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王宮の三妃3
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アミーユの意識が軍人に切り替わった。騒ぎのほうに視線を向ける。
アミーユに向けて、けたたましい声をあげながら近づいてくるものがある。アミーユは素早く周囲の令嬢たちを脇へとかばう。
それはアミーユに向けて突進してくる。アミーユは身構えた。
「きゃああっ」
叫びながら来るのは、黄色いドレスの女だった。
女の黄色いドレスの裾から裸足が見えていた。顔に狂気を浮かべて一心不乱に駆けてくる。避けるにも人が多い。
アミーユが受け止めるしかない。
女はドシッとアミーユに体当たりしてきた。
あまりの華奢さに跳ね返すのをためらった。そのまま受け止めて、背中から床に転がる。
女はアミーユをギュっと抱きしめて奇声を発している。
「あああ、あいたかったわ、あいたかったわ」
アミーユは一瞬何が起きたのかわからず、床に転がって困惑する。
黄色いドレスの女が、アミーユをもみくちゃにする。頭を撫でたり、抱きしめたり、頬ずりしたりしている。
「あああ、あいたかったわ。あいたかったわ」
女はアミーユに覆いかぶさり、頭に頬に手にと接吻を落としている。
や、やめて、ちょっと、あんた、何やってんの。
アミーユも閉口するしかない。襲いかかった暴風雨に、下手な抵抗も出来ずに床で丸くなる。
女はまるで小さい子にするようにアミーユを撫でたり頬を擦り付けたりしている。
「あああ、あいたかったわ、わたしのこ、かわいいかわいいわたしのこ」
アミーユはその言葉にぎょっとする。
わたしの子?
え、は、母上?
俺の母上?
うずくまりながら女を見ると、女は涙をためた目で見返してきた。あああ、わたしのかわいいこ。
女はうわごとのように繰り返す。わたしのかわいいこ。
うっとりとした目でアミーユを眺める女の頭は毛髪がまばらで地肌が見えており、眉もない。目は翡翠色に濁っている。とてもじゃないが正常には見えない。
え、これが母上?
う、嘘だろ?
アミーユの想像をはるかに超えた再会だった。激しい、あまりにも激しい。せっかくの再会だけど、これは、嬉しいような嬉しくないような………。
「ははうえ、ですか?」
「ええそうよ、わたしはあなたのおかあさまよ」
女はまたアミーユにチュッチュッと接吻を落とす。
呆然とするアミーユの口に何かを突っ込んで、嵐は去っていった。
黄色いドレスがアミーユから遠ざかっていく。
アミーユが口のものを取り出すとクッキーのようだった。
お母さんがクッキーを、くれた………?
かじってみる。
意外にもおいしかった。
素朴なバターの風味がふんわりと口の中に広がった。
クッキーを噛みしめながら、いろいろな意味で泣きそうな気持ちで母親を目で追っていると、母親は次の行き先でまた嵐を起こしていた。
今度は令嬢に抱き着いて「あああ、わたしのかわいいこ」をやらかしていた。令嬢に逃げられると、今度は別の子息に向かって、「あああ、わたしのかわいいこ」をやっている。
俺以外にも捨て子がいる………? しかも、たくさん………?
女は、手当たり次第に「あああ、わたしのかわいいこ」をやっているのだった。
やられる側は慣れたものらしく、プイと顔を背けて、女を押しのけている。上手にあしらえずに床に転がったのはアミーユだけだった。
アミーユは自分が無様な姿をさらしてしまったことに気づいた。床に這いつくばったアミーユは遠巻きにされている。
多くは心配げな目でアミーユに手を差し伸べたそうにしているが、いい気味だと、冷ややかに見つめてくる目も少なくはなかった。
どうごまかすべきかと考えるアミーユの前に、黒衣が現れた。
アミーユにお辞儀をすると手を差し伸べてきた。
あたりに緊張が走る。
黒衣の女は、ときの権力者、アデレート宰相閣下、その人だった。
アミーユは自分で跳ね起きた。軍服を正すと、さし伸ばされたままのアデレート宰相の手を取って、一礼をする。
「アデレート宰相閣下!」
「レルシュ伯、銀時計は今も動いて?」
アデレート宰相は優雅に首を傾げて微笑んできた。社会の底辺からのし上がり、今では全権力を手中に収めているだけの凄みがその笑みにはあった。
アデレート宰相がアミーユを覚えていることに驚いた。銀時計を拝領するとき、アデレート宰相が老国王の傍らに寄り添っていた。アミーユの方はもちろん覚えている。
しかし、宰相閣下も俺を覚えていたのか。士官学校の一候補生で、まだほんの子どもだった俺を。
「はっ、大切にしております」
「幸妃さまの発作は初めて? 驚かれたでしょう」
幸妃、では、あの黄色い女がマリア妃なのか……?
故フィリップ王子の妃。夫と三人の子どもを失い、自分だけが生き残ってしまった悲劇の妃。しかし、常に幸福そうに笑っているために幸妃と呼ばれている。
さっきも、笑っていた。というよりも狂喜乱舞していた。
「発作……」
「ええ、発作です。たまに起こすのです。哀れなことです。失った子どもたちを若者に重ねているのです。あなたには特に熱烈でした。それも無理のないこと、あなたは、わたくしも息子にしたいほど素敵な貴公子ですもの」
アデレート宰相は意味ありげにアミーユを見た。
アミーユはハッとした。
ええ? 何だって?
いやいや、そんなことがあるはずない。だが。
アミーユはアデレート宰相を見つめた。
アデレート宰相はアミーユに手を取らせて、ホールの中心へと誘う。自然とダンスの相手を務めることになった。
アミーユのぎこちないステップを上手に隠して、アデレート宰相はアミーユに恥をかかせない。
「美男美女ですな」
「宰相閣下の次のお気に入りはレルシュ伯ですかな」
「いやいや、さすがに伯は若すぎる」
「母子ほど離れておりますからな」
アデレート宰相のおかげでアミーユの面目は保たれるどころか、一目置かれる存在となった。アデレートのお気に入りになれば出世は間違いない。
しかし、アミーユにはそのことは頭になかった。
アミーユはひたすらアデレート宰相に見入っていた。
この美しい人がもしかしたら、俺の……。
青くうるんだ目で見上げるアデレート宰相を、アミーユはじっと見つめた。
あなたは、母上なのですか?
アデレートはアミーユを見つめ返して、微笑んでいた。
アミーユに向けて、けたたましい声をあげながら近づいてくるものがある。アミーユは素早く周囲の令嬢たちを脇へとかばう。
それはアミーユに向けて突進してくる。アミーユは身構えた。
「きゃああっ」
叫びながら来るのは、黄色いドレスの女だった。
女の黄色いドレスの裾から裸足が見えていた。顔に狂気を浮かべて一心不乱に駆けてくる。避けるにも人が多い。
アミーユが受け止めるしかない。
女はドシッとアミーユに体当たりしてきた。
あまりの華奢さに跳ね返すのをためらった。そのまま受け止めて、背中から床に転がる。
女はアミーユをギュっと抱きしめて奇声を発している。
「あああ、あいたかったわ、あいたかったわ」
アミーユは一瞬何が起きたのかわからず、床に転がって困惑する。
黄色いドレスの女が、アミーユをもみくちゃにする。頭を撫でたり、抱きしめたり、頬ずりしたりしている。
「あああ、あいたかったわ。あいたかったわ」
女はアミーユに覆いかぶさり、頭に頬に手にと接吻を落としている。
や、やめて、ちょっと、あんた、何やってんの。
アミーユも閉口するしかない。襲いかかった暴風雨に、下手な抵抗も出来ずに床で丸くなる。
女はまるで小さい子にするようにアミーユを撫でたり頬を擦り付けたりしている。
「あああ、あいたかったわ、わたしのこ、かわいいかわいいわたしのこ」
アミーユはその言葉にぎょっとする。
わたしの子?
え、は、母上?
俺の母上?
うずくまりながら女を見ると、女は涙をためた目で見返してきた。あああ、わたしのかわいいこ。
女はうわごとのように繰り返す。わたしのかわいいこ。
うっとりとした目でアミーユを眺める女の頭は毛髪がまばらで地肌が見えており、眉もない。目は翡翠色に濁っている。とてもじゃないが正常には見えない。
え、これが母上?
う、嘘だろ?
アミーユの想像をはるかに超えた再会だった。激しい、あまりにも激しい。せっかくの再会だけど、これは、嬉しいような嬉しくないような………。
「ははうえ、ですか?」
「ええそうよ、わたしはあなたのおかあさまよ」
女はまたアミーユにチュッチュッと接吻を落とす。
呆然とするアミーユの口に何かを突っ込んで、嵐は去っていった。
黄色いドレスがアミーユから遠ざかっていく。
アミーユが口のものを取り出すとクッキーのようだった。
お母さんがクッキーを、くれた………?
かじってみる。
意外にもおいしかった。
素朴なバターの風味がふんわりと口の中に広がった。
クッキーを噛みしめながら、いろいろな意味で泣きそうな気持ちで母親を目で追っていると、母親は次の行き先でまた嵐を起こしていた。
今度は令嬢に抱き着いて「あああ、わたしのかわいいこ」をやらかしていた。令嬢に逃げられると、今度は別の子息に向かって、「あああ、わたしのかわいいこ」をやっている。
俺以外にも捨て子がいる………? しかも、たくさん………?
女は、手当たり次第に「あああ、わたしのかわいいこ」をやっているのだった。
やられる側は慣れたものらしく、プイと顔を背けて、女を押しのけている。上手にあしらえずに床に転がったのはアミーユだけだった。
アミーユは自分が無様な姿をさらしてしまったことに気づいた。床に這いつくばったアミーユは遠巻きにされている。
多くは心配げな目でアミーユに手を差し伸べたそうにしているが、いい気味だと、冷ややかに見つめてくる目も少なくはなかった。
どうごまかすべきかと考えるアミーユの前に、黒衣が現れた。
アミーユにお辞儀をすると手を差し伸べてきた。
あたりに緊張が走る。
黒衣の女は、ときの権力者、アデレート宰相閣下、その人だった。
アミーユは自分で跳ね起きた。軍服を正すと、さし伸ばされたままのアデレート宰相の手を取って、一礼をする。
「アデレート宰相閣下!」
「レルシュ伯、銀時計は今も動いて?」
アデレート宰相は優雅に首を傾げて微笑んできた。社会の底辺からのし上がり、今では全権力を手中に収めているだけの凄みがその笑みにはあった。
アデレート宰相がアミーユを覚えていることに驚いた。銀時計を拝領するとき、アデレート宰相が老国王の傍らに寄り添っていた。アミーユの方はもちろん覚えている。
しかし、宰相閣下も俺を覚えていたのか。士官学校の一候補生で、まだほんの子どもだった俺を。
「はっ、大切にしております」
「幸妃さまの発作は初めて? 驚かれたでしょう」
幸妃、では、あの黄色い女がマリア妃なのか……?
故フィリップ王子の妃。夫と三人の子どもを失い、自分だけが生き残ってしまった悲劇の妃。しかし、常に幸福そうに笑っているために幸妃と呼ばれている。
さっきも、笑っていた。というよりも狂喜乱舞していた。
「発作……」
「ええ、発作です。たまに起こすのです。哀れなことです。失った子どもたちを若者に重ねているのです。あなたには特に熱烈でした。それも無理のないこと、あなたは、わたくしも息子にしたいほど素敵な貴公子ですもの」
アデレート宰相は意味ありげにアミーユを見た。
アミーユはハッとした。
ええ? 何だって?
いやいや、そんなことがあるはずない。だが。
アミーユはアデレート宰相を見つめた。
アデレート宰相はアミーユに手を取らせて、ホールの中心へと誘う。自然とダンスの相手を務めることになった。
アミーユのぎこちないステップを上手に隠して、アデレート宰相はアミーユに恥をかかせない。
「美男美女ですな」
「宰相閣下の次のお気に入りはレルシュ伯ですかな」
「いやいや、さすがに伯は若すぎる」
「母子ほど離れておりますからな」
アデレート宰相のおかげでアミーユの面目は保たれるどころか、一目置かれる存在となった。アデレートのお気に入りになれば出世は間違いない。
しかし、アミーユにはそのことは頭になかった。
アミーユはひたすらアデレート宰相に見入っていた。
この美しい人がもしかしたら、俺の……。
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アデレートはアミーユを見つめ返して、微笑んでいた。
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