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第二章 歪んだ愛
5話 犯人は
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にやりと笑った晴臣は、探偵らしくわざとらしい間を取って低い声を出す。
「……なるほど? じゃあ、あの木は知らない誰かが切ったのか?」
「そうだと思います。だって、私の家に入ってきてませんから」
立派な木は丁寧に剪定をされているのか、手を伸ばせば届くものの敷地から出てきていない。
しかしながら、切られているのは川田家側。岩崎からしたら、川田が切ったと思われてもしょうがない。
川田は毎年のように柿をもらい、自分の敷地にも侵入をしてきていない。
……これ、わざわざ切ることないよな?
ここで問題になるのは、誰がこの木を切ったのかだ。
ブロック塀も三段積み上げられてるのみで、どちらの庭へも道路から入れてしまう。これなら、近所の誰かが入って切ったということも考えられそうだ。
「ほかに誰がやりそうか、分かるか?」
「いえ。この近所の人たちは、岩崎さんを怒らせたくないんですよ」
「うぅん……なるほど」
この近所の住人は、岩崎を恐れている。それなら、この辺りの人間ではなさそうだ。
じゃあ、誰がやるんだ?
「本人が切ったけど、記憶がない?」
「どうでしょうね。記憶はいい方だと思いますけど」
川田は頬に手を当てて、指の腹で自分の頬を撫でた。その仕草と「手が早い」を照合すると、恐らく殴られたのだろう。
頭がフラッシュバックする。散々されてきたからこそ、隠しきれない彼の動きに反応をしてしまった。
あのあと、恒星はどうなった――もう俺は、あいつから解放されたんだ。気にする必要なんてない。
もう終わったことだと、自分に言い聞かせるように首を振った。そして、三段のブロック塀に足をかけた。
「……っ!?」
「何か分かったんですか?」
――ひっ!?
大きく足を上げたからか、後ろから生暖かいものが流れ出る。中がじんわりと熱が戻ってくるようで、一気に頬が染まった。
小さく首を横に振って、顔を隠すようにして俯いた。
「……大丈夫、ですか?」
手のひらを川田にかざし、それ以上近づかないように促した。冬馬に見られるのも恥ずかしいというのに、先ほど会ったばかりの人間に見せられない。
あのまま寝てたから……なぁ。
深く呼吸をとって、登った熱を冷ます。今でも冬馬が自分の中にいるように感じて、大きく脈打つ。
やけにうるさい心臓の音を掻き消すようにして、顔を軽く上げた。
視線の先には、二匹の雀が落ちた小枝をつついている。果実はないので、虫なのか樹木なのか。
「鳥が落とした?」
いや、あり得ないだろう。細めの枝とはいえ、鳥の力で簡単には折れない。身を食べられただけならまだしも、枝からというのは考えにくい。
垂れ出る違和感から無意識に、ゆっくりと上半身を起こした。悟られないよう唇に力を入れて、後ろを振り向く。
「他に切った人が必ずいるはず……」
腕を組み長い髪を靡かせ、瞼を軽く閉じた。
地域の人も、やりそうな人はいない。川田も本人も違う……ともすれば、いったい誰が?
「ちなみに、川田ぁ……さんは奥さんは?」
探偵らしく振る舞わないといけない気がして、冬馬の話し方を思い起こす。
川田は、首を緩く横に振った。少し遠くを見つめる目に、うっすらと涙が浮かぶ。
「数年前に亡くなりまして」
「あぁ……それは、気の毒だ」
「いえいえ。もう1人も慣れましたから」
「そうか」
晴臣は、一人きりだった冷たさを知っている。特に元々が温かいところに居れば、冷水は氷水のように感じるだろう。
今、もし自分が同じところに突き落とされたら――と思うと、本当に気の毒に思える。
目を伏せる表情は、悲しいの言葉では表せない苦しそうだ。それ以上何もいえず、会話は途切れてしまった。
ここで得られるものは、特に無さそうだな。
収穫なし、というのも癪だ。それに今帰れば、すぐに思い出してしまう。もう少し、と粘りたくなる。
「敷地に入っても?」
「どうぞ」
川田の庭から柿の木を見ることにした。柿の重さで垂れ下がる枝は、全体的に丸くなるようにカットされている。切り取られた部分を除いて。
だからこそ、木に興味のない晴臣でも切られているのはすぐに分かった。
うん? これは?
庭の中に、脚立が置かれたであろう跡が残っている。さらに、庭の土を踏み締めた小さな足跡。
「子ども、か」
「えっ? 子どもですか?」
「足跡からして、小学生ぐらいなんじゃないか?」
その言葉を聞いた川田は、慌てふためきながら晴臣に近づいてきた。恐る恐る晴臣越しに、足跡を確認する。
「子ども……子どもかぁ……」
「何か心当たりでも?」
言い淀むようにして、口をモゴモゴと動かす。それが何か川田が気づいたことを、物語っている。でも、言いにくいようだ。
「……なるほど? じゃあ、あの木は知らない誰かが切ったのか?」
「そうだと思います。だって、私の家に入ってきてませんから」
立派な木は丁寧に剪定をされているのか、手を伸ばせば届くものの敷地から出てきていない。
しかしながら、切られているのは川田家側。岩崎からしたら、川田が切ったと思われてもしょうがない。
川田は毎年のように柿をもらい、自分の敷地にも侵入をしてきていない。
……これ、わざわざ切ることないよな?
ここで問題になるのは、誰がこの木を切ったのかだ。
ブロック塀も三段積み上げられてるのみで、どちらの庭へも道路から入れてしまう。これなら、近所の誰かが入って切ったということも考えられそうだ。
「ほかに誰がやりそうか、分かるか?」
「いえ。この近所の人たちは、岩崎さんを怒らせたくないんですよ」
「うぅん……なるほど」
この近所の住人は、岩崎を恐れている。それなら、この辺りの人間ではなさそうだ。
じゃあ、誰がやるんだ?
「本人が切ったけど、記憶がない?」
「どうでしょうね。記憶はいい方だと思いますけど」
川田は頬に手を当てて、指の腹で自分の頬を撫でた。その仕草と「手が早い」を照合すると、恐らく殴られたのだろう。
頭がフラッシュバックする。散々されてきたからこそ、隠しきれない彼の動きに反応をしてしまった。
あのあと、恒星はどうなった――もう俺は、あいつから解放されたんだ。気にする必要なんてない。
もう終わったことだと、自分に言い聞かせるように首を振った。そして、三段のブロック塀に足をかけた。
「……っ!?」
「何か分かったんですか?」
――ひっ!?
大きく足を上げたからか、後ろから生暖かいものが流れ出る。中がじんわりと熱が戻ってくるようで、一気に頬が染まった。
小さく首を横に振って、顔を隠すようにして俯いた。
「……大丈夫、ですか?」
手のひらを川田にかざし、それ以上近づかないように促した。冬馬に見られるのも恥ずかしいというのに、先ほど会ったばかりの人間に見せられない。
あのまま寝てたから……なぁ。
深く呼吸をとって、登った熱を冷ます。今でも冬馬が自分の中にいるように感じて、大きく脈打つ。
やけにうるさい心臓の音を掻き消すようにして、顔を軽く上げた。
視線の先には、二匹の雀が落ちた小枝をつついている。果実はないので、虫なのか樹木なのか。
「鳥が落とした?」
いや、あり得ないだろう。細めの枝とはいえ、鳥の力で簡単には折れない。身を食べられただけならまだしも、枝からというのは考えにくい。
垂れ出る違和感から無意識に、ゆっくりと上半身を起こした。悟られないよう唇に力を入れて、後ろを振り向く。
「他に切った人が必ずいるはず……」
腕を組み長い髪を靡かせ、瞼を軽く閉じた。
地域の人も、やりそうな人はいない。川田も本人も違う……ともすれば、いったい誰が?
「ちなみに、川田ぁ……さんは奥さんは?」
探偵らしく振る舞わないといけない気がして、冬馬の話し方を思い起こす。
川田は、首を緩く横に振った。少し遠くを見つめる目に、うっすらと涙が浮かぶ。
「数年前に亡くなりまして」
「あぁ……それは、気の毒だ」
「いえいえ。もう1人も慣れましたから」
「そうか」
晴臣は、一人きりだった冷たさを知っている。特に元々が温かいところに居れば、冷水は氷水のように感じるだろう。
今、もし自分が同じところに突き落とされたら――と思うと、本当に気の毒に思える。
目を伏せる表情は、悲しいの言葉では表せない苦しそうだ。それ以上何もいえず、会話は途切れてしまった。
ここで得られるものは、特に無さそうだな。
収穫なし、というのも癪だ。それに今帰れば、すぐに思い出してしまう。もう少し、と粘りたくなる。
「敷地に入っても?」
「どうぞ」
川田の庭から柿の木を見ることにした。柿の重さで垂れ下がる枝は、全体的に丸くなるようにカットされている。切り取られた部分を除いて。
だからこそ、木に興味のない晴臣でも切られているのはすぐに分かった。
うん? これは?
庭の中に、脚立が置かれたであろう跡が残っている。さらに、庭の土を踏み締めた小さな足跡。
「子ども、か」
「えっ? 子どもですか?」
「足跡からして、小学生ぐらいなんじゃないか?」
その言葉を聞いた川田は、慌てふためきながら晴臣に近づいてきた。恐る恐る晴臣越しに、足跡を確認する。
「子ども……子どもかぁ……」
「何か心当たりでも?」
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