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四番目の子3
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「私がアーサー?」
「あなたの碧がかった瞳の色は、幸妃さまの若い頃の瞳に瓜二つです」
アミーユは幸妃を見つめた。翡翠ににごった目で、それは優しく愛情深くアミーユを見つめ返す。
その場に他の者がいれば、ソフィアとアミーユの目の色がそっくりであることに簡単に気付いたであろう。二人とも、自分のこととなるとよくわかっていなかった。
「幸妃が、私の母上…………?」
「あなたの胸には三角形を成す三つのほくろがあるはずです。このあたりに」
ソフィアは自分の左胸を示した。
おお、おお…………! なんてことだ………!
アミーユは息を呑んだ。
確かにアミーユの左胸には三角を成す三つのほくろがある。ダンに言われて、そのほくろを知った。
「ええ、ええ………! ほくろがあります………!」
それっきり、アミーユは口がきけなくなった。目からは涙がこぼれ始める。
ソフィアはエプロンで目を抑えながら言った。
「乳母は言いました。アーサーは生きている、必ず生きて会えると。会えたときのために、アーサーのほくろの印を教えておくと。やはり、わたしたちは会えました。アーサー!」
この方たちが、俺の母と姉………。
俺は、気が狂うほどに愛されていた幸妃の実の息子………。
「姉上、あなたは真実、私の姉上なのですね」
その言葉にソフィアは、うなずいた。
「ええ、ええ………! アーサー、ええ………!」
アミーユはアミーユの爪の手入れをする幸妃の手を取った。
「母上、母上………! お会いしとうございました!」
幸妃は一瞬、理性を取り戻したのか、目を潤ませた。
「アーサー、わたしもよ、かわいいかわいいわたしのこ」
幸妃はそう言ってそれはそれは幸せそうにアミーユに微笑んだ。
♰♰♰
せっかく、そうやって家族として確認し合ったものの、アミーユは、王都を去らなければならない。
「実は私は、この足で王都を出ます。リージュ公爵の領地に向かうつもりです。私は摂政に逆らいました。廃位になるでしょう。それでも私は王都を離れなければなりません」
そう言うと、ソフィアは目を見張った。
「まあ! どうして!」
「私が王都にいれば悪いことが起きるのです。もう一度、母上と姉上と生きて再び会うために、去るのです」
ソフィアはアミーユをじっと見てうなずいた。
「わかりました。アーサー」
いつもの軍服姿ではないのを見たときから、ソフィアは何かを感づいていたのかもしれなかった。
その晩は、幸妃の部屋にアミーユも泊まった。
初めて、血のつながった家族と、家族として過ごす晩だった。
これまでのことを語り合う。
母親と姉の作ったごちそうを一口食べては、頬に涙が伝う。それも見ればソフィアも涙を流す。涙を流しては、また、これまでのことを語り合う。
ソフィアが、城に上がったときにはすでに幸妃の髪も眉も抜けてしまっており、頭の様子もおかしくなっていたと、ソフィアは伝えてきた。
おそらくはパメラにいじめられたのだろう。アミーユはその推測を告げたが、ソフィアは何も言わなかった。
アミーユは自分が士官学校時代には一番の成績で、銀時計を賜ったことを教えた。
レオナルドという幼馴染がおり、レオナルドは四番目の妻と子どもと、船に乗って海外で商売をしていることも聞かせた。
「まあ、海! 見てみたいわ」
「ええ、ええ、姉上。レオナルドなら、きっと船に乗せてくれます。必ず私がお見せしましょう。母上にもお見せしたい。ぜひみんなで一緒に海を見に行きましょう」
そんな約束を交わす。
それを幸妃がそれはそれは幸せそうに眺めていた。
花も芽吹く、早春の夜。それはとても素晴らしい一夜だった。
翌朝、再会を固く約束して、アミーユは母と姉とに別れを告げた。
「アーサー、あなたは本当に立派に育ちました。それもこれもレルシュ伯爵さまのおかげ。伯爵には、よく育てていただきました」
「ええ、ええ、本当に」
アミーユは自分が伯爵と夫人に受けた仕打ちを口にするつもりはなかった。ソフィアも幸妃も口にできない苦しみを味わって来たに違いない。それに、育ててくれた恩はやはりあるのだ。
「アーサー、これからも立派に生きるのですよ」
母と姉とが心配ではあったが、あの姉ならば危機が起きても対処できるだろう。
松葉杖を突き、これからどうなるかもしれない自分が二人の身を預かるよりは、王宮にいたほうがよほどいい。
見送りは断った。松葉杖の後ろ姿で、心配をかけたくはない。
来たときと同じように階段の手すりにつかまって一段一段ゆっくりと降りる。
降りきって、入り口から出たところで、兵士が近づいてきた。
待ち構えていたかのように行く手を斧で遮ってきた。
♰♰♰
「リージュ大将閣下、いえ、リージュ殿。あなたを内乱罪で拘束します」
アミーユは自分を拘束する兵士らをにらんだ。
「どういうことだ?」
「実は、私にもよくわからんのです。閣下が内乱など考えているとは思えないのですが」
「当たり前だ。手を放せ」
「しかし、命令でして」
どうせアデレートの悪だくみだろう。アミーユは唇を噛んだ。
この足では逃げ切れない。
「拘束はやめてくれ。人目がある。私にも立場がある」
バルコニーから幸妃とソフィアが見るかもしれない。いや、多分見送っていることだろう。心配をさせたくはない。
「では肩をお貸しする体で行かせていただきます」
両側から兵士に肩を貸されて、アミーユは居住棟前の庭を横切る。最後に振り返った。
やはりバルコニーに二人の姿があった。
「一度だけ手を振らせてくれ。逃げたりはしない。女性の前でみっともないことはしない」
兵士はバルコニーに立つ幸妃らの姿を認めると、それを許した。
アミーユは二人に向けて手を振った。
必ず、必ず、もう一度、生きて会う。俺はこの人たちともう一度。
「あなたの碧がかった瞳の色は、幸妃さまの若い頃の瞳に瓜二つです」
アミーユは幸妃を見つめた。翡翠ににごった目で、それは優しく愛情深くアミーユを見つめ返す。
その場に他の者がいれば、ソフィアとアミーユの目の色がそっくりであることに簡単に気付いたであろう。二人とも、自分のこととなるとよくわかっていなかった。
「幸妃が、私の母上…………?」
「あなたの胸には三角形を成す三つのほくろがあるはずです。このあたりに」
ソフィアは自分の左胸を示した。
おお、おお…………! なんてことだ………!
アミーユは息を呑んだ。
確かにアミーユの左胸には三角を成す三つのほくろがある。ダンに言われて、そのほくろを知った。
「ええ、ええ………! ほくろがあります………!」
それっきり、アミーユは口がきけなくなった。目からは涙がこぼれ始める。
ソフィアはエプロンで目を抑えながら言った。
「乳母は言いました。アーサーは生きている、必ず生きて会えると。会えたときのために、アーサーのほくろの印を教えておくと。やはり、わたしたちは会えました。アーサー!」
この方たちが、俺の母と姉………。
俺は、気が狂うほどに愛されていた幸妃の実の息子………。
「姉上、あなたは真実、私の姉上なのですね」
その言葉にソフィアは、うなずいた。
「ええ、ええ………! アーサー、ええ………!」
アミーユはアミーユの爪の手入れをする幸妃の手を取った。
「母上、母上………! お会いしとうございました!」
幸妃は一瞬、理性を取り戻したのか、目を潤ませた。
「アーサー、わたしもよ、かわいいかわいいわたしのこ」
幸妃はそう言ってそれはそれは幸せそうにアミーユに微笑んだ。
♰♰♰
せっかく、そうやって家族として確認し合ったものの、アミーユは、王都を去らなければならない。
「実は私は、この足で王都を出ます。リージュ公爵の領地に向かうつもりです。私は摂政に逆らいました。廃位になるでしょう。それでも私は王都を離れなければなりません」
そう言うと、ソフィアは目を見張った。
「まあ! どうして!」
「私が王都にいれば悪いことが起きるのです。もう一度、母上と姉上と生きて再び会うために、去るのです」
ソフィアはアミーユをじっと見てうなずいた。
「わかりました。アーサー」
いつもの軍服姿ではないのを見たときから、ソフィアは何かを感づいていたのかもしれなかった。
その晩は、幸妃の部屋にアミーユも泊まった。
初めて、血のつながった家族と、家族として過ごす晩だった。
これまでのことを語り合う。
母親と姉の作ったごちそうを一口食べては、頬に涙が伝う。それも見ればソフィアも涙を流す。涙を流しては、また、これまでのことを語り合う。
ソフィアが、城に上がったときにはすでに幸妃の髪も眉も抜けてしまっており、頭の様子もおかしくなっていたと、ソフィアは伝えてきた。
おそらくはパメラにいじめられたのだろう。アミーユはその推測を告げたが、ソフィアは何も言わなかった。
アミーユは自分が士官学校時代には一番の成績で、銀時計を賜ったことを教えた。
レオナルドという幼馴染がおり、レオナルドは四番目の妻と子どもと、船に乗って海外で商売をしていることも聞かせた。
「まあ、海! 見てみたいわ」
「ええ、ええ、姉上。レオナルドなら、きっと船に乗せてくれます。必ず私がお見せしましょう。母上にもお見せしたい。ぜひみんなで一緒に海を見に行きましょう」
そんな約束を交わす。
それを幸妃がそれはそれは幸せそうに眺めていた。
花も芽吹く、早春の夜。それはとても素晴らしい一夜だった。
翌朝、再会を固く約束して、アミーユは母と姉とに別れを告げた。
「アーサー、あなたは本当に立派に育ちました。それもこれもレルシュ伯爵さまのおかげ。伯爵には、よく育てていただきました」
「ええ、ええ、本当に」
アミーユは自分が伯爵と夫人に受けた仕打ちを口にするつもりはなかった。ソフィアも幸妃も口にできない苦しみを味わって来たに違いない。それに、育ててくれた恩はやはりあるのだ。
「アーサー、これからも立派に生きるのですよ」
母と姉とが心配ではあったが、あの姉ならば危機が起きても対処できるだろう。
松葉杖を突き、これからどうなるかもしれない自分が二人の身を預かるよりは、王宮にいたほうがよほどいい。
見送りは断った。松葉杖の後ろ姿で、心配をかけたくはない。
来たときと同じように階段の手すりにつかまって一段一段ゆっくりと降りる。
降りきって、入り口から出たところで、兵士が近づいてきた。
待ち構えていたかのように行く手を斧で遮ってきた。
♰♰♰
「リージュ大将閣下、いえ、リージュ殿。あなたを内乱罪で拘束します」
アミーユは自分を拘束する兵士らをにらんだ。
「どういうことだ?」
「実は、私にもよくわからんのです。閣下が内乱など考えているとは思えないのですが」
「当たり前だ。手を放せ」
「しかし、命令でして」
どうせアデレートの悪だくみだろう。アミーユは唇を噛んだ。
この足では逃げ切れない。
「拘束はやめてくれ。人目がある。私にも立場がある」
バルコニーから幸妃とソフィアが見るかもしれない。いや、多分見送っていることだろう。心配をさせたくはない。
「では肩をお貸しする体で行かせていただきます」
両側から兵士に肩を貸されて、アミーユは居住棟前の庭を横切る。最後に振り返った。
やはりバルコニーに二人の姿があった。
「一度だけ手を振らせてくれ。逃げたりはしない。女性の前でみっともないことはしない」
兵士はバルコニーに立つ幸妃らの姿を認めると、それを許した。
アミーユは二人に向けて手を振った。
必ず、必ず、もう一度、生きて会う。俺はこの人たちともう一度。
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