俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章54 drift to the DEAD BLUE ⑩

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 子供みたいにケンカを始めた男どもを希咲は胡乱な瞳で見る。


「聖人は後。まずは蛮、あんたよ」

「…………」
「……なんだよ」

「あんたが大体正しい。でもアツくなりすぎっ」

「そうは言うが、このバカがあんまりにも聞き分けねェからよぉ……」
「そんな言い方――っ⁉」

「――聖人っ! だまれ!」

「――っ⁉」


 勝手に発言したことをギャルに怒られたイケメンは再び気をつけの姿勢をとる。


「ヘッ、ザマァねェな。七海もこう言ってんだろ? オマエが間違って――」

「…………」

「……な、なんだよ?」


 俄然調子づいて聖人を煽ろうとした蛭子だったが、希咲にジロリと睨まれて言葉を呑み込んだ。


「……まだ言うなって言ったわよね?」

「ゔっ――⁉」


 昔の災害が何故起きたかという話だ。

 少し前に喋りかけて、まだ聖人に知らせるのは危険だからと聖人の父から止められている旨を説明されていた。


「だからゆったじゃん。絶対こうなるって思った」

「そ、それは…………、わ、悪かったよ……」
「七海っ。さっきは流したけど、僕に隠し事をしないでくれ! 僕だって――」

「…………」

「…………」
「…………」


 お喋り禁止の命令を再び破って果敢に抗議をしようとするも、希咲に睨まれると聖人は途端に勢いを失う。可愛いギャルの眼力は凄まじく、隣に立つ蛭子くんもつい畏まってしまった。


「僕だって、なに……?」

「いや……、その、もう子供じゃないし、ちゃんと……」

「ちゃんと、なに……?」

「えっと、その……」


 しどろもどろになる聖人に希咲は表情をコロッと一転させ、ニコっとパーフェクトスマイルを作った。

 当事者でない蛭子くんも一緒にダラダラと汗を流す。


「ちゃんとアツくなって、ちゃんとケンカしたわね?」

「ゔっ⁉ そ、それは……っ」

「えー? 紅月クンってぇ、やっぱ色々スゴイってゆーかぁ、頼れるってゆーかぁ? やっぱりカッコいいよねぇ~――」

「…………」


 希咲はそこで言葉を切ってスッと表情を落とす。


「――って、あたしも言えばいいわけ?」

「…………」

「で?」

「……ゴメン。僕たちが悪かったよ。蛮もゴメン。蛮が郭宮や陰陽府を擁護してるわけじゃないのはわかってるよ」
「……オレも言い過ぎた。ワリィ」


 ようやく冷静になり謝罪しあう男どもに希咲は盛大な溜息を吐き、それからまた蛭子へジト目を向ける。

 先程同様に咎める種類の目だが、先よりはやや呆れの色が強い。

 その視線の意味に心当たりのあった蛭子はまた息を呑み、そして頬を引きつらせた。


 希咲はそんな彼から目を逸らし、聖人の方へ努めて穏やかな目を向けた。


「あのね、聖人。あたしも蛮の言ってたことが概ね正しいと思うわ」

「……うん」

「あんたが間違ってるとまでは言わない。でもやっぱり順番は大事だと思うの。あんたが今立ってる場所を考えたらまずやらなきゃいけないこと――わかるわよね?」

「ゴメン」


 重ねられた謝罪にもう一度溜め息をつき、それから自分の中で意識してスイッチを一つ入れる。


「今からしんどいこと言うわよ?」

「う、うん」

「あんたさ、ここのこととか、紅月のこと、郭宮や学園に、業界のこと。確かにあたしたちはあんたに隠してたけど、でも知ろうと思えばこれまでに自分で知ることはあんたには出来たわよね?」

「そ、それは……」

「でも、あんたは自分の家のことに興味を向けずに、外の世界で悪を探すことに夢中になってた。さっきも言ったけど間違ってるとまでは思ってないわ。あんたのいいとこでもあるって、あたしもそう思ってる。それで救われた子もいる。実際リィゼがそうだしね」

「…………」


 言いづらいこと、言いたくないことを口にする時は勢いが必要だ。

 だが、それに身を任せてしまえば不要に声を荒げてしまうことにもなる。

 そうはならないように希咲はなるべくゆっくりと口を動かし、一つ一つの言葉を確かに舌にのせる。

 アドレナリンが足りないせいで、ジクリと自分の胸の奥が痛んだ。


「あんたにはまずしなきゃいけない役目があった。でもそれを疎かにしたおかげで救われた人もいる。これって美景の龍脈の話と一緒よね? “たられば”で今ここに居る人を切り捨てられないでしょ? そんなことリィゼに言える?」

「……リィゼ、僕は……」

「いいんですの。貴方の心の向くままに」

「……この子はこうやってあんたのやることを否定しないわ。でもそれに甘えてちゃダメよ。向こうでならともかく、この子はまだこっちのことちゃんと知らない。日本で一般人がどう考えてどう振舞うのが普通なのかとか。それを踏まえた判断が出来るようになるのはもうちょっとかかると思うわ」

「ナナミ、無礼ですわよ。わたくしは王宮で英才教育を受けました。それはどこの国にいようとも――」

「――紅茶、ヘアケア、枕カバー……、トイレの話もする?」

「マサト。ナナミの言うことはきちんと聞くべきですわ」

「あ、あはは……」


 高速で掌を返した王女様に苦笑いを浮かべる聖人へ、希咲は続ける。


「この子はこうだし、真刀錵はあんたが何をやろうと黙って刃物持って着いてくる。みらいはあんたが起こす騒ぎを面白がってる。でも、あたしと蛮、それからあんたのパパはそれでいいとは思ってない」

「どうして?」

「確かにあんたは自分の正義に従ってそれで結果を出してきた。それは認める。感謝もしてる。その結果としてガッコの子たちとかこれまでに関わった人の多くがあんたを信頼してるし、認めてる。あたしたちだってそう。あんたが居なかったら多分全員そろって今ここにいない。去年のトラブルから帰ってこられなかった。これは本心よ」

「じゃあ――」

「――でもね? それがいつまでも続くとは思えないのよ。一つの失敗もなく成功し続けて、絶対に勝ち続ける人なんていないでしょ?」

「それは、そうだね……」


 言葉とは裏腹に納得はしていなさそうな聖人の表情を盗み見ながら話す。

 彼には自信と自負がある。

 そしてそれを裏付ける結果もある。

 だが、彼の友人として、幼馴染として、そして仲間として。

 それで済ませるわけにはいかないのだ。

 全員で妄信して肯定し続けるわけにはいかない。

 それでは宗教集団だ。


「……さっきのあたしと蛮の話にも出たでしょ? 挫折をするまでは成功し続ける。でも最初のたった一回の失敗が取り返しのつかないことになるかもしれないって。あたしと蛮、あとパパも。それを心配してるの」

「……うん。わかってる」

「あたしたちさ。もう高校生になっちゃったね。関わる人も増えて、行ける場所も増えて、遠くまで行けるようになった」

「……なんで今そんな話を」

「気付いてるでしょ? その分関わる話が大きくなって、巻き込まれるトラブルもどんどんヤバイものになってる。去年のアレは偶然の要素が多いかもだけど、でもアレを経験しちゃったらこれから先に起こるかもしれないことに――そんなことあるわけないってカンタンには言えないわよね? 今まで負けたことがないからって、次も何が起きても絶対に勝てるなんてことも、言えないわよね?」

「……そうだね」

「あんたが強いのは知ってる。去年よりもっと強くなったことも知ってる。あんたより強いヤツなんて知らない。でも、だからってなんでもかんでも立ち向かっていって、それで一回も負けることなく、一回も間違えることもなく、永遠に勝ち続ける。そんなの神さまにでもならなきゃムリよ。聖人、あんたは神さまなの?」

「……ちがう。僕は、人間だ」

「そうね。確かに災害を起こしたヤツらはヒドイヤツらだし、人がいっぱい死んじゃったのもとてもヒドイことだと思うわ。あたしも生まれたのは災害の後だし、外から来た人間でもあるけど、でも、そう思う。だけどさ、それやったヤツら引っ叩いたってカタキ討ちにしかなんないじゃん? 一人も生き返ったりしない。そうよね?」

「……うん。僕も敵討ちがしたいわけじゃない」

「そ。でもさ? もしあたしたちがここでやることサボっちゃってまた同じことが起きたら、その時に死んじゃう人には、もう死んじゃった人たちの遺族だっているのよ。それって昔に死んじゃった人にとって一番サイテーなことだって思わない?」

「…………」


 俯く彼の顔に罪悪感を覚えながら、手を緩めそうになる自分を叱咤して、必要なことを伝えるのを自分自身にやめさせない。


「順番。まずは目の前の一番やらなきゃいけないことしよ? 次のことはそれが終わってから。そうしてやることやってったら他のことに手を伸ばせる余裕が出来るでしょ? じゃないと、いつまでも『あれやらなきゃ、これやらなきゃ』ってテンパっちゃって、どうにもならなくてイライラして、あたしたち同士でずっとケンカすることになっちゃうわよ? わかるでしょ?」

「……わかる。いや、わかった。七海の言うとおりだよ。ゴメン……」

「ん」


 理解を示し納得をしてくれた彼に、希咲はわかりやすく緊張と表情を緩めてみせて微笑む。


 こうして言い負かして納得させることに、果たしてどれだけの意味があるのだろうと――心の底で思いながら。


 きっと正論を並べて他人の反論をする口を塞いだところで、人を変えることは出来ないし変わらない。

 そうしようと思うことはきっと傲慢なことなのだと。


 そんなことを考えながらしかしそれは顔には出さず、続けて他の女子たちにジト目を向ける。冗談めかしているように、そう見えるように。


「あんたたちも。たまにはコイツを止めなさいよね」

「すまない。七海」
「あの、ナナミ……、わたくし……」

「あー、もうっ。怒ってるわけじゃないからガチでヘコむな」


 消沈するマリア=リィーゼにフォローを入れてから望莱に顔を向ける。

 彼女は何も喋らず、ただいつものようにニコッと笑った。

 それに呆れてみせて、それでスルーする。


 ある意味一番難しくて、一番厄介な子だ。

 順番がある。

 だから今は手を出すべきではないと、誤魔化されてあげることにした。


 それから蛭子をまた咎めるような目で見る。今度はさっきよりももっと軽く。


「……七海、ワリィ。オレが――」

「――うっさい! 言い訳すんな!」


 罪悪感を滲ませた顔をする彼に喋らせず一喝して手打ちにしてやる。


「蛮、僕が悪いんだよ。いつも心配して言ってくれてるのはわかってるんだ。でもつい熱くなっちゃって……」

「それは言いっこなしだ。オレの役目だと思ってるし、それになんだかんだ最後にはオマエに頼ってきた。オレがもっとしっかり――」

「――だぁーっ! いつまでやってんの! もうおわりっ!」


 言いながらデカイ図体を並べて謝り大会を続けようとする男どもの背後に回る。

 そして二人のお尻をパンっと軽快な音を立てて引っ叩いた。


 痛みはなく、その音に驚き二人は目を丸くして言葉を止めた。


 希咲はおどけたような仕草で二人の間に立ち、そして両手を彼らの肩にそれぞれ掛けた。


「男のくせにウジウジすんな! ほらっ、歩けっ! そんで座れ!」

「うおっ⁉」
「わっ⁉」

「一番大事な話がこれからでしょ? ご飯も食べなきゃだし。ほら、はやくはやくっ!」

「わ、わーったよ」
「お、おさないでってば」


 ワタワタと慌てる彼らにイタズラげに笑いながらグイグイと肩を押す。

 押してるつもりで体重をかけているだけにしかなっていないかもしれない。


 出会った頃は同じくらいの身長だった彼らは、今では自分よりもずっと身体が大きい。こうしてめいっぱい腕を伸ばさなければ肩を組んで歩くことも出来なくなってしまった。


 でも、幾つもの偶然が重ならなければ自分だけはここには居なかったかもしれない。


 今日ここまで話していたのは彼らの世界の話だ。

 彼らのような特殊な家系ではない希咲は、本来は文字通り生まれも違ければ棲む世界も違う。

 マリア=リィーゼは少し例外だが、それでも希咲だけが違う。


 奇妙な縁で出会い、奇妙な縁が続いてしまって自分もここに居る。

 しかし、ずっとそうでなければいけないわけではない。

 そうしなければならない理由も本来はない。


 きっと自分だけが彼らと価値観が違う。


 なんだかんだ言いつつも、彼らは業界の人だ。

 業界を否定したり憤ってみたりしていても、外側の希咲からしてみるとやはり“そっち側”だと感じてしまう。


 聖人に異論を述べる蛭子でさえもそうだ。

 彼は議論が行き詰る所まで行き詰ってしまえば、最終的には折れてしまう。


 だから、もしも自分がここに居ることに、彼らの輪の中に居ることに何か意味があるのなら。

 彼らとは違う価値観や感覚を持つ自分が、彼らを止めてあげることなのだと、そういった役目なのだと希咲はそう思った。

 そう思ってきたし、思うことにしてきた。


 一方で、いつも心のどこかで、たまには誰かが代わってくれてもいいのに。


 そんな思いもあった。


 思考にも満たない小さな小さな、大きくしてはいけない思い。


 嫌いなわけでもない相手を否定するのにはエネルギーを使う。

 感情的にそうするのではなく理性的に必要に駆られて。これからも共に居る者にそうするのは心が擦り減る。


 でも誰かに代わってもらうということは、この苦しみを他人に押し付けることとイコールだ。


 だから、心の底に押し込んで何でもないような顔をして、気付かないフリをする。

 そんな不細工ブスな自分に気付かないフリをする。


 問題はいつも山積みで、同時に全てには触れられないから、順番をつけて一個一個片付けていく。


 片付けても片付けてもいつまで経っても心は散らかったままで。

 減るどころか増えていっていることに気が付かないフリをして。


 余裕などいつまでも出来ないことを知りながら。


 いつか来るとわかっている破綻から手を引き寄せて遠ざけて、目の前のものだけに爪をたてる。

 キレイに整えた爪はそうして割れてヒビ割れて、先に伸ばせばまた形が崩れる。それをまたヤスリで削って磨り減らして整え繕う。それを繰り返す。何度も何度も何時までも。


 終わらせる権利は自分が持っていて、それに気付かないフリをして、代わりに誰かが使ってくれないかと心の何処かで願いながら恐れる。

 それを顔に出さぬよういつもキレイに見えるように繕いながら。


 悪癖という名の自分の性質。


 良いところも悪いところも両方あって一つの存在。


 自慢ではないが、自分は器用に色々なことが出来る。


 どれだけ頑張って出来ることを増やし、良いところを増やしたとしても――


 陰と陽。


 それが真実なのだとしたら、悪いところは一生つき纏って無くなることは決してないのだ。



 どれだけ身綺麗に見目を取り繕おうとも――



――化粧ポーチの中はいつだってグチャグチャだ。
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