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13 帝国~勇者と聖女
しおりを挟む「ふむ、聖女の故郷がな……」
「はい」
重々しく呟く皇帝に、セオドリックは頷く。
「私たちが駆けつけた時には既に……もう少し到着が早ければ、あるいは……」
セオドリックは体を震わせ、悔しそうに声を詰まらせる。隣ではミッシェルが嗚咽を漏らし続けており、場の空気は悪い方向に流れる一方であった。
それでも、この場にいる誰一人も口に出さない。
皇帝が「構わない」と宣言した以上、不満を述べることは許されないのだ。
「皇帝陛下。僭越ながら、申し上げさせていただきとうございます」
傍に佇む大臣が、慎重さを醸し出しながら進言する。チラリと見上げると、皇帝が小さく頷くのが見えた。
続けろ、というサインであることが分かり、大臣はそのとおりにする。
「後の詳しい報告は追って行ったほうがよろしいかと。聖女も大分お疲れの様子。しばらく部屋で休ませるべきでしょう」
「――うむ、そうだな」
皇帝は小さく頷き、そしてセオドリックの方へ向き直る。
「セオドリック。ご苦労であった。後で詳しい話を聞かせてほしい」
「はっ!」
威勢よく返事をして、セオドリックはミッシェルを支えながら立ち上がる。そしてそのまま彼女に寄り添い、共に歩いて謁見の間を後にした。
「――やれやれ、困ったものですな」
扉が重々しい音とともに閉じられた瞬間、大臣が小さなため息をつく。
「せめて陛下との謁見ぐらいは、聖女もちゃんとしてほしかったところですが、所詮は田舎娘の域を出ないということでしょうかな」
山奥の村は、帝国から見れば田舎もいいところである。そんな場所からやってきた聖女を、歓迎しない者も確かにいるのだ。
上流階級の人間からすれば、平民――それも田舎者にいきなり立場を逆転されたも同然であるため、無理もないと言えなくもない。
かくいう大臣もその一人であった。
聖女に直接の嫌がらせこそしてはいないが、目の上のたんこぶと見なしていることは間違いない。これからも、それが変わることはないだろう――聖女や勇者が見ていないところでは、その態度を隠そうともしていない。
(別にあんな田舎娘なんぞ怖くはないが、セオドリック様に目を付けられたら、面倒極まりないからな)
大臣が心の中でそう呟いた瞬間だった。
「それくらいにしておけ、大臣よ」
皇帝が重々しい声を放ってきた。慌てて大臣が視線を向けると、鋭い視線でまっすぐ睨みつけてきていた。
「たとえこの場に本人がいないとはいえ、下手なことを言うものではないぞ」
「……はっ、申し訳ございませぬ」
「分かれば良い」
皇帝の頷きにひとまずの安心を覚える大臣。しかし抱く不満は拭えなかった。
それは聖女のことだけではなく、勇者に対してでもあった。無論、彼らの実力を疑っているわけではないが――
「全く……我が息子ながら、聖女に対する思い入れの強さには困ったものだな」
呆れたような口振りの皇帝に対し、大臣はひっそりと目を細くするのだった。
◇ ◇ ◇
「ミッシェル、大丈夫か?」
「はい。ご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」
自室に戻ってきたミッシェルは、付き添ってくれたセオドリックに対し、落ち込んだ表情とともに頭を下げる。
「先ほどの陛下の挨拶も、泣いてばかりで失礼なことをして……わたしは本当にダメダメな聖女ですね」
「そんなことはない!」
間髪入れず上げられた声にミッシェルが顔を上げると、真剣な表情でまっすぐ見つめてくるセオドリックの視線が飛び込んできた。
思わず顔を赤らめる彼女の肩を、セオドリックは両手で優しく掴む。
「キミは聖女の役割を全うしようと頑張ってくれているじゃないか。少なくとも私はちゃんと見ている。もっと自分に自信を持つんだ!」
「セオドリック様……」
目を潤ませ、祈りを捧げるように両手を組みながら彼を見上げる彼女の姿は、まさに聖女でありお姫様のようであった。
セオドリックもまた、フッと小さく笑いながら彼女を見下ろす。
こちらは事実、この帝国の王子であるからこそ、勇者という肩書きも相まって、その姿もよく似合うと言えていた。
「皇帝陛下――父上には、後で私のほうから言っておく。だから何も心配するな」
「はい。ありがとうございます!」
そしてミッシェルは彼に抱き着き、セオドリックもそんな彼女を、両手で優しく包み込むように抱き締める。
暖かな空気が流れ、何一つ音が聞こえてこない。
まるで二人の周りだけ、時間が止まっているかのようであった。
しかし、これは紛れもない現実。いつまでもこうしているわけにはいかないのも確かであった。
「――ミッシェル。済まないが私は、もうそろそろ行かなければならない」
セオドリックは名残惜しそうに彼女から離れる。それに対してミッシェルは、寂しそうに見上げながら目を潤ませてきた。
「あの、もう少しだけ……」
「私にもやらなければならないことがある。それはキミも分かっているだろう?」
彼女の懇願を、セオドリックは表情を変えることなく躱す。そして彼は、彼女が頷く間もなく続きを語り出した。
「キミの故郷を滅ぼした魔族――それを指示したであろう魔王を、私は勇者として許すつもりはない。このような負の連鎖を断ち切るためにも、ここでずっとのんびりするわけにはいかないんだよ」
「……分かりました」
少しの間を置き、ミッシェルが頷く。
「セオドリック様は勇者様でもありますものね。帝国の皆さまも、あなたに大きな期待をかけています。勿論、わたしも……」
「あぁ。キミからそう言ってくれて心強いよ。私を信じていてくれ」
「は、はいっ!」
優しく手暖かな笑顔が、落ち込んでいたミッシェルをも立ち直らせる。もう彼女にしょんぼりとしていた暗さはなく、頬を赤く染めながら笑みを浮かべている、まさに恋する乙女そのものだった。
それは、彼がミッシェルの部屋から退出するまで変わらなかった。
無論セオドリックも、それをしっかりと確認しており、誰もいない静かな廊下を歩き出しながら、ニヤリと唇を釣り上げる。
(――フッ、全くどこまでもチョロい聖女サマだな。扱いやすいことこの上ない)
優しかった表情が一転し、鋭く歪んだ目つきに切り替わる。そんな彼の、まるで二面性のような変化を知る者は、果たしてどれだけいるのだろうか。
そしてその夜――セオドリックは人知れず、王宮の外へと出ていくのだった。
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