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白い部屋
痕跡
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扉には鍵が掛かっておらず、引くと細く軋む音を立てて開いた。外見よりも狭い印象の屋内は、事件当時の調査の後だろうか、床にはうっすらとチョークで引かれた線が残っている。小さな人型が子供の倒れていた位置を示しているのか、十人分の痕跡があった。
レオンは胸に湧き上がる感情を抑え込み、思わず口を押さえる。ジェラルドは気遣うように背中を撫でなでてくれた。
「レオン、大丈夫か?」
「……問題ない。発見された当時は気絶していたから、何も覚えていないんだ」
レオンは微笑んでジェラルドを安心させようとした。せっかく現場に来たのだから、できる限り調査したい。
子供たちの痕跡は、頭と足の方向が揃っていた。生き残ったレオンでさえも半月の高熱でグッタリしていたので、寝返りを打つなどの動きはなかっただろう。子供たちは丁寧に並べられていたのだと推測できる。しかし、その神経質さは、レオンが記憶する賊の印象とは合わなかった。
(なにか、思い出せないか……)
レオンは視線を床に走らせながら考えた。なにか、なにか。あの白い部屋へ続く手がかりは……。
「んー、探ったけど地下はないね。床に落とし物はないかな。あのバッジとかあればいいのに」
モーリスがサラリと口にした言葉に、レオンは急に頭の中に不純物が生まれたような引っかかりを感じ、慌てて彼の方を向いた。
モーリスはおそらく床下を調べていたのだろう、触糸を根のように床の隙間から降ろしていた。しかし、それよりも重要なことがあった。
「モーリス卿、今なんと……」
レオンが尋ねると、モーリスはキョトンとした顔でレオンを見つめた。
「? 地下はないみたい」
「その後だ」
「バッジ?」
聞き間違いではなかった。レオンとリックはこの事件の記憶を何度も互いに確認してきたが、バッジという言葉は出てこなかった。
「バッジとは何だ?」
「え……ほら、白い部屋にいた研究員たち? がつけてるバッジだよ。同じのだから組織のシンボルマークかなにかじゃないかなぁ」
「なんだって……!」
レオンは驚きのまま大声を上げ、リックも驚愕の表情でモーリスを見つめている。
モーリスは『魔力生成器官』の一部譲渡のための施術の際、リックの記憶を共有したと言っていた。まさか彼はあの〝白い部屋〟を映像として見たのか。
(覚えている情報が、二人分合わせても少なかったというのに)
覚えている、いや、思い出せる情報か。おそらく引き出せないだけで、脳に刻まれた当時の記憶が存在し、モーリスはそれを覗き見て映像として認識できる。細部まで読み取れるということは、有力な手掛かりとなる素晴らしいことだ。
「まさかリックもレオンさんも思い出せなかったとは」
「幼かった頃のことだし、薬を使われたのか記憶が曖昧なんだ」
レオンは腕を組み、仕方がないというように息を吐いた。そして質問すれば、モーリスは詳しくバッジについて教えてくれる。おそらく真鍮でできた長方形の小片に〝枝の周りを囲むように生える五枚の葉〟を図案化したものが黒く燻してある――というかなり詳細な描写をされた。魔道具も作るモーリスは金属についても加工についても詳しいようだ。
「五枚葉……か。樹種は分かるか?」
「植物は専門外だから分からないよ。絵には描けるけど」
「それは助かる。モーリス卿は魔法陣も綺麗に描くしな」
紋章に植物を使う場合、樹種に意味を持たせることはよくあることだし、五枚葉という数字も同様だ。〝五〟という数字で一番初めに思い浮かべるのは〝筆頭五家〟だが、それはここに五家のアルファが二人いるからかもしれない。
「モーリスはそのシンボルマークを使う組織は知らないの?」
「ううん、知らないよ」
リックはレオンの連想と同じことを考えたのか、モーリスにそれを尋ねた。モーリスの反応から判断する限り、彼は本当に知らないようだし、隠したいと思うなら詳細自体を伝えてこないだろう。
ジェラルドはどうだろう、と視線を向けるも、彼は普段から表情が薄いため、何を考えているか分からない。ただ、足元のチョークで引かれた線を見つめている。
(……少し、青褪めているだろうか)
それは一か月共に過ごしてきたレオンだから分かるほどの微妙な変化だ。床に刻まれた過去のレオンやリック、そして八人の子供たちを思い返して心を痛めた反応なのか、それとも――。
「ジェラルド。顔色が悪くないか?」
「……いや、問題ない」
「そう?」
レオンは目を細めながら、ジェラルドの反応を観察する。
(――何か知っているのか?)
レオンは胸に湧き上がる感情を抑え込み、思わず口を押さえる。ジェラルドは気遣うように背中を撫でなでてくれた。
「レオン、大丈夫か?」
「……問題ない。発見された当時は気絶していたから、何も覚えていないんだ」
レオンは微笑んでジェラルドを安心させようとした。せっかく現場に来たのだから、できる限り調査したい。
子供たちの痕跡は、頭と足の方向が揃っていた。生き残ったレオンでさえも半月の高熱でグッタリしていたので、寝返りを打つなどの動きはなかっただろう。子供たちは丁寧に並べられていたのだと推測できる。しかし、その神経質さは、レオンが記憶する賊の印象とは合わなかった。
(なにか、思い出せないか……)
レオンは視線を床に走らせながら考えた。なにか、なにか。あの白い部屋へ続く手がかりは……。
「んー、探ったけど地下はないね。床に落とし物はないかな。あのバッジとかあればいいのに」
モーリスがサラリと口にした言葉に、レオンは急に頭の中に不純物が生まれたような引っかかりを感じ、慌てて彼の方を向いた。
モーリスはおそらく床下を調べていたのだろう、触糸を根のように床の隙間から降ろしていた。しかし、それよりも重要なことがあった。
「モーリス卿、今なんと……」
レオンが尋ねると、モーリスはキョトンとした顔でレオンを見つめた。
「? 地下はないみたい」
「その後だ」
「バッジ?」
聞き間違いではなかった。レオンとリックはこの事件の記憶を何度も互いに確認してきたが、バッジという言葉は出てこなかった。
「バッジとは何だ?」
「え……ほら、白い部屋にいた研究員たち? がつけてるバッジだよ。同じのだから組織のシンボルマークかなにかじゃないかなぁ」
「なんだって……!」
レオンは驚きのまま大声を上げ、リックも驚愕の表情でモーリスを見つめている。
モーリスは『魔力生成器官』の一部譲渡のための施術の際、リックの記憶を共有したと言っていた。まさか彼はあの〝白い部屋〟を映像として見たのか。
(覚えている情報が、二人分合わせても少なかったというのに)
覚えている、いや、思い出せる情報か。おそらく引き出せないだけで、脳に刻まれた当時の記憶が存在し、モーリスはそれを覗き見て映像として認識できる。細部まで読み取れるということは、有力な手掛かりとなる素晴らしいことだ。
「まさかリックもレオンさんも思い出せなかったとは」
「幼かった頃のことだし、薬を使われたのか記憶が曖昧なんだ」
レオンは腕を組み、仕方がないというように息を吐いた。そして質問すれば、モーリスは詳しくバッジについて教えてくれる。おそらく真鍮でできた長方形の小片に〝枝の周りを囲むように生える五枚の葉〟を図案化したものが黒く燻してある――というかなり詳細な描写をされた。魔道具も作るモーリスは金属についても加工についても詳しいようだ。
「五枚葉……か。樹種は分かるか?」
「植物は専門外だから分からないよ。絵には描けるけど」
「それは助かる。モーリス卿は魔法陣も綺麗に描くしな」
紋章に植物を使う場合、樹種に意味を持たせることはよくあることだし、五枚葉という数字も同様だ。〝五〟という数字で一番初めに思い浮かべるのは〝筆頭五家〟だが、それはここに五家のアルファが二人いるからかもしれない。
「モーリスはそのシンボルマークを使う組織は知らないの?」
「ううん、知らないよ」
リックはレオンの連想と同じことを考えたのか、モーリスにそれを尋ねた。モーリスの反応から判断する限り、彼は本当に知らないようだし、隠したいと思うなら詳細自体を伝えてこないだろう。
ジェラルドはどうだろう、と視線を向けるも、彼は普段から表情が薄いため、何を考えているか分からない。ただ、足元のチョークで引かれた線を見つめている。
(……少し、青褪めているだろうか)
それは一か月共に過ごしてきたレオンだから分かるほどの微妙な変化だ。床に刻まれた過去のレオンやリック、そして八人の子供たちを思い返して心を痛めた反応なのか、それとも――。
「ジェラルド。顔色が悪くないか?」
「……いや、問題ない」
「そう?」
レオンは目を細めながら、ジェラルドの反応を観察する。
(――何か知っているのか?)
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