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魔王軍襲来

とある勇者が見た絶望

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 自分は選ばれた人間だ。

 小さな田舎町に産まれ、剣を持ち始めた頃に天界族が接触してきて証を授かった。

 貴方ならできる。

 魔王を倒せる器だ。

 そう後押しされて旅に出ると次々と仲間が出来て行く場所行く場所で歓迎され、応援されて背中を押される。自分たちが魔王を倒せるパーティだと信じて疑わなかった。

 だって誰も、自分たちには出来ないと言わなかったから。

『今代の勇者か。天界族も非道なものだ。勝率が極僅かでもあったのはの話だろうに』

 たった一体の魔族に我々は敗れた。

 朝になってテントから出て来たところを、何も言わずに佇んでいた長身の男。パッと見は顔立ちの整った男性のようだが人族離れした体躯と魔力量から異質だとハッキリわかる。

 白と黒のツートンカラーに白地のシャツと黒いベスト。後に背中に刻まれた紋章を見せられ、オークだと悟る。

『おはよう、諸君。起き抜けに悪いね。突然攻撃なんて野暮な真似はしないから武器を構えなさい』

 ただのオークではないと察知したのは仲間の内で半分ほど。まだ戦闘経験の浅い軽業師のミクスなんかはオークだとわかると余裕そうにナイフを数本構える。

『どうにも我が魔王様は人族に関する話題が気に食わないようで困る。君たちのニュースが耳に入ってが暴れるのは迷惑でね。

 だから、今日で君たちの冒険を終えてもらおうと思うんだ』

 どうかな? なんてまるで名案だとばかりにニコリと笑う魔族に身体が凍り付く。一体どれだけの年月を生きた個体なのか…、想像も付かない。

『ああ。自己紹介もしないで申し訳ないね』

 奇襲というわけでも、待ち伏せというわけでもない。その魔族が予め攻撃用の魔法陣を展開していたわけでも周りに他の魔族がいて同時攻撃されたわけでもない。

『此方は魔王軍幹部キングオークのランツァー・フォイヤネル。

 それでは、おやすみ。若い勇者諸君』

 殺戮さつりく

 他に言葉はない。ただ立っていただけのキングオークは、その背後から始まりありとあらゆる場所に魔法陣を設置した。その間、一秒にも満たない。咄嗟に固まっていたのを逃げ出したというのに、逃げた先の全てに魔法陣があって思考が停止する。

 逃げる先を、計算して…っ罠か?!

 魔法陣から放たれる光線から逃れるも、既に何人か灼かれた。それを悲しむ間もなく新たな絶望に打ちひしがれることになる。

『っエウルカ!! 早く離脱を、! ここにいたら…!』

『陣の形成を確認』

 地上ではわからなかった。ただ単に、逃げ場所を潰して光線を放ったわけではないと。

 未だ光り輝く光線は、次々と繋がれていきやっとパーシパーの焦りの意味がわかる。それは巨大な魔法陣。新たに完成された魔法陣の中にいた生き残りは宙に浮かぶ最悪の生き物の姿を最期に目に焼き付ける。

 …あれが、幹部? 魔王ですらない…こんな無茶苦茶な魔力を放って二度も大掛かりな大魔法を展開して…息一つ乱さないのに?

 冷たい紫色の瞳は空を写す。これから死ぬ我々のことなどもう興味もないのか他のことを考えているのは明白だった。

『今代の勇者は弱いな。これなら部下にやらせれば数日で終わっただろう。

 …さて。絶対に要らないと言われるだろうけど、一応仕事の内容を証明しないと。そうだ、証…は普通に壊れてるな。脆すぎる。天界族も堕ちたものだ』

 地面に横たわる。草一本もない焼け野原に呑気に横たわるも、起き上がる気力も体力もない。死にかけの身体に雑に回復薬を投げ付けられ、首根っこを掴まれて引き摺られる。

『デンデニア。どうせ見ていたんだろう、城まで移動させてくれ』

 引き摺られながら見た戦いの場に、仲間の姿は一人も見られない。

 みんな逃げられた…のか? そうだ。パーシパーは転移魔法だって使える。タフな自分なら耐え切れると他の仲間を連れて逃げたんだ! そうに違いない!

『ぁ、…』

 真っ黒に焦げて炭のようになった杖。所々に散らばる鎧らしき破片。拳に巻かれていた故郷の染め物だと言っていた独特の布の切れ端。ひしゃげたナイフと、それを握る場所にべったり着いた血液らしきもの。

 それらが意味する結末を口にする前に、目の前の景色がガランと変わる。森の中にいたはずが冷たい空気を晒す室内へと移動していた。

 暗く、重い空気。広い室内に転がされると奥から二体の魔族が現れる。

『うっわ。実際に見るとクソボロじゃねーか。よくそんなん触れるなぁ』

『仕方ないだろう。死体なんて持って来たら余計臭い。そもそもお前、勇者パーティの白魔導師に少し興味あったんじゃないのか?』

『人族にしてはそこそこな魔導師って聞いたけど、ランツァーに負ける程度ならキョーミねぇな。他は雑魚だしマジでなんでお前が出たわけぇ?』

 ドン、と地震のような衝撃が建物を揺らす。吊るされたシャンデリアがグラグラと揺れるも耐えていて少し安堵する。

『…ほぉら見ろ。人族なんか城に入れやがったからアイツ、ガチギレじゃんか。

 ダメだって。人族と天界族は地雷。その二つが深く結び付いた勇者とか…お前親戚でもブッ殺されんぞ』

『最近ハイオークがアイツに取り入りたくて何体が出入りしてるのも理由かもな。短気め』

 チッ。と盛大な舌打ちが響く。それは今までずっと黙っていた小柄な魔族で赤いフードを深く被ったまま再び何も言わなくなる。

『あー…。まぁ、あの…ほら、な? アイツも良い年だし、なんつーか…つがいでも出来たらちっとは落ち着くかもじゃん?』

『は。どのツラ下げて? 別にボクちゃんは構わないよ。

 気持ち悪い。心底、気持ち悪いよ。今までと結ばれるまで二度と他のオークを部屋に呼ばないとかほざいてたくせに。…っ、本当に…ウザい。

 人族も天界族も…アイツも! いつか必ずっ、必ず滅ぼしてやる…!!』

 悲痛な叫びを零して踵を返すと、あっという間に暗闇の向こう側へと消えた。

『おーい…、謁見する前に普通帰るかぁ? …仕方ねぇか。もうすぐ四年目だもんな。よく耐えてる方だよなぁ…』

『まだ四年か。オークの常識を変えて、裏に墓を建てたくらいだからな。暫くは通い詰めだろう』

 我々も後で行こう、という言葉を最後に二体はその場に膝を付く。今まで暗くてまるでわからなかったが薄暗い部屋の奥には階段があり、玉座のようなものが置かれている。

 そして、部屋を覆う凶悪な魔力の渦に思わず悲鳴を上げてまだ痛む身体を震わせた。全身を刺すような殺気に、圧倒的な魔力をぶつけられ何もしていないのに死にかけの状態。

 まさかっ、まさか…!!

『…なんだそれは』

 視界に入れるのも恐ろしい。想像よりも若い声だが、明らかな苛立ちと憎悪がそこにはある。

『今代の勇者さ。勇者以外は殺したよ。一応勇者だからね、お前に殺害の許可を貰わないと』

 その先のことは何もわからない。

 ただ、最後に目にしたのは玉座に座る血の色をした瞳。薄暗い中でも不気味に光るそれ。黄色い髪をザンバラに伸ばした隙間から見えたそれに一秒でも長く囚われるのが恐ろしい。

 ゴトリ、と重いものが落ちる音を最期に全てが暗転した。

 微かに聞こえたのは懐かしい神秘的で、美しい声の主の…悲鳴だった。




えにしを辿って天界族を呪い殺した。

 を早く片せ』

『…えー。ウッソだろ、お前この束の間に勇者の首刎ねて、そこから証を授けた割と高位であろう天界族も瞬殺したって?

 なぁんか、…他種族がカワイソーになってきたわ』

『慈悲など不要だ、デンデニア。

 …ラン。何処に行くんだ。



 なら今はカシーニがいるだろうから、二時間程度過ぎてから行け』

『…わかった』



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