玉座の檻

萌於カク

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捨てられた子2

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 いやあああああっ、いやああああっ。
 夫人は動物のような声で叫び続けた。
 伯爵はアミーユに向き直った。

「お前は母親あれの企みを知っていたのか。知っていて、ゲイルを部屋に引き込んだのか? 両手両足を縛ったのもお前か?」

 アミーユの全身は震えていた。もう何にショックを受けているのかもわからない。ごとごとと震えが止まらない。

 床に落ちたランプの割れる音。もぞもぞとベッドの上で動くしかなかったゲイル。飛び降りたときに開け放ったままの窓。
 下女が窓から投げ込んだ火が床のランプオイルに引火し、燃え広がって、ベッドに火が移って、それから。

 ああ、ゲイル………。
 最後に見たゲイルのもぞもぞと動く姿が頭によぎる。
 ゲイル、さぞかし苦しかったことだろう。

「私への復讐か?」

 思いもかけない伯爵の言葉にアミーユは目を見開いたが、アミーユが伯爵夫妻を殺そうとしたのはつい昨日の朝のことだった。復讐心を抱いたのに間違いはない。
 押し黙るアミーユに伯爵は告げる。

「確かに私はお前を不当に扱った。しかし、血のつながっていないお前を実の子同然に扱うことなどできなくて当然だろう」
「………え?」

 アミーユは震えながら首を傾げた。何を言われているのか咄嗟に理解できない。

「お前は捨て子だ」

 呆然と伯爵を見つめ返すしかないアミーユに、伯爵は氷のように冷えた声で告げる。

「お前はこの屋敷の玄関に捨てられていたのだ」

 え?

「お前がぼろをまとっていたなら妙な気を起こさなかっただろう。しかし、お前は絹のドレスを着ていた。貴族のわけありの子だと一目で見当が付いた。長いこと子ができない私たちの事情を知っていた貴族が捨てていったのだ。それを私たちが拾ったのだよ。まさか翌年に実の子を授かるとも知らずにな」

 伯爵は吐き出すように付け加えた。

「いいか、お前は実の親にも捨てられた子どもだったのだ」

 驚きに言葉を失い、正体不明の激情に駆られるも、その向かう先がない。しかし、思考ではすとんと入ってくるものがあった。だから俺は憎まれていたのか。邪魔者だったから。

 伯爵はアミーユを見た。伯爵の目には殺意が浮かんでいた。

 ―――今やお前が憎くて憎くてたまらないよ。お前さえ拾わなければこんなことにはならなかったのに。

 伯爵は目でそれを告げていた。
 俺は憎まれても当然だ。
 アミーユは、何も発することができなかった。ゆらりと体がかしいだ。その背中を使用人が支えてきた。
 伯爵はのどから絞り出すような声を出した。

「おおぉ、ゲイル。可哀想に。さぞ怖かっただろうに」

 そこに金切声を上げる夫人が、ものすごい勢いで近づいてきた。訳の分からない言葉を発しながらアミーユに突進してきた。手に鉈のようなものを持っている。

「ごろず、おまえ、ごろじでやるっ」

 夫人の目は血走り、口からは泡を吹いていた。完全に正気を失っている。周囲は取り押さえようとするも、振り回される鉈に近寄れない。

 アミーユはぼんやりと眺めていた。
 この人は俺の母親ではなかったんだ……。
 振りかかってくる刃があった。

 俺は母親だと思っていた人に殺されるのか……。
 しかし、鉈は落ちてこなかった。

 アミーユの体を支えている使用人が、腕でアミーユをかばっていた。夫人はもう一度アミーユに鉈を振り上げたところを、取り押さえられた。

「おおまえ、ごろじでやる、ごろじてやる」

 拘束されてもなお、夫人は暴れて叫んでいる。夫人の頬を伯爵が、平手で打った。ピシャリ、と高い音が立つ。
 夫人はキキキッと白目になり、倒れ込んだ。今度はそのまま起き上がらなかった。
 伯爵は憐れむような目で夫人を見下ろしながら、か細い声を上げた。

「アミーユ、金輪際、姿を見せるな。今すぐ港町の別宅に行け。追って連絡する」

 伯爵はそう言ったきり、項垂れている。その背中は悲哀に満ちていた。

 呆けるアミーユの視界が赤くなった。使用人の白いシャツの袖が赤く染まっていく。その血の赤さに、不意に赤毛を思い出していた。

 俺は甘い。赤毛の言った通り、俺は甘い。やはり昨日のうちに父上と母上を殺しておけばよかったのだ。父上は、母上のことを許しても、俺を許すことはない。
 
 アミーユは、盾となった使用人の腕を見つめた。
 身を挺してまで守ってくれるような下男には覚えがなかった。もたれ込んだまま振り向くと、黒目があった。
 えっ…………?
 その黒目の奥は、やはり赤く光っていた。

 アミーユと目が合うと、黒目は細くなった。白くきれいな歯並びが見えて、笑っているのだとわかった。
 ざんばらだった赤毛はきれいに整えられていた。

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