118 / 273
青年期:修行編
剣の師匠
しおりを挟む
場所は変わってエルピスが向かうのは王城の中庭。
マギアとの特訓を終えて時刻は既に夕暮れすぎ、空を飛んでいく鳥の群れを眺めながらエルピスは長い長い廊下を抜けてようやく中庭へとたどり着く。
そこでは数年前までと同じように、なんら変わりなく剣を振る男の姿があった。
剣を振り下ろすその姿は見惚れるほどに綺麗で、振り下ろされる剣には一切の無駄が無く、効率よく敵を倒すための意思だけが込められている。
「遅かったなエルピス。師匠は強かったか?」
「死ぬほど強かったです」
特に気配を隠しながら近寄ったわけでもなかったので、エルピスの存在はすぐアルに気づかれる。
それに対してエルピスが頷くと、アルは笑いながら再び剣を振りつつエルピスに話題を振ってきた。
「だろうな、あの人はあれでもこの国の防衛の要だ。実戦経験もそこいらの奴らの比じゃないーーとは言ったもののお前もそうか」
ふと剣を止めアルがそう言うが、それは少しだけ違うだろう。
確かに質だけで言えばマギアが戦ったことのないような強者ーーニルやセラなどとも闘ってきたがそれは環境が良かったからだ。
ただひたすらに勝星を積むためだけに何度も何度も自身の至らぬ点を修正し、強くなるために様々なことに手を出したマギアには実戦経験でも戦士としても負けている。
「あの人には勝てないですよ。あと二十年くらいは欲しいですね」
「二十年後か…お前どうなってんだろうな」
「さぁどうなってるんでしょうかね」
「見てみたいもんだな、俺が生きてりゃだけど」
「ちょっと不穏なこと言わないでくださいよ。アルさんなら死にませんよ」
「いや死ぬ気は無いがな? 生きてる確証もないからさ」
そう言って遠い空を見上げるその姿はまるで自らの死期を悟っていると言わんばかりで、これ以上この会話を続けるのは良くないとエルピスはここにきた目的を早々に伝える。
「生きてますよ、これマギアさんからです。それ読めば内容は分かるかと」
「ん? ああ昼間に師匠から聞いてたからもうあらかた分かってるよ。修行つけに来たんだろ? いつか本気で教えてやろうとは思ってたけどちょうど良かった」
「話が早くて助かります。それじゃ始めましょうか」
「おいおいまて、魔法はそりゃ基礎が極まってるからいいかもしれないが、お前剣に関して言えばからっきしなんだからしっかりと基礎からやるぞ」
そう言ってアルはエルピスに向かって剣を投げ渡す。
その剣を見てエルピスはふと口角が上がるのを感じる、これは昔アルが使っていた儀礼用の剣を遊び半分で魔改造したものだ。
アルの腰には前までよりさらに強化された、エルピスが灰猫の代わりとして送った剣が携帯されておりなんだか嬉しさを感じる。
アルが言う通りいまのエルピスは正直言えば剣に関してはからっきしだ、技能は有るにはあるが所詮技能だ。
そもそもクリムから対剣の対処は習っているが、剣術についてはろくに習っていない。
父は魔法使いだからそもそも肉弾戦が得意ではないし、エルピスの周りで剣を使うものがいなかったから仕方ないと言えば仕方ないがそれでもこれまでろくに剣術を習ってこなかったのは怠慢の証だろう。
「分かりました。それじゃ何をすれば?」
「とりあえず素振りしろ、俺が悪いとこ全部言ってくから逐次直す方向で」
「普通に振り下ろすだけでいいんですよね?」
「別に演舞形式でもいいぞ、実戦で使えるのならなんでも。途中で止める時もあるからそん時は気合で止めろよ」
「無茶苦茶言いますね、まぁ今は師匠ですし聞きますけど」
「ほら始めろ」
アルのゴーサインで、エルピスは手に持った剣の感触に慣れようと数回剣を振るってから剣が壊れない程度に力を出して仮想の敵を想定しながら剣を振るう。
普段エルピスがやっている時は魔法の訓練も兼ねるので、仮想の敵も魔法で姿形は生み出したかなり実戦よりのものだ。
今回はこちらに攻撃が当たらないようになっているが、普段は攻撃もこちらに当たるようになっている。
袈裟懸けに振り下ろされた剣を勘で避け、逆に袈裟懸けに斬り下ろそうとした瞬間、アルから待ったがかかりエルピスは無理やり身体を止めてアルの方を向く。
「よく止まれたな、体幹どうなってるんだ?」
「まぁこれでも鍛えてますから。それで何か問題が?」
「いま勘で避けただろその攻撃、あと剣先がブレすぎ重心の位置が後ろに寄りすぎ。拳士なら良いが剣士になりたいならそれじゃダメだ」
「母からこれで良いと教わったんですけど」
「あの人の戦い方は真似するな、あれは天性のもんだ、そこまで真似できてるお前の才能も大概だが多分いまのラインが限界だ。足と肩をしっかりと見て相手の次の動きを予測しろ、それで大部分は分かる」
アルからそう言われ敵の動きを見てみれば、確かに先ほどまでよりも格段に敵の動きが見やすくなった。
手首を曲げたり腕の筋肉を使ってのフェイントには引っかかりやすくなってしまったが、意識を徐々に小さい部位に向けていけばそう言ったフェイントに騙されることも減ってくるだろう。
剣先のブレは何度か意識して振っていると自然と消失していった、どうやら〈経験値増加〉がうまく機能してくれたらしい。
重心の位置は少し癖になってしまっているので、魔法を使い足元を多少いじって無理やり前に移せば〈経験値増加〉が少しすればうまく補修してくれるだろう。
今日ははマギアとの戦闘もそうだったが〈経験値増加〉におんぶにだっこされていると思いながら、エルピスは徐々に良くなっていく自身の感覚にだんただ楽しくなってきて、さらに速度を早めていく。
剣がエルピスの速度について来れず破損しかけるが、それも魔法を重ね掛けすればある程度は耐久性能もあげる事ができた。
止めの一撃ーーを刺そうとしたところでまたアルに止められる。
「はいストップ! ってこれでも止まれるのか、体の構造どうなってんだよ」
「まぁ人じゃないですからね。それで次は」
「決めにいくときに剣を大振りしすぎだ、いまそれ突かれたら敵は殺せるが刺さるぞ」
そう言われ魔力で作った仮想的に突きをさせてみると、首は身体とおさらばしたが確かにエルピスの胸に剣を突き刺すことに成功していた。
普段ならば邪神の障壁で守られているので問題ないが、それでも敵の攻撃を不用意に、それも食らわなくて良い攻撃を食らうなど馬鹿のやることだ。
頭の中で自身の反省点として記録し、なるべく少ない手数でコンパクトに決められることを意識しながら仮想的を倒す。
「言いたいことは山ほどあるがまぁもう日も落ちたし続きは明日だな。内に来い、飯くらい食べていけ」
「本当ですか!? ごちになりまーす」
「ちょうど合わせたかった奴もいるしな」
「え? 誰ですか?」
「あってからのお楽しみだ」
この国でエルピスがあっていない人間はそうはいないはず、だがアルがあってからの楽しみだと言うのなら、おそらくはエルピスのあった事のない人物なのだろう。
それから少しして王城から徒歩数分でアルの家にたどり着く。
基本的な建築方法で建てられたその家は豪邸というにはあまり広くはないが、だが庶民の家とは見ただけでもかけられている金額の違いが分かった。
武人らしいアルの家だなと思いつつアルの後についていくと、玄関を開けた瞬間に小さな子供が飛び出してくる。
年齢としては2、3歳か、元気いっぱいなその子に対して少し焦りはするものの、小さな子供の相手には一応慣れているので飛び込んできた勢いそのままに抱き上げる。
「びっくりしたー、この子は?」
「俺の子だ、落とすなよ?」
「ーーえっ!? アルさん子供いたんですか!?」
「お父さんこの人誰ー?」
「お父さんの友達の息子だ。この子は二年前に産まれた」
二年前というと、ちょうど連合王国でのイザコザが終わった程度の時だろうか。
まさか子供が産まれているなど思ってもおらず、そもそも結婚していたことすら知らなかったエルピスは驚いて身体が固まる。
その間にもエルピスに対して興味津々なのか顔をペチペチしてくる小さい子供の顔を見てみれば、確かにどことなくアルの面影があった。
二歳児がここまで流暢に話せるのはこの世界の特徴だ、この世界の人の成長速度はかなり早い。
「貴方お帰りなさい。あら、そちらの方は?」
「エルピスだ、話くらいは聞いてるだろ?」
「どうもこんばんは、エルピス・アルヘオと申します」
「お父さんとアルからよく話は聞いているわ。どうぞ入って、今日はご馳走を用意しなくっちゃね」
招かれるままエルピスは家の中に入り、玄関で靴を脱ぎ居間へと通される。
王国はここら辺の国では珍しく家に上がる時は靴を脱ぐ習慣があり、アルの家も例外ではないようだ。
居間にはいくつか子供用のおもちゃがあり、固定された本棚と角を無くされた机はこの家の子供が、いかに大切に育てられたか理解するのには十分だった。
「アルさんお子さんと奥さんの名前教えてくださいよ」
「ん? ああ、そう言えば言ってなかったな。嫁がテイラ息子がシグルだ」
「テイラさんとシグルくんですね、覚えました。結婚式呼んでくれたら良かったのに」
「加冠の儀だったりなんだりであの時期は忙しかったし、それに俺も嫁も許嫁で昔から知った仲だ。今更式なんてあげたくて良いって向こうから言ってきたからそれに乗ったんだよ」
「そういうことだったんですね」
「お兄ちゃんこれで遊ぼー!」
「いいよ、先行はそっちねシグルくん」
アルとの会話に割って入るようにしてシグルが持ってきた玩具は、王国で一般的に小さな子供がよく遊ぶ定番の玩具だった。
馬や竜、騎士や農民などと言った様々な形の人形を敷居で隠し、相手の人形に対して有利な人形を場に出すと勝利することができる。
ようは出せる手の多いジャンケンだ。
これならば昔やったこともあるのでルールもわかるし手加減もできる、片手間でシグルの相手をしつつエルピスはまだアルとの話を進めていく。
「そう言えばアルさん最近健康診断には行ってますか?」
「ーーいや、行ってないなそういえば。急にどうした?」
「いえ最近病気やそう言った類のものも分かるようになってきましてね、許可さえもらえたら見ようかと思いまして」
「そういう事なら観てもらえるか? 何かと忙しくてな。できれば嫁と息子も頼む」
「あら私もいいの? それじゃあエルピス君お願いするわね」
一通り料理の工程が終わったのか、手を拭きながらこっちにやってきたテイラとアルに対してエルピスは先に鑑定を始める。
やっている事は〈完全鑑定〉を使用する時と大差は無いが、今回はどちらかというと鑑定の仕方自体がセラの使う鑑定と同分類の鑑定方法になり、この方法だと病気などの判断が下しやすくなるのだ。
アルは少々血糖値が高いが許容範囲内で、特に体に問題はない。
この世界では強くなればなるほど寿命が伸びるのは既に説明したが、それと同じように強くなればなるほど病気にもなりにくくなるのだ。
同じ様にテイラにも鑑定を使用すると、二つ驚く自体が判明する。
一つ目は乳がんの発覚、それもかなり進行が進んでおり全身に転移している様で、この世界の医療ではもう治すのは不可能なレベルまで進んでいた。
二つ目は体内に新たな生命が生まれていた事だ、お腹が大きくなっていないので気づいていない様だが、妊娠して一月は経っている。
「テイラさんアルさん、おめでとうございます。お子さんですよ」
「ーーーっ!? 本当かエルピス!」
「うそ! 本当に!?」
「ええ、しかもこれは…女の子ですね。特に病気なども無いですし、このまま問題なく産まれてくると思いますよ」
まさか医療用目的で使ったはじめての鑑定で妊娠が発覚するなどと少しも思っていなかったが、目の前の二人の笑顔を見ればそんな事気にもならなくなる。
普段は冷静なアルも今ばかりは満面の笑みを浮かべてテイラと見つめあっており、エルピスも自分が生まれると分かった時はこんなだったのかなとふと思う。
「お父さんに報告しなくっちゃ! 私行ってきます!」
「待て待て落ち着け! 外出たら危ないだろ!」
「任せてくださいよアルさん。料理食べさせていただく立場ですしそれくらいお手伝いします、フィトゥス居るな?」
「ーーここに」
「護衛を頼んだ、無いとは思うが厳重に警備しておけ」
「了解いたしました」
「アルヘオ家の執事か、なら安心だな。それなら行ってーーってもういないし、テイラの行動力にはたまに驚かされるな」
エルピスがフィトゥスに対して指示をしているときにはもうすでに玄関あたりから気配が消えていたので、おそらく相当早い段階から家の中から出て行ったのだろう。
フィトゥス達ならば何があっても大丈夫だろうし、エルピスも一応飛び出る瞬間に邪神の障壁を張っておいたのでここら一帯が爆撃でもされない限り大丈夫なはずだ。
それよりも今重要なのは癌。
アルに跡を追わせず残したのはこの事を伝えるためだ。
「アルさんそれでもう一つなんですが」
「ーーもしかしてシグルになんかあったか?」
「あ、いえシグル君はまだです。テイラさんなんですが、率直に言いますがこのままだと半年以内に病死します」
アルの顔が幸福感に溢れた顔から瞬時に暗いものへと変わっていく、当たり前だ目の前で自分の嫁が死ぬと言われたのだから。
だがそれはエルピスがこの場にいなければの話、今日本当にこの場に来て良かったと思いつつ、エルピスは不安にさせない様に笑顔を浮かべてアルに大丈夫だと伝える。
「ーーまぁ僕が居なければですがね! 任せてください、この世界で最高の医者でもありますから僕は。さすがに数分でーーとはいきませんが料理をいただいている内に秘密裏に直しておきます」
「……そうか、感謝しても仕切れないな。嫁にその事伝えた方が作業しやすいんじゃ無いか?」
「それも考えたんですが、母体にストレスがかかってお腹の中の子に悪影響が出てもいけませんからね」
体内にいる子供が母体の影響でどうなるかを知っているほどエルピスは医療関係を学んでいないが、悪影響があることくらいは常識的にも知っている。
詳しくどうなるか知らなくとも悪い事が起きるのならば、それをさせなければいいだけの話だ。
「恩にきる」
「修行のお礼ですよ、それとシグル君ですが今鑑定終わりました、特に問題はないですね虫歯も見当たりませんし。このままだと身長はアルさんより大きくはならないでしょうが、運動などをすれば同じかそれよりは大きくなりますよ」
「そうか、それは良かった。なんだか嬉しい事や焦る事が短い時間で起きて頭が混乱してきたよ」
「確かに一気に言いすぎたかもしれませんね。あ、最後にシグル君はどちからというと剣士よりは魔法使い向きのようですね、音楽なんかもやらせてあげるといいかもしれません」
アルやテイラよりも少しだけ深く潜り、エルピスは潜在的な才能の面に関して言及する。
これからどんな役職を目指しどんな能力を使うのかはこの子の気持ち次第だが、自分にどんな長所があるのかを知っておく事は重要なことだ。
そしてそれが目に見えない才能という部類もののであれば、その重要性はいうまでもない。
怪しい占い師みたいになっている自分に苦笑しつつ一頻りを伝えると、再びシグルとの遊びに戻るのだった。
/
「ご馳走様でした、すごく美味しかったです!」
テイラの手作りの料理を食べ終えたエルピスは、感謝を告げつつ治療を完了させる。
邪神の権能を使って治療したのでかなり疲労は溜まったが、人一人分の命を救えたと思えば十分だ。
目配せでアルに成功したことを伝えると、安堵したような表情を浮かべ軽く頭を下げた。
「お気に召したのなら良かったわ」
「エルピス書庫に行くか? 剣の指南書とかいろいろあるぞ」
「ではお言葉に甘えて」
「エルピスお兄ちゃん行っちゃうの?」
「まだ帰らないから大丈夫だよ。また帰るときは後で会いにくるね」
シグルに対してそう言うと、エルピスはアルの後を追いかけ書庫に案内してもらう。
この世界では本自体がそれなりに高価な代物で、指南書やそれに類する物となればその金額はさらに跳ね上がる。
公明な冒険者や名の知れた剣士、修練を重ねた魔法使いの指南書ともなれば一つの家が建てられる程度の金額になるのだが、そんな本が本棚に入れられ数千冊もあるのはエルピスからしても圧巻だ。
アルヘオ家の書庫は基本的に神話関連だったりそう言うものが多かったので、ここまで戦術指南の本が多いのは王国図書館以外ではエルピスも初めて見た。
「いろんな国から物々交換で貰ってたらこんなに増えちまってな。基本的には俺が昔戦ったことのある奴が置いて行った本が大半だ」
「この本棚一つで新しく商売始められますよこれ」
「だろうな。お前は書かないのか?」
「他人にもの言えるほど技術ありませんからね。それに前提条件が合いませんし」
「確かにそうか、お前レベルで剣も魔法もできる奴なんてそうは居ないしな」
権能を前提として本を書けと言われたならば、エルピスでも書くことは可能だ。
だがそもそも権能を持っている生物などこの世界にエルピス含めても数十か数百と言ったところだろう。
こう言うことを言ってもなんだが、書く意味がない。
「それじゃあ居間で待ってるからまた後でこい。シグルも遊んでほしいそうだったしな」
「はい、多分一時間ほどでそっち行きます」
部屋の外へと出て行くアルを見送りながら、エルピスは完全鑑定を使用して部屋の中にある本の中から需要な本を上からリストアップして行く。
数秒も経てば全ての本の鑑定が終わり、リストアップしたものの内上位百の本を魔法を使って本棚から引き出しページをめくる。
エルピスの周りをふわふわと浮かぶ大量の本の内容を瞬時に記憶し、必要そうな物と不必要なものを選別していく。
書かれている内容が机上の空論であろうともエルピスの身体能力と魔法操作技術すらあれば、実現は不可能ではない。
「おい待てシグル! 本読んでるのを邪魔しにいくな」
「やだー! エルピスお兄ちゃんと遊ぶー!」
「わがままをーー痛っ! なんで本が浮いてんだ?」
「わーすっごい!」
魔法の力は何も破壊だけに限った話ではない。
エルピスの周りで浮かぶ文字は魔法によって直接エルピスの脳内に入り込み、記憶として定着する。
その姿はまるで絵本に出てくる魔法使いのようで、シグルがそれを見て興奮するのも無理はないだろう。
一頻り本を読み終えたのか、まるで自分で意思を持っているかのように本は元あった場所に戻っていく。
「読み終えたので別にいいですよアルさん」
「すまんな、良かったなシグル」
「わーい! 今日は泊まっていってねエルピスお兄ちゃん!」
「そうすると良い。時間も時間だしな」
「ではお言葉に甘えて。いっぱい遊べますよシグル君」
泊まる予定は無かったが、向こうが好意で止まらせてくれると言うのならありがたい。
まだ読み終わっていない本もいくつかあるが、この家の範囲内程度ならば魔法を使って見ることもできる。
いまはただ構って欲しそうなシグルに連れられて、エルピスは居間へと向かうのだった。
/
数度の鍔迫り合いを終えたエルピスは、上段に剣を構えて相手を見据える。
昨日の今日で必要な物と不必要な物を瞬時に切り分けなければいけない戦闘に放り出され、少々焦りはしたものの本物の実力を持つアルと戦えたのは僥倖だ。
「練習相手に本気を出すのはこれが初めてですよ」
「俺もだ。F式がないのが残念だがな」
互いの覇気が絡み合うようにしてお互いの周りを漂い、不気味な空気が辺りを徐々に浸食していく。
口から息を吐き出す行為すら無駄に感じられるが、この緊張感の中では元人間であるエルピスに息を止めることは出来ない。
みしりと、地面が音を鳴らしたような錯覚を覚えるほどの力で踏み込んだエルピスは、一直線にアルに向かって突き進む。
いくつかの小手先の技術を覚えたからこそできる、何もしない突撃はだが重ねたブラフのおかげで何もしないことがブラフになる。
「これで終わりだっ!」
声を出しながらアルの胸を貫こうとしたエルピスの剣は、ギリギリでアルに防がれる。
狙っていたのは体であって剣ではない、エルピスの攻撃は失敗に終わった。
ただアルの剣も無事ではない、中途半端な所から折れこのままでは戦闘続行は不可能だろう。
「引き分け…ってところか。これ直してくれるか?」
「勝ったと思ったんですけどね。はいどうぞ」
確実に入ったとは思ったが、どうやら今回もアルの方が一枚上手だったらしい。
これがF式装備だったら今の攻撃で剣が折れることもなく、すぐに反撃されてエルピスも痛い目を見ていたことだろう。
まだまだ超える壁は高い。
「次はどうするんだ? 剣と魔法は使えるようになっただろ、もう」
「次は仲間の強化ですね。手っ取り早く強くなる悪魔が居るので」
「なら紹介状もいらないか、またなんかあったら家にこいよシグルが待ってる」
「ええ、近い内に」
戦闘を終えたエルピスは、アルに返事をしながらその場を後にする。
向かう先は二匹の悪魔がいるところ、邪神の権能が動き始めるのを感じつつエルピスは大空を駆けるのだった。
マギアとの特訓を終えて時刻は既に夕暮れすぎ、空を飛んでいく鳥の群れを眺めながらエルピスは長い長い廊下を抜けてようやく中庭へとたどり着く。
そこでは数年前までと同じように、なんら変わりなく剣を振る男の姿があった。
剣を振り下ろすその姿は見惚れるほどに綺麗で、振り下ろされる剣には一切の無駄が無く、効率よく敵を倒すための意思だけが込められている。
「遅かったなエルピス。師匠は強かったか?」
「死ぬほど強かったです」
特に気配を隠しながら近寄ったわけでもなかったので、エルピスの存在はすぐアルに気づかれる。
それに対してエルピスが頷くと、アルは笑いながら再び剣を振りつつエルピスに話題を振ってきた。
「だろうな、あの人はあれでもこの国の防衛の要だ。実戦経験もそこいらの奴らの比じゃないーーとは言ったもののお前もそうか」
ふと剣を止めアルがそう言うが、それは少しだけ違うだろう。
確かに質だけで言えばマギアが戦ったことのないような強者ーーニルやセラなどとも闘ってきたがそれは環境が良かったからだ。
ただひたすらに勝星を積むためだけに何度も何度も自身の至らぬ点を修正し、強くなるために様々なことに手を出したマギアには実戦経験でも戦士としても負けている。
「あの人には勝てないですよ。あと二十年くらいは欲しいですね」
「二十年後か…お前どうなってんだろうな」
「さぁどうなってるんでしょうかね」
「見てみたいもんだな、俺が生きてりゃだけど」
「ちょっと不穏なこと言わないでくださいよ。アルさんなら死にませんよ」
「いや死ぬ気は無いがな? 生きてる確証もないからさ」
そう言って遠い空を見上げるその姿はまるで自らの死期を悟っていると言わんばかりで、これ以上この会話を続けるのは良くないとエルピスはここにきた目的を早々に伝える。
「生きてますよ、これマギアさんからです。それ読めば内容は分かるかと」
「ん? ああ昼間に師匠から聞いてたからもうあらかた分かってるよ。修行つけに来たんだろ? いつか本気で教えてやろうとは思ってたけどちょうど良かった」
「話が早くて助かります。それじゃ始めましょうか」
「おいおいまて、魔法はそりゃ基礎が極まってるからいいかもしれないが、お前剣に関して言えばからっきしなんだからしっかりと基礎からやるぞ」
そう言ってアルはエルピスに向かって剣を投げ渡す。
その剣を見てエルピスはふと口角が上がるのを感じる、これは昔アルが使っていた儀礼用の剣を遊び半分で魔改造したものだ。
アルの腰には前までよりさらに強化された、エルピスが灰猫の代わりとして送った剣が携帯されておりなんだか嬉しさを感じる。
アルが言う通りいまのエルピスは正直言えば剣に関してはからっきしだ、技能は有るにはあるが所詮技能だ。
そもそもクリムから対剣の対処は習っているが、剣術についてはろくに習っていない。
父は魔法使いだからそもそも肉弾戦が得意ではないし、エルピスの周りで剣を使うものがいなかったから仕方ないと言えば仕方ないがそれでもこれまでろくに剣術を習ってこなかったのは怠慢の証だろう。
「分かりました。それじゃ何をすれば?」
「とりあえず素振りしろ、俺が悪いとこ全部言ってくから逐次直す方向で」
「普通に振り下ろすだけでいいんですよね?」
「別に演舞形式でもいいぞ、実戦で使えるのならなんでも。途中で止める時もあるからそん時は気合で止めろよ」
「無茶苦茶言いますね、まぁ今は師匠ですし聞きますけど」
「ほら始めろ」
アルのゴーサインで、エルピスは手に持った剣の感触に慣れようと数回剣を振るってから剣が壊れない程度に力を出して仮想の敵を想定しながら剣を振るう。
普段エルピスがやっている時は魔法の訓練も兼ねるので、仮想の敵も魔法で姿形は生み出したかなり実戦よりのものだ。
今回はこちらに攻撃が当たらないようになっているが、普段は攻撃もこちらに当たるようになっている。
袈裟懸けに振り下ろされた剣を勘で避け、逆に袈裟懸けに斬り下ろそうとした瞬間、アルから待ったがかかりエルピスは無理やり身体を止めてアルの方を向く。
「よく止まれたな、体幹どうなってるんだ?」
「まぁこれでも鍛えてますから。それで何か問題が?」
「いま勘で避けただろその攻撃、あと剣先がブレすぎ重心の位置が後ろに寄りすぎ。拳士なら良いが剣士になりたいならそれじゃダメだ」
「母からこれで良いと教わったんですけど」
「あの人の戦い方は真似するな、あれは天性のもんだ、そこまで真似できてるお前の才能も大概だが多分いまのラインが限界だ。足と肩をしっかりと見て相手の次の動きを予測しろ、それで大部分は分かる」
アルからそう言われ敵の動きを見てみれば、確かに先ほどまでよりも格段に敵の動きが見やすくなった。
手首を曲げたり腕の筋肉を使ってのフェイントには引っかかりやすくなってしまったが、意識を徐々に小さい部位に向けていけばそう言ったフェイントに騙されることも減ってくるだろう。
剣先のブレは何度か意識して振っていると自然と消失していった、どうやら〈経験値増加〉がうまく機能してくれたらしい。
重心の位置は少し癖になってしまっているので、魔法を使い足元を多少いじって無理やり前に移せば〈経験値増加〉が少しすればうまく補修してくれるだろう。
今日ははマギアとの戦闘もそうだったが〈経験値増加〉におんぶにだっこされていると思いながら、エルピスは徐々に良くなっていく自身の感覚にだんただ楽しくなってきて、さらに速度を早めていく。
剣がエルピスの速度について来れず破損しかけるが、それも魔法を重ね掛けすればある程度は耐久性能もあげる事ができた。
止めの一撃ーーを刺そうとしたところでまたアルに止められる。
「はいストップ! ってこれでも止まれるのか、体の構造どうなってんだよ」
「まぁ人じゃないですからね。それで次は」
「決めにいくときに剣を大振りしすぎだ、いまそれ突かれたら敵は殺せるが刺さるぞ」
そう言われ魔力で作った仮想的に突きをさせてみると、首は身体とおさらばしたが確かにエルピスの胸に剣を突き刺すことに成功していた。
普段ならば邪神の障壁で守られているので問題ないが、それでも敵の攻撃を不用意に、それも食らわなくて良い攻撃を食らうなど馬鹿のやることだ。
頭の中で自身の反省点として記録し、なるべく少ない手数でコンパクトに決められることを意識しながら仮想的を倒す。
「言いたいことは山ほどあるがまぁもう日も落ちたし続きは明日だな。内に来い、飯くらい食べていけ」
「本当ですか!? ごちになりまーす」
「ちょうど合わせたかった奴もいるしな」
「え? 誰ですか?」
「あってからのお楽しみだ」
この国でエルピスがあっていない人間はそうはいないはず、だがアルがあってからの楽しみだと言うのなら、おそらくはエルピスのあった事のない人物なのだろう。
それから少しして王城から徒歩数分でアルの家にたどり着く。
基本的な建築方法で建てられたその家は豪邸というにはあまり広くはないが、だが庶民の家とは見ただけでもかけられている金額の違いが分かった。
武人らしいアルの家だなと思いつつアルの後についていくと、玄関を開けた瞬間に小さな子供が飛び出してくる。
年齢としては2、3歳か、元気いっぱいなその子に対して少し焦りはするものの、小さな子供の相手には一応慣れているので飛び込んできた勢いそのままに抱き上げる。
「びっくりしたー、この子は?」
「俺の子だ、落とすなよ?」
「ーーえっ!? アルさん子供いたんですか!?」
「お父さんこの人誰ー?」
「お父さんの友達の息子だ。この子は二年前に産まれた」
二年前というと、ちょうど連合王国でのイザコザが終わった程度の時だろうか。
まさか子供が産まれているなど思ってもおらず、そもそも結婚していたことすら知らなかったエルピスは驚いて身体が固まる。
その間にもエルピスに対して興味津々なのか顔をペチペチしてくる小さい子供の顔を見てみれば、確かにどことなくアルの面影があった。
二歳児がここまで流暢に話せるのはこの世界の特徴だ、この世界の人の成長速度はかなり早い。
「貴方お帰りなさい。あら、そちらの方は?」
「エルピスだ、話くらいは聞いてるだろ?」
「どうもこんばんは、エルピス・アルヘオと申します」
「お父さんとアルからよく話は聞いているわ。どうぞ入って、今日はご馳走を用意しなくっちゃね」
招かれるままエルピスは家の中に入り、玄関で靴を脱ぎ居間へと通される。
王国はここら辺の国では珍しく家に上がる時は靴を脱ぐ習慣があり、アルの家も例外ではないようだ。
居間にはいくつか子供用のおもちゃがあり、固定された本棚と角を無くされた机はこの家の子供が、いかに大切に育てられたか理解するのには十分だった。
「アルさんお子さんと奥さんの名前教えてくださいよ」
「ん? ああ、そう言えば言ってなかったな。嫁がテイラ息子がシグルだ」
「テイラさんとシグルくんですね、覚えました。結婚式呼んでくれたら良かったのに」
「加冠の儀だったりなんだりであの時期は忙しかったし、それに俺も嫁も許嫁で昔から知った仲だ。今更式なんてあげたくて良いって向こうから言ってきたからそれに乗ったんだよ」
「そういうことだったんですね」
「お兄ちゃんこれで遊ぼー!」
「いいよ、先行はそっちねシグルくん」
アルとの会話に割って入るようにしてシグルが持ってきた玩具は、王国で一般的に小さな子供がよく遊ぶ定番の玩具だった。
馬や竜、騎士や農民などと言った様々な形の人形を敷居で隠し、相手の人形に対して有利な人形を場に出すと勝利することができる。
ようは出せる手の多いジャンケンだ。
これならば昔やったこともあるのでルールもわかるし手加減もできる、片手間でシグルの相手をしつつエルピスはまだアルとの話を進めていく。
「そう言えばアルさん最近健康診断には行ってますか?」
「ーーいや、行ってないなそういえば。急にどうした?」
「いえ最近病気やそう言った類のものも分かるようになってきましてね、許可さえもらえたら見ようかと思いまして」
「そういう事なら観てもらえるか? 何かと忙しくてな。できれば嫁と息子も頼む」
「あら私もいいの? それじゃあエルピス君お願いするわね」
一通り料理の工程が終わったのか、手を拭きながらこっちにやってきたテイラとアルに対してエルピスは先に鑑定を始める。
やっている事は〈完全鑑定〉を使用する時と大差は無いが、今回はどちらかというと鑑定の仕方自体がセラの使う鑑定と同分類の鑑定方法になり、この方法だと病気などの判断が下しやすくなるのだ。
アルは少々血糖値が高いが許容範囲内で、特に体に問題はない。
この世界では強くなればなるほど寿命が伸びるのは既に説明したが、それと同じように強くなればなるほど病気にもなりにくくなるのだ。
同じ様にテイラにも鑑定を使用すると、二つ驚く自体が判明する。
一つ目は乳がんの発覚、それもかなり進行が進んでおり全身に転移している様で、この世界の医療ではもう治すのは不可能なレベルまで進んでいた。
二つ目は体内に新たな生命が生まれていた事だ、お腹が大きくなっていないので気づいていない様だが、妊娠して一月は経っている。
「テイラさんアルさん、おめでとうございます。お子さんですよ」
「ーーーっ!? 本当かエルピス!」
「うそ! 本当に!?」
「ええ、しかもこれは…女の子ですね。特に病気なども無いですし、このまま問題なく産まれてくると思いますよ」
まさか医療用目的で使ったはじめての鑑定で妊娠が発覚するなどと少しも思っていなかったが、目の前の二人の笑顔を見ればそんな事気にもならなくなる。
普段は冷静なアルも今ばかりは満面の笑みを浮かべてテイラと見つめあっており、エルピスも自分が生まれると分かった時はこんなだったのかなとふと思う。
「お父さんに報告しなくっちゃ! 私行ってきます!」
「待て待て落ち着け! 外出たら危ないだろ!」
「任せてくださいよアルさん。料理食べさせていただく立場ですしそれくらいお手伝いします、フィトゥス居るな?」
「ーーここに」
「護衛を頼んだ、無いとは思うが厳重に警備しておけ」
「了解いたしました」
「アルヘオ家の執事か、なら安心だな。それなら行ってーーってもういないし、テイラの行動力にはたまに驚かされるな」
エルピスがフィトゥスに対して指示をしているときにはもうすでに玄関あたりから気配が消えていたので、おそらく相当早い段階から家の中から出て行ったのだろう。
フィトゥス達ならば何があっても大丈夫だろうし、エルピスも一応飛び出る瞬間に邪神の障壁を張っておいたのでここら一帯が爆撃でもされない限り大丈夫なはずだ。
それよりも今重要なのは癌。
アルに跡を追わせず残したのはこの事を伝えるためだ。
「アルさんそれでもう一つなんですが」
「ーーもしかしてシグルになんかあったか?」
「あ、いえシグル君はまだです。テイラさんなんですが、率直に言いますがこのままだと半年以内に病死します」
アルの顔が幸福感に溢れた顔から瞬時に暗いものへと変わっていく、当たり前だ目の前で自分の嫁が死ぬと言われたのだから。
だがそれはエルピスがこの場にいなければの話、今日本当にこの場に来て良かったと思いつつ、エルピスは不安にさせない様に笑顔を浮かべてアルに大丈夫だと伝える。
「ーーまぁ僕が居なければですがね! 任せてください、この世界で最高の医者でもありますから僕は。さすがに数分でーーとはいきませんが料理をいただいている内に秘密裏に直しておきます」
「……そうか、感謝しても仕切れないな。嫁にその事伝えた方が作業しやすいんじゃ無いか?」
「それも考えたんですが、母体にストレスがかかってお腹の中の子に悪影響が出てもいけませんからね」
体内にいる子供が母体の影響でどうなるかを知っているほどエルピスは医療関係を学んでいないが、悪影響があることくらいは常識的にも知っている。
詳しくどうなるか知らなくとも悪い事が起きるのならば、それをさせなければいいだけの話だ。
「恩にきる」
「修行のお礼ですよ、それとシグル君ですが今鑑定終わりました、特に問題はないですね虫歯も見当たりませんし。このままだと身長はアルさんより大きくはならないでしょうが、運動などをすれば同じかそれよりは大きくなりますよ」
「そうか、それは良かった。なんだか嬉しい事や焦る事が短い時間で起きて頭が混乱してきたよ」
「確かに一気に言いすぎたかもしれませんね。あ、最後にシグル君はどちからというと剣士よりは魔法使い向きのようですね、音楽なんかもやらせてあげるといいかもしれません」
アルやテイラよりも少しだけ深く潜り、エルピスは潜在的な才能の面に関して言及する。
これからどんな役職を目指しどんな能力を使うのかはこの子の気持ち次第だが、自分にどんな長所があるのかを知っておく事は重要なことだ。
そしてそれが目に見えない才能という部類もののであれば、その重要性はいうまでもない。
怪しい占い師みたいになっている自分に苦笑しつつ一頻りを伝えると、再びシグルとの遊びに戻るのだった。
/
「ご馳走様でした、すごく美味しかったです!」
テイラの手作りの料理を食べ終えたエルピスは、感謝を告げつつ治療を完了させる。
邪神の権能を使って治療したのでかなり疲労は溜まったが、人一人分の命を救えたと思えば十分だ。
目配せでアルに成功したことを伝えると、安堵したような表情を浮かべ軽く頭を下げた。
「お気に召したのなら良かったわ」
「エルピス書庫に行くか? 剣の指南書とかいろいろあるぞ」
「ではお言葉に甘えて」
「エルピスお兄ちゃん行っちゃうの?」
「まだ帰らないから大丈夫だよ。また帰るときは後で会いにくるね」
シグルに対してそう言うと、エルピスはアルの後を追いかけ書庫に案内してもらう。
この世界では本自体がそれなりに高価な代物で、指南書やそれに類する物となればその金額はさらに跳ね上がる。
公明な冒険者や名の知れた剣士、修練を重ねた魔法使いの指南書ともなれば一つの家が建てられる程度の金額になるのだが、そんな本が本棚に入れられ数千冊もあるのはエルピスからしても圧巻だ。
アルヘオ家の書庫は基本的に神話関連だったりそう言うものが多かったので、ここまで戦術指南の本が多いのは王国図書館以外ではエルピスも初めて見た。
「いろんな国から物々交換で貰ってたらこんなに増えちまってな。基本的には俺が昔戦ったことのある奴が置いて行った本が大半だ」
「この本棚一つで新しく商売始められますよこれ」
「だろうな。お前は書かないのか?」
「他人にもの言えるほど技術ありませんからね。それに前提条件が合いませんし」
「確かにそうか、お前レベルで剣も魔法もできる奴なんてそうは居ないしな」
権能を前提として本を書けと言われたならば、エルピスでも書くことは可能だ。
だがそもそも権能を持っている生物などこの世界にエルピス含めても数十か数百と言ったところだろう。
こう言うことを言ってもなんだが、書く意味がない。
「それじゃあ居間で待ってるからまた後でこい。シグルも遊んでほしいそうだったしな」
「はい、多分一時間ほどでそっち行きます」
部屋の外へと出て行くアルを見送りながら、エルピスは完全鑑定を使用して部屋の中にある本の中から需要な本を上からリストアップして行く。
数秒も経てば全ての本の鑑定が終わり、リストアップしたものの内上位百の本を魔法を使って本棚から引き出しページをめくる。
エルピスの周りをふわふわと浮かぶ大量の本の内容を瞬時に記憶し、必要そうな物と不必要なものを選別していく。
書かれている内容が机上の空論であろうともエルピスの身体能力と魔法操作技術すらあれば、実現は不可能ではない。
「おい待てシグル! 本読んでるのを邪魔しにいくな」
「やだー! エルピスお兄ちゃんと遊ぶー!」
「わがままをーー痛っ! なんで本が浮いてんだ?」
「わーすっごい!」
魔法の力は何も破壊だけに限った話ではない。
エルピスの周りで浮かぶ文字は魔法によって直接エルピスの脳内に入り込み、記憶として定着する。
その姿はまるで絵本に出てくる魔法使いのようで、シグルがそれを見て興奮するのも無理はないだろう。
一頻り本を読み終えたのか、まるで自分で意思を持っているかのように本は元あった場所に戻っていく。
「読み終えたので別にいいですよアルさん」
「すまんな、良かったなシグル」
「わーい! 今日は泊まっていってねエルピスお兄ちゃん!」
「そうすると良い。時間も時間だしな」
「ではお言葉に甘えて。いっぱい遊べますよシグル君」
泊まる予定は無かったが、向こうが好意で止まらせてくれると言うのならありがたい。
まだ読み終わっていない本もいくつかあるが、この家の範囲内程度ならば魔法を使って見ることもできる。
いまはただ構って欲しそうなシグルに連れられて、エルピスは居間へと向かうのだった。
/
数度の鍔迫り合いを終えたエルピスは、上段に剣を構えて相手を見据える。
昨日の今日で必要な物と不必要な物を瞬時に切り分けなければいけない戦闘に放り出され、少々焦りはしたものの本物の実力を持つアルと戦えたのは僥倖だ。
「練習相手に本気を出すのはこれが初めてですよ」
「俺もだ。F式がないのが残念だがな」
互いの覇気が絡み合うようにしてお互いの周りを漂い、不気味な空気が辺りを徐々に浸食していく。
口から息を吐き出す行為すら無駄に感じられるが、この緊張感の中では元人間であるエルピスに息を止めることは出来ない。
みしりと、地面が音を鳴らしたような錯覚を覚えるほどの力で踏み込んだエルピスは、一直線にアルに向かって突き進む。
いくつかの小手先の技術を覚えたからこそできる、何もしない突撃はだが重ねたブラフのおかげで何もしないことがブラフになる。
「これで終わりだっ!」
声を出しながらアルの胸を貫こうとしたエルピスの剣は、ギリギリでアルに防がれる。
狙っていたのは体であって剣ではない、エルピスの攻撃は失敗に終わった。
ただアルの剣も無事ではない、中途半端な所から折れこのままでは戦闘続行は不可能だろう。
「引き分け…ってところか。これ直してくれるか?」
「勝ったと思ったんですけどね。はいどうぞ」
確実に入ったとは思ったが、どうやら今回もアルの方が一枚上手だったらしい。
これがF式装備だったら今の攻撃で剣が折れることもなく、すぐに反撃されてエルピスも痛い目を見ていたことだろう。
まだまだ超える壁は高い。
「次はどうするんだ? 剣と魔法は使えるようになっただろ、もう」
「次は仲間の強化ですね。手っ取り早く強くなる悪魔が居るので」
「なら紹介状もいらないか、またなんかあったら家にこいよシグルが待ってる」
「ええ、近い内に」
戦闘を終えたエルピスは、アルに返事をしながらその場を後にする。
向かう先は二匹の悪魔がいるところ、邪神の権能が動き始めるのを感じつつエルピスは大空を駆けるのだった。
1
あなたにおすすめの小説
前世は最強の宝の持ち腐れ!?二度目の人生は創造神が書き換えた神級スキルで気ままに冒険者します!!
yoshikazu
ファンタジー
主人公クレイは幼い頃に両親を盗賊に殺され物心付いた時には孤児院にいた。このライリー孤児院は子供達に客の依頼仕事をさせ手間賃を稼ぐ商売を生業にしていた。しかしクレイは仕事も遅く何をやっても上手く出来なかった。そしてある日の夜、無実の罪で雪が積もる極寒の夜へと放り出されてしまう。そしてクレイは極寒の中一人寂しく路地裏で生涯を閉じた。
だがクレイの中には創造神アルフェリアが創造した神の称号とスキルが眠っていた。しかし創造神アルフェリアの手違いで神のスキルが使いたくても使えなかったのだ。
創造神アルフェリアはクレイの魂を呼び寄せお詫びに神の称号とスキルを書き換える。それは経験したスキルを自分のものに出来るものであった。
そしてクレイは元居た世界に転生しゼノアとして二度目の人生を始める。ここから前世での惨めな人生を振り払うように神級スキルを引っ提げて冒険者として突き進む少年ゼノアの物語が始まる。
神の手違い転生。悪と理不尽と運命を無双します!
yoshikazu
ファンタジー
橘 涼太。高校1年生。突然の交通事故で命を落としてしまう。
しかしそれは神のミスによるものだった。
神は橘 涼太の魂を神界に呼び謝罪する。その時、神は橘 涼太を気に入ってしまう。
そして橘 涼太に提案をする。
『魔法と剣の世界に転生してみないか?』と。
橘 涼太は快く承諾して記憶を消されて転生先へと旅立ちミハエルとなる。
しかし神は転生先のステータスの平均設定を勘違いして気付いた時には100倍の設定になっていた。
さらにミハエルは〈光の加護〉を受けておりステータスが合わせて1000倍になりスキルも数と質がパワーアップしていたのだ。
これは神の手違いでミハエルがとてつもないステータスとスキルを提げて世の中の悪と理不尽と運命に立ち向かう物語である。
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
悪役皇子、ざまぁされたので反省する ~ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ~
shiba
ファンタジー
魂だけの存在となり、邯鄲(かんたん)の夢にて
無名の英雄
愛を知らぬ商人
気狂いの賢者など
様々な英霊達の人生を追体験した凡愚な皇子は自身の無能さを痛感する。
それゆえに悪徳貴族の嫡男に生まれ変わった後、謎の強迫観念に背中を押されるまま
幼い頃から努力を積み上げていた彼は、図らずも超越者への道を歩み出す。
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
倒した魔物が消えるのは、僕だけのスキルらしいです
桐山じゃろ
ファンタジー
日常のなんでもないタイミングで右眼の色だけ変わってしまうという特異体質のディールは、魔物に止めを刺すだけで魔物の死骸を消してしまえる能力を持っていた。世間では魔物を消せるのは聖女の魔滅魔法のみ。聖女に疎まれてパーティを追い出され、今度は魔滅魔法の使えない聖女とパーティを組むことに。瞳の力は魔物を消すだけではないことを知る頃には、ディールは世界の命運に巻き込まれていた。
二度目の勇者は救わない
銀猫
ファンタジー
異世界に呼び出された勇者星谷瞬は死闘の果てに世界を救い、召喚した王国に裏切られ殺された。
しかし、殺されたはずの殺されたはずの星谷瞬は、何故か元の世界の自室で目が覚める。
それから一年。人を信じられなくなり、クラスから浮いていた瞬はクラスメイトごと異世界に飛ばされる。飛ばされた先は、かつて瞬が救った200年後の世界だった。
復讐相手もいない世界で思わぬ二度目を得た瞬は、この世界で何を見て何を成すのか?
昔なろうで投稿していたものになります。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる