私じゃなきゃダメみたい

沢渡奈々子

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6話

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「あの……ほんとにいいんですか?」
 薄明かりが灯る寝室の中、ベッドの縁に腰かけた未央が問う。
「何が?」
 隣に座る崎本が未央の頬を撫でる。彼女は不安気に部屋を見回した。
「ここ、お姉さんのマンションなんですよね?」
「いいんだよ、ここ俺の寝室だから」
「え?」
「あまりにも頻繁にアシスタントに駆り出されるからさ……まぁ、もっぱら簡単な作業と雑用と飯の調達担当だけど。アシ代貰わない代わりに、ここは俺の部屋にしてもらってる。会社から近いだろ? だから残業で遅くなった時とか、普通にここで寝泊まりすることもあるんだ」
「そうなんですか……」
「姉貴は大阪だし、合鍵持ってるの俺だけだし、この部屋のロックもしてあるから、心配しなくても邪魔するやつはいないよ」
 そんなことは心配してないけど……と思いながら、
「もし気分が悪くなったら、途中でやめてもいいですから」
 未央がベッドの上に置かれた崎本の手に、自分のそれを重ねた。
「もったいないからそんなことしない。……未央ちゃんこそ、やっぱりやめたいって言わないこと」
 崎本が悪戯っぽく笑む。
「……雨、やまないですね」
 部屋の東側にある窓に目をやる。雨はますます勢いを増して降り続け、ガラス窓をかなり強く打っている。雨雲はどうしても未央をここに足止めしたいらしい。
「未央ちゃん」
 未央の頬に手を添え、向きを戻す崎本。瞬間、未央はハッとする。
(あの目だ)
 崎本が二人きりの時の瞳で彼女を見据えている。いつもよりもさらに潤びて溶けて。溢れそうな色気に加えて、春情を滾らせた鳶色の瞳から目が離せなくなる。
「ほんとにいい?」
 あれだけ恐れていた眼差しが、今では少し心地よく、そして愛おしいとさえ思える。未央は自分の現金さがつくづく痛いと感じた。
「あ……」
「ちょっと待った。……返事聞くのやめた。もう多分止められないし」
「崎本さ……」
 スローモーションのように見えた。
 崎本のくちびるが自分のそれを確実に捕らえに来る姿が──ゆっくりと近づいてくる。
「ん……っ」
 触れ合った刹那、何かが変わった。
(さらわれる……)
 濃厚なくちづけが、未央を飲み込んだ。先ほどのおっかなびっくりなキスと違い、崎本の本領発揮といった激しさでもって、未央を捉える。崎本の舌はとっくに未央のくちびるの奥に捩じ込まれ、内部を舐り、支配する。口の中のすべてがさらわれてしまいそうだ。
 得体の知れないものがぞくぞくと皮膚の裏側を這いずり回る。しかしその正体をつきとめる余裕などない。崎本を受け入れるだけでいっぱいいっぱいで、息継ぎすら忘れてしまう。
 二度目のキス――熱くて、濃やかで、溺れてしまいそうだ。
 だからいつの間にかベッドに押し倒されていたことにも、服をめくり上げられてブラを外されていたことにも、下がショーツ一枚になっていたことにもまったく気づいていなかった。
「さ、さきも……さ……」
 やっと与えられた間で、すかさず声を上げる。
「何?」
「も、少し……ゆっくり……」
「ゆっくり? ん~……自信ないな。久しぶりだから……下手だったらごめんね?」
 そう呟いて未央に向ける笑顔がいつになく柔らかい。この激しい行為にはまったく似つかわしくない穏やかさだ。そんな表情で、崎本が未央の身につけていたものを一つ一つ剥ぎ取っていく。
 身体を覆い隠すものが何一つなくなり、未央は心許なさと恥ずかしさで顔を逸らす。
 彼が自分を見つめているのに気づいたのは、その数瞬後。
「な、何ですか……?」
「涙出るかも……あんまり綺麗で」
 こんな崎本は二度と見られないのはないか、というくらいの柔和で甘い笑みでもって見据えられ、全身が蕩けそうになる。
「じょ、冗談やめてください……っ」
「素直な感想なのに」
 崎本は眩しそうに目を細め、そして、未央の耳朶に噛みついた――もちろん、甘く、柔らかく。
「や……っ」
 そこから湧いてくる感覚に心身を蝕まれ、どこかいたたまれなくなる。身を捩らせてやり過ごそうとするが、崎本がそれを許さない。くちびるで首筋をなぞりながら、胸のふくらみを手中に収めてやんわりと揉む。崎本の意のままに形を変える未央の乳房。手の平に擦れる薄紅色うすくれないいろの天辺がじんじんと痺れてくる。
「あ、あ」
 未央の意思とは反して、自然と甘ったるい声が漏れてしまう。いつの間にか胸先を口に含まれて、ちゅぷ、と音を立てて吸われ、ますます声に艶が増していく。
 崎本は未央の身体を下から優しく指で辿っていく。何度も往復しては、徐々に性感を喚起する。焦らしに焦らし、触れそうで触れない距離を保っていた手が、幾度もの行き来の末にようやく未央の翳りに到達すると、まるで待ちかねていたようにぴくん、と身体が反応した。
「ん……」
 鼻に抜けた声を上げる未央。崎本の筋張った指は翳りの奥の透き目をなぞり始める。ゆっくりとその指は潤んだ熱が籠る中へと沈んでいき、じわじわと彼女の淫らな領域を侵す。第二関節がそこに埋もれた頃には、くちゅり、と淫猥な音が立ち始めていた。指は中で不規則な動きをくり返し、誘い水のように愛液を導く。徐々に大きくなってゆく淫らな音は、未央の羞恥心を盛んに煽り立てた。
「んんっ、」
 自分の指を噛んで声を出すまいとする未央の口に、崎本は自分の空いた手の指を滑り込ませる。
「噛んじゃダメだよ」
 そう言い添えながら、その指が未央の舌を弄び始める。同時に、淫襞に埋もれていた指を引き抜き、彼女の片脚を大きく開かせた。
「あ……」
 瞬間、空気に晒された未央の女の部分から熱い蜜がとろりと流れ出した。それは樹液のようにゆっくりと秘唇を伝い、シーツに影を落とした。崎本は滴る雫を指で掬うと、そっと花芯を剥き出す。そしてすでに爛熟しぷっくりと張りつめたそこに丹念に蜜を塗りつけた。
「ぁんっ……いやぁ、……っ」
 恥ずかしさのあまり脚を閉じようとするが、崎本に抑えこまれている上に、口に差し込まれた彼の指のせいで力が上手く入らない。
 あまつさえ、崎本が与えてくれるものを享受したくてたまらないもう一人の自分が、はしたなくも羞恥を跳ね除けて、物欲しそうにもう片方の脚をも開いていってしまう。
 未央の欲望を悟ったのか、崎本が彼女の膝裏に両の手を差し入れ、ぐい、と押し上げる。改めて露になった秘裂から、止め処もなく愛液が流れ落ちる。彼はそっと顔を近づけると、濡れ光る襞に向かってふぅ、と息を吹きかけた。
「ひゃんっ」
 未央が腰を跳ね上げた。ずり上がって逃げようとする脚を崎本が捕らえ、がっちりと掴む。そしてすかさず、舌先を泥濘へと沈ませた。
「やっ! んん……っ」
 ねっとりと舐め上げられたそこから、強烈な快感が四肢へと抜ける。艶かしく蠕動する褶襞しゅうへきを舌先で柔らかくなぞると、未央の全身はたちまち総毛立ち、たまらずにふるふると震えだした。
「あ、や……さきもとさ……も……」
「もうイッちゃうの?」
 思い切りかぶりを振る未央。本当はすぐにでも達してしまいそうだ。しかし、それを許したくない自分が、理性を総動員して必死に波を押しとどめている。
「もっとしてほしい?」
 崎本がそう呟き、膨らみきった花芯をペロリと舐める。
「ふぁっ……っ、は……っく……」
 未央の身体がより大きく震える。崎本に押さえられている足は空を蹴り上げ、手は枕を掴む。
 崎本はとろとろに蕩けた部分に指をつぷ、と差し入れ、淫壁をゆっくりと辿り始めた。彼の指からもたらされる曖昧な心地よさが、未央に動けと命令する。それに抗えない彼女の腰は貪欲に動き出した。同時に、舌で花芯を擦り上げられる。指とは違う、絡みつくような快感に脳髄までもが溶け出してしまいそうだ。
「やぁっ……ん、あぁっ、そこだめ……!」
 小刻みに与えられる刺激に、未央の眉宇が淫蕩に歪む。何かを堪えているような、それでいてうっとりと浸っているような、悩ましい表情で首筋を反らせている。
「気持ちよさそうな顔して」
 崎本が喉の奥で愉悦を殺しながら呟く。そこを食んでは舐め、舐めては弾き、弾いては吸い、時には焦らし、いやらしい音を立てていたぶるような愛撫を繰り返す。でもそれは決して乱暴ではなく、すべてが快感として未央の身体に甘く甘く刻み込まれていった。
「ひ……ぅ、あん、あっ……んっ」
 だんだんと理性が追い込まれ、大きな波が深奥から迫上ってくる。耐えきれずに、未央はいやいやと首を振る。崎本の舌が、指が、彼女を煽る。目の前に見えてきた甘美な光の方へと追い立てる。
「ぁうっ……いや、や……っ、もういっちゃ……っ」
 言うが早いか、未央は大きく身体を仰け反らせ、腰を弾ませて何度も痙攣させた。そして最後に余韻の残る甘い悲鳴を上げると、くったりと弛緩した身体をベッドへ落とした。
 崎本は未央の中から指を引き抜き、絡みついたぬめりを満足そうに舐めた。
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