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9 お仕事ください
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朝目覚め、用意されていた衣服に着替える。
王妃にしてはかなり質素な色合いと生地だ。
着替えに何人もの侍女が必要なほどの複雑な構造でもない。
(これなら聖女の時とあまり変わらないわね)
聖女には侍女数人と護衛数人、それに補佐官がつくが、王族のように着替えを手伝ってもらったり、入浴時に体を洗ってもらうようなことはない。
神聖なる聖女を一定の距離を保った状態で保護することを目的としているため、着替えなどの身支度は自分ですることが基本だった。
「お、おはようございます王妃様! 起きてま……いらっしゃいますか!?」
妙に近しい言葉遣いに、シリカはくすりと笑った。
嫌味ではなく、純粋に好ましかったからだ。
「ええ、どうぞ入ってください」
シリカの返答を聞くや否や、すぐにアリーナが扉を開けた。
彼女が持ってきたトレーには、小さめのパンと水が乗っていた。
やはり、ロンダリアでは王族もかなり質素な食生活を余儀なくされているようだった。
アリーナが慣れない様子で、小さめのテーブルに食事を運ぶ。
シリカは椅子に座り、アリーナが作業を終えるのを待った。
「ありがとうございます」
「い、いえ! どういたしまし……ではなく、恐縮です!」
ぎこちなく一礼するアリーナに、シリカは小さな笑みを返す。
アリーナが部屋の隅に移動すると、シリカは食事を始めた。
パンとバターのみの味気ない食事だが、贅沢は言っていられない。
ふとアリーナを見ると、妙にそわそわしていることに気づく。
(料理の味を気にしてる……というわけではなさそうね)
彼女の視線は料理やシリカに向けられておらず、主に扉を見ているようだった。
どうやら時間を気にしているらしい。
下女がするべき仕事に加えて、王妃であるシリカの世話までしないといけないとなると、仕事は山積みだろう。
侍女頭の彼女がしている仕事を見れば、恐らく他に侍女なり下女なりはいないと考えた方がよさそうだ。
かと言って豪快に食べるわけにもいかず、可能な限り早く、且つ下品にならないように食事を急いだ。
食事を終えると、アリーナは慌てた様子でトレーに皿を乗せた。
「それでは失礼いたします!」
そのまま出ていこうとするので、シリカが慌てて声をかける。
「少しよろしいですか?」
「は、はい! なんでしょうか!?」
「今後の予定を聞きたいのですが」
王妃となれば当然公務の一つや二つあるはずだ。
それ以外にも王妃として学ぶこともあり、大体は教育担当者がいるもの。
王妃としての礼節、教養、常識、夜伽の勉強まで多岐に渡る――はずだったが。
「予定……ですか?」
なぜかきょとんとされてしまった。
シリカは戸惑いながらも、さらに言葉を繋げた。
「公務や王妃として知るべきことなどあるかと思いますが……」
「あ! ああ! そうでした、申し訳ありません、お伝えするのを忘れていました!」
なんとおっちょこちょいな侍女頭だろうかと、シリカは苦笑した。
佇まいを整え、シリカに向き直るアリーナ。
シリカは笑顔で次の言葉を待った。
「公務はありません!」
笑顔が固まった。
「それと特に学ぶこともないと聞いています!」
笑みのままの状態で、手だけが僅かに震えだすシリカ。
対してアリーナはなぜか達成感を得たように「言うべきことは言ったぞ」とばかりに額の汗を手の甲で拭った。
「わ、私はロンダリアの王妃ですよね?」
「はい! 今日からそうですね!」
「ですが公務はないと」
「陛下からそう申しつかっております! 特になにもせずともよい、とのことで! あ、もちろんお世話はちゃんとさせていただきますのでご安心ください!」
何も……しないでいい……!?
その言葉を胸中で反芻し、眩暈がした。
そんな恐ろしい言葉を、この娘はなんと無邪気に言うのか。
「それではあたしは仕事がありますので!」
アリーナは勢いよく頭を下げると出ていった。
シリカは呆気にとられたまま、頬を引きつらせた。
「う、嘘でしょう? 何も……すべきことがないの……!? そ、そんなこと! た、耐えられない! 怖い怖い、怖いわ!」
青い顔をしてぶんぶんと頭を振る。
手足は震え、あまりの恐怖に瞳孔が開いている。
さすがに先ほどのやり取りで、ここまで動揺するのは普通ではない。
だがこれには理由があった。
シリカは孤児である。
八歳まで生きるか死ぬか、食うか食われるかという生活をしていた。
当然、日々は競争であり、必死で働いて身銭を稼ぐしかなかった。
仕事があることはとても幸福なこと。
お金を稼げることもまた幸福なこと。
衣食住がすべて整っているなんて、この上ない幸福なこと。
聖女になってからもそれは変わらず、むしろ日々を忙殺され、人々に尽くし、勉学に励んでいたため休みはなかった。
だがシリカはそれが幸福だった。
住むにも食うにも着るにも困らず、真っ当な生活ができ、しかも人々に感謝される日々。
それはとても恵まれていると、シリカは思っていた。
結果、裏切られたのだがそれは別の話として。
シリカにとって「何もしなくていい」は「幸福を得られない」ということと同義だった。
王族や貴族、豪族など裕福か高貴な人々の中には、仕事もせず遊び呆けて過ごし、幸せだと思っている人間もいるだろう。
だがシリカはそうではない。
そもそも王妃になると覚悟した時から、王や国に尽くすと決めていたのだ。
それがまさか。
「何もするななんて! 陛下は一体何を考えていらっしゃるの!?」
後ろ向きなことを考えればいくらでも理由は出てくる。
元聖女というだけの使えない女に足を引っ張られたくない。
あるいはシリカに時間や労力、金を割く余裕がない。
他に懇意にしている者がいて、聖神教団の手前結婚を受け入れたが、粗末に扱い婚姻を解消するように仕向けるつもり、など。
考えればきりがない。
前向きに考えればシリカに気を遣い、余計な仕事をさせたくないともとれるが。
(一応は王妃なのだから、小国と言えどやるべきことはありそうなものだけど。あるいは、それほどの仕事がない、とも考えられるわね……)
まさか放置されるとは思いもよらなかった。
シリカは頭を抱える。
しかし数秒後、すぐに立ち上がった。
「やるしかないみたいね!」
自分でやれることを探すしかない。
そうでもしないと死んでしまう。心が。
「まずは陛下と城内の様子を探りましょう!」
誰に言うでもなく叫ぶシリカ。
それは自分を奮い立たせるための行動だった。
自分に何ができるかはわからない。
しかしシリカに諦めるという気持ちは、少しもなかった。
王妃にしてはかなり質素な色合いと生地だ。
着替えに何人もの侍女が必要なほどの複雑な構造でもない。
(これなら聖女の時とあまり変わらないわね)
聖女には侍女数人と護衛数人、それに補佐官がつくが、王族のように着替えを手伝ってもらったり、入浴時に体を洗ってもらうようなことはない。
神聖なる聖女を一定の距離を保った状態で保護することを目的としているため、着替えなどの身支度は自分ですることが基本だった。
「お、おはようございます王妃様! 起きてま……いらっしゃいますか!?」
妙に近しい言葉遣いに、シリカはくすりと笑った。
嫌味ではなく、純粋に好ましかったからだ。
「ええ、どうぞ入ってください」
シリカの返答を聞くや否や、すぐにアリーナが扉を開けた。
彼女が持ってきたトレーには、小さめのパンと水が乗っていた。
やはり、ロンダリアでは王族もかなり質素な食生活を余儀なくされているようだった。
アリーナが慣れない様子で、小さめのテーブルに食事を運ぶ。
シリカは椅子に座り、アリーナが作業を終えるのを待った。
「ありがとうございます」
「い、いえ! どういたしまし……ではなく、恐縮です!」
ぎこちなく一礼するアリーナに、シリカは小さな笑みを返す。
アリーナが部屋の隅に移動すると、シリカは食事を始めた。
パンとバターのみの味気ない食事だが、贅沢は言っていられない。
ふとアリーナを見ると、妙にそわそわしていることに気づく。
(料理の味を気にしてる……というわけではなさそうね)
彼女の視線は料理やシリカに向けられておらず、主に扉を見ているようだった。
どうやら時間を気にしているらしい。
下女がするべき仕事に加えて、王妃であるシリカの世話までしないといけないとなると、仕事は山積みだろう。
侍女頭の彼女がしている仕事を見れば、恐らく他に侍女なり下女なりはいないと考えた方がよさそうだ。
かと言って豪快に食べるわけにもいかず、可能な限り早く、且つ下品にならないように食事を急いだ。
食事を終えると、アリーナは慌てた様子でトレーに皿を乗せた。
「それでは失礼いたします!」
そのまま出ていこうとするので、シリカが慌てて声をかける。
「少しよろしいですか?」
「は、はい! なんでしょうか!?」
「今後の予定を聞きたいのですが」
王妃となれば当然公務の一つや二つあるはずだ。
それ以外にも王妃として学ぶこともあり、大体は教育担当者がいるもの。
王妃としての礼節、教養、常識、夜伽の勉強まで多岐に渡る――はずだったが。
「予定……ですか?」
なぜかきょとんとされてしまった。
シリカは戸惑いながらも、さらに言葉を繋げた。
「公務や王妃として知るべきことなどあるかと思いますが……」
「あ! ああ! そうでした、申し訳ありません、お伝えするのを忘れていました!」
なんとおっちょこちょいな侍女頭だろうかと、シリカは苦笑した。
佇まいを整え、シリカに向き直るアリーナ。
シリカは笑顔で次の言葉を待った。
「公務はありません!」
笑顔が固まった。
「それと特に学ぶこともないと聞いています!」
笑みのままの状態で、手だけが僅かに震えだすシリカ。
対してアリーナはなぜか達成感を得たように「言うべきことは言ったぞ」とばかりに額の汗を手の甲で拭った。
「わ、私はロンダリアの王妃ですよね?」
「はい! 今日からそうですね!」
「ですが公務はないと」
「陛下からそう申しつかっております! 特になにもせずともよい、とのことで! あ、もちろんお世話はちゃんとさせていただきますのでご安心ください!」
何も……しないでいい……!?
その言葉を胸中で反芻し、眩暈がした。
そんな恐ろしい言葉を、この娘はなんと無邪気に言うのか。
「それではあたしは仕事がありますので!」
アリーナは勢いよく頭を下げると出ていった。
シリカは呆気にとられたまま、頬を引きつらせた。
「う、嘘でしょう? 何も……すべきことがないの……!? そ、そんなこと! た、耐えられない! 怖い怖い、怖いわ!」
青い顔をしてぶんぶんと頭を振る。
手足は震え、あまりの恐怖に瞳孔が開いている。
さすがに先ほどのやり取りで、ここまで動揺するのは普通ではない。
だがこれには理由があった。
シリカは孤児である。
八歳まで生きるか死ぬか、食うか食われるかという生活をしていた。
当然、日々は競争であり、必死で働いて身銭を稼ぐしかなかった。
仕事があることはとても幸福なこと。
お金を稼げることもまた幸福なこと。
衣食住がすべて整っているなんて、この上ない幸福なこと。
聖女になってからもそれは変わらず、むしろ日々を忙殺され、人々に尽くし、勉学に励んでいたため休みはなかった。
だがシリカはそれが幸福だった。
住むにも食うにも着るにも困らず、真っ当な生活ができ、しかも人々に感謝される日々。
それはとても恵まれていると、シリカは思っていた。
結果、裏切られたのだがそれは別の話として。
シリカにとって「何もしなくていい」は「幸福を得られない」ということと同義だった。
王族や貴族、豪族など裕福か高貴な人々の中には、仕事もせず遊び呆けて過ごし、幸せだと思っている人間もいるだろう。
だがシリカはそうではない。
そもそも王妃になると覚悟した時から、王や国に尽くすと決めていたのだ。
それがまさか。
「何もするななんて! 陛下は一体何を考えていらっしゃるの!?」
後ろ向きなことを考えればいくらでも理由は出てくる。
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あるいはシリカに時間や労力、金を割く余裕がない。
他に懇意にしている者がいて、聖神教団の手前結婚を受け入れたが、粗末に扱い婚姻を解消するように仕向けるつもり、など。
考えればきりがない。
前向きに考えればシリカに気を遣い、余計な仕事をさせたくないともとれるが。
(一応は王妃なのだから、小国と言えどやるべきことはありそうなものだけど。あるいは、それほどの仕事がない、とも考えられるわね……)
まさか放置されるとは思いもよらなかった。
シリカは頭を抱える。
しかし数秒後、すぐに立ち上がった。
「やるしかないみたいね!」
自分でやれることを探すしかない。
そうでもしないと死んでしまう。心が。
「まずは陛下と城内の様子を探りましょう!」
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