流星痕

サヤ

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結の星痕

成形

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「どうだい?これが今の私達の研究成果……いや。友情の形だ」
 明るい顔で朗らかに笑う男は、両手を広げてその場でくるりと一回転する。
 肩より長く無造作に伸びた琥珀色の癖毛。
 同色の瞳の片方にはモノクルを付け、伸びる鎖は胸元のポケットに繋ぎ留められている。
 着ている服は白いシャツのようだが、あちこちくすんでおり、本人の体型よりも随分と大きい。
 下の茶色いスラックスも同じで、ベルトで締められた腰回りは随分とシワが寄っている。
 左右に提げたホルダーには工具や軍手やらが乱雑に詰め込まれており、持ち主の性格が窺える。
 誰かに似ている、と思ったのと同時に彼の横に立つベイドは見て、この男性の正体に気付く。
「……え、シェリアクさんですか?」
「そのとおり!」
 笑顔で頷かれ納得する。
 どおりで聞き覚えのある話し方だ。
「先日フォー君に協力してもらってね。これが今の、私の新しい器なのさ」
「これ、自分の身体じゃないんですか?随分と細かく出来てるし、ぱっと見ただけでは、普通の人間と大差ないですけど」
 シェアトが率直な感想を述べると、シェリアクは嬉しそうな反応を示しながらも、ほんの少し顔色を曇らせる。
「それはフォー君のセンスの賜物だね。けどやはり、器は器。本物とはほど遠い」
 そう言って、唐突に手を差し出してくる。
「……?」
 小首をかしげつつ、差し出された手を握ると、彼が言う器と本物との決定的な違いに気付いた。
 ゴツゴツと硬い無機質な感触と、体温ではありえない冷たい温度。
「材質は土と岩だからね。下手にぶつかると人を傷つけてしまう。連続活動可能時間がおよそ十時間で、その後十五時間の充電が必要な乳幼児並の行動時間。とまあデメリットばかり並べたが、勿論メリットもある。以前の器よりも細かい作業が可能なったし、この器を使うようになってから、人間に戻る実験時に本来の姿を維持出来る時間が飛躍的に延びたんだ。電子が安定しやすくなるんだろうね。それに原子力の運動能力が……」
 その後、シェリアクは専門用語を多用して自論を展開していき、シェアトは勿論、隣で話を聞いていたグラフィアスやルクバットも口を半開きにしてぽかんとしている。
 今話を理解出来ているのは、共に研究を行っているベイドだけだろう。
「付き合いきれねーな」
「あ、グラフィアス?」
 ため息と共にグラフィアスはくるりと向きを変え、シェリアクの輪から外れる。
 そして向かった先は、特に意識はしていなかったが、土の天地エルタニンの隅にある甘味所だ。
 外に設置された休憩所ではアウラが一人……いや、小鳥と共にいた。
「なんだ。お前が最初の脱落者か」
 こちらに気付いたアウラがそう笑う。
 どうやら彼女もシェリアクの犠牲者のようだ。
「あんなのいつまでも聞いてたら頭がいかれる」
「確かに。でも、シェアトは律儀に最後まで聞いてそうだな。ルクバットはいつまで保つかな」
 すぐ近くまで行くと小鳥は逃げ出し、空いた席に腰掛けると、アウラが「食べるか?」と皿に乗った団喜を差し出してきた。
「お前ら、これしか食わねーのな」
「ここの名物だからな。それに、ベナトが考えたにしては美味しいし」
 そう言うアウラは本当に美味しそうに団喜を頬張っている。
 ベナトシュ。アウラの先輩であり、パートナーであり、グラフィアスが密かに憧れていた存在。
 彼は死後、土の天地エルタニンの共有墓地で眠っていたが、アウラとフラーム皇帝との間で交わされた会談によって、彼の遺品は故郷である火の帝国ポエニーキスに運ばれ埋葬された。
「あいつ、久しぶりに故郷の風を感じて、どう思ってるかな?」
 アウラは空を見上げてそう呟く。
 グラフィアスも、団喜を一つ頬張り空を見る。
 雲一つ無い青空は、土の天地エルタニンの今の季節には不釣り合いな程で、むしろ火の帝国ポエニーキスの空模様に似ている気がする。
「あいつがどう思ってるかなんて、俺にも分からない。けど、俺達は死んだら聖霊か原子に還る。遺品は、そんな俺達の拠り所だ。疲れて眠る場所が故郷なのは、嬉しいんじゃないか?」
 ぽつりと、そう零した。
 それを聞いたアウラは驚いた表情でこちらを見ているが、グラフィアス自身、そんな言葉が出てくるなんて驚きだ。
「……優しいじゃないか」
「うっせ」
 アウラの微笑みにどう反応して良いのかも分からず、そっぽを向いて残りの団喜を一気に頬張る。
 しばらく、二人は黙々と団喜を食べていた。
 ……まさかこいつと、こんな風にする日が来るとはな。
「それにしても、まさかお前と、こうして肩を並べてお茶をする日が来るとは思わなかったよ」
 穏やかな声で言うアウラ。
 どうやら彼女も、同じことを考えていたようだ。
「呑気だな。俺がいつお前を襲うとも分からないぞ」
「分かるさ。お前が私に剣を向ける時は、いつも殺気に満ちてるからな仮に今襲われたとしても、武器を持っていないお前よりも私に分がある」
 殺気、か……。
 確かに、アウラの言うことは当たっている。
 丸腰の状態で戦っても、グラフィアスの炎は無力化されてしまうし、仮に力で押さえたとしても、アウラには変幻自在の右腕がある。
 そして、アウラを倒したいという思いは、父の仇を取りたかったから。だから殺気が籠もる。
 しかし今は違う。
 一人の戦士として、より高見を目指す為にアウラを越えたいと思っている。
 標的は変わらないが、その目標は大きく変化した。
 アウラは、自分が成長する為の大切な柱だ。
 次に戦う時は、正々堂々と正面から向かいたい。
「……今ここに武器が無いのが残念だよ」
「はは、迂闊だったな」
 適当に返すと、アウラはそう笑った。
 そう言えば、とグラフィアスはあることを思い出す。
「お前の節刀、俺が預かってる」
「……へえ、そうか」
 アウラはしばらくグラフィアスを見ていたが、その反応は薄い。
「驚かないのか?」
「別に?ルクバットが扱いに困っていたのは知っていたから」
「何故お前が受け取らない」
「私が持っていたって邪魔なだけだ。重いし、協会は預かってくれないし」
「……俺でいいのか?」
「お前が嫌じゃなければ、それで良いんじゃないか?」
「本気で言ってんのか?」
 そこまで言って、アウラは眉根を寄せて怪訝な顔をした。
「話が見えないな。何が言いたい?」
 本気なのか、それともグラフィアスが思うような、武器の重みを知らないのか。
 ……いや、そんな筈は無い。こいつはベナトシュと一緒にいたんだ。知らない筈がない。
「……その時がきたら、自ずと答えは出るさ」
 ぽつりと、アウラが呟く。
「今の持ち主がお前なら、その時どうするか、お前が決めれば良い。その花綱が切れるのは、たった一度だけなんだから。……その結果がどうなるかは、まだ誰にも分からないだけさ」
 真面目に話しているかと思えば、最後だけおどけたように言う。
 本当にこいつは、読めない女だ。……風を読むなんて、俺には無理な話か。
 軽いため息をついたその時、ルクバット達がこちらに向かってきているのが見えた。
「二人とも、ここにいたんだ」
「お疲れ。随分長いこと聞いてたんだな。私なんて、五分と持たなかったよ」
「いやー、俺は途中から寝かけてたんだけど、シェアト姉がさ」
「私だって全然理解してないよ。もう右から左で……」
 甘味所に集まった全員がシェリアクの講義について感想を述べていく。
 当の本人は悪びれる様子もなくからからと笑っていた。
「ははは、すまない。あまりに嬉しくて、ついはしゃいでしまったよ。しかしこれ以上、未完成の代物を見せるのはみっともないし、やはりこれは、ベイドと膝を突き合わせてじっくりと語り合う事にするよ」
「そうですね。ですが私としては、もう少しアウラさんには理解してもらい、研究に協力していただきたいものです」
「努力はするけど、あまり期待はしないでほしいな」
 アウラは困り顔ながらもそう答える。
 そしてそこに、一人業務をこなしていたフォーマルハウトが走ってやってきた。
「良かった。みなさん……全員もここにいて」
 よほど急いで来たようで、フォーマルハウトは両手を膝について肩で息をしている。
「どうしたの?フォーさん。協会の方で何かあった?」
 シェアトが屈んで覗き込むように尋ねると、フォーマルハウトは一際大きく息を吐き出し呼吸を整えると、アウラの前に跪いて手にしていた小筒を恭しく差し出した。
「スレイヤー、ボレアリスの五大国巡礼が認められ、貴女の願いを聞き届ける準備が始まりました。並びに、風の王国グルミウムの王女、アウラ・ディー・グルミウム様に、エルタニン天帝、テール・セゾン・エルタニン様が接見を望んでおられます」
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