未来で神様は猫を被った。

色採鳥奇麗

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幕間の章

病と闘う不思議な少女

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 ーー*ヒマワリ*ーー

 自然と人工の力によって、巨大なアーチを形作った、生垣の自然ハウスの下。その中のゆっくりと寛げそうなベンチで、患者衣に身を包んだ少女が一人ちょこんと座っている。
 私はその少女に大きな鳴き声で呼びかけた。

しずくちゃ~ん、今日も来たよ~」

 横にいるミミちゃんも大きく手を降って私たちの存在を知らせると、少女は私たちに気づくなり目をキラッキラに輝かせた。

「ヒマちゃん!ミミちゃん!今日も来てくれたの!」
 
 少女はニカっと嬉しそうに笑うと、ベンチからヒョコッと飛び上がって私たちの元へ駆け寄った。 
 彼女の名前は海乃うみのしずく
 もうすぐ九歳になる女の子だ。
 どういうわけか、彼女は猫になった私の言葉がわかる。つまり、私とおしゃべりができるわけだ。
 名無ナナシさん直々に祝福を授かったミミちゃんは当然として、このパターンは翔楼の時とほとんど一緒だ。
 出会った当初、雫ちゃんは喋る猫わたしに興味津々で、人懐っこく話しかけてきた。彼女の能力には当然驚いたのだが、嬉々とする少女の期待に応えないわけにはいかない。
 そういった経緯で、私のお友だちの一人となった雫ちゃん。
 こうして、私たちは翔楼探索の道すがら、雫ちゃんのもとへ顔を出すようになった。
 雫ちゃんと話をしている内にわかったことがある。
 彼女は生まれつき体が弱く、人生のほとんどをこの病院で過ごしている。
 そのせいで同年代の友達はまったくおらず、寂しい思いをしていたそうだ。
 それともうひとつ──

「彼女ノ魂……トテモ強イ輝キヲ放ッテイマスネ。トテモ強力ナ魂デス」

 初回は寝坊していて接点のなかった名無ナナシさんの言葉に、私とミミちゃんはキョトンと首を傾げた。
 
「よくわかんないけど、じゃあ私の言葉がわかるのって、その強力な魂のお陰なの?」

「イエ、ソウイウワケデハナイト思イマス。例ノ青年ハ、イタッテ普通ノ魂ノ持チ主デシタシ……」

 そう言って、翔楼を例に出した名無ナナシさんは、不思議そうに呟いた。
 どうやら魂の強弱に、そういった不思議な力は関係がないらしい
 しかし、そんな特別な雫ちゃんでも、どうやら無名さんの声は聞こえない様子。
 独り言のように聞こえた私たちの会話に、雫ちゃんは可愛らしく首を傾げた。

「誰とお話してるの?」

「フッフッフ、名無ナナシさんっていう、異次元の存在とお話してるんだよ」

「ゴッドュ!」

 自分だけが持つアイデンティティを自慢したいのか、ミミちゃんは「えっへん!」と得意げに鼻を鳴らした。それに対してどういった解釈をしたのか、雫ちゃんは目をまん丸にさせて驚いた。
 
「神様とお話できるの!?」

「ううん、雫ちゃん。名無ナナシさんはね。神様じゃなくて、別の世界から生まれ変わって来た空次元の存在なの」

「別の世界?」

 わけがわからない、だけど凄く面白そう。そんな様子で雫ちゃんは私たちの話に食い入るように耳を傾けた。
 名無ナナシさんに伺いを立てて了承を得た私は、雫ちゃんに別の世界のことを話してあげた。
 この世界の他にも、別の世界がたくさん存在していること。
 名無ナナシさんが異なる世界から生まれ変わってきた特別な存在だということ。
 いろんなことを説明してあげた。
 
「ドラゴン!名無ナナシさん、この世界に来るずっと前はドラゴンだったの!すご~い!」

「世界っていろいろあるんだね、私も初めて知った。結局、名無ナナシさんって何者なの?」

「サァ?」

 雫ちゃんだけにとどまらず、ミミちゃんまでもが口をあんぐりと開いた。
 終いには、肩を竦めるような疑問符が頭の中に響き渡る。

「ところで名無ナナシさん。気になったんだけど、強い魂の持ち主って何か特別なの?」

「ウーム…ドウデショウ…。魂ノ発生ノ仕方ガ少々特別ダッタリハシマスケド、基本的二ソウイッタ魂ハ、普通ノ魂トナンラ変ワリアリマセン。特別ナコトト言ッタラ、以前廃病院デオ話シヲシタコトクライデショウ」

「幽霊の話だね」

 廃病院での出来事を思い出したミミちゃんに、雫ちゃんは「ユウレイ!」と声を上げて、可愛らしい額にサァッと青筋を浮かべた。

「アア…ソレト、結構面倒ナコトニ巻キ込マレヤスイデスカネ」

「面倒なこと?」

 私がひげをしかめると、名無ナナシさんは溜息混じりに続けた。

「ハイ。コウイッタ魂トイウノハ、強大ナ運命ヲ引キ寄セテシマウモノナノデス。イエ、ソノ魂ノ眩シサ故二、高次ノ存在二目ヲツケラレヤスイ…ト言ッタ方ガイイカモシレマセン。魔王ヲ打チ倒ス勇者ダッタリ、邪神ヲ封印スル聖女ダッタリ……。逆二魔王ヤ竜王トイッタ強力ナ魔力ヲ持ツ殲滅者トシテ、勝手二受肉サセラレルコトダッテアリマス。ハァ、何処ノ世界ノ神様ダッタカ覚エテイマセンガ、『私の世界を救うのだ!』トカ、フザケタコト言ッテ、私ヲ勝手二受肉サセタコトハ今デモ忘レラレマセン。私…神様嫌イ…」

 よくわからないけど、過去に色々あったようだ。
 名無ナナシさんの口振りから察するに、彼女もその強力な魂の持ち主なのだろう。彼女の神に対する殺意の籠もった声色から、相当な苦労が窺える。
 古い記憶がないと言ってもそういう怨みつらみの記憶は、魂にしっかり焼き付いているのかもしれない。

「ナナシさんも大変だったんだね」

「ソウナンデス。今デハ、ソウイッタ高位ノ存在ニ目ヲツケラレナイヨウ、魂ノ輝キヲナルベク抑エルヨウニシテイマス」

 そう、安堵したように言う無名ナナシさん。

「なんのお話してるの?」

 すると、話に置いてけぼりになっていた雫ちゃんが、指先で私の耳にチョンチョンと触れた。
 私は雫ちゃんに視線を戻し、器用な二足歩行を披露してどんな話をしていたか教えてあげた。

「雫ちゃんは、勇者の素質があるらしいよ!」

「ほんとう!わ~い!」

「魔王の素質もあるらしいよ!」

「わ~い!」

 普通とは違う魂と素養を持っていたというだけで、雫ちゃんは大いに喜んだ。
 ちょっと私も憧れる。
 勇者、魔王、竜王、聖女、亜神。ともあれ強い輝きを持つ魂は、そういった宿命を背負わされる運命にある。
 しかし幸いなことに、この世界には人類を脅かすような脅威が存在しないため、その宿命を負う心配もないそうだ。
 ちなみに名無ナナシさん曰く、私もミミちゃんも普通の魂…だった、らしい。過去形だ。
 ミミちゃんの魂は、祝福を授けられた事によって僅かだが高次に昇華している。
 次いで私の魂はと言うと、どうなっているかはわからない…というのが今の名無しナナシさんの見解だそうだ。というのも、私と名無ナナシさんの魂は、ひとつのを共有しているため、今も魂同士が直に触れ合っている。
 これが私の魂にどういった変化をもたらすかは、前例を見たことがない名無しナナシさんにとって、本当にどうなるかは予測がつかないらしい。
 つまりだ。私も勇者候補となる可能性もゼロではないということだ。

 それからも会話に花を咲かせていると、不意に雫ちゃんが名無ナナシさんに疑問を投げた。

「お名前が無いから名無ナナシさんなの?お名前はつけてあげないの?」

「フム、名前デスカ。イツカハ忘レテシマウノデ、考エタコトモアリマセン。ソレニ、『名無ナナシ』トイウ呼名ハ、イロイロト使イ勝手ガイイノデス」
 
 ひょっとしたら、名無ナナシさんは、『名無ナナシ』という呼名に愛着があるのかもしれない。

「トリアエズ、最初ノ名前ヲ忘レテカラハ、テキトー二『名無し』ト名乗ッテマス。名前ヲ思イ出ソウトスルト、深見二嵌ッテシマイマスカラネ」

 そうでもないみたいだ。
 だだ、『思い出す』という行為が面倒臭いだけのようだ。

「じゃあ私たちで、名無しナナシさんの名前を考えてあげようよ」

 そう言ったのは、ひんやりとした生垣の壁に背中を預けて、奇妙な手法で全身を涼ませていたミミちゃんだった。
 それに対して──
 
「イイデスケド、特別で品ノアル名前ジャナイト、私ハ嫌デスカラネ」

 どうやら名無ナナシさんは、名付けをされるのに抵抗はないらしく、それを聞くなりミミちゃんと雫ちゃんは意気込んで見せて、二人して頭を捻り出した。
 最初に口火を切ったのは雫ちゃん。

「クロちゃん」

「却下、安直過ギマス。アト、ナンカ嫌ダ」

 名無ナナシさんのご意向を私が代弁すると、雫ちゃんはわかりやすくショックを受けた。
 かなりの自信があったようだ。
 続いてミミちゃんは、『エクレア』と美味しそうな名前を口にしたのだが、審査の結果はあえなく撃沈。
 その後も名付け大会はしばらく続いたのだけれど、どれも名無ナナシさんのお眼鏡にはかなわなかった。
 
 私も名前を考えてみたけど、彼女に相応しい名前はパッと思い浮かばない。
 名無ナナシさんの新しい名前……
 竜王シスル?天女ヨルダ?黒猫ダーク?
 う~ん、どれも中二病っぽい……。
 ゲームばかりしてきた私には、これくらいが精一杯だなぁ。
 こんな程度じゃあ、きっと名無ナナシさんのハードルは越えられない。
 特別で品のある名前かぁ。
 私も考えておこう。
 
 そんなこんなで話を続けていると、気づけば西の空は鮮やかなオレンジに染まっていた。
 名残惜しいけど、さよならの時間だ。

「あ~もうこんな時間!雫ちゃん、残念だけど今日はもう遅いから帰らなきゃ」

 私がそう言うと、雫ちゃんはしょんぼりと肩を落とした。
 そこにミミちゃんが膝を曲げて、雫ちゃんを喜ばせるように言った。

「大丈夫!また会いに来るからね!」

「ほんとう?」

「うん、絶対!だって私たち、もう友達だもん」

 すると、雫ちゃんの表情はみるみる笑顔を取り戻した。

「うん!友達!また来てね。私、待ってる!」

 その日は互いに手を振り合い、「バイバイ、またね!」という言葉で幕を下ろした。

 ー

 また別の日も雫ちゃんに会いに行った。
 特に決めたわけじゃないけど、雫ちゃんと顔を合わせるのは決まって生垣でできた自然ハウスの中だ。
 私たちが最初に出会った場所で、今日も私たち四人(?)は小さな女子会を開催する。
 
「え!?ヒマちゃんって本当は人間だったの!」

「そうだよ~。身体は猫だけど、中身は人間なの。だからこうやってみんなとお話できるんだよ」

「そうなんだ~!どうやって猫になったの?」

「う~ん、話すと長いんだけど、人助けをしようとして失敗しちゃったの。それで私は死んじゃったんだ。だけど名無ナナシさんが助けてくれたお陰で、私は今もこうして、猫として命を繋ぎ止めてもらってるんだ」

「……………」

 言い終わると、名無ナナシさんの心がズシンと重くなったのを、私は肌で感じ取った。
 名無しナナシさんは私が死んだのを、自分のせいだとずっと気に病んでいる。
 口では言わないが、私にはわかるのだ。なにせ肌を通り越して、魂で触れ合っているのだ。心を読むことはできなくても、どんな気持ちを抱いているかはなんとなく感じ取れる。

名無ナナシさん、そんなに気にしなくていいからね」

「──!……ハイ、アリガトウゴザイマス」

 そう言うと、彼女の沈んでいた気持ちがほんの少しだけ軽くなった。
 僅かでも彼女の心が楽になったことに安堵していると、なにやら隣では雫ちゃんが難しい顔をして考え込んでいた。

「どうしたの?雫ちゃん」

 私が声を掛けるよりも早く、今日も生垣の壁と同化して涼んでいたミミちゃんが、雫ちゃんを心配して口を開いた。
 雫ちゃんは声のした方へゆっくりと視線を向けると、特に悩んでいるような様子もなく、いつもの可憐な表情で──

「私も死んじゃったら猫ちゃんになる?」

 ──そう口にした。
 自分が病弱故に、将来を不安視しての発言だったのか。あるいは、ただ単純に疑問に思ったから聞いたのかもしれない。
 私は後者であって欲しいと思った。
 もし前者なのだとしたら、まだ十歳にも満たない少女が『死』と向き合うにはあまり早過ぎるし、残酷が過ぎるじゃないか。

「えーっと…」

「ミミちゃん、私から言うよ」
 
 どう返すのが正解なのか思い倦ねていたミミちゃんに、私は小さく言った。
 ミミちゃんはコクリと頷いて、『死』の経験がある私たちに、すべてを委ねてくれた。
 嘘は言わない、名無ナナシさんから聞いたことをあるがままに言おう。死は恐ろしいものだけど、それが終わりじゃないことは、私と無名ナナシさんが一番よくわかっているから。
  
「雫ちゃん、人は死んだらね…生まれ変わるんだよ。猫になれるかは運次第かなぁ」

「生まれ変わるの?名無ナナシさんみたいに?」

「うん、そうだよ。想像してみて、黄金に煌めく無限の海の中を……。死んだ生命体の魂は、命海めいかいっていうキラキラした輪廻の海の揺蕩い、やがて座礁して新しい世界で新しい命を得るの。だから死は終わりじゃない、それは新たな旅路の始まり。私もいつかは新しい世界に旅立たなきゃいけないんだ」

「そうなんだ~」

 まるで心を踊らせているかのように、雫ちゃんは屈託な笑みを浮かべて天上を仰いだ。
 自然ハウスの中にいるせいで空はほとんど見えない。それなのに、葉と枝の隙間から降り注ぐ無数の木漏れ日が、彼女を特別扱いするかのように優しく照りつけた。
  
「もっと教えて!世界のことも、ミミちゃんとヒマちゃんのことも!名無しナナシさんのことも!私!もっともっと知りたい」

 この世の不条理を一切感じさせない雫ちゃんの明るさに、私たちはただただ感心させられた。
 病弱で自由のない辛い境遇だというのに、彼女は本当に強い子だ。もし私が同じ立場に置かれたらば、ここまで明るく振る舞えただろうか。
 どうだろう。
 人生に絶望して、心が折れていたかもしれない。
 いや違う…きっと私のことだ、両親に駄々をこねてゲーム三昧の生活を送っていたに違いない。
 まったく、どうしょうもないな…私は…。

「この事は、私たちだけの秘密だよ!」

「うん!」
 
 雫ちゃんには改めて、私たちのことを話した。
 ある時は爛々と目を輝かせ、ある時はムッと頬を膨らませ、ある時は鼻をすすり、ある時は興味津々に鼻息を荒くする。
 私たちの一言一句に表情豊かな喜怒哀楽で返してくれる雫ちゃんに、私は勿論、ミミちゃんと無名ナナシさんも話冥利に尽きるといった様子で声を弾ませた。
 雫ちゃんが寂しくならないように、また別の日も顔を出した。
 ミミちゃんは、雫ちゃんが喜んでくれるだろうと、トランプや簡単なテーブルゲームまで持参していた。
 雫ちゃんは私たちが来ると、いつも楽しそうだった。
 病人だということを忘れさせるくらい、頬を緩ませた満面の笑顔を振り撒いて──
 
「またね!」

 ──決まって最後にそう言うのだ。
 言葉通り、また会いに行くつもりで、「また来るね!」と私も返し、その日も終わりを告げる。
 だけどある日を境に、パタリと雫ちゃんは現れなくなった。
 何か用事があったのかもしれない、そう思って日を改めたけど、いつものベンチで彼女が待っていることはなかった。

「なにかあったのかなぁ?」

 悪い考えから抜け出せずに終始モヤモヤしていると、私の毛並みをミミちゃんが優しく撫で下ろした。

「きっと用事があって忙しいんだよ。雫ちゃんの両親がお見舞いに来てるのかもしれないし、それか、病気が良くなって退院したのかもしれないよ」

 私を元気づけようと、ミミちゃんは前向きな言葉を並べていく。

「うん、そうだね」

 悲観的になりすぎていた自分を鼓舞して、私たちはトボトボと踵を返した。
 ネガティブになるのは良くない。
 物事はいい方向に考えないと、思考も精神も鈍重になってしてしまう。

……元気でいてね。また会いに来るから!

 そう、雫ちゃんのために願いながら、私たちは病院を後にした。
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