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序章
#2 王女レティシア
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「で、向かっているのは?」
「――私の……部屋」
「歳は?」
「――十五」
「じゃあ名前は――?」
青年のこの尋問のような質問の数々に、少女が不服そうに回答する。
二人はこのやりとりを重ねながら、少女の行き先へと歩みを進めていた。
少女は、青年の質問に答えたくなどなかったが、答えないと青年が歩みを止めるので、仕方なく回答してきた。しかし、今の質問にはどうやら、それでも答えたくないようである。青年の対応を承知の上で、少女はぴたっと口を噤む。
(ほう……答えたくない……と……)
青年が歩みを止めると、当然、少女に不服そうに睨まれた。しかし、青年は、別に回答を強要しようとして歩みを止めたわけではない。
既に少女の示した目的地に到着したのである。
青年は首を横に振って溜め息を吐くと、少女に呆れたような視線と、顎で指図する動きを向ける。
「――あっ」
少女が後ろを振り返り、やっと嫌々、質問の相手をしているうちに、目的地へと辿り着いていたことに気付いてくれたようだ。
「……俺は手が塞がってるから、開けていただけると助かるんですが? レディ」
「わ、わかった……」
少女がドアを開けられるように、青年は少し屈んだので、その身を少し乗り出して、少女はドアノブを回す――。
(――広……っ)
部屋の中へ入るなり、青年は目を見張った。
全体的に白を基調としたその部屋は、とても整理整頓されていて、本棚、机、天蓋ベッド、クローゼット、テーブル、机、椅子、ソファ、カーテンに至るまで全て高級そうだ。奥にはグランドピアノまで置いてある。
青年は、薄々気付いてはいたが、少女の正体がこの国の王女であることを確信した。名をすぐに名乗りたくなかった様子にも、かなりヒントを得た。しかし、身軽で動きやすそうな女剣士が着ているような服装をしていた少女は、一見、王女と判断するには時期尚早だったため、色々と探りを入れつつ、ここまで辿り着いたのだ。
少女の名前は、レティシアである。
レティシア・アーネット・オーグロンド・エリック・リーディア・シェスタ・ミールティア・エンブレミア。
名前、洗礼名、祖父の名、父の名、母の名、次に洗礼した教会の名前と国名が来る事を表す前置詞、洗礼教会名、国名と続くので長いこの名前を常用することはなく、省略してレティシア・アーネット・エンブレミアと名乗ることが一般的だった。
またこれは王女の場合であり、王子の場合は先程の長い名前に、国の英雄名もその名に含むこととなるのでさらに長かった。が、これも常用せずに、名前、洗礼名、国名を付けて一般には名乗るだけのものであった。
ここエンブレミア王国には、三人の王子と王女がいた。
第一王子エルトは今年で十八歳になり、国王である父エリックと今は亡きその母ソフィアの間に産まれた子である。
双子のレティシアとミグの二人とエルトは腹違いの兄弟である。ミグが兄でレティシアが妹であり、父エリックと現王妃であるリーディアの子であった。リーディアは、前王妃ソフィアが亡き後、現王妃に即位している。
レティシア達の二人は今年で十五歳になっていた。二人は一卵性双生児でよく似ていて、服や髪型を同じにすればどちらかわからないほどだ。そして二人とも目を見張る程の美少女、美少年であり、密かに民衆の前に姿を見せるイベントや式典などの際に、ファンやマニアによって隠し撮りされた写真集まで売られている程だった。
勿論、極秘に出回っているシロモノで、見つかれば罰せられるだろう。
レティシア達の綺麗な翡翠色の髪色は、母リーディアから譲り受けたものだ。ほとんどの国では珍しく、その美しい翡翠色を森の緑に、同じ人間とは思えないその美しさと可愛らしさを持った双子達のことを、妖精と称し、人々は『森の妖精様たち』と二人を例えた。
レティシアは、とあることがきっかけで魔法が苦手になったことで、剣術をもっと学びたいと思っていた。しかし、魔法が必須科目のこの国では、女――ましてや一国の王女が、護身用途以上の剣技を本格的に学ばせては貰えず、レティシアはほぼ独学で剣術を修練した。兵士の練習場へも通い、兵士に見つからないようこっそりと練習風景を見学し、その練習方法を盗んだりもした。しかし勿論、兵達は気付いていた。レティシア来訪時は、気付かないフリをしながらしっかりと基礎練習になる練習メニューを、レティシアへと見せるようにしていたことは、当の本人は知らないことだった。直接教えるわけにはいかない兵達が考えた、苦肉の協力方法であった。また、それは兵士長の案だったという。優しい兵士達である。
レティシアは一週間前、護衛もつけずに夜中に城を抜け出して、父エリックに激怒されたばかりであった――。
魔物退治をするため、レティシアは近くの森へとひとりで向かったのだ。本当は、魔法が使えるミグ王子も同行する予定だったが、ミグ王子は、夜中に向かう約束をしたものの、なかなか起きてくれなかったため、レティシアは諦めてひとりで向かってしまった。
擦り傷などを作りつつも魔物は無事倒し、早朝、城へちゃんと帰還したが、体内に侵入してから、約七時間後から効き始める特殊な毒を持つ魔物と戦った際に、受けた傷から体内に侵入していた毒に侵されていたレティシアは、当然体調を崩した。
命は取り留めたが大騒ぎとなり、そのせいで、父である問い詰められ、城を抜けたことを白状する羽目になった。
今日という今日は、厳重な処罰を言い渡すからそのつもりで――と叱られ、そしてそれは今から二日前に言い渡された。
その処罰の内容は以下である。
『とりあえず明後日、九時だ。九時には自室で大人しく待機しているように……よいな……! もし破れば――』
――たったこれだけのことだったので、少し拍子抜けしたが、あれだけ厳しく処罰すると言っておいて、この程度の内容で済む筈はない。
今回ばかりは、エリックの様子が今までと違う気がしていたレティシアは、絶対に何か嫌な予感がする――と、今日は何が何でも約束を守らなければと思っていたのだった。
少女――いや王女レティシアは、部屋に入るなり、バッとある一点に、その視線を注いだかと思うと、思わず息を吸い込むような声とともに、目を見開いていた。
青年も、そんなレティシアの視線の先を目で追うと、呆れたように口元を微笑ませた。
そこにあったのは、壁時計だ。
――九時二分。
間に合わなかったのだろう。
レティシアが正面に顔の向きを戻すと、息を吐いてわかりやすく肩を落としている。青年は既にわかってはいるが、少しだけ意地悪く、レティシアの精神を削ってみることにした。……勿論、からかって楽しむためだった。
「――で、間に合いましたか?」
「う……うるさいうるさいうるさい! い、いいから、早く降ろせっ。その……早くっ……しないと……その……」
始まりのキツい口調の勢いは、一体どこへ行ったのか、次第にもじもじとして、レティシアの声は消え入るように小さくなっていく。
「――しないと?」
「――い、いいから、早く降ろせ」
また怒り出しそうだったのを見て、青年は苦笑してレティシアの言う通りに、ソファへと座らせる。
「はいはい、承知しましたお姫様」
「……えっ?」
青年の言葉に違和感を感じ、レティシアが青年を見上げた所で、何というタイミングなのか――ドアをノックする音が鳴り響く。
――コンコンッ
鳴り響く音に、レティシアはハッとした顔を浮かべると、このままの格好ではどうやらまずいようだ。急いでパチンと指を鳴らしている。
「……ほう」
服を着替えることが出来る簡易魔法である。
その服装を上品な薄い桜色の普段着用のドレスへとサッと変えたレティシアが、髪を手櫛で整えながらドアを見つめて、背筋を伸ばして姿勢を整えたようである。
一度、深呼吸をして、青年の方に視線をじっと向けると、立てた人差し指を唇に立てる合図をした。
“余計な事を言ったら……許さないから”
レティシアの合図は当然理解したが、青年はレティシアにじっと視線を合わせたまま、その端正な顔の口元を緩ませた。
“さぁ……どうしようかな?”
「(――んなっ……!? き、貴様……っ)」
レティシアは眉間にしわを寄せ、小声でそう言うと、かなり動揺しているようだ。
この楽しい精神攻撃を続けたい所だが、なかなか返事がないことにノックの主がしびれを切らし、催促のノックをしている。さすがに、そろそろ返事をしなくてはならない筈だ。
レティシアは、念押しするようにきっと青年を睨むと、ついに息を吸い込んだようだ。
ドアの向こうへと、返事をするために――。
「――私の……部屋」
「歳は?」
「――十五」
「じゃあ名前は――?」
青年のこの尋問のような質問の数々に、少女が不服そうに回答する。
二人はこのやりとりを重ねながら、少女の行き先へと歩みを進めていた。
少女は、青年の質問に答えたくなどなかったが、答えないと青年が歩みを止めるので、仕方なく回答してきた。しかし、今の質問にはどうやら、それでも答えたくないようである。青年の対応を承知の上で、少女はぴたっと口を噤む。
(ほう……答えたくない……と……)
青年が歩みを止めると、当然、少女に不服そうに睨まれた。しかし、青年は、別に回答を強要しようとして歩みを止めたわけではない。
既に少女の示した目的地に到着したのである。
青年は首を横に振って溜め息を吐くと、少女に呆れたような視線と、顎で指図する動きを向ける。
「――あっ」
少女が後ろを振り返り、やっと嫌々、質問の相手をしているうちに、目的地へと辿り着いていたことに気付いてくれたようだ。
「……俺は手が塞がってるから、開けていただけると助かるんですが? レディ」
「わ、わかった……」
少女がドアを開けられるように、青年は少し屈んだので、その身を少し乗り出して、少女はドアノブを回す――。
(――広……っ)
部屋の中へ入るなり、青年は目を見張った。
全体的に白を基調としたその部屋は、とても整理整頓されていて、本棚、机、天蓋ベッド、クローゼット、テーブル、机、椅子、ソファ、カーテンに至るまで全て高級そうだ。奥にはグランドピアノまで置いてある。
青年は、薄々気付いてはいたが、少女の正体がこの国の王女であることを確信した。名をすぐに名乗りたくなかった様子にも、かなりヒントを得た。しかし、身軽で動きやすそうな女剣士が着ているような服装をしていた少女は、一見、王女と判断するには時期尚早だったため、色々と探りを入れつつ、ここまで辿り着いたのだ。
少女の名前は、レティシアである。
レティシア・アーネット・オーグロンド・エリック・リーディア・シェスタ・ミールティア・エンブレミア。
名前、洗礼名、祖父の名、父の名、母の名、次に洗礼した教会の名前と国名が来る事を表す前置詞、洗礼教会名、国名と続くので長いこの名前を常用することはなく、省略してレティシア・アーネット・エンブレミアと名乗ることが一般的だった。
またこれは王女の場合であり、王子の場合は先程の長い名前に、国の英雄名もその名に含むこととなるのでさらに長かった。が、これも常用せずに、名前、洗礼名、国名を付けて一般には名乗るだけのものであった。
ここエンブレミア王国には、三人の王子と王女がいた。
第一王子エルトは今年で十八歳になり、国王である父エリックと今は亡きその母ソフィアの間に産まれた子である。
双子のレティシアとミグの二人とエルトは腹違いの兄弟である。ミグが兄でレティシアが妹であり、父エリックと現王妃であるリーディアの子であった。リーディアは、前王妃ソフィアが亡き後、現王妃に即位している。
レティシア達の二人は今年で十五歳になっていた。二人は一卵性双生児でよく似ていて、服や髪型を同じにすればどちらかわからないほどだ。そして二人とも目を見張る程の美少女、美少年であり、密かに民衆の前に姿を見せるイベントや式典などの際に、ファンやマニアによって隠し撮りされた写真集まで売られている程だった。
勿論、極秘に出回っているシロモノで、見つかれば罰せられるだろう。
レティシア達の綺麗な翡翠色の髪色は、母リーディアから譲り受けたものだ。ほとんどの国では珍しく、その美しい翡翠色を森の緑に、同じ人間とは思えないその美しさと可愛らしさを持った双子達のことを、妖精と称し、人々は『森の妖精様たち』と二人を例えた。
レティシアは、とあることがきっかけで魔法が苦手になったことで、剣術をもっと学びたいと思っていた。しかし、魔法が必須科目のこの国では、女――ましてや一国の王女が、護身用途以上の剣技を本格的に学ばせては貰えず、レティシアはほぼ独学で剣術を修練した。兵士の練習場へも通い、兵士に見つからないようこっそりと練習風景を見学し、その練習方法を盗んだりもした。しかし勿論、兵達は気付いていた。レティシア来訪時は、気付かないフリをしながらしっかりと基礎練習になる練習メニューを、レティシアへと見せるようにしていたことは、当の本人は知らないことだった。直接教えるわけにはいかない兵達が考えた、苦肉の協力方法であった。また、それは兵士長の案だったという。優しい兵士達である。
レティシアは一週間前、護衛もつけずに夜中に城を抜け出して、父エリックに激怒されたばかりであった――。
魔物退治をするため、レティシアは近くの森へとひとりで向かったのだ。本当は、魔法が使えるミグ王子も同行する予定だったが、ミグ王子は、夜中に向かう約束をしたものの、なかなか起きてくれなかったため、レティシアは諦めてひとりで向かってしまった。
擦り傷などを作りつつも魔物は無事倒し、早朝、城へちゃんと帰還したが、体内に侵入してから、約七時間後から効き始める特殊な毒を持つ魔物と戦った際に、受けた傷から体内に侵入していた毒に侵されていたレティシアは、当然体調を崩した。
命は取り留めたが大騒ぎとなり、そのせいで、父である問い詰められ、城を抜けたことを白状する羽目になった。
今日という今日は、厳重な処罰を言い渡すからそのつもりで――と叱られ、そしてそれは今から二日前に言い渡された。
その処罰の内容は以下である。
『とりあえず明後日、九時だ。九時には自室で大人しく待機しているように……よいな……! もし破れば――』
――たったこれだけのことだったので、少し拍子抜けしたが、あれだけ厳しく処罰すると言っておいて、この程度の内容で済む筈はない。
今回ばかりは、エリックの様子が今までと違う気がしていたレティシアは、絶対に何か嫌な予感がする――と、今日は何が何でも約束を守らなければと思っていたのだった。
少女――いや王女レティシアは、部屋に入るなり、バッとある一点に、その視線を注いだかと思うと、思わず息を吸い込むような声とともに、目を見開いていた。
青年も、そんなレティシアの視線の先を目で追うと、呆れたように口元を微笑ませた。
そこにあったのは、壁時計だ。
――九時二分。
間に合わなかったのだろう。
レティシアが正面に顔の向きを戻すと、息を吐いてわかりやすく肩を落としている。青年は既にわかってはいるが、少しだけ意地悪く、レティシアの精神を削ってみることにした。……勿論、からかって楽しむためだった。
「――で、間に合いましたか?」
「う……うるさいうるさいうるさい! い、いいから、早く降ろせっ。その……早くっ……しないと……その……」
始まりのキツい口調の勢いは、一体どこへ行ったのか、次第にもじもじとして、レティシアの声は消え入るように小さくなっていく。
「――しないと?」
「――い、いいから、早く降ろせ」
また怒り出しそうだったのを見て、青年は苦笑してレティシアの言う通りに、ソファへと座らせる。
「はいはい、承知しましたお姫様」
「……えっ?」
青年の言葉に違和感を感じ、レティシアが青年を見上げた所で、何というタイミングなのか――ドアをノックする音が鳴り響く。
――コンコンッ
鳴り響く音に、レティシアはハッとした顔を浮かべると、このままの格好ではどうやらまずいようだ。急いでパチンと指を鳴らしている。
「……ほう」
服を着替えることが出来る簡易魔法である。
その服装を上品な薄い桜色の普段着用のドレスへとサッと変えたレティシアが、髪を手櫛で整えながらドアを見つめて、背筋を伸ばして姿勢を整えたようである。
一度、深呼吸をして、青年の方に視線をじっと向けると、立てた人差し指を唇に立てる合図をした。
“余計な事を言ったら……許さないから”
レティシアの合図は当然理解したが、青年はレティシアにじっと視線を合わせたまま、その端正な顔の口元を緩ませた。
“さぁ……どうしようかな?”
「(――んなっ……!? き、貴様……っ)」
レティシアは眉間にしわを寄せ、小声でそう言うと、かなり動揺しているようだ。
この楽しい精神攻撃を続けたい所だが、なかなか返事がないことにノックの主がしびれを切らし、催促のノックをしている。さすがに、そろそろ返事をしなくてはならない筈だ。
レティシアは、念押しするようにきっと青年を睨むと、ついに息を吸い込んだようだ。
ドアの向こうへと、返事をするために――。
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