幼なじみの聖女に裏切られた僕は、追放された女魔王と結婚します

壬黎ハルキ

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23 帝国~聖女は誘いに手を伸ばす

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 ――このまま続けても、ミッシェルは力を発揮できないだろう。

 そんなセオドリックの提案により、しばしの休憩時間を会得したミッシェルは、大聖堂の裏庭を歩いていた。
 風による木の葉の囁く音と、鳥の鳴き声だけが聞こえる穏やかな場所。
 普通ならば心が癒されること請け合いだが、ミッシェルの表情は笑顔とは程遠い憂鬱さを醸し出していた。

「はぁ……何でこんなことになっちゃったのかなぁ?」

 深いため息とともに、ミッシェルは呟いた。

「聖女って、もっと華やかで煌びやかな生活を送るもんじゃないの? 魔法の修行とか歴史の勉強とかマナーとか……どうしてみんな揃って、わたしにあんな面倒なことを押し付けてくるの? ホント嫌んなっちゃうわ!」

 ミッシェルの中で聖女というのは、お姫様に匹敵する存在であった。
 跪いて祈る人々の前に立ち、祝福の光を与えて感謝される――それさえできればいいと思いきや、すぐさま当てが外れることとなった。
 ただでさえ嫌いな勉強を何時間も強いられ、できなければ厳しく叱責される。できたらできたで「当然だ」と言わんばかりの反応しかもらえず、よく頑張りましたねと褒められることは殆どない。
 食事も故郷で食べていたものよりは豪華であったが、ちっとも楽しくない。
 テーブルマナーや食べる前の祈り、そして圧倒的なる量の少なさ――いずれも聖女らしさを求める周りから課せられており、自分の食べたいように食べることは全くできていない。
 もはや彼女にとって、食事の時間ですら憂鬱でしかなくなっていた。

(あーあ、アレンのご飯が懐かしいなぁ……アイツの作るご飯って、なんか知らないけどすっごい元気になるのよね。また食べたいなぁ……)

 懐かしい故郷に思いを馳せるミッシェル。自然と胸の奥から暖かい何かがせり上がってきており、目の奥から何かが出そうになっていた。

(帰りたい……山奥の村に帰りたいよ)

 初めて本気で思った。何故『別に帰らなくていい』と思っていたのか、過去の自分に問いただしたいくらいであった。
 今頃、村はどうしているのか。
 そろそろ野菜の大漁収穫が行われる頃ではなかっただろうか。それを使ってアレンが美味しい食事を振る舞うのが恒例行事であった。
 決まってそれをいの一番に味わい、真っ先に笑顔が湧き出てくるのだ。
 それが今年はない。
 何故ないのか、当たり前にあることがどうして今年はないのかと、ミッシェルは少しばかり本気で考えた。
 そして、やっと思い出した。

(……そうだった。もう山奥の村はないんだっけ)

 心の中で呟くと同時に、ミッシェルの表情が消えていく。
 故郷が失われた――その事実を彼女はやっと、本気で受け止めたのだ。今までも様々な人から慰めとともに言われてきたが、思いっきり他人事のような認識で受け止めていたのだった。
 聖女になった自分は、あんな村とは何の関係もない。
 帝国という華やかな世界で生きるには、むしろその事実は邪魔になるだけ。忘れてしまうくらいの気持ちが望ましい。
 そんなふうにセオドリックから言われていた。
 彼女はその言葉に従い、今日までずっと故郷のことを考えることなく、決して望んでいなかった不自由な生活を送ってきた。

(もう、アレンもいないの? ううん、そんなことあり得ないわ!)

 セオドリックに対する不満など、それこそ考える気にもなれなかった。そんなことよりも彼女の頭の中には、一人の少年の姿が蘇る。
 これまでずっと思い出すことすらなかった。もうすっかり忘れたと思っていた。
 しかし今、彼の顔が鮮明に蘇った。
 もう忘れることはできない。
 振り払おうとすればするほど、会いたいという気持ちが募ってくる。

(そうよ! きっとアレンは生き延びているわ。村の人たちだってそうよ。あの人たちが簡単に死ぬわけないものね!)

 それは彼女の中で、根拠のない希望を湧き上がらせることにも繋がっていく。しかしながらそのおかげで、彼女に再び笑顔を宿らせてもいた。

(再建された村で、みんなが待っているわ……わたしが帰ってくるのを!)

 魔物に滅ぼされながらも、人々が手を取り合って住居を建て直し、田畑を新しく作り上げ、実り豊かな作物を植えて村を蘇らせている。
 それがミッシェルの中で浮かんでいる『理想の姿』そのものであった。
 あくまで全てが理想。根拠も何もない。
 しかし彼女は疑おうともしない。自分の考えこそが全て正しいと信じている。これまでもそうだったのだから、これからもそうに違いないと。

(わたしも早く村に帰らないといけないわね。そのためには、この地獄から逃れる術を身に付けないと!)

 こっそりと逃げ出すのは不可能――そればかりは流石に分かる。だから正攻法で行くしかないのだが、それがすぐに浮かべば苦労はしない。
 セオドリックに頼ることも考えた。
 しかしそれは望み薄だと思えてならなかった。
 彼は勇者だ。世界に光をもたらすため、聖女という自分の存在を心から必要としていることは間違いない。
 そんな彼が、聖女という立場を捨てようとする人間を、易々と手放すだろうか。

(はぁ……セオドリック様に頼るのは無理ね。他の手を考えないと……)

 ミッシェルが力無く肩を落とした、その時であった。

「――ちょっと、よろしいでしょうか?」

 その呼びかけられた声に振り返ってみると、薄緑色のローブに身を纏った人物が立っていた。
 フードを被っていてかなり怪しく、ミッシェルは顔をしかめる。

「な、何か用でも?」

 ミッシェルが問いかけると、ローブの人物は口元をニヤリと釣り上げた。


 ◇ ◇ ◇


「――ふぅっ!」

 ミッシェルは目を閉じ、両手を広げて集中する。彼女の周りから聖なる魔力の粒子が湧きあがり、煌びやかな光景を作り上げていった。

「これは……」

 カーティスが目を見開く中、聖なる魔力の粒子に触れた草花が、萎びていた状態からみるみる元気を取り戻していく。
 聖なる魔力が植物の命を繋ぎ止めた瞬間であった。
 その光景はまさに、カーティスも見てきた『聖女の修行の成果』そのもの。
 幼い頃、先代の聖女が披露している姿をその目で見て、憧れを抱いた時の記憶が蘇ってくるようであった。

「……お見事です」

 カーティスの声は引きつっていた。凄かったからというのもそうだが、なにより信じられなかったのだ。

「あんなにできていなかったのがウソのようですね……一体何が?」
「調子が戻ってきただけよ。わたしの才能なら、ざっとこんなものだわ♪」
「は、はぁ……」

 あれだけ冷たい態度を取っていたカーティスが、完全に呆然としており、有り体に言って間抜けとしか見えない。
 そんな彼の姿に、ミッシェルは心から満足していた。

(むふふー♪ ホントに凄いじゃない、この魔法具って!)

 ローブの袖に隠れてハッキリと見えてはいないが、彼女は腕輪式の魔法具を身に付けていた。
 その魔法具は魔力を増強させるものであり、使えない魔法をも使えるようにするための代物であった。最初から使えない魔法は対象外だが、ほんのわずかでも使える魔法であれば、たちまち強力な一級レベルに仕立てることができる。
 それが、今しがた見せた魔法のカラクリであった。

(あの人はいい人だったのね。やっぱり人は見た目じゃないってホントだわ。人を信じる心を持つのも、聖女としての勤めよね♪)

 薄緑色のローブの人物に、ミッシェルは感謝の気持ちを抱く。その人物が腕輪を授けてくれたからこそ、汚名を濯ぐことができたのだ。
 そしてそんなミッシェルの姿を、見学していたシスターたちが――

「凄い……凄いですよミッシェルさま!」
「流石は選ばれし聖女様ですわね!」
「わたくしはずっと、あなた様のお力を心から信じておりましたわ!」

 こぞって表情を輝かせていたのだった。
 最初は無様な聖女(笑)の姿を拝んでやろうと思ってきてみたのだが、まさかの結果にあっさりと手のひらを返してきたのである。
 彼女たちからバカにされていたことは、ミッシェルも覚えていた。
 しかし責めるつもりもなかった。
 何故ならミッシェルは、最高潮に気分が良かったからだ。

「でっしょー! まだまだわたしの力は、こんなものじゃないからねっ!」

 人差し指を立てながら、ミッシェルはウィンクをする。すっかり調子のいい姿を見せているが、その後も聖なる魔法が衰える姿は、全く見られなかった。
 すっかり笑顔を取り戻したミッシェルを――

「これでよろしいですね? 仰せのとおりにしましたけど……」

 遠くから薄緑色のローブの人物が、見守っていた。
 そして――

「あぁ。次の計画に実行できるな。ククッ♪」

 セオドリックも歪んだ笑みを浮かべながら、そこにいたのだった。

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