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第3話 体育は敵、そして視線は罠
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更衣室の前で、俺は完全に停止していた。
扉一枚隔てた向こう側から、
笑い声や雑談が漏れてくる。
(……無理)
理屈では分かっている。
この世界では、俺は“女子”だ。
入っても問題はない。誰も疑わない。
――でも、俺が疑ってる。
「佐倉さん?」
背後から、落ち着いた声。
振り返ると、そこにいたのは宮坂 彩音だった。
「……まだ着替えてないの?」
「……あ、ああ」
曖昧に頷く。
彩音は少し首をかしげた。
「……緊張、してる?」
昨日も、同じことを言われた気がする。
「……まあ、ちょっと」
「大丈夫だよ。
最初はみんなそんな感じだから」
“みんな”。
その言葉が、胸に刺さる。
(俺は“最初”じゃないんだよ……)
流れに逆らえず、更衣室に入る。
視線が、一瞬集まる。
だがすぐに、
誰も気にしていないように各々の準備に戻る。
(……誰も見てない。
誰も、見てない)
自分に言い聞かせる。
だが――
(……距離、近くない?)
女子同士の距離感が、
元男子の俺には近すぎる。
肩が触れそうで、
息がかかりそうで、
無駄に意識してしまう自分に、腹が立つ。
(落ち着け。
変なこと考えるな。
これは日常だ)
着替えは、何とか終えた。
心拍数は、明らかに異常だったが。
体育は、持久走だった。
「よーい、スタート!」
笛が鳴る。
(……走るのは、得意だったんだけどな)
体が違う。
歩幅も、呼吸も、
全部、ズレている。
「佐倉さん、無理しないで!」
誰かの声が飛ぶ。
「は、はい……」
返事の声が、やっぱり高い。
(……この声、まだ慣れない)
走りながら、
視線を感じる。
好奇の視線。
好意の視線。
――評価の視線。
(俺、今までこんなの、向けられたことなかった)
男子だった頃、
存在感は空気だった。
それが今は、
何もしなくても“見られる側”。
それが、怖い。
体育が終わり、
再び更衣室。
今度は、
入る前から足が震えた。
――その時。
「佐倉さん」
彩音だった。
「……大丈夫?」
「……何が?」
「さっきから、ずっと」
言葉を探すように、
彩音は少し間を置く。
「……動きが、ぎこちない」
心臓が跳ねる。
「それに……」
視線が、一瞬だけ、俺の手元に落ちる。
「……無意識に、
“慣れてない動作”をしてる気がする」
「…………」
言葉が、出ない。
彩音は慌てたように首を振った。
「ごめん、変なこと言ったね!
気のせいだと思う」
だが、その表情は、
さっきまでとは違っていた。
――納得していない。
更衣室の中。
着替えを終え、
鏡の前に立つ。
(……バレた?)
いや、まだだ。
証拠はない。説明もない。
だが――
気づく人間は、いる。
教室へ戻る途中、
彩音が並んで歩いてきた。
「佐倉さん」
「……なに?」
「その……」
一瞬、言い淀む。
「前から知ってる人、
……いない?」
その質問は、
軽い雑談の形をしていて、
しかし核心に近かった。
「……どうして?」
「雰囲気がね」
彩音は、まっすぐ前を見たまま言う。
「“昨日までここにいた人”みたいに、
見える時がある」
俺は、笑うことも、
誤魔化すこともできなかった。
「……気のせいだよ」
やっと、それだけ言った。
彩音は、少しだけ寂しそうに笑った。
「……そっか」
だがその目は、
確かに、疑問を抱いたままだった。
――この学園生活は、
俺が思っているほど、
安全じゃないのかもしれない。
世界は、
俺を女子として受け入れている。
でも――
人の目までは、完全には騙せない。
扉一枚隔てた向こう側から、
笑い声や雑談が漏れてくる。
(……無理)
理屈では分かっている。
この世界では、俺は“女子”だ。
入っても問題はない。誰も疑わない。
――でも、俺が疑ってる。
「佐倉さん?」
背後から、落ち着いた声。
振り返ると、そこにいたのは宮坂 彩音だった。
「……まだ着替えてないの?」
「……あ、ああ」
曖昧に頷く。
彩音は少し首をかしげた。
「……緊張、してる?」
昨日も、同じことを言われた気がする。
「……まあ、ちょっと」
「大丈夫だよ。
最初はみんなそんな感じだから」
“みんな”。
その言葉が、胸に刺さる。
(俺は“最初”じゃないんだよ……)
流れに逆らえず、更衣室に入る。
視線が、一瞬集まる。
だがすぐに、
誰も気にしていないように各々の準備に戻る。
(……誰も見てない。
誰も、見てない)
自分に言い聞かせる。
だが――
(……距離、近くない?)
女子同士の距離感が、
元男子の俺には近すぎる。
肩が触れそうで、
息がかかりそうで、
無駄に意識してしまう自分に、腹が立つ。
(落ち着け。
変なこと考えるな。
これは日常だ)
着替えは、何とか終えた。
心拍数は、明らかに異常だったが。
体育は、持久走だった。
「よーい、スタート!」
笛が鳴る。
(……走るのは、得意だったんだけどな)
体が違う。
歩幅も、呼吸も、
全部、ズレている。
「佐倉さん、無理しないで!」
誰かの声が飛ぶ。
「は、はい……」
返事の声が、やっぱり高い。
(……この声、まだ慣れない)
走りながら、
視線を感じる。
好奇の視線。
好意の視線。
――評価の視線。
(俺、今までこんなの、向けられたことなかった)
男子だった頃、
存在感は空気だった。
それが今は、
何もしなくても“見られる側”。
それが、怖い。
体育が終わり、
再び更衣室。
今度は、
入る前から足が震えた。
――その時。
「佐倉さん」
彩音だった。
「……大丈夫?」
「……何が?」
「さっきから、ずっと」
言葉を探すように、
彩音は少し間を置く。
「……動きが、ぎこちない」
心臓が跳ねる。
「それに……」
視線が、一瞬だけ、俺の手元に落ちる。
「……無意識に、
“慣れてない動作”をしてる気がする」
「…………」
言葉が、出ない。
彩音は慌てたように首を振った。
「ごめん、変なこと言ったね!
気のせいだと思う」
だが、その表情は、
さっきまでとは違っていた。
――納得していない。
更衣室の中。
着替えを終え、
鏡の前に立つ。
(……バレた?)
いや、まだだ。
証拠はない。説明もない。
だが――
気づく人間は、いる。
教室へ戻る途中、
彩音が並んで歩いてきた。
「佐倉さん」
「……なに?」
「その……」
一瞬、言い淀む。
「前から知ってる人、
……いない?」
その質問は、
軽い雑談の形をしていて、
しかし核心に近かった。
「……どうして?」
「雰囲気がね」
彩音は、まっすぐ前を見たまま言う。
「“昨日までここにいた人”みたいに、
見える時がある」
俺は、笑うことも、
誤魔化すこともできなかった。
「……気のせいだよ」
やっと、それだけ言った。
彩音は、少しだけ寂しそうに笑った。
「……そっか」
だがその目は、
確かに、疑問を抱いたままだった。
――この学園生活は、
俺が思っているほど、
安全じゃないのかもしれない。
世界は、
俺を女子として受け入れている。
でも――
人の目までは、完全には騙せない。
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