ。
アミーユは、何も発することができなかった。ゆらりと体がかしいだ。その背中を使用人が支えてきた。
伯爵はのどから絞り出すような声を出した。
「おおぉ、ゲイル。可哀想に。さぞ怖かっただろうに」
そこに金切声を上げる夫人が、ものすごい勢いで近づいてきた。訳の分からない言葉を発しながらアミーユに突進してきた。手に鉈のようなものを持っている。
「ごろず、おまえ、ごろじでやるっ」
夫人の目は血走り、口からは泡を吹いていた。完全に正気を失っている。周囲は取り押さえようとするも、振り回される鉈に近寄れない。
アミーユはぼんやりと眺めていた。
この人は俺の母親ではなかったんだ……。
振りかかってくる刃があった。
俺は母親だと思っていた人に殺されるのか……。
しかし、鉈は落ちてこなかった。
アミーユの体を支えている使用人が、腕でアミーユをかばっていた。夫人はもう一度アミーユに鉈を振り上げたところを、取り押さえられた。
「おおまえ、ごろじでやる、ごろじてやる」
拘束されてもなお、夫人は暴れて叫んでいる。夫人の頬を伯爵が、平手で打った。ピシャリ、と高い音が立つ。
夫人はキキキッと白目になり、倒れ込んだ。今度はそのまま起き上がらなかった。
伯爵は憐れむような目で夫人を見下ろしながら、か細い声を上げた。
「アミーユ、金輪際、姿を見せるな。今すぐ港町の別宅に行け。追って連絡する」
伯爵はそう言ったきり、項垂れている。その背中は悲哀に満ちていた。
呆けるアミーユの視界が赤くなった。使用人の白いシャツの袖が赤く染まっていく。その血の赤さに、不意に赤毛を思い出していた。
俺は甘い。赤毛の言った通り、俺は甘い。やはり昨日のうちに父上と母上を殺しておけばよかったのだ。父上は、母上のことを許しても、俺を許すことはない。
アミーユは、盾となった使用人の腕を見つめた。
身を挺してまで守ってくれるような下男には覚えがなかった。もたれ込んだまま振り向くと、黒目があった。
えっ…………?
その黒目の奥は、やはり赤く光っていた。
アミーユと目が合うと、黒目は細くなった。白くきれいな歯並びが見えて、笑っているのだとわかった。
ざんばらだった赤毛はきれいに整えられていた。
夫人は動物のような声で叫び続けた。
伯爵はアミーユに向き直った。
「お前は母親の企みを知っていたのか。知っていて、ゲイルを部屋に引き込んだのか? 両手両足を縛ったのもお前か?」
アミーユの全身は震えていた。もう何にショックを受けているのかもわからない。ごとごとと震えが止まらない。
床に落ちたランプの割れる音。もぞもぞとベッドの上で動くしかなかったゲイル。飛び降りたときに開け放ったままの窓。
下女が窓から投げ込んだ火が床のランプオイルに引火し、燃え広がって、ベッドに火が移って、それから。
ああ、ゲイル………。
最後に見たゲイルのもぞもぞと動く姿が頭によぎる。
ゲイル、さぞかし苦しかったことだろう。
「私への復讐か?」
思いもかけない伯爵の言葉にアミーユは目を見開いたが、アミーユが伯爵夫妻を殺そうとしたのはつい昨日の朝のことだった。復讐心を抱いたのに間違いはない。
押し黙るアミーユに伯爵は告げる。
「確かに私はお前を不当に扱った。しかし、血のつながっていないお前を実の子同然に扱うことなどできなくて当然だろう」
「………え?」
アミーユは震えながら首を傾げた。何を言われているのか咄嗟に理解できない。
「お前は捨て子だ」
呆然と伯爵を見つめ返すしかないアミーユに、伯爵は氷のように冷えた声で告げる。
「お前はこの屋敷の玄関に捨てられていたのだ」
え?
「お前がぼろをまとっていたなら妙な気を起こさなかっただろう。しかし、お前は絹のドレスを着ていた。貴族のわけありの子だと一目で見当が付いた。長いこと子ができない私たちの事情を知っていた貴族が捨てていったのだ。それを私たちが拾ったのだよ。まさか翌年に実の子を授かるとも知らずにな」
伯爵は吐き出すように付け加えた。
「いいか、お前は実の親にも捨てられた子どもだったのだ」
驚きに言葉を失い、正体不明の激情に駆られるも、その向かう先がない。しかし、思考ではすとんと入ってくるものがあった。だから俺は憎まれていたのか。邪魔者だったから。
伯爵はアミーユを見た。伯爵の目には殺意が浮かんでいた。
―――今やお前が憎くて憎くてたまらないよ。お前さえ拾わなければこんなことにはならなかったのに。
伯爵は目でそれを告げていた。
俺は憎まれても当然だ。
アミーユは、何も発することができなかった。ゆらりと体がかしいだ。その背中を使用人が支えてきた。
伯爵はのどから絞り出すような声を出した。
「おおぉ、ゲイル。可哀想に。さぞ怖かっただろうに」
そこに金切声を上げる夫人が、ものすごい勢いで近づいてきた。訳の分からない言葉を発しながらアミーユに突進してきた。手に鉈のようなものを持っている。
「ごろず、おまえ、ごろじでやるっ」
夫人の目は血走り、口からは泡を吹いていた。完全に正気を失っている。周囲は取り押さえようとするも、振り回される鉈に近寄れない。
アミーユはぼんやりと眺めていた。
この人は俺の母親ではなかったんだ……。
振りかかってくる刃があった。
俺は母親だと思っていた人に殺されるのか……。
しかし、鉈は落ちてこなかった。
アミーユの体を支えている使用人が、腕でアミーユをかばっていた。夫人はもう一度アミーユに鉈を振り上げたところを、取り押さえられた。
「おおまえ、ごろじでやる、ごろじてやる」
拘束されてもなお、夫人は暴れて叫んでいる。夫人の頬を伯爵が、平手で打った。ピシャリ、と高い音が立つ。
夫人はキキキッと白目になり、倒れ込んだ。今度はそのまま起き上がらなかった。
伯爵は憐れむような目で夫人を見下ろしながら、か細い声を上げた。
「アミーユ、金輪際、姿を見せるな。今すぐ港町の別宅に行け。追って連絡する」
伯爵はそう言ったきり、項垂れている。その背中は悲哀に満ちていた。
呆けるアミーユの視界が赤くなった。使用人の白いシャツの袖が赤く染まっていく。その血の赤さに、不意に赤毛を思い出していた。
俺は甘い。赤毛の言った通り、俺は甘い。やはり昨日のうちに父上と母上を殺しておけばよかったのだ。父上は、母上のことを許しても、俺を許すことはない。
アミーユは、盾となった使用人の腕を見つめた。
身を挺してまで守ってくれるような下男には覚えがなかった。もたれ込んだまま振り向くと、黒目があった。
えっ…………?
その黒目の奥は、やはり赤く光っていた。
アミーユと目が合うと、黒目は細くなった。白くきれいな歯並びが見えて、笑っているのだとわかった。
ざんばらだった赤毛はきれいに整えられていた。
0
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる