『中身は俺のままなのに、学園では美少女扱いです』

羽蟲蛇 響太郎

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第5話 君は誰だ、と彼は言った

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 校門の前で、
 俺は完全に立ち尽くしていた。

「……佐倉」

 名前を呼ばれただけで、
 胸の奥が冷たくなる。

 目の前にいるのは、
 元クラスメイト――高橋 恒一。

 中学三年まで、同じクラスだった男。
 家が近くて、
 席が隣だったこともある。

 ――俺を、よく知っている人間。

「……誰ですか?」

 口から出たのは、
 自分でも驚くほど落ち着いた声だった。

 高橋は、一瞬だけ目を見開き、
 次の瞬間、眉をひそめる。

「……とぼけるな」

「とぼけてません」

 俺は一歩、距離を取る。

「人違いです。
 佐倉……さん? でしたっけ。
 それ、よくある名前ですし」

 高橋は、じっと俺を見た。

 その視線が、
 外見じゃなく、
 中身を覗き込むようなものなのが分かる。

「……声」

 彼は言った。

「声の出し方が、
 お前と同じだ」

 心臓が、跳ねる。

(……まずい)

 だが、顔には出さない。

「そうですか?
 でも、それだけで人を決めつけるのはどうかと」

「仕草もだ」

「癖もだ」

「……言い切れませんよね」

 俺は、肩をすくめてみせる。

「人って、似てる人いますし。
 それに……」

 言葉を選ぶ。

「……その人、
 もうこの学校にはいないんですよね?」

 高橋の目が、わずかに揺れた。

「……ああ」

「じゃあ、なおさらです」

 俺は、はっきりと言った。

「私は、
 あなたの知っている“佐倉 恒一”じゃありません」

 一拍。

 高橋は、苦笑した。

「……なあ」

 彼は、声を落とす。

「中学の時、
 数学のテストで俺が赤点取った日」

「…………」

「お前、
 『まあ、生きてりゃ何とかなるだろ』って言った」

 ――言った。

 確かに、言った。

「……その言い方」

 高橋は、俺を指さす。

「今も、
 全く同じなんだよ」

 背中に、汗が伝う。

(……詰んだ?)

 ――いや。

 俺は、
 最後の一線を越えない。

「……それ、
 その人がよく言う言葉だったんですね」

 俺は、少しだけ目を伏せた。

「……大事な友達、
 だったんでしょう?」

 高橋は、言葉を失った。

「……ああ」

「だったら」

 顔を上げる。

「その人を、
 “今の私”に重ねないでください」

 沈黙。

 校門を通る生徒の声が、
 やけに遠く聞こえる。

 高橋は、
 長い沈黙の末、
 ゆっくりと息を吐いた。

「……悪かった」

「……」

「……人違いだな」

 だが、その声は、
 納得していない。

「……でもな」

 彼は、去り際に言った。

「もし――
 もし、お前が佐倉だったら」

 振り返る。

「……無理すんな」

 それだけ言って、
 高橋は背を向けた。

 俺は、その場に立ち尽くす。

(……危なかった)

 心臓が、
 今になって暴れ出す。

 ――隠せた。

 少なくとも、
 “証明”はされなかった。

 だが。

(……確信は、
 残ったままだ)

 高橋は、
 疑っている。

 彩音も、
 疑い始めている。

 世界は、
 俺を女子として受け入れている。

 でも――
 人の記憶だけは、
 完全には書き換えられない。

 それを、
 俺は痛感していた。

 この秘密は、
 いつか必ず、
 重さになる。

 その時まで――
 俺は、
 “佐倉 恒一(女子)”を
 演じ続けるしかない。
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