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白い部屋
魔力生成器官《マギポエティック・オルガン》
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レオンは事件の詳細をジェラルドに伝えた。彼からも都度質問があり、答えながら話を進めたが、些細なことなので概要としては変わらない。ジェラルドは真剣に話を聞いており、頭の中で情報を整理しているのか、難しそうな表情で黙っている。レオンは話が終わったことをリックに伝えに行くと断りを入れてから、客間を後にした。
レオンたちが通されたのは、リックたちのいる客間と角部屋同士であり少し距離が離れている。彼らの部屋に近づくにつれ、何かしらの負荷が身体にかかるような違和感が増し、レオンは不思議そうにしながらも足を進めた。
(なんだ……?)
まるで水の中を歩いているような重さに四苦八苦しながら、やっとのことで客間に辿り着いた。扉の隙間からは、強い魔力光が漏れている。
(ずっと光っているが……なにか魔術を使っているのか?)
モーリスは魔術の名門であるマグス家の生まれだ。彼が高い魔力を保持していることは側にいれば分かるのだが、具体的な魔力量は測れなかった。レオンもオメガらしく魔術適正は高いが、ここまでの魔力を放出し続けることはできないため、格の違いは明らかだった。
レオンは扉の前に立ち、ノックした。しかし、返事はなく、三度繰り返したところで首をひねる。
(……最低限モーリス卿はそこにいるはずなんだが)
レオンは四度目として、大きな音で扉をたたき、そして五秒ほど待ってからドアノブに手をかけた。
「失礼する」
ドアを開けた瞬間、レオンの視界は光で一杯になった。
そして視界が戻ったとき、そこには――。
「あ……」
暗い部屋に満ちる黄金の紐。ジェラルドから教わったモーリスの触糸が蠢いていた。その根元にいるモーリスは全裸で、彼の肌の大半は触糸が隠している。眼鏡を外した裸眼も、ふわふわと舞う長い髪も、エメラルドグリーンの魔力光を放っていた。
『おや、結界を張っていたのに』
モーリスの声にレオンの足は縛られたように動かなくなった。その声は二重にブレるようにレオンの耳に届く。モーリスは発動命令を口にしなくても、声自体が魔術を成立させてしまうのだろう。
レオンは声も出せずに硬直する身体に恐怖を感じた。しかし次の瞬間、柔らかい光に包まれて、冬の寒さが一瞬で春の暖かさに変わったように緩み、そのままへたり込んでしまう。
「ああ、リックか。レオンさんの事を大事にしすぎだよ。妬けちゃう」
モーリスの声が普通の声として届くようになったのは、レオンの周囲を守る柔らかい光のおかげかもしれない。しかし、彼が呼びかけているリックの姿が見えない。
「リックは、どこに」
「? ずっとそこにいるじゃないか」
レオンは全身から血の気が引く。リックはいないが光の塊はあり、入室時から存在感がある分気になっていた。レオンはまさかと思いつつもそれを凝視する。光の塊はよく見れば触糸で作られた密度の高い楕円体であり、まるで光の繭のようだった。
「モーリス卿、回答次第では私はきみを殴るがリックはどこにいる? ――なにをした?」
腹の底から出るような低い声。レオンの唸り、威嚇するような勢いに、モーリスは圧されるように一歩後ずさる。
彼が触糸で人を拘束する様子を初めて見たのは、ダンスパーティーの晩に優男に対して行った時だった。だからこの触糸の塊は拘束具のようで印象が悪い。
「繭の中にいるけど安全だよ。今行っているのは魔力譲渡みたいなものだし」
「魔力譲渡?」
「この事はリックと合意の上だってのは忘れないでね」
モーリスはよほど殺気を放つレオンに驚いたのか、予防線とばかりに前置きをしてから語り出した。
「私はマグス家の中で一番魔力が強いんだ。それこそ、子供が出来ないくらい。魔力の強いもの同士で婚姻を繰り返して作り上げた最高傑作らしいけど、種としては終わってるんだ。笑っちゃうよね」
そう言ってモーリスは皮肉っぽく笑った。あまりに魔力格差があると子供ができにくい話は聞いたことがある。その最高到達点であるモーリスは、もう子供が作れるほど釣り合う相手が存在しないのか。
「でもね、リックがいた。彼、オメガだけど魔力がほとんど無いんだ。だからその器を利用させてもらう事にした」
「利用……」
「だから、合意だってば。そんなに睨まないでほしいよ」
モーリスは青筋を立てて睨むレオンに、釈明を口にしながら言った。
オメガは基本的にアルファより魔術適正が高く、平均魔力量も多い。魔術家系のアルファほど突出した魔力を持つ存在は珍しいとはいえ、極端に魔術が使えないという生徒はエデンではリックぐらいだった。モーリスによれば、リックはオメガらしく魔力を貯める器は大きいのに、魔力生成能力はベータの平均よりも低いらしい。それほど、と思えば彼がほとんど魔術を習得できなかったことに納得がいく。
「体内に魔力を生成する器官があってね、それを一部リックに譲渡しているんだ」
「それはきみの器官の摘出して廃棄、という風には出来ないのか?」
「器官の外科的な摘出は難しいね。身体が魔力量を記憶しているから、取り出しても修復し、増殖してしまう。だからこその〝番〟だ。肉体が溶け合い、頭が〝一つの存在〟と認識すれば『魔力生成器官』は共有できる」
モーリスは最後を強調するよう言を強めた。
専門的なことは分からないが、番の唯一無二という結びつきがそこまでだとは思わなかった。要するにあのダンスパーティー会場で、モーリスの相手となり得るのはリックしかいなかったのだ。いや、むしろ……。
「モーリス卿、きみも五家特権を使ってリックを囲い込んでいたな?」
レオンたちが通されたのは、リックたちのいる客間と角部屋同士であり少し距離が離れている。彼らの部屋に近づくにつれ、何かしらの負荷が身体にかかるような違和感が増し、レオンは不思議そうにしながらも足を進めた。
(なんだ……?)
まるで水の中を歩いているような重さに四苦八苦しながら、やっとのことで客間に辿り着いた。扉の隙間からは、強い魔力光が漏れている。
(ずっと光っているが……なにか魔術を使っているのか?)
モーリスは魔術の名門であるマグス家の生まれだ。彼が高い魔力を保持していることは側にいれば分かるのだが、具体的な魔力量は測れなかった。レオンもオメガらしく魔術適正は高いが、ここまでの魔力を放出し続けることはできないため、格の違いは明らかだった。
レオンは扉の前に立ち、ノックした。しかし、返事はなく、三度繰り返したところで首をひねる。
(……最低限モーリス卿はそこにいるはずなんだが)
レオンは四度目として、大きな音で扉をたたき、そして五秒ほど待ってからドアノブに手をかけた。
「失礼する」
ドアを開けた瞬間、レオンの視界は光で一杯になった。
そして視界が戻ったとき、そこには――。
「あ……」
暗い部屋に満ちる黄金の紐。ジェラルドから教わったモーリスの触糸が蠢いていた。その根元にいるモーリスは全裸で、彼の肌の大半は触糸が隠している。眼鏡を外した裸眼も、ふわふわと舞う長い髪も、エメラルドグリーンの魔力光を放っていた。
『おや、結界を張っていたのに』
モーリスの声にレオンの足は縛られたように動かなくなった。その声は二重にブレるようにレオンの耳に届く。モーリスは発動命令を口にしなくても、声自体が魔術を成立させてしまうのだろう。
レオンは声も出せずに硬直する身体に恐怖を感じた。しかし次の瞬間、柔らかい光に包まれて、冬の寒さが一瞬で春の暖かさに変わったように緩み、そのままへたり込んでしまう。
「ああ、リックか。レオンさんの事を大事にしすぎだよ。妬けちゃう」
モーリスの声が普通の声として届くようになったのは、レオンの周囲を守る柔らかい光のおかげかもしれない。しかし、彼が呼びかけているリックの姿が見えない。
「リックは、どこに」
「? ずっとそこにいるじゃないか」
レオンは全身から血の気が引く。リックはいないが光の塊はあり、入室時から存在感がある分気になっていた。レオンはまさかと思いつつもそれを凝視する。光の塊はよく見れば触糸で作られた密度の高い楕円体であり、まるで光の繭のようだった。
「モーリス卿、回答次第では私はきみを殴るがリックはどこにいる? ――なにをした?」
腹の底から出るような低い声。レオンの唸り、威嚇するような勢いに、モーリスは圧されるように一歩後ずさる。
彼が触糸で人を拘束する様子を初めて見たのは、ダンスパーティーの晩に優男に対して行った時だった。だからこの触糸の塊は拘束具のようで印象が悪い。
「繭の中にいるけど安全だよ。今行っているのは魔力譲渡みたいなものだし」
「魔力譲渡?」
「この事はリックと合意の上だってのは忘れないでね」
モーリスはよほど殺気を放つレオンに驚いたのか、予防線とばかりに前置きをしてから語り出した。
「私はマグス家の中で一番魔力が強いんだ。それこそ、子供が出来ないくらい。魔力の強いもの同士で婚姻を繰り返して作り上げた最高傑作らしいけど、種としては終わってるんだ。笑っちゃうよね」
そう言ってモーリスは皮肉っぽく笑った。あまりに魔力格差があると子供ができにくい話は聞いたことがある。その最高到達点であるモーリスは、もう子供が作れるほど釣り合う相手が存在しないのか。
「でもね、リックがいた。彼、オメガだけど魔力がほとんど無いんだ。だからその器を利用させてもらう事にした」
「利用……」
「だから、合意だってば。そんなに睨まないでほしいよ」
モーリスは青筋を立てて睨むレオンに、釈明を口にしながら言った。
オメガは基本的にアルファより魔術適正が高く、平均魔力量も多い。魔術家系のアルファほど突出した魔力を持つ存在は珍しいとはいえ、極端に魔術が使えないという生徒はエデンではリックぐらいだった。モーリスによれば、リックはオメガらしく魔力を貯める器は大きいのに、魔力生成能力はベータの平均よりも低いらしい。それほど、と思えば彼がほとんど魔術を習得できなかったことに納得がいく。
「体内に魔力を生成する器官があってね、それを一部リックに譲渡しているんだ」
「それはきみの器官の摘出して廃棄、という風には出来ないのか?」
「器官の外科的な摘出は難しいね。身体が魔力量を記憶しているから、取り出しても修復し、増殖してしまう。だからこその〝番〟だ。肉体が溶け合い、頭が〝一つの存在〟と認識すれば『魔力生成器官』は共有できる」
モーリスは最後を強調するよう言を強めた。
専門的なことは分からないが、番の唯一無二という結びつきがそこまでだとは思わなかった。要するにあのダンスパーティー会場で、モーリスの相手となり得るのはリックしかいなかったのだ。いや、むしろ……。
「モーリス卿、きみも五家特権を使ってリックを囲い込んでいたな?」
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