旦那様と僕~それから~

三冬月マヨ

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それぞれの絆

【旦】嵐は終わらない

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「あのね、それでね、どうして月兎つきとがあんな事を言ったのかな? 君は普段どの様な事を雪緒君に話しているのだね?」

 ズズッと目の前に座る四角い親父が、雪緒ゆきおの煎れた茶を啜ってこちらをじとりと見て来る。
 以前、雪緒が家を飛び出した時、その後日に親父から『君は雪緒君に何て事を教えているのだね!? せいが、星が――――――――っ!!』と、電話が掛かって来た事があった。
 ………それも泣きながら、だ。
 今だって、薄っすらとその細い目には涙が浮かんでいる。鬱陶しい事この上ない。
 座布団の上で胡坐を掻いて卓袱台に肘を付き、その手で眉間を押さえる俺の脇腹を、隣に座る雪緒が無言で軽く小突いて来る。
 行儀が悪いと言いたいのだろうが、早朝も早朝、未だ四時過ぎだと云うのに他人ひとの迷惑を顧みずにやって来たこの親父が悪いのだ。俺の行儀が悪くて何の問題がある? 行儀が悪いのはどちらだ?
 全く、泣きたいのはこちらの方だと云うのに。
 昨夜は散々だったが、未だ散々な目に遭うと云うのか。

「…あ、あのですね…、悪いのは僕ですので…」

 何かを言い掛けた雪緒の言葉を俺は片手で制して口を開く。

「話に聞く処によれば、お前は月兎とみくに唆されただけだろう。それに、そもそもの原因と云えば、それを教えて居なかったそこの親父だ」

「私が悪いと言うのかね!? 月兎は未だ身体が小さいから…っ…星だって、雪緒君だって…っ…!!」

 俺の言葉に親父は目を見開いて声を大きくする。その拍子に、浮かんでいた涙がポトリと落ちた。
 …何故、朝から親父の涙を見なければならないのか。これでは、俺がこの親父を泣かせたみたいではないか。星がこの場に居たら、俺は間違いなく責められていただろう。世の中は理不尽過ぎる。

「…育った環境にもよるでしょう。月兎は星に早い段階で見付けて貰えて、良い環境の中で健やかに育って来たんです。雪緒達と比べるのは間違いです」

「…うむむむ…」

 重い息を吐いてから俺がそう言えば、親父は湯呑みを卓袱台に戻し、その湯呑みを睨みながら腕を組んで唸り出した。
 納得したかどうかは知らんが、用件が済んだのなら早々に帰れ。
 朝からむさくるしい顔を見せられてうんざりしているのだ。
 雪緒だって朝餉や昼の弁当の支度があるのだ。気付け。

「…確かに…ゆかり君の言う事にも…」

「あ、あの…それでも…紫様にして戴いていると云うのは、やはり口にすべき事では無かったと思いますので…」

「…おい…」

 何をクソ真面目に言っているんだ、お前は。

「うん! そうだね!? そうだよね!? そうでなければ、兄弟で抜き合いとか口にしないよね!?」

「ぬっ!?」

 ドンッと卓袱台に両手をついて身を乗り出す親父の言葉に、雪緒は顔を真っ赤にして固まってしまった。
 このクソ親父がっ!!

「雪緒は抜き合いとは言ってはいないっ! それに星と月兎に血の繋がりは無いだろうが! 月兎は好きな星にして貰いたいと口にしていた! 好いた者同士の行為ならば、それは抜き合いなんぞでは無い!」

 俺が右手で拳を握り卓袱台を叩いて叫べば、親父は『…好いた者…』と呟いてから、乗り出していた身体を引っ込めて姿勢を正して湯呑みを手に取り、その中身を飲み干した。

「………うん…。…二人と…良く話してみるよ…」

 親父はその太い眉毛を情けない程に下げ、目尻の皺を深くして何処か寂しそうに笑った。

 ◇

「…あの…紫様…」

 朝から嵐を巻き起こした親父を見送った玄関先で、俯き加減の雪緒が俺の着物の袖を引っ張って来た。

「ん? ああ、朝から忙しなかったな。朝は簡単な物で良いし、昼は食堂で済ませても構わんが」

「いいえ! まだ時間はありますから、朝も昼もご用意致します! あの、僕が言いたいのは…その…」

 顔を上げて強く否定した後で、また俯いて言い淀む雪緒の頭にそっと手を置く。

「何だ? …ああ…まあ、お前が口走ってしまった事は…」

 まさか、月兎がそれを店の中で叫ぶ等とは雪緒もみくも思わなかっただろうから、仕方が無い事だ。
 …今日、どれだけの人数からからかわれるのか、考えただけでも気が滅入るが…俺が我慢すれば良い事だ。ああ、そうだ。雪緒が来る日に、その事で雪緒をからかわない様に注意をしなければならないな。

「いいえ! そうではなくて…ああ…そうでもあるのでしょうか…」

「…雪緒?」

 頭に手を置いたまま身を屈めれば、そこには僅かに目を潤ませて頬を赤くした雪緒の顔があった。

「…その…あの…ゆ…かりさま…も…あの…僕に触って…欲しいと…思って…いるのでしょうか…?」

 ――――――――――――――――――――――――…は…?

「…あの…その…過去に…その…お相手が…居た事は…以前に…お聞きしましたが…あの…そのお方は…ゆ…かりさまの…その…おちん…ペ…ぺに…っぷ!?」

 尚も言葉を続けようとする雪緒の口を、俺は片手で押さえた。

 あのクソ親父が余計な事を口にするから!!

 玄関先でする話では無いので家の中に入り、二人きりになった茶の間で話をする。
 朝から何の話をしているのかと思うが、雪緒が思い悩まない様にしなければならない。
 悩み過ぎたら、どう暴走するのか考えただけでも恐ろしい。
 ともかくも。
 それは強要させるものでは無いし、無理をさせるつもりも無い。

 何とか雪緒を落ち着かせて出勤すれば。

「はい。ですから正しい接吻の仕方を教授して戴きたいのです」

 無表情を顔に張り付かせた楠が訳の解らない事を言って来て、俺はまた頭を抱えるのだった。
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