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第二話 「いらない」なんて言わないで!
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「ねえねえねえ……サキ! なによこれ、どういうことよ!!」
その日のお昼休み。花宮は同じクラスの女子の席に、お弁当箱を勢い良く叩きつけていた。
「まあ、花ちゃん。そない乱暴にしたらあかんよお」
サキと呼ばれた少女は優雅な動作で首を傾け、切り揃えられた長い黒髪を揺らす。
「あんた言ってなかったじゃない、ユースケが同じクラスだなんて……!」
周囲の視線に気付き声を抑えた花宮は、空いていた席にしおしおと腰掛けた。
「うふっ、だって言わない方が面白そうやん。びっくりしたやろ?」
「びっくりどころじゃ……ないわよ。あんな……」
「……わたし好みの声になっちゃって?」
その台詞にビクリとした衝撃で、花宮は開けかけていたお弁当のフタを取り落としそうになる。
「な、な、な……!」
「そうやんなあ、花ちゃん昔からユー君のこと大好きやったもんなあ……。理想の推し声優『かしわん様』と似てないからって、好きじゃないー! とか必死に抵抗してたけどなあ」
「な、な……ユースケなんて、全然好きじゃなかったわよ! すぐ泣くクセに、上級生にからかわれる私を守ったり……おなか弱いのに私が苦手な牛乳飲んでくれて、結局おなか壊したり……。私が落ち込んでると、黙って側にいてくれたり……」
次第に声が小さくなっていく花宮を、サキはにこにこと見つめている。
「ハッ! じゃなくて、だからその……弱々しくて、すぐ泣いて、無駄に優しいところが嫌いなの!──『かしわん様』は、ダンディで俺様で、すーごく大人っぽいんだから! それにユースケ、昔は声がめちゃくちゃ高かったし……」
「……で? 今はどうなん? 声も低うくなって、大人っぽくなったユー君と再会して、な?」
「あんなやつ……! 偉そうに私より背伸ばしちゃって、無駄に筋肉までつけて……ユースケの癖に喉仏とか出ちゃって……それに声、声も……!」
お弁当を前に手もつけられず、花宮は頭を抱えてプルプルと震えている。
聞き耳を立てていたクラスメイト達は、そういうことね……と静かに頷き合っていた。教室全体が応援ムードになっていることに、彼女は気付かない。
「……で、アイツは? お昼なのに、どっか行ったけど……」
「あは! ──ユー君なあ、放送委員やの」
心底楽しいといった顔で微笑むサキの目の前で、花宮の顔には滝のように汗が吹き出していた。
「ほ……うそう、いいん」
「声フェチの花ちゃんに、はたして耐えられるやろか?」
花宮が落とした箸が地面に触れるのと同時に、プツリと放送の入る音がした。
《──皆さんこんにちは。放送部です》
「ユー君の放送なあ、結構人気なんよ。声優さんのラジオみたいでなあ」
高校生に似つかわしくない、低音でゆったりとした抑揚のある声が、校内に響き渡る。
《今日も皆さんの貴重なお昼時間をお借りして、楽しい放送にしていきたいと思います。それでは本日も──》
「「「楽しいランチを!」」」
ユースケのコールに合わせて、複数人が声を上げる。
それからはお祭り騒ぎだった。
放送は本物のラジオのようで、メールテーマに沿ったお悩み相談があったり、投稿型の大喜利があったり、曲紹介があったり……。
合間には、別撮りされたラジオCMなんかも流れてくる(近くにある駄菓子屋の宣伝だった)。
ゲストにはバスケ部のエースが呼ばれ、ぎこちない様子で他校との練習試合の告知をしていた。
教室では、自分が投稿したお便りが読まれた読まれないで、クラスメイトが一喜一憂している。
静かにお昼を食べている人達も耳を傾けているようで、内容に合わせて時折りくすくすと笑っていた。
他のクラスも同じ様子で、廊下からもラジオに応える声が聞こえてきた。
「そんな……うそでしょ。前の高校は、こんなにお昼の放送なんて聞いてなかった……」
花宮はスピーカーの方を見ながら、口を大きく開けて呆然としている。
「そうやんなあ。うちも、ユー君がやる前はそうやったんよ。ユー君が放送部に入ってから、企画やら何やら全部練り直して、時間をかけてこんな人気番組になったんよ」
サキは花宮を見て、もう一度微笑む。
「……惚れ直した?」
「ほ、惚れ、惚れ直してなんて! そもそも惚れてないんだから!」
「そうかあ、じゃあ……ユー君取られてまうかもなあ。この番組人気やから、ファンクラブなんかもあるって噂で」
「ファンクラブ……」
百面相の花宮を見て、サキは鈴を転がすように笑う。
「花ちゃん、その顔! 飽きないわあ、たまらん!」
「もうサキったら! 面白がらないで!!」
そうこうしている内に放送が終わり、ユースケが教室に戻ってきた。
「今日も良かったよ~」「おつかれ」と声をかけるクラスメイトにお礼を言いながら、静かに自分の席へ着席したユースケの前に、花宮が立ちはだかる。
「……ちょっとアンタ、お昼ごはんは?」
仁王立ちした花宮は、冷ややかな目つきでユースケを見下ろしていた。
「弁当作るの面倒だし、放送の後で時間ないから、菓子パンだけど……」
「こんな小さいパン一つで! 成長期の男子のお腹がふくれるわけないっての!」
花宮がユースケの口に、自分のお弁当を詰め込んでいく。
「む、ぐ……これは」
「きょ、今日は諸事情で全然お弁当食べられなかったから、責任とってアンタが食べなさい! 明日からは何か手早くつまめるもの、私が作ってきてあげてもいいけど……」
「むぐ……花宮の、手を、煩わせるわけには……」
「自分のお弁当作るついでだし! 手間じゃないから黙って受け取りなさい!」
残りの食材もグイグイと押し込まれたユースケは、やっとの思いで飲み込んでから口を開いた。
「ぷはっ……花宮、俺の放送の担当は月木だから、そこだけで大丈夫……」
「どうせ他の日も菓子パンでしょ!? 昔から甘党なんだから! 他の日はちゃんと普通の量作りますからね、ちゃんと完食しないと許さないわよ!」
何故か偉そうに言い放った花宮は、満足げに教室を出て行った。
「……お前、これから大変そうだな」
呆気に取られるユースケの肩に手を置き、友人の栗田が菩薩のような微笑みで呟いた。
その日のお昼休み。花宮は同じクラスの女子の席に、お弁当箱を勢い良く叩きつけていた。
「まあ、花ちゃん。そない乱暴にしたらあかんよお」
サキと呼ばれた少女は優雅な動作で首を傾け、切り揃えられた長い黒髪を揺らす。
「あんた言ってなかったじゃない、ユースケが同じクラスだなんて……!」
周囲の視線に気付き声を抑えた花宮は、空いていた席にしおしおと腰掛けた。
「うふっ、だって言わない方が面白そうやん。びっくりしたやろ?」
「びっくりどころじゃ……ないわよ。あんな……」
「……わたし好みの声になっちゃって?」
その台詞にビクリとした衝撃で、花宮は開けかけていたお弁当のフタを取り落としそうになる。
「な、な、な……!」
「そうやんなあ、花ちゃん昔からユー君のこと大好きやったもんなあ……。理想の推し声優『かしわん様』と似てないからって、好きじゃないー! とか必死に抵抗してたけどなあ」
「な、な……ユースケなんて、全然好きじゃなかったわよ! すぐ泣くクセに、上級生にからかわれる私を守ったり……おなか弱いのに私が苦手な牛乳飲んでくれて、結局おなか壊したり……。私が落ち込んでると、黙って側にいてくれたり……」
次第に声が小さくなっていく花宮を、サキはにこにこと見つめている。
「ハッ! じゃなくて、だからその……弱々しくて、すぐ泣いて、無駄に優しいところが嫌いなの!──『かしわん様』は、ダンディで俺様で、すーごく大人っぽいんだから! それにユースケ、昔は声がめちゃくちゃ高かったし……」
「……で? 今はどうなん? 声も低うくなって、大人っぽくなったユー君と再会して、な?」
「あんなやつ……! 偉そうに私より背伸ばしちゃって、無駄に筋肉までつけて……ユースケの癖に喉仏とか出ちゃって……それに声、声も……!」
お弁当を前に手もつけられず、花宮は頭を抱えてプルプルと震えている。
聞き耳を立てていたクラスメイト達は、そういうことね……と静かに頷き合っていた。教室全体が応援ムードになっていることに、彼女は気付かない。
「……で、アイツは? お昼なのに、どっか行ったけど……」
「あは! ──ユー君なあ、放送委員やの」
心底楽しいといった顔で微笑むサキの目の前で、花宮の顔には滝のように汗が吹き出していた。
「ほ……うそう、いいん」
「声フェチの花ちゃんに、はたして耐えられるやろか?」
花宮が落とした箸が地面に触れるのと同時に、プツリと放送の入る音がした。
《──皆さんこんにちは。放送部です》
「ユー君の放送なあ、結構人気なんよ。声優さんのラジオみたいでなあ」
高校生に似つかわしくない、低音でゆったりとした抑揚のある声が、校内に響き渡る。
《今日も皆さんの貴重なお昼時間をお借りして、楽しい放送にしていきたいと思います。それでは本日も──》
「「「楽しいランチを!」」」
ユースケのコールに合わせて、複数人が声を上げる。
それからはお祭り騒ぎだった。
放送は本物のラジオのようで、メールテーマに沿ったお悩み相談があったり、投稿型の大喜利があったり、曲紹介があったり……。
合間には、別撮りされたラジオCMなんかも流れてくる(近くにある駄菓子屋の宣伝だった)。
ゲストにはバスケ部のエースが呼ばれ、ぎこちない様子で他校との練習試合の告知をしていた。
教室では、自分が投稿したお便りが読まれた読まれないで、クラスメイトが一喜一憂している。
静かにお昼を食べている人達も耳を傾けているようで、内容に合わせて時折りくすくすと笑っていた。
他のクラスも同じ様子で、廊下からもラジオに応える声が聞こえてきた。
「そんな……うそでしょ。前の高校は、こんなにお昼の放送なんて聞いてなかった……」
花宮はスピーカーの方を見ながら、口を大きく開けて呆然としている。
「そうやんなあ。うちも、ユー君がやる前はそうやったんよ。ユー君が放送部に入ってから、企画やら何やら全部練り直して、時間をかけてこんな人気番組になったんよ」
サキは花宮を見て、もう一度微笑む。
「……惚れ直した?」
「ほ、惚れ、惚れ直してなんて! そもそも惚れてないんだから!」
「そうかあ、じゃあ……ユー君取られてまうかもなあ。この番組人気やから、ファンクラブなんかもあるって噂で」
「ファンクラブ……」
百面相の花宮を見て、サキは鈴を転がすように笑う。
「花ちゃん、その顔! 飽きないわあ、たまらん!」
「もうサキったら! 面白がらないで!!」
そうこうしている内に放送が終わり、ユースケが教室に戻ってきた。
「今日も良かったよ~」「おつかれ」と声をかけるクラスメイトにお礼を言いながら、静かに自分の席へ着席したユースケの前に、花宮が立ちはだかる。
「……ちょっとアンタ、お昼ごはんは?」
仁王立ちした花宮は、冷ややかな目つきでユースケを見下ろしていた。
「弁当作るの面倒だし、放送の後で時間ないから、菓子パンだけど……」
「こんな小さいパン一つで! 成長期の男子のお腹がふくれるわけないっての!」
花宮がユースケの口に、自分のお弁当を詰め込んでいく。
「む、ぐ……これは」
「きょ、今日は諸事情で全然お弁当食べられなかったから、責任とってアンタが食べなさい! 明日からは何か手早くつまめるもの、私が作ってきてあげてもいいけど……」
「むぐ……花宮の、手を、煩わせるわけには……」
「自分のお弁当作るついでだし! 手間じゃないから黙って受け取りなさい!」
残りの食材もグイグイと押し込まれたユースケは、やっとの思いで飲み込んでから口を開いた。
「ぷはっ……花宮、俺の放送の担当は月木だから、そこだけで大丈夫……」
「どうせ他の日も菓子パンでしょ!? 昔から甘党なんだから! 他の日はちゃんと普通の量作りますからね、ちゃんと完食しないと許さないわよ!」
何故か偉そうに言い放った花宮は、満足げに教室を出て行った。
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