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五葉紋

患者には検査内容をきちんと伝えないとね

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 エヴァシーンはレオンの靴を脱がせた後、身体を引き上げてベッドの中央に横たえた。レオンはまるで人形のように動けなかったが、思考は鮮明で、触れられる感覚も残っている。彼もベッドに上がり、レオンの傍らに座った。

「ふふ、これなら蹴られないから安心してお話しできるね」

 はたして、喋れない相手に一方的に話しかけることを会話と呼べるのか分からないが、エヴァシーンの中ではそういう扱いらしい。

 彼は「眼球が渇いちゃうから点眼するね」と言って、魔術精製された薬品をレオンにさした。それは軍でも使われるもので、一時間は瞬きをする必要がなくなると説明された。用意周到すぎるほどで、今回のことが事前に計画されていたのだろうと感じられた。

 エヴァシーンはレオンの目を覗き込むように顔を寄せてくる。気に入らない男の顔が視界いっぱいに広がるのは不快だが、動けないために顔を逸らすこともできない。

「きみに〝第二性転換薬〟を投与したのは父上なんだ。かわいそうに、実験の結果が分かる前に死んじゃった」

 エヴァシーンの淡々と語りかけてくる内容に、レオンは驚愕し、胸が跳ねる。もし動けていたら、掴みかかっていたかもしれない。

(研究所の所長がロア家の前当主だったということか……)

 ジェラルドが持ち帰った捜査資料には所長の家名が記されておらず、それを不自然に感じて覚えていた。つまり、五家の当主が逮捕されるなどあってはならないことだったのだ。

「だから僕が父上の作品の出来栄えを確認しようと思って。発情期の記録を確認したけど一度だけ、しかも一度精を排出しただけで治まったんでしょ。ホルモンバランス異常による性器発育不全の可能性もあるし、ちゃんと確認しないと」

 レオンは背中にぞくりと怖気おぞけが走る。作品として扱われること自体が嫌だが、何よりもジェラルド以外のアルファが自分の発情経験について口にするのは、気持ち悪さを感じた。

(確認? どういうことだ?)

 エヴァシーンは、レオンの疑問に気づいたのか、医師らしい言葉を続ける。

「ああ、いけない。患者には検査内容をきちんと伝えないとね」

 そう言って、彼はおどけるように顔を傾けた後、無遠慮にレオンの胸元に手を置いた。シャツ一枚になっていたので、その感触が生々しく伝わってくる。彼はひょろりとしているが、アルファであるため触れられた手は大きかった。

「まずは身体検査として、胸部発達を診るよ」

 胸部を指し示す意図なのか、エヴァシーンの手の平が円を描いた。視線を動かせないレオンに対し、医師として分かりやすく診察部分を伝えようとしているのかもしれないが、この状況では何をされても気持ち悪くて、鳥肌が立つ。

(触るな……‼)

 レオンは心の中で絶叫する。表情を動かせない分、この男に見せたくない怯えを感情として示さずに済むことが、まだ救いだった。

「感覚はきちんと残っているよね。投与した薬は神経系を麻痺させるわけじゃないから。身体の自由がきかないだけなんだ」

 レオンを好きにすることに、彼は支配欲が満たされるのか、こちらに顔を寄せて、歪な笑みを浮かべた。

「それから外性器の視診と触診……そうそう、尿検査用の尿も採らせてもらうよ。その次に内性器の検査と採精だね」

 エヴァシーンは身体を起こし、検査内容を口にしながら、ゆっくりとレオンのシャツのボタンを外していく。この検査は第二性検査としては自然だが、それを彼にされるとなると、レオンは受け入れがたい。エヴァシーンの目は、ただの患者というよりも実験動物を見るかのような視線を放っていた。その冷たさはどこか爬虫類じみている。

 やがて、シャツのボタンが最後の一つまで外され、前身ごろの合わせをガバリと開かれる。レオンの肌は露わになり、ひんやりとした空気が肌を撫でた。

「ああ、あくまで医療行為だから、やましい気持ちなんて無いよ」

 エヴァシーンの補足した言葉は、レオンの不安を煽るような内容だった。しかし、このような緊急事態にも関わらず、外で待機しているはずのノアが動かないのはなぜなのか。もはや突入してもいい段階だろう。

(もしかして何かしらの魔道具を使って、状況を偽装しているのか?)

 レオンは何か対抗手段があるのではないかと考えを巡らせるが、答えは出てこない。焦りの中で、自身の心がどうしようもなく不安定になり、声が出るならわぁわぁと見苦しいほど叫んでしまいそうだった。

 ついには限界に達し、神にでも願いたいという思考にまで達した瞬間――。
 突然、ドンドンとドアを乱暴に叩く音が響き渡った。

「ああ、早かったなぁ。内部まで検査したかったけど、血液サンプルだけで良しとしておこうかな」

 エヴァシーンは独り言をつぶやいた後、ベッドから降りて何か支度を始めたようだ。

(くそ……動けないから状況が分からない)

 室外で何かが起こっているのか、扉を叩く音はますます激しさを増していく。扉にぶつかる衝撃音からは、ノックとは違う、強い力がぶつかっているのだと伝わってくる。
 そして、ガラスが割れるような甲高い音が鳴り響いた瞬間、勢いよく扉が開く音がした。同時に、一面に眩い魔術の光が広がっていく。

「レオン‼」

 レオンを強く呼ぶ声は、ジェラルドだった。

 彼は真っ直ぐにこちらに歩み寄ってきた。その行動から察するに、エヴァシーンは何かしらの方法で逃げ出した後なのか。

 レオンの動かない視界に現れたジェラルドは、悲愴な表情で見つめてくる。彼は迅速にレオンの脈や心拍を確認した後、開きっぱなしになっていた瞼を手のひらでそっと撫でて閉じてくれた。そうされると何も見えなくなったが、彼は死人のように瞬きをしないレオンの姿が恐ろしくて嫌だったのだろう。
 ジェラルドはレオンの健康状態を一通り確認した後、壊れ物でも扱うかのようにそっと抱きしめてくれた。

「恐ろしい思いをしたな……すまない、遅くなって。もう大丈夫だ」

 労わる声が、どことなく震えているような気がして、レオンはジェラルドが泣きそうになっているのかと思ってしまった。普段からやきもち焼きな彼なら、他のアルファによっていいように扱われたなんてことを知ったら、平静ではいられないはずだ。しかし、レオンを包み込んでくれる彼の感情に、不快や怒りなど、こちらを委縮させるような気持ちは感じない。

 ジェラルドの手はレオンの後頭部に回り、怯えるレオンの心を癒やそうと、優しく撫でてくれる。

「ロアの麻痺薬は私も使われた事があるから知っている。時間が経てば効果が切れるから……今は眠ってくれ、レオン。側にいるから……」

 恐怖と緊張に襲われ、精神的に疲れ果てていた。

 しかし、ジェラルドから漂う懐かしい花の香りのようなフェロモンに癒やされ、レオンの硬直した心は優しく解きほぐされていく。ジェラルドの寝かしつけの仕草で背中をトントンと心地よいリズムで撫でられると、レオンはまるで魔法にかけられたかのように眠りに落ちていった。
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