私じゃなきゃダメみたい

沢渡奈々子

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7話

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「……嘘つき」
 息も整っていない未央がぼそりと言った。潤みきった瞳に力を入れようとするのだが、それもままならない。
「誰が嘘つき?」
「下手だったらごめんね、とか嘘ばっかり……余裕な感じでした……」
 先ほどまでの崎本は、確かに弱っていた上に、若干余裕がなさそうに感じられた。しかし、いざことに及び始めた途端、そんな弱気な色はどこ吹く風、いつもの崎本に戻ってしまった。完全にこの男の手管に翻弄されてしまったのだ。
「余裕? そんなものあったらもっと焦らしに焦らしてる。……それに、未央ちゃんのイク顔が早く見てみたかったから」
 未央の火照った頬を崎本の手の平がゆっくりと撫でる。くちびるを尖らせた未央が、ごくごく小さな声で問う。
「……変な顔してませんでした?」
「うん、すごい変な顔してた」
「っ、ほ、ほんとですか?」
 ぎょっとする未央に、崎本はニヤリと笑みを零し、
「うっそ。……めちゃくちゃ可愛かった」
 未央の尖ったくちびるに軽くキスを落としてから、崎本が己の服に手をかけて身体から引き抜いた。その姿を見て思わず眉をひそめ、口元を歪ませる未央。
「……ん?」
 どことなく気怠げな表情を見せ、崎本が首を傾げる。
「あ、いえ、その……」
 白々しく顔を逸らせる未央。
「何? 言って」
 崎本の裸身がじりじりと躙り寄る。未央はベッドスプレッドを手繰り寄せ、崎本の追及を逃れようと赤子のように丸くなる。
「えっと……あの、裸の崎本さんって……何か……」
「何か、何?」
 仕方なくスプレッドから目だけを出し、
「……やらしいです」
 聞こえるか聞こえないか、といった声で答えた。
「は?」
「何ていうか、雰囲気が……やらしいです。もう存在自体が十八禁、って感じです……」
 仄暗い中浮かび上がった崎本のシルエットは、思っていたよりも細身だった。ジム通いが習慣化しているというだけあり、しなやかで艶っぽい体躯をしている。適度に隆起した筋肉は、正にネコ科の猛獣のようだ。
 酷く美しくて──そして淫らで。未央が思わず見惚れてしまうほどだ。
「褒められてるのか貶されてるのか分からないな」
 崎本がクスリと笑う。
「……一応、褒め言葉です」
 不本意ながら、と言いたげな表情の未央を尻目に、崎本はベッドサイドに用意しておいた避妊具を手に取った。
「あ、崎本さん」
「ん?」
「……私にも、させてください」
 おずおずと言い出す未央に、崎本が目を見張る。
「だって、私ばっかりしてもらってるから……」
 恥ずかしさで言葉尻を濁らせる。未央にとってはとても勇気の要る提案だからだ。それでも、自分も崎本に奉仕してあげたいと思った。崎本は動きを止めて一考する。
「それは……かなり心揺らぐ申し出だけど、今日は俺の好きなようにさせてくれない?」
「え……」
「未央ちゃんの身体を思う存分、堪能したい」
 崎本が未央を捕らえ、押し倒す。そして抱きしめたまま柔らかい胸に顔を埋め、幸せそうに頬を擦り寄せた。脚に彼の雄芯が熱く息づいているのを感じ、思わずどきりとしてしまう。しばらくそのまま動かず横たわった後、崎本がぽつりと言い出した。
「……挿入いれていい?」
「そんなこと、今さら聞かないでください」
「答えてよ、未央ちゃん」
「……いいですよ」
「『挿入て』って言って」
「なっ、何でですかっ」
「未央ちゃんの口から聞きたい」
 崎本は未央の胸元に頬を寄せたまま、弱々しい声色で哀願する。手負いの獣が草原で身体を横たえて休んでいる、そんな様相だ。どこか甘えたような崎本の重みに、未央はくちびるを噛んだ。
(あぁ、またもう……っ)
 それはまるで自身を可愛く見せる方法を熟知したアイドルのような振る舞いだった。この男はもう、自分を懐柔する術を身につけてしまったのか。これではヒョウを手懐けるどころか、逆に手懐けられているのはこっちじゃないかと、心で毒づく。
 多分この人には一生かかってもかなわないと、未央は諦めの境地に身を置いた。とりあえず一呼吸して自分を落ち着かせる。
「──崎本さん、挿入て?」
 これでいいですか? と、ぶっきらぼうに言い捨てて。顔を赤く染め上げた未央は、自分の顎のすぐ下にある崎本の頭を突つく。
「未央ちゃん、可愛い」
 崎本がむくりと脂下がった顔を上げ、未央にぐりぐりと頬擦りをした。
(っていうか、むしろ崎本さんの方が可愛いんですけど)
 未央は思った。
「ん……」
 崎本が未央の花弁を割り開き、十分に泥濘んだ秘裂に自らをおもむろに押し進めた。下腹部を分け入って来る硬く確かな感触に、ゾクリと身体を震わせる未央。
 屹立がゆっくりと蜜口の奥に沈み込み、そしてすべて収められると、崎本が未央の上に身体を落とし、自分の澱を吐き出すように、深く長く、息をついた。
「崎本さん……大丈夫? 気分悪い?」
「……やばい」
 その言葉に、やはり具合が悪くなってしまったのかと、崎本自身を胎内に迎え入れたままの状態で狼狽え始める未央。
「さ、崎本さん……」
「あー……今、すごい感動してる……『俺セックスしてる』って」
 崎本のくちびるから零れたのは、感嘆の声だった。
「え……あ、そんなに久しぶり……ですか?」
「ん……三年は軽く経ってる。だからあまり締めないで未央ちゃん。すぐイッちゃうから。さっきから絡みつきすぎ」
 ちゅ、ちゅ、と未央のくちびるに何度もキスを落としながら、崎本が苦笑する。そんなことを言われると未央の内部はますます呼応し、崎本自身に縋ってしまう。
「ほら、また。俺が何か言うときゅ、ってさぁ」
「そっ、そんなこと実況しないで……! お願いですから次に進んでください」
「動いていいの?」
「……このまま朝までいるつもりですか」
 それもいいかもなぁ……と、呟きつつ、崎本がゆるゆると動き始める。
「あっ……く……んっ……」
 動きに連動するようにどうしても零れてしまう甘い声。そして崎本の律動とともに奏でられる音がもう一つ──二人が繋がっている部分から溢れ出す甘露が、穿たれるたびにぐちゅり、と泡立つ音を立てて未央の耳を打っていた。
 今の自分はあまりにも淫らだ──そう思い知らされる。崎本に貫かれて悦び、たっぷりと蜜を滴らせる浅ましい身体が少し憎たらしい。 そんな未央の複雑な思いを知ってか知らずか、崎本が両の手で未央の揺れる乳房を包みこみ、柔らかく捏ねる。目を閉じて神経を集中し、手の中の弾力を楽しんでいるように見えた。
「未央ちゃん……どうして欲しいか言って」
 浅い抽送を保ちながら口元に笑みを刻み、薄目を開いて問う崎本。
「んっ……ん……ぁあ……いゃ……ん、」
 微妙にポイントを外され、口先で小さく唸りながらもどかしく身体を捩らせる。そのくせ、シーツに落ちた影はどんどんと大きさを増し、未央の腰にひんやりとした警告を送ってくる。
『こんなにシーツを濡らすほど、おまえは淫乱なのだ』
 と。
(やだ、もう……っ)
 否定したかった。ぶるぶるとかぶりを振る。でも口から漏れるのは喘ぎ声だけ。認めたくはない一方で、崎本の熱に芯まで犯されたいと強く願っている自分が存在していることは、疑いを入れる余地もない。
「未央ちゃん」
 じっと見つめて言葉を待つ崎本に、未央は眼差しを返した。本人的には普通に見つめ返したつもりなのだろう。しかしその快楽に浮かされて潤んだ瞳には、彼女の欲望と懇願がくっきりと映し出されている。
 艶めかしい熱が双眸の奥で渦巻き、崎本を求めて訴えていた。
「――まったく、そんな顔されたら……」
 困ったようにかぶりを振り、崎本が硬起した自身を強く突き立てた。
「あぁんっ、いやぁっ」
 白い肢体が大きく仰け反り、震えた。尚も崎本は強く深く、未央の内部を抉る。媚肉がうねり、崎本の欲望をより奥に巻き込もうと絡みついて離さない。身体は既に彼女の意志など置き去りにして蠢いていた。
「や……ん、だめ……」
 崎本が動くたびに、未央の理性の皮が一枚、また一枚と剥がされていく。身の内でもどかしげに燻っている欲望が暴かれてしまうのが怖いと、彼女は否定的な言葉を口走っていた。
「さっきから、」
 否むようにふるふると動く未央の頭を、崎本がそっと押し止める。
「いやとかだめとか、言ってるけど……ほんとにそう思ってる?」
 そう呟き、彼女の濡れた瞳を覗き込んだ。崎本の顔には「聞かなくても答えは分かるけど」と書かれている。未央はさらに恥ずかしそうに「いや」を繰り返した。
「たまには、さ、」
 言葉の後に一旦腰を引き、間を溜める崎本。
「もっと色っぽい言葉、聞かせてくれると……嬉しいんだけど」
 言うと同時に、叩きつけるように未央を穿つ。
「あぁっ、はっ……あっ!」
 痺れと気持ちよさとが衝撃となって一気に畳みかけてきた。出口の見えない迷路に迷い込んだ意識が、行き場を失ってゆらゆらと辺りを浮遊する。
 崎本は容赦なく未央を打った。
「あっ、あっ、いや……もっと、もっと……さきも……さん」
 必死に抑えつけていた情欲が、遂に未央の口を衝いて出始める。すべてを押し流さんと猛る快楽の奔流には、到底抗えないと悟ったのか。
「すばる」
 若干その声に余裕の色を失いつつある崎本が、未央の耳元で囁く。額にはうっすらと汗が滲み始めている。
「え……んっ……な、何?」
「昴、って呼べたらもっとしてあげる。未央ちゃん……ちっとも俺の名前、呼んでくれないから」
 拗ねた口調でそう言い、動きを緩める。快楽の供給を抑制されてしまった未央は、促されるまま素直に崎本の名前を紡ぐ。
「す、ばる……さん」
「【さん】はいらないよ」
「ぁ……は……、す……ばる……っん」
「もう一回」
 中途半端に内部を刺激され、焦れた未央は堪らずに声を上げる。
「すばるぅ……もっとしてぇっ……は……ぁ」
「……よく出来ました」
 ご褒美、と一言、崎本は未央の最奥を強く突き上げた。水音と肌を打つ音が室内に響く。
「はぁんっ、あぁっ……だめぇっ」
 与えられる甘気が強烈すぎて、取り繕う余裕などもう欠片も残っていない。目の前にある快楽をひたすら貪る未央は「気持ちいい」だとか「もっと突いて」だとか、頭の奥では絶対に口にしたくないと思っている言葉を次々と紡ぎ出す。
 未央の女の部分から絶えず溶け出す蜜が、崎本の脚までをも濡らして止まない。揺らされるたびにぬるぬると擦れ、淫らな音を立て、それすら気持ちがいい。
 快感の前では何もかもがぐちゃぐちゃで、プライドや建前などあっという間に塵と化す。
「あっ、も……っちゃ……う……っ」
 それを聞いた崎本はさらに強く未央の柔肉を擦り上げた。未央の肉体がぴんと張りつめる。数瞬後、先ほどよりも大きな波が彼女を飲み込んだ。
「はぁっ……は、あぁっ!」
 脳内で閃光が瞬く。びくびくと身体を戦慄かせ、気をやる未央。目の前が真っ白になる。内部も痙攣し、崎本をきつく刺激する。
「っ、は……」
 崎本の乱れた息に呻きが混じる。未央の脚を掴む手に力が篭もる。直後、未だ脈動が止まらない未央の最奥に、自身を幾度か打ちつけて己の熱を解放した。
「未央ちゃん──」
 崎本が身を倒すと同時に未央をぎゅっと抱きしめ、耳元で何かを囁いたが、彼女の耳にはほとんど入って来ず、ただひたすら頷いた後、くったりと意識を投げ出した。
「ん……」
 目が覚めると、崎本に抱きしめられていた。
「未央ちゃん? 起きた? 大丈夫?」
「私……」
 自分が置かれている状況がよく分からず、目を擦りながら崎本を見る。
「イッた後、失神しちゃったんだよ、未央ちゃん」
「そう……ですか……。あ、崎本さん、大丈夫でしたか? 気持ち悪くなかったですか?」
 未央は崎本の体調のことを心配していた。自分が気を失っている間に気分が悪くなり、トイレに駆け込んだのではないかと不安になった。
「馬鹿だな、未央ちゃん」
「?」
 崎本は首を傾げる未央の耳元にくちびるを寄せ、
「――最っ高に気持ちよかったに決まってるだろ?」
 と囁いた。その声色にたっぷりと艶を滴らせて。
(こ、この人、声まで色気があるから困る……)
「え? あ……あの、それはよかった……です……」
 気恥ずかしくなり、言葉尻を濁らせながら俯く。
「未央ちゃんが気を失わなかったら、今頃三回戦真っ只中だったかなぁ」
「む、無理ですぅ……」
 胸の中から抜け出ようとする裸身を逃すまいと、未央の腕をそっと、それでいてしっかりとベッドに縫いつけ、
「あは、大丈夫だよ。だいぶ勘を取り戻したから、次は失神はしないくらいにはセーブ出来る……といいなぁ」
 ね? と、凶器のような美しい笑みとともに崎本は未央に覆いかぶさった。
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