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1章 魔法少女とは出逢わない
1章25 生命の伽藍堂 ④
しおりを挟む革靴の爪先で額を打たれる。
瞬間的に視界がホワイトアウトし、チカチカと火花が散る。
正常に回帰する前に顔に靴底を置かれ、踵で頬を踏み躙られる。
弥堂は目玉だけを動かして、相手の顔が在るであろう場所を睨みつけた。
「弁えなさい。どうしてアナタたちニンゲンはこうも下品なのですか」
「……そういうお前はどうなんだ。人間そっくりだぞ」
「フフフ……、生意気にも情報を探ろうと駆け引きをしているつもりですか? カワイイところもあるじゃないですか」
「駆け引きが気に障るなら取引ならどうだ?」
「……取引?」
スッと、アスの目が細められる。
周囲の温度が数℃下がったような錯覚が他の者に強いられた。
「オ、オイッ――」
「――ボラフさん。黙りなさい」
慌てて弥堂を窘めようとしたボラフを下がらせて、アスは涼やかな笑みを浮かべる。
なまじ整い過ぎている面差しのため、より残酷性が増したように映る。
「取引とは随分大きく出ましたね。まさか対等なつもりですか?」
「お前は知りたいことがある。俺にもお前に訊きたいことがある。その点に於いては対等だろう」
「ニンゲン風情が。ですが、フフフ……、いいでしょう。興味を持って差し上げます。何故だかわかりますか?」
「さぁな」
「それはですね――」
「――グッ」
言葉を溜めて弥堂の顏に置いた足に体重をかける。
靴底の下から向けられる弥堂の目に視線を合わせて見下ろすアスの目が紅く光る。
「痛めつけられても屈辱を受けても、怒りも恐怖も感じていない。もちろん喜びもなく、破滅やスリルを楽しんでいるわけでもない」
「…………」
「アナタ、なんなんです? 生物として、存在として大したモノではないのは確かです。ですが、その精神性の異常さには興味が持てます」
「……それがお前の知りたいことでいいのか?」
「いえ。探究し答えを見出すことこそが私の本分であり悦びです。それよりも、アナタが言った『私の知りたいこと』、何を取り引き材料に出してくるのかを聞いた方が楽しめそうです」
「そうか」
「フフフ。壊れているのか、狂っているのか……、それともこの状況をひっくり返すだけの知や策を隠しているのか。いずれにせよ、私を楽しませてごらんなさい。そうすれば気紛れに手心を加えてあげることもあるかもしれませんよ? ただし――」
「――グゥッ……!」
「ただし、つまらない話をしてみなさい。その時は――殺しますよ?」
最後に一際強く踏みしめてからアスは足を離す。その際に爪先を弥堂の服に擦り付けて先程吐きかけられた唾を拭った。
「さぁ、立ちなさい。お話を伺おうじゃありませんか」
「……生憎と痛めつけられ過ぎて立てないんだ。このままで失礼する」
弥堂の断りには答えを口にせず、アスはただ笑みを深めた。細まった瞼の中の目は笑っていない。
「言ってみなさい。アナタごときで測った『私の知りたいこと』を。眼鏡にかなえばアナタの質問も聞いてあげましょう」
妖しく見下ろす紅い瞳を弥堂は無感情に見返す。
「質問をするのは俺が先だ。それに答えればお前の知りたいことを教えてやる」
「は?」
想定外のことを言われたとばかりにアスの目が丸くなる。
「これは……狂っているのですかね? ご自分の立場がわかっていないのですか?」
「わかっていないのはお前の方だ」
「オ、オイ……ッ! やめとけっ!」
脇から声を荒げるボラフをアスは手で制した。
「……それはどういう意味でしょう?」
「俺はお前の欲する答えを確実に持っている。一方でお前は俺が満足するような情報を持っている保証はない」
「あまり調子にのっているようだともう殺しますよ」
「それだ」
「なに?」
「お前は俺をいつでも殺せる。お前がその気になればそれを防ぐ手立ては俺にはない」
「それがわかっていて何故こんな態度を……」
「俺が先に質問をして、お前がそれを気に入らなければそこで俺は殺されて終わりだ。俺の質問が出来ない。一方で俺にはお前を殺す手段がない。俺の質問に対するお前の答えを俺が気に入らなくても、お前は確実にその後で自分の質問をすることが出来る。これは対等ではない」
「なにを――」
「――それに。先にお前が答えたとしても、その後で俺からの答えが気に入らなければ俺を殺してしまえばいいだろう。そうすれば情報を先に渡すリスクはないはずだ。違うか?」
「……フフフ、ククッ…………、なるほど。確かにそれは一理ありますね」
「それに。言ったな? 対等な取引をすると。その言葉を違えてもいいのか?」
「オマエ……」
上機嫌になりかけたアスの表情がまた冷たいものになる。
「オマエ、知ってて言っているんですか?」
「それがお前の質問でいいのか?」
「いいえ。教会、京都、東京新分庁……」
「…………」
「ふむ……、感情は揺れない。知らないのか、それともそういう訓練を受けているのか」
「その答えが欲しいか?」
「いいえ。私にはアナタの感情の動きが見えます。答えなど要らないのですよ」
「そうか」
「それを知ってもらった上で、アナタの提案にのって差し上げます。これはアナタたちニンゲンがペットのじゃれつきに付き合ってあげるようなものです。それは肝に命じなさい」
「あぁ。とても助かるよ」
(――プライドが高くてな)
弥堂にとって思うような展開に進むがそこに喜びはない。
「では、どうぞ? 何でも訊いてください。リスクはないらしいので……ククク……」
「お前がボスなのか?」
「はい?」
「闇の組織とか言ったか。お前がそれの頭なのか?」
「あぁ……、それですか。いえ、違いますよ。私などしがない中間管理職のようなものですよ」
(これ以上がまだいるのか……)
ボラフ以外の存在を知らない時には悪ふざけの集団である可能性も考えていたが、どうやらかなり大掛かりで、さらに自身の手には余るものである可能性が濃厚となってきた。
「そんなことが訊きたかったのですか? 『私達の目的はなんだ』ですとか、もっと核心に迫ることを訊かれると思ったのですが」
「答えるとは限らんだろう。お前は『何でも訊け』とは言ったが、『何でも答える』とは言っていない。だから答える可能性のある質問を選んだ」
「先程言っていたことと矛盾しますね。答えた後でアナタを殺してしまえば関係ないでしょう?」
「俺は、な」
「……?」
「そいつらは違うだろう」
言いながら棒立ちのまま立ち尽くす水無瀬の方へ視線で誘導する。
「俺のことは殺せばそれで済むが、そいつらに同じ対応はとれないだろう? だからそいつらが知ったとしても問題がなさそうな範囲で訊いただけだ」
「へぇ……なるほどなるほど……。でも、それでしたら嘘を答えればいいということになりませんか?」
「あぁ……、確かに失念していたな。それは俺の手落ちだ」
「…………」
(それはお前のプライドが許さない。答える以上は絶対に真実を言う。お前はそういう風に出来ている)
ジッと探るように見下ろすアスの顏を、確信をもって見返す。
「……まぁ、いいでしょう。では次はアナタに答えて――」
「――待て、まだ訊きたいことは――」
「――駄目です。フフッ……、質問を複数許した覚えはないですよ? それともアナタにも二つ以上の答えの用意があるのですか?」
「…………」
「ないようですね。よろしい。では、お聞かせください」
チッと舌を打って弥堂は質問を引っ込める。
これ以上挑発をするとこの戯言に付き合ってはもらえなくなる可能性が高い。
出来ればもう少し情報を引き出したいところではあった。
このヒトではないモノたちの正体など。
しかし、それは然して重要ではない。
少なくとも弥堂にとっては。
こんな問答も言葉遊びも所詮は時間稼ぎだ。
ここまでの戦いで大分消耗してしまったが少しは回復してきた。
ここでこいつらを殺すことは出来ないが、生き延びることは出来る。
そのためには――
「まずは、アナタの考えている『私の知りたいこと』とはなにか。それから話してもらいましょうか」
――次の一手にミスは許されない。
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