矢は的を射る

三冬月マヨ

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それが、幸せ

05.イヌじゃないのか

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「あー。纏まったんなら、とっとと帰ってヤる事ヤれ」

「そうですね。準備もありますからね」

 小さく震える先生の手に、じぃ~んと感動してたら脇からそんな声が聞こえて来た。
 いや、お前らこそ帰れよ。何、また煙草吸ってんだよ。
 てか、良い雰囲気になったトコで普通は撤退しないか? なあ?
 まあ、先生の背中を押してくれたみたいだし、そこは感謝するけど。

「って、準備って?」

「ああ? 話しただろうが。セックスするんだろ」

 ぷは~と煙を吐く羽間はざまに、ピシッと音を立てて俺の身体が固まった気がした。

「は、羽間先生っ!!」

 俺の手を握る先生の手に力が籠る。ちょっと痛い。

「…セ…」

 …クス…って…そいや、何かそんな話してたな…てか、ヤれって割り込んで来たんだった…。
 てか、先生もヤり逃げとか口にしてたな…。

「…ま…とばは…ヤ…ヤりてーの?」

 ぶわっと一気に顔が熱くなって、俯いてそう聞いた。

「そ、そう云うのって、そんな雰囲気になったらヤるんじゃねーの?」

 それとも大人は違うのか?
 羽間と松重先生は、気が付きゃヤってる気がするし。

「何時かはヤるんなら、何時ヤっても同じだろうが。これだから童貞は」

 羽間には聞いてないっ!

「えっ」

 何か知んねーけど、俺の手を掴む先生の手の力が緩んだ。
 えっ、って何だよ?
 ちらりと目だけで先生を見れば、何だか狼狽えてる様に見えた。

「…は、初めて…なのか…?」

 顔を赤くして先生が聞いて来るから、俺はただでさえ赤い顔を更に赤くして叫ぶ。

「わ、悪いかよっ!? ヤ、ヤンキーやってたけど、そっちの経験はねーよっ!!」

 先輩達が紹介するって言ってくれてたし、興味もあったけどさっ! やっぱ、好きな子としたいって思ったんだよっ! その好きな子なんて、出来なかったし、先輩達は卒業して俺も転校しちゃったし!

「ああ。では的場先生で筆下しって訳ですね。良かったですね」

 良かったって何がっ!?
 俺の考え読まれた!?

「松重先生っ!!」

「ふ、ふでおろし…って…」

 だ、脱童貞…って意味で良い…んだよ、な…?

「…って…じゃあ…俺がイヌで良いのか…?」

「は?」

「あ?」

「何です?」

 イヌ発言に、三人が三人共ハテナマークを浮かべたから、俺は言った。

「何って。突っ込まれる方がネコなんだろ? なら、突っ込む方はイヌで良いんだよな?」

 ◇

「何だよ、タチって!? ネコったらイヌだろ!? 犬猫でセットじゃないのかよっ!?」

 車を運転しながら、俺は叫んでいた。
 既に何度も叫んだけど、全っ然叫び足りない。
 カラオケ行って、マイク二本どころか三本持ってハウリング起こしたいぐらいだ。
 
「あっんなに笑わなくても…っ…!!」

 思い出すだけで、また怒りが湧いて来る。
 勘違いしてた俺のイヌ発言に、羽間は銜えていた煙草をポロッと落として、地面に座り込んで笑い出した。
 その煙草を拾った松重先生も『そんなに笑ったら可哀想ですよ…』って言いながら、生温い目を俺に向けて肩を震わせていた。
 先生も先生で、片手で口元を押さえながら、片手では俺の頭をグリグリ撫でてた。
 いや、手が思いっきり震えてんだけどっ!? 我慢しなくて良いよ! チクショーッ!!
 顔を真っ赤にした俺に、羽間は『明日、休み取ってんだろ? 泊まってけ』って言うし、てか、お前の部屋じゃねーだろ。
 松重先生も『的場先生はそのつもりですよ』って、畳み掛けるし。
 俺、そんなつもりは無かったから、泊まる準備なんかしてねーし。
 そう言ったら、先生が着替えなら俺のを貸してやるって言うし。…先生にそう言われたら、断われねーじゃん…。羽間に、明日休みだなんてメッセージ送るんじゃ無かった。

「…なんか…完全にヤる流れじゃん…」

 いや、そりゃ、いつかはそうなるんだろうけどさ…。ヤりたくないって言ったら嘘になるし。
 けど。
 けどさ、周りから煽られてヤるのって、何か違う気がする…。
 
「…って、思いながらも買いましたよ…お泊りセット…」

 まあ…パンツと歯ブラシと、明日の朝飯…。
 アパートの駐車場に車を停めて、ドアを開けて俺はボヤくけど、ちょっと声が弾んでる。
 予想もしなかったお泊りだけど…やっぱ、嬉しいのも本当だから。

「…ヤるヤらないはともかく…楽しまなきゃ損だよな…うん」

 ガサガサとビニール袋を鳴らして歩いて、教えて貰った部屋の呼び鈴を押す。
 俺が買い物に行っている間に、先生は飯の支度をしてるって言った。どんなのが出るのか、すげー楽しみだ。弁当のおかず、時々貰ってたから味は解る。美味い。

「ああ、いらっしゃい」

 玄関のドアが開いて、グレーのスウェットに着替えた先生が、嬉しそうにへにゃりと笑って、どうしようもなく可愛くて、けど、何か素直にそれを口に出来なくて。

「…おう…。お邪魔します…」

 って、ちょっとぶっきらぼうに言ってしまった。
 全っ然、成長してねーじゃん、俺っ!!
 晴れて恋人同士になったんだし、もっとこう、あるよなっ!?

「…悪かったな…」

 そんな事を思いながら靴を脱いで、出されたスリッパに足を通す俺に、先生がぼそっと呟いた。

「え?」

 顔を上げれば先生は苦笑して、ぽりぽりと指で頬を掻いた。

「…こんな風に、流される様になってしまって。…だが…お前が来てくれたら、元から…こうして泊めるつもりだったから…。…ゆっくりとさ、お前がどう過ごして来たのか…ご飯食べながら…」

「…的場…」

 何処か気まずいような先生の声と表情に、俺の胸がちくりと痛んだ。

「…その…セ…ックスに関しては…まあ…二人の受け売りもあるが…早くに確認しておく事に越した事はないと思う…」

「…何で…? 俺、初めてだから解んねーんだけど…そ、そう云うのってさ、がっついたら駄目なんじゃねーの?」

 って、卒業した先輩達が言ってた気がする。
 がっつき過ぎて嫌われたとか、ヤりたいだけだとか言われたとか何とか。
 俺、先生にそう思われたくねーし。
 今、このまま何もしなくても満足だけど、それじゃ駄目なのか?

「…って、的場?」

 ちょっと上目遣いで考えてたら、先生が両手で顔を覆って天を仰いでいた。
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