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第111話 異世界の歯医者

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 森の手形を持って森の中を移動するとほんの数時間後、大きな道に出た。時刻はまだ昼前だ。もう森の手形の効果は効かないようなのでスマホにしまい、管理をドルイドの眷属に頼んでおいた。

 こんな場所まで来たが、はっきり言って今の場所はよくわかっていない。本当に突然森が拓けたと思ったら道に出たのだ。とりあえず今は道沿いに進むことしかできない。不安なまま道を進んでいくとちょっとした村…いや、村よりもちょっと大きいくらいの街だろうか。そんな場所にたどり着いた。

 どうやら交易が盛んなようで遠目からでも多くの人々が目に入る。とりあえず情報収集も兼ねてその街に入る。情報収集はマックたちに任せて、俺は銘酒ドワーフ殺しのせいで二日酔いのガーグと共にそこら辺の飯屋に入る。ゆっくりできそうな飯屋のため、少し値は張るかと思いきやなかなかにリーズナブルだ。

 ガーグはひどい二日酔いの状態で、何も飯が喉を通らなそうなので放っておき、俺は普通に飯でも食べながらゆっくりとマックたちを待っている。それからしばらくして1時間ほど経った頃だろうか、ようやくマックたちが戻って来た。表情から察するにどうやらうまく行ったようだ。

「すごいぞ、ここは俺たちが冬を過ごそうと目的としている国の手前の村だ。ここから1週間もかからずに辿り着くぞ。」

「おお!じゃあ何の問題もなくことが進んだってことか。手形のおかげだな。」

 本来なら後もう1~2週間ほどかかるかと考えていたが、それが一気に短縮できたらしい。もう急ぐ必要もないので少しこの村でゆっくりしてから移動することとなりそうだ。

「他には面白そうな情報はないのか?」

「う~ん…ここは交易も盛んな方だが、あくまで中継地点だからこれから向かう国にたどり着けば同じものがいくらでもあるぞ。」

「あ、面白い店ならあったっすよ。何でも歯を専門とする医者がいるらしいっす。」

「歯を専門って…ただの歯医者じゃん。それのどこが面白いんだ?」

 俺は全く面白そうでも何でもないが、マックたちは実に不思議なことを聞いたような表情をしている。マックたちから話を聞くと何でもこの世界には歯医者がないそうだ。そもそもたとえ歯が欠けても魔力による自然治癒で元どおりに治る。虫歯になっても魔力を強く込めれば大体は治ってしまう。よっぽどの時は抜いてしまってから魔力で歯を再び生やすらしい。

「え?じゃあ歯医者なんていらないじゃん。その店は何であるんだ?」

「だから面白い話なんだろう。そんな金にならないことをしたところで商売になるはずがない。」

 確かに面白い話だ。割と興味が湧いて来たな。考えてみれば俺は魔力がないから歯医者は必要だ。まあいざという時は金を払って誰かに回復魔法をかけてもらうこともできる。しかし歯医者がいるなら一度ちゃんと見てもらった方が良いかもしれない。

 なんせこの世界に来てからと言うもの生活がガラリと変わった。その影響が歯にも出ているかもしれない。それに昔治療した虫歯の部分の被せ物のチェックとか色々してもらいたい。あ、でもその辺は厳しいかもな。この世界の治療になるわけだし。

「ケック、その歯医者の場所わかるか?ちょっとこの後行ってみるわ。」

「お、チャレンジャーっすね。護衛がてら道案内するっす。」

 マックたちが昼食をとり終えるのを待ってから俺はケックとともに噂の歯医者へと向かう。やはり医者というと金持ちというイメージが強い。そのため店も大通り沿いにあるのかと思いきや、1本も2本も横道に逸れた場所にひっそりと建っていた。

「…おい、本当にここか?」

「……こ、ここっす。多分…」

 どんなにお世辞を言おうと頑張っても無理だ。汚い、あばら家、隙間風がすごそう、まず人住んでんの?言葉にしたらいくらでも悪口が言えそうだ。とてもじゃないが医者がいるとは思えない。しかし看板にはこちらの世界の言葉でちゃんと歯医者と書かれている。

「とりあえず入るわ。物取りの可能性もあるからちゃんと中までついてきてよ。」

「了解っす。」

 明らかの歪んだ扉に手をかける。その扉は歪みすぎていてなかなか開けるのが大変だ。硬くて開けられないとかではなく、壊しそうで開けられないという感じだ。その扉を開けると中には白い清潔そうな服を着た男が立っていた。

「いらっしゃいませ、お二人ですか?」

「いや、見てもらうのは俺だけです。」

 それではどうぞとリクライニングができる木の椅子に座らせる。いや、この椅子大丈夫か?座った瞬間ミシミシミシッって音がしたけど。椅子が壊れないかマジで怖い。本当にこの椅子壊れないよね?触ったら木屑がボロボロ出るんだけど。

「それでは大きく口を開けてください。はい、そのくらいで大丈夫ですよ。…なかなか綺麗にお手入れされていますね。しかし少し歯石があるのでそこだけ綺麗にしま……治療痕?」

 医者の男は俺の口の中の虫歯の治療痕を見て動きを止めた。そっか、この世界では虫歯の治療をしている奴なんていない。だからそんなものを見ること自体が初めてなんだ。でもあれ?初めて見たのに何で治療痕ってわかるんだ?普通ならこれは何だってなるはずなのに。

「もしかして…あなた日本人ですか?」

「ほおよお…あ、ども。そういうあなたももしかして…」

「ええ!そうですそうです!!私日本人です!よかったぁ…私以外にもいたんだぁ……」

 男は感極まって泣いている。よほど嬉しかったのだろう。確かに一人見ず知らずの土地に放り出されてこんな場所で暮らしていたらこうなってしまうこともよくわかる。わかるのだがとりあえず一回起き上がってからでもいいか?椅子が壊れそうで怖いんだ。

 男にとりあえず飲み物を渡して一度落ち着くのを待つ。しばらくすると男はようやく泣き止んだ。それからは質問攻めだ。どうしてこの世界に来たのか、どうしたら良いのか。しかしそんなことを聞かれても俺もわからないしどうしようもできない。再び落ち着かせると男は自分語りを始めた。

「私は見ての通り歯医者です。向こうの世界にいた頃から歯医者でした。そしてある時こちらの世界に来たんです。見ず知らずの土地でどうして良いかわからなくなった私はとりあえず自分にできることをやろうと思い、こちらでも歯医者を始めたのですがどうもうまくいかず…」

「まあこの家じゃあ…それにこの世界の人たちは医者いらずですからね。」

「ええ、それもこの店を始めてから知りました。冷やかしの客に教えられているような男です。それでも私には他にできることがないのでこの仕事を続けたんです。それにこの世界でも歯医者はやっていけるという自信があるんです!」

 男はそういうと席を立ち上がりおもむろに木の板を持って来た。一体何なのかと思っていたらどうやらそれは男にとってのメモ帳のようだ。

「この世界での歯医者の役割は二つあります。それは歯石の除去と歯の矯正です。この世界でも歯を失ってしまうことはあるんです。それは歯石が溜まることによって起こる歯槽膿漏によるものです。どうやら歯槽膿漏が起きると歯は生えなくなってしまうようなのです。高齢の方は歯がほとんどありません。」

「そ、そうなんですか。それが本当かは俺はわからないですけど…ケックはわかるか?」

「シソウノウロウ?ってのはわからないっすけど、確かに爺さんで歯が無いのはいるっすね。まあそれも教会で強めの回復魔法かければ生えてくるっすよ。金がかかるんでやらないっすけど。」

 事実らしいな。ちなみにこの男は街で人々を見て回ってそれを知ったらしい。どうしたら歯医者として成功するか調べに調べたのだろう。それなりに根気の入りそうなことだが、なかなかガッツのある男のようだ。

「一番大事なのは歯の矯正です。特に冒険者の方は歯並びの悪い方が多い。力を込めるような職業、アスリートの方々は歯をとても大事にします。ちょっとした噛み合わせのズレでもコンディションに影響します。これは間違いなく売れるはずです。」

「歯の矯正か。俺は生まれつき歯並び良いからわかんないけど、そんな話は聞いたことあるな。ボクサーなんか虫歯の治療をするのも一苦労らしいし。どうだケック、歯並び直すのは売れそうか?」

「どこまで治るかによるっすけど、それは売れそうっすね。歯並び悪い冒険者が一度自分の歯を全部抜いて歯並び直した話もあるぐらいっすから。歯が良く無いと力が入らないってガーグも言ってたっす。」

 なるほどなるほど、それは確かに売れそうな予感はするな。この世界でも歯医者はそれなりにやっていけそうな気がする。しかし正直なことを言えばそんなことよりも気になることがある。

「だったら一回他のことで金を稼いでから歯医者を開業した方が良いんじゃ無いか?例えば……あんたに宿っている特別な力で。」

 そうだ、こいつも異世界人。だったらこいつもカイのように何かチートな力を持っているはずだ。それを使えば何とでもなりそうだ。それにこいつは医者だから頭が良い。カイのように無謀なことをせずにその力で好きなようにすることだってできるはずだ。

「ああ!あなたも持っているんですね。そうなんですよ、なんかすごい力を貰ったらしいのですが実は私、その力全然使えなくて…」

「え?使えないなんてことあるんですか?」

「あ…完全に使えないわけじゃ無いんです。ただ私には全く合っていなくて。見て見ますか?」

 そういうと男はおもむろに何かを始めた。もしもの時のことを考えケックには臨戦態勢に入ってもらう。こちらを油断させてから襲いかかるという戦略も十分考えられる。男は手をもみあわせ、力を込めた。そして次の瞬間、手を開くと灰色の何かが現れた。

「どうですか?」

「え?どうですかって…これは何です?」

「ゾウです!」

 ゾウ?もう何を言っているか意味がわからない。その場を静寂が包む。そんな中男がゾウだという謎の物体がうごめいている。何だろ、これ見ていると精神やられそうな気がする。

「す、すみません…これが私の能力なんです。自分の想像したものを見せることができる幻影の能力なのですが、私は想像力というのが乏しくて。だから使えないんです。」

「あ、ああなるほど。そういうことでしたか。それは何というか…御愁傷様です。」

 えもいわれぬ雰囲気が漂う。どうしよう、なんかものすごく悪いことした気分。そんな中ポチがスマホからでてきて俺のズボンの裾を引く。そ、そう言えば今の俺にはそれ以外にもやるべきことがあるんだったな。

「もしもよかったらその能力を売ってもらえませんか?」

「売る…ですか。そんなことが可能なんですか?」

「俺もやったことはないんですができるそうなんです。お値段はそうですね…金貨1000枚でどうですか?」

 そういうと男は無表情でこちらを見てくる。やばい、これは怒らせたな。いくら使えない能力だとしてもそれは今使えないだけだ。これからやりようによってはいくらでも使えるようになるだろう。結局努力次第なのだ。そんな可能性を秘めている力を金貨1000枚で売る気はしないのだろう。

「も、もちろんこれは前金です。さらに…この先の国で開業しませんか?そこまでの護衛費と開業費用はこちらで持ちましょう。あ、どうせならうちも次の国に支店を作るのでそこの店舗と併設しましょう。お互いに宣伝にもなって良いと思うんですが…どうでしょう。」

「そ、そこまでしていただけるんですか…正直私は金貨1000枚ですら貰い過ぎだと思ったのに…是非ともお願いします。そこまでしていただけるのであればこんな能力いくらでも差し上げますとも。」

 あ、驚きすぎて表情に出なかっただけか。なんかうまいことやられた気がする、というかやっちまった、けどまあいいか。うちにも旨味は十分出るはずだ。話はまとまったので契約書を作り、話をまとめる。これでひとまず俺のスマホの力も戻りそうだ。

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