俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章27 深き宵深く酔い浅き眠り朝は来ない ③

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――扉を蹴り開けると部屋の中には人間が二人。


 男と女だ。


 小太りの中年の男がドレス姿の若い女を革張りのソファーの上に組み敷いている。


 この男こそが今日俺が取引をする為にここに会いに来た相手であり、そして女の方はそれを手引きした内通者であり、この店のNo.1キャストでもある華蓮さんだ。


 男の方とは初対面だが、華蓮さんとは元々1年以上前からの知り合いだ。

 彼女には一時期、特に美景台学園に編入する前までは生活のほとんどの面倒を見てもらっており、とても世話になっていた。


 その為、本来であればこういった俺個人の仕事に巻き込むことには心苦しいものがある。

 しかし、なのにも関わらずこのように彼女に協力してもらうこととなったのは、今回俺がターゲットとして設定した人物が偶然にもこの店の客であり、さらに偶然にも華蓮さんを指名するために通っている客だという事実が発覚したからだ。

 目的を遂げるためには、心苦しいという俺の感情など優先順位は高くない。


 そして彼女に迷惑はかけないという約束でこうして場をセッティングしてくれるようにしつこく頼んだら、渋々ながらも彼女は受諾してくれた。

 今では彼女の元を離れ自立して生活をしているというのにまた一つ世話になってしまってとても心苦しい。




 そんな華蓮さんにさりげなく感謝の意を視線で伝えようと眼を向けると、首の後ろで結んで留めるタイプのドレスはその結び目を解かれており彼女の上半身が露わになっていて、それによって露出したものに男がむしゃぶりついていた。

 どうやら来るのが少し遅かったようだ。心苦しい。


 突然部屋に押し入ってきた俺に驚いた男は彼女の胸の上で首を回しこちらに顔を向ける。

 乳房の上に頬をのせたその顔が、目的としていた人物のものと一致したことに俺は満足し近寄っていく。


 男は突発的なトラブルに見舞われると思考停止するタイプなのか、無言で歩み寄る俺を彼女の胸の上で茫然と見ているだけだった。

 余計な口をきかないことは俺にとっては好ましい。もちろん、都合がいいという意味で。


 立ち止まりソファーテーブルを間に挟んで男を見下ろす。


 気弱な男なのか、俺の眼を見てあからさまに怯えたような態度をとった。


 テーブルに足を乗せてその上に置かれた物を靴で払い床へ落とす。


 酒の入ったボトルやグラスが音を鳴らし、その内のいくつかは割れ、零れ出た酒がカーペットを紅く染めていく。

 その様子を目にした華蓮さんは男に覆い被さられながらピクっと瞼だけを撥ねさせた。


 それには見なかったフリをして俺は懐から封筒を取り出し、乱暴に破って中身をテーブルの上の空いたスペースにバラまいた。


 大量の写真だ。


 それらの写真を見た男の目が驚愕に見開かれる。


 もっとよく見えるようにと、俺はテーブルを足裏で蹴るように押し込んで男の乗るソファーにピッタリとくっつくまで寄せてやる。

 そしてテーブルの上に乗ってしゃがみこみ、上から禿頭を見下ろす。


「理解が早いようで助かる。お前の妻だ。相手はお前の部下だ。この不始末、どうしてくれる?」


 事実を突き付け責任を問いつつ、用意してきた使い捨てカメラを取り出す。


 そして、上半身裸の若い女の胸に顔をのせながら、自身の妻と部下との不貞行為が写った写真にショックを受けたように愕然とする男の姿を撮影する。


 血の気が引いた絶望顔のカメラ目線の中年男がフラッシュで強く照らされた。


「もしも、お前が裏切者の妻と別れるために裁判を起こすというのなら、これらは証拠品として使えるし、必要であればもっと集めてくることも出来る。俺はお前の役に立てる男だ」

「えっ……? あっ……? えっ……?」

「さらにもしも、お前が俺を必要としないというのなら。今しがた撮影したこれはお前が裁判をするにせよ、しないにせよ、今後のお前の人生を大変不利なものにさせることだろう」

「なっ……⁉ なにが――」

「――なにが目的か。それは複雑なものではない。単にお前と仲良くなりに来ただけだ。俺のお願いを『なんでも』聞いてくれるくらいに仲良く、な」


 そこまでを聞いてようやく俺の意図が伝わったのだろう。

 男は俺の顏とテーブルの写真との間で忙しなく視線を何度も往復させながら、どちらも信じ難いものを見るような目で見ている。

 さて、素直に応じてくれればいいのだが。


「――し、しらない……っ!」

「あ?」

「き、君の言っていることは私にはわからないし、その写真の人物のことも私は知らない……っ!」


 まぁ、そう言うしかないだろうな。


 男は自分でも無理があるとわかっているのだろう。そんな嘘を吐いた後ろめたさからか、俺とは目を合わせないように下を向いている。


 さて、どう追い込むか。


 そんなことを考えながら、眼前に剥き出しの女の胸を置いて震える男を視ていると、ふと華蓮さんと目が合う。


 ひどく軽蔑した目で俺を見ている彼女から眼を逸らす。


 後ろめたさからではない。


 この男に首を縦に振らせてここから帰らせるまで、彼女と俺がグルであることを男に感づかせる訳にはいかないからだ。


 そうなれば彼女にも店にも迷惑をかける。


 この店に来る前の出来事を思い出す。

 闇の組織の中間管理職であるアスのことを。


 超常の存在であるあの男は、俺が攻撃を仕掛けるまで俺の存在になど気付いていなかった。

 鈍感だとか不注意だとか、そういう話ではない。

 あの男にとってただの人間である俺など気に留める価値もない矮小な存在なのだ。

 外を歩く時に足元に蟻が何匹いるかなどを常に気にして生活する人間など存在しない。

 それと同じ話だ。


 この場では俺もそのように振舞うようにする。


 知らない人間。


 それどころか僅かな興味・関心を向ける価値すらなくて、そこに居ることすら気に留まらない。彼女をそのように扱うことにする。


 極力彼女を意識から外すよう俺は男の方に注目する。


 男は俺を視界に入れないよう顔を逸らして俯いている。

 ソファーに仰向けに寝る華蓮さんに覆い被さっているのでその目の前には生乳だ。

 そしてその男を見下ろす形になる俺の視線の延長線上の行き止まりとなる場所も生乳だ。


 華蓮さんの目がゴミを見るような目になった気がしたが、今の俺に彼女は目に入っていないので気のせいだ。


 俺は見知らぬ中年男性とともにキャバ嬢の生乳を数秒程凝視する格好となっているが、これは立ち位置上仕方のないことである。

 下賤な女の矮小な胸など認識すらしていないので決してセクハラなどにはならない。

 後で文句を言われるだろうから、その時はそう言い張ろうと考えたが、だが待てよ――と思い留まる。


 一人の人物が脳裡に浮かぶ。


 その人物とは希咲 七海きさき ななみだ。


 矮小な胸の第一人者といえば希咲 七海であるというのが記憶に新しい。

 胸パッドだのおヌーブラだのとわけのわからない異物を補正下着の中に隠し、胸囲を捏造しているという事実が先日発覚した。


 偽造した谷間で針小棒大に胸を張り、肝心な部分が服で隠れているのをいいことに夜郎自大に堂々と振舞う。


 あいつがそんな卑劣な女であることは間違いがないが、形振り構わぬその姿勢とメンタリティ、そして徹底的で執拗なその手管と技術には一定の評価をしている。


 とはいえ、まさに矮小と称するのに相応しい。


 その点、華蓮さんの胸はどうだろうか。


 禿げた中年男性に圧し掛かられながらソファーに横たわる華蓮さんの胸を眼球に力を入れて注視する。


 仰向けに寝ているため胸肉が左右それぞれ外側に流れているので、記憶にある立位時のものに比べれば当然目減りはしている。

 しかしそれにも関わらず、その膨らみはわざわざ触って確かめる必要もなく見れば馬鹿でもわかるほどの存在感がある。


 果たしてこれは矮小と言えるのだろうか。


 それは無理があると考えを改めるべきだろう。


 今は任務中のためそのように振舞うしかない。

 だが常々廻夜部長から言われている。


『男児たるものおっぱいは上位存在として崇めるべきだと』


 宗教上の理由で改宗することは難しいと彼には都度断りを入れてはいるのだが、それでも上司が信仰する対象だ。最低限の敬意は払う必要がある。


 この場はこのまま矮小な部位として扱わせてもらうが、後で華蓮さんのおっぱいにはフォローを入れるべきだろう。


 おっぱいリスペクトだ。


……そんな話だったか?


 ショッピングモールでの戦いのせいでかなり消耗している。そのせいでどうも思考が鈍い。

 だが、問題はない。


 パフォーマンスが劣化していようとも、自分のコンディションが万全ではないということが自覚出来ていれば、それを前提に行動すればいいだけの話だ。


 これ以上疲弊をする前にこの男と話をつけるべきだろう。


 改めて男の様子を窺う。


 この怯え様だとあまり最初から強く脅しつけるのはやめた方がいいな。パニックになってコミュニケーション不能になる可能性が高い。

 医者をやっているくらいだ。頭は悪くないのだからしっかりとプレゼンをして利を説くべきだろう。


 そんな風に考えていると男が不審な動きを見せる。


 やたらと鼻息が荒く、何やらもどかしそうな風にもぞもぞと下半身を動かす。何かを隠すように上体を折り、そのせいで顏がより華蓮さんの胸部に近づく。

 至近で鼻息が吹きかかったのか、華蓮さんの肌が撥ねるように震えた。


(このスケベジジイ。随分と余裕じゃねえか)


 この様子なら多少無茶をしても大丈夫だろう。


 しかしその前にやることがある。


 先程華蓮さんの胸部についてああ考えはしたが、それでも最低限彼女の女性としての尊厳を守ってやる必要があると思ったからだ。


 俺はテーブルの上から写真を2枚拾い、それを華蓮さんの左右の乳房の上に1枚ずつ置いて隠すべきものを隠してやる。

 華蓮さんの口の端が派手に攣ったような気がしたが、これでいいだろう。


 こうすれば彼女が普段着用しているドレスと大して露出度は変わらないし、汚い中年オヤジの鼻息を防ぐことも出来る。さらに都合の悪い事実から目を逸らす男に見せるべき物も見せることが可能となる。

 様々な物事を同時に解決することが出来る非常に効率のいい一手だ。


 俺は自らの仕事に手応えを感じながら事を進める。


「もう一度よく見てみろ。その写真の男と女。本当に知らないのか?」

「し、しらない……っ!」

「本当にちゃんと見たのか? もっと近くでよく見てみろ」

「――ぅぶっ⁉」


 俺は男の後頭部を掴み顔面を写真にくっつく距離まで押し込む。

 あくまで不可抗力だが、そうすることによって中年男性の脂ぎった顔面が華蓮さんの胸の谷間に突っ込まれるような形になった。


 華蓮さんの身体がプルプルと震えている。きっと汚い中年親父に対する嫌悪感からだろう。

 仕方ないので男の頭を引き上げることにする。


「か、かんべんしてくれ……っ」

「そうか。俺の勘違いだったようだ。お楽しみのところ悪かったな」

「……えっ?」


 俺は話を打ち切る。

 すぐにこの場を辞そうと行動を起こし、その前に華蓮さんの胸の上の写真を回収しようと手を伸ばしたら彼女にガッと手首を掴まれ物凄い目で睨まれた。


「わ、私に何か用があったんじゃないのかね……?」


 フッと華蓮さんから目を逸らし、不審気に問う男の方へ顔を向ける。


「人違いだったようだ。そんなはずはないと思ったんだがな。だから念のため今度はこの写真に写っている奴らにこのカメラの中身を見てもらって、お前のことを知らないか訊いてみることにするよ」

「なっ――⁉」


 先程この部屋の中で撮影に使った使い捨てカメラをヒラヒラと振って男に強調する。


「その結果次第ではまたお前に会いに来ることもあるかもしれんが、俺よりも先にお前に用があると詰め寄る者がいるかもしれんな」

「ま、待ってくれ……っ!」

「どうした?」

「……わかった。話を聞こう……、何が望みなんだ……?」

「その言葉が聞きたかった」


 俺は意識して口の端だけを持ち上げて笑ってみせ、落ち着いて話が出来るようにと男に座るように勧める。

 男はソファーの上で不自然に体育座りになった。


「要求は……なんだね……?」

「なに。難しいことじゃない。先程言ったとおりだ。仲良くしよう。簡単な話だろ?」

「……金か?」

「そんなことを言ったか? 気になっていたんだが何故そんなに怯えている。まるで俺が脅迫でもしているみたいじゃないか」

「くっ……、ぐぅ……っ!」


 男は悔し気に俺を睨むが、しかし目が合うとすぐに目線を外す。侮蔑に値する気弱さだ。

 華蓮さんも軽蔑をするように睨んでいる。

 俺を。


「勘違いをするな。俺は『友達になろう』と、そう言っているんだ」

「と、ともだち、だと……?」

「そうだ。友達は助け合うものだ。例えば、お前は妻に隠れて不倫などされたら困るだろう? それも同じ病院で働く部下と。こんなことは決して許される話じゃない。そこでお前を不憫に思った俺はこうしてわざわざお前を助けるためにこの事実を持ってきてやったんだ。助かっただろう?」

「……それは、くっ……!」

「だから次はお前が俺を助けてくれればいい。金が欲しいかと聞いたな? それが俺の助けになるとお前が思うのならば、勝手に払えばいい。好きなだけ。もしもそれで俺の機嫌がよくなれば、またお前が喜ぶことをしてやろうという気になるかもしれないし、逆にお前が困ることはしないでおこうと考えるかもしれない。そうだろう?」

「…………わかった」

「聞き分けがよくて助かるよ。俺達気が合うな」

「だが……、犯罪は……っ! 犯罪に与することはできないっ。どうかそれだけは許して――」

「――おい。犯罪だと? お前には俺が犯罪者に見えるのか? もしかして俺をナメているのか?」

「ちっ、ちがうっ! そんなつもりじゃ……!」

「いいか? 俺を疑うな。友達を疑うなんて最低の行為だぞ。そんなことも知らんのか?」

「……わかった。わかったよ……」


 男は憔悴した様子でガクッと首を垂れた。

 構わずに俺は男に1台のスマホを投げ渡す。


「連絡用だ。それを使え。足がつかないようになっているらしい」

「う、うぅ……っ」

「俺への連絡先だけ入っている。連絡は極力電話のみだ。一応メールとedgeも入れてあるが使ったら履歴は消せ。文章を残すなよ」


 男がスマホの電源を入れると待ち受けには彼の妻の不貞の証拠写真が表示され、声を引き攣らせた彼はスマホを取り落とす。


「大事に扱え。連絡がとれなくなったら、心配した俺がお前の妻に安否を確認しに行くかもしれんぞ」

「あ……、あぁ……、私はもう終わりだ……」

「そんなことを言うなよ。悲しくなるだろ? なに、心配するな。お前を困らせるものは俺が排除してやる。機嫌がよかったらな」

「私に、なにをさせるつもりなんだ……?」

「なにも。今は特に困っていることはない。必要になった時に何か頼むことがあるかもしれんから、その時はよろしく頼むぞ」

「……なんで、こんなことに……」

「言えた立場かよ。こんな場末で下賤な商売女相手にお前も不貞を働いているだろうが」


 横顔に途轍もない怨嗟をこめられた視線が刺さる。

 親の仇を見るような目で華蓮さんが睨んでいる。


 どうも『商売女』がまずかったようだ。

 演出のためとはいえ言い過ぎたか。後でおっぱい諸共フォローをしよう。


 彼女の視線から逃れるために俺はテーブルを降りて、元の位置に戻す。そうしているとこの短時間でかなり老け込んだ様子の男から力ない言葉がかけられる。


「わかったよ……。話はそれだけかい?」

「あぁ。俺の話はな」

「……? まぁいい。それならもう出て行ってくれないかな? 少し気を落ち着かせて考えをまとめたい」

「あぁ。構わんぞ。俺はな。だがいいのか?」

「えっ?」


 再び男の顏が不安に染まる。


「……さっきから引っ掛かる物言いだね? 話はもう終わりだって……」

「言葉どおりだ。俺の話はもう終わっている。だが、お前はまだ俺に話があるんじゃないのか?」

「ど、どういう意味だ……?」

「……そういえば、俺はこの後予定があってな」

「そ、それならなおさら――」

「――ポートパークホテル美景、702号室」

「――え?」

「その部屋に今日、予約が入っているそうだ。飯田 誠一の名前でな」

「なっ――⁉」


 驚愕に目を見開き固まる男に淡々と予定を告げていく。


「恐らくそこにお前の妻もいるだろう。これからちょっとお邪魔をしてな、彼らとも仲良くなろうかと、そう考えているんだ」

「まっ、待てっ……! それは……っ!」

「友達は多い方がいいからな。違うか?」

「な、なにを……! 私はどうすればいい……っ⁉」


 一転して取り縋るように引き留めてくる男に俺は一定の満足感を得た。


「それはお前が考えろ。言っただろ? 話があるのはお前の方なんじゃないかって」


 言いながらドカッとテーブルの上に腰を下ろしゆっくりと足を組む。


「聞かせてくれるんだろう? 俺がここに長居してもいいと思えるような『楽しい話』を……」


 組んだ足の先を男の足にギリギリ触れないようプラプラと揺らす。


「お偉いお医者さまなんだってな? 期待してるよ。素晴らしいプレゼンを――」


 男の顏が絶望に染まった――



 華蓮さんは汚物を見るような目で俺を見ていた。

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