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四番目の子
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朝、目覚めるとダンの姿はいつものように消えていた。
アミーユは幸妃を尋ねることにした。
入院していた間に、いつの間にか季節は変わろうとしていた。王宮の庭には春の息吹があった。
アミーユはその足で王都を去って、公爵領に行くつもりだった。廃位されるかもしれないが、それまでは俺の領地だ。
もうこれ以上は、ダンに従えない。王になどなれるはずがない。
出立の予定は4日後だったが、一刻の猶予もならない。俺がいなくなれば、ダンは無血革命を諦めるしかない。
最後の挨拶にと、幸妃を訪問した。
「アーサー!」
戸口に立ったアミーユを見るなり、幸妃はとんできた。侍女は笑顔で言ってきた。
「まあ、随分とお顔を見せてくださいませんでしたこと。一か月ぶりですわ」
幸妃は、アミーユの松葉杖姿に顔色を変えた。
「ああ、アーサー! なにがあったの? なにがあったの?」
「母上、これは大げさにしているだけで、何でもないのです」
侍女が心配げな幸妃を宥めてきた。
「まあ、アーサーったら、また腕白してきたのね。男の子だもの、怪我くらいしますわ」
部屋には、城の子どもたちが遊びに来ている。わらわらとアミーユに寄ってくる。
「あんた、軍人さんをクビになっちゃったの?」
その日のアミーユは軍服姿ではなかった。普段着の絹のブラウスでもなく、綿のシャツを着ている。町人の格好だ。一人では貴族姿で出歩くのも物騒な情勢だ。
子どもたちは、アミーユの周囲を取り囲んできたが、少し相手をしてやると、すぐに騒々しく去っていった。子どもたちには労働が待っている。
子どもたちを見送りながらアミーユは安心した。これなら、アミーユがいなくなっても、もう幸妃の毎日は寂しくはなさそうだ。
一か月見ない間に、侍女も幸妃も、随分と見違えていた。顔色が良くなっている。その色つやを見てやっと、この二人はこれまで長いこと虐げられてきたのを実感する。
「リージュ公、さあ、幸妃さまの隣へ。今、お茶をお持ちしますわ」
侍女はこれまで見たことがなかったような優しげな笑みを浮かべて、アミーユを見つめてきた。
生き生きと立ち動く侍女は、アミーユの目に、ひどく好ましく映る。朝の陽光を浴びた侍女は、化粧けはないが健康的な明るい美しさに満ちている。
美しい人だ。こんなに美しい人だったなんて。
侍女は、これまでと全く印象が異なる。
ぼんやりとアミーユが侍女を目で追っていると、目が合った。
侍女はにっこりと笑いかけてきた。優しく温かみのある笑みだった。
やっとアミーユは気が付いた。侍女は前髪をわけている。いつもの不格好な髪型ではない。
盆を手に軽やかな足取りで近づいてくる侍女は、アミーユの目線をまぶしげに見返して、文句を言ってきた。
「リージュ公、そんなに女性を見つめるものではなくてよ? あなたはただでさえ女性を恥じらわせるのだから、ぶしつけに見てはダメです」
そう言って、侍女はテーブルに着いた。
アミーユは、侍女の目を見つめた。見てみたいと思っていたその目は、碧がかった青色だ。
幸妃と直角に並んだ侍女との二人を見比べて、アミーユは声をあげた。
二人は母娘に見まがうほどに、まなざしがよく似ている。
「ええっ?」
いや、まさか。
よく見ると、侍女の髪は根本だけ、色が違う。長い髪は茶色なのに、根本だけ亜麻色をしている。わざわざ染めていたのだ。
そして、その亜麻色は、幸妃の頭部にわずかに残った髪と同じ色だった。
「えっ、ええっ?」
急に声をあげたアミーユを、幸妃は首を傾げて見返している。
侍女の方は、すでにアミーユの考えに気づいたようだった。その表情で、アミーユは自分の思い付きが間違いではないと知る。
ああ、ああ、何で今まで気づかなかった!
アミーユは幸妃を尋ねることにした。
入院していた間に、いつの間にか季節は変わろうとしていた。王宮の庭には春の息吹があった。
アミーユはその足で王都を去って、公爵領に行くつもりだった。廃位されるかもしれないが、それまでは俺の領地だ。
もうこれ以上は、ダンに従えない。王になどなれるはずがない。
出立の予定は4日後だったが、一刻の猶予もならない。俺がいなくなれば、ダンは無血革命を諦めるしかない。
最後の挨拶にと、幸妃を訪問した。
「アーサー!」
戸口に立ったアミーユを見るなり、幸妃はとんできた。侍女は笑顔で言ってきた。
「まあ、随分とお顔を見せてくださいませんでしたこと。一か月ぶりですわ」
幸妃は、アミーユの松葉杖姿に顔色を変えた。
「ああ、アーサー! なにがあったの? なにがあったの?」
「母上、これは大げさにしているだけで、何でもないのです」
侍女が心配げな幸妃を宥めてきた。
「まあ、アーサーったら、また腕白してきたのね。男の子だもの、怪我くらいしますわ」
部屋には、城の子どもたちが遊びに来ている。わらわらとアミーユに寄ってくる。
「あんた、軍人さんをクビになっちゃったの?」
その日のアミーユは軍服姿ではなかった。普段着の絹のブラウスでもなく、綿のシャツを着ている。町人の格好だ。一人では貴族姿で出歩くのも物騒な情勢だ。
子どもたちは、アミーユの周囲を取り囲んできたが、少し相手をしてやると、すぐに騒々しく去っていった。子どもたちには労働が待っている。
子どもたちを見送りながらアミーユは安心した。これなら、アミーユがいなくなっても、もう幸妃の毎日は寂しくはなさそうだ。
一か月見ない間に、侍女も幸妃も、随分と見違えていた。顔色が良くなっている。その色つやを見てやっと、この二人はこれまで長いこと虐げられてきたのを実感する。
「リージュ公、さあ、幸妃さまの隣へ。今、お茶をお持ちしますわ」
侍女はこれまで見たことがなかったような優しげな笑みを浮かべて、アミーユを見つめてきた。
生き生きと立ち動く侍女は、アミーユの目に、ひどく好ましく映る。朝の陽光を浴びた侍女は、化粧けはないが健康的な明るい美しさに満ちている。
美しい人だ。こんなに美しい人だったなんて。
侍女は、これまでと全く印象が異なる。
ぼんやりとアミーユが侍女を目で追っていると、目が合った。
侍女はにっこりと笑いかけてきた。優しく温かみのある笑みだった。
やっとアミーユは気が付いた。侍女は前髪をわけている。いつもの不格好な髪型ではない。
盆を手に軽やかな足取りで近づいてくる侍女は、アミーユの目線をまぶしげに見返して、文句を言ってきた。
「リージュ公、そんなに女性を見つめるものではなくてよ? あなたはただでさえ女性を恥じらわせるのだから、ぶしつけに見てはダメです」
そう言って、侍女はテーブルに着いた。
アミーユは、侍女の目を見つめた。見てみたいと思っていたその目は、碧がかった青色だ。
幸妃と直角に並んだ侍女との二人を見比べて、アミーユは声をあげた。
二人は母娘に見まがうほどに、まなざしがよく似ている。
「ええっ?」
いや、まさか。
よく見ると、侍女の髪は根本だけ、色が違う。長い髪は茶色なのに、根本だけ亜麻色をしている。わざわざ染めていたのだ。
そして、その亜麻色は、幸妃の頭部にわずかに残った髪と同じ色だった。
「えっ、ええっ?」
急に声をあげたアミーユを、幸妃は首を傾げて見返している。
侍女の方は、すでにアミーユの考えに気づいたようだった。その表情で、アミーユは自分の思い付きが間違いではないと知る。
ああ、ああ、何で今まで気づかなかった!
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