旦那様と僕

三冬月マヨ

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やがて

【十四】旦那様とお風呂

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「せっ、せい様っ、くすぐったいです! 何か背中がむずむずしますーっ!!」

「んー? おいらは気持ち良かったぞ? ゆきおは気持ち良くないのか?」

「くすぐったいですし、むずむずしますー! あと、これ、河童さんの頭みたいで嫌ですー! 旦那様に見られでもしたら、笑われてしまいますーっ!!」

「んー? おいらはいつも着けてるぞ? 親父殿が目にシャンプー入らなくて便利だって言ってたぞ?」

「それでも、嫌ですーっ!」

「んー? ゆきお、結構わがまま?」

「僕は至って普通ですーっ!!」

 僕は今、星様と一緒にお風呂に入っています。
 星様のお屋敷のお風呂は、旦那様のお屋敷のお風呂よりも広くて驚きました。いえ、旦那様のお屋敷のお風呂も広いのですけどね。浴槽は僕と星様が二人入っても、まだまだ余裕がありそうですし、洗い場もこうして二人で居ても余裕です。星様の父君様が大きなお方ですから、そのせいでしょうか? それにしても、まさか、お風呂場でこんなに騒ぐとは思いもしませんでした。裸のお付き合いと云う物は、とても楽しい物なのですね。また一つ物知りになりました。

 ◇

 茶碗蒸しを食べ終わって『明日、帰ろうな。おいらもついてってやるからな!』と、星様に言われまして、僕はおずおずと頷きました。
 やはり目を冷やした方が良いと言われまして、顔を洗わせて貰い、鏡を見たら…酷い顔でした…。目は真っ赤ですし、瞼は腫れぼったいですし。僕は、こんな顔で表を歩いて来たのでしょうか? そう思いましたら、途端に恥ずかしくなりました。
 そんな僕に星様は『親父殿も、時々そうなるからだいじょぶだ!』と、慰め…てくれたのでしょうか…? 判断に悩む処ですが、そう言って下さいました。
 そして『晩飯作るから! ゆきお、食べたい物あるか?』と、台所へと連れて行かれました。何だかんだで茶碗蒸しを全部食べてしまいましたので、僕のお腹はいっぱいで、何かを入れる余裕は無いので『僕は、お腹がいっぱいなので、気にしないで星様のお食べになりたい物を作って下さい』と、言いました。そうしましたら『う~ん』と、唸りながらも『わかった! ゆきおは本でも読んで待ってろ』と、準備を始めました。
そうして僕は柔らかな『そふぁ』と云う物に座りまして、そこにありました『新訳・真白の記憶』と云う物語を読んでいました。
 そうしましたら、『たっだいま~パパ帰ったよ~。ん? 星、誰か来ているのかね?』と、星様の父君様が帰宅なさいました。二人で出迎えて『まだ、作ってる途中だから、風呂沸いてるから、先に入ってて』と言います星様に『ああ、私が作ろう。先に二人でお風呂に入って来なさい』と、星様の父君様がにこやかに仰いました。誰かとお風呂に入った事の無かった僕は慌てました。が。『男には裸の付き合いと云う物があってだね? それこそ、まぶだちなら一緒に入るものだよ?』と、星様の父君様が言いまして。そうしましたら、星様も『そっか。親父殿が言うのなら間違いないな!』と、戸惑う僕の腕を引いてお風呂場まで連れて来られたのでした。

 ◇

 背中の流しっこは楽しかったのですが、この『しゃんぷうはっと』を使って、髪の毛を洗って貰うのは、僕には合わないようです。
 星様が『いつも親父殿に洗って貰ってるんだ! おいらも親父殿の頭洗ってるんだけど、気持ち良いって言うから、ゆきおの頭も洗うな!』と、言いまして、洗い出して下さったのですが、星様の指が動く度に、何と言いますか、こう背中がむず痒いと言いますか…とにかく、ぞわぞわとくすぐったくて、飛び上がりそうになってしまうのです。

「あと少しだから、我慢な!」

 ですが、星様は止めて下さる気はないようです。

「…ふえぇぇぇ…」

 ですので、僕はもう情けない声を出す事しか出来ません。

「しょーがないな、ゆきおは。おじさんが洗うのなら、くすぐったくならなかったか?」

「ふえっ!?」

 旦那様に!?
 旦那様と、裸のお付き合いですか!?
 はっ!?
 旦那様のお手伝いをする事ばかり考えてましたが、もしかしましたら、僕も裸になった方が良かったのでしょうか!?
 そうしましたら、旦那様に背中を流して貰えたり、髪の毛を…って、片手しか使えない旦那様にその様な事をお願いする訳には…っ…!!

「…ゆきお? だいじょぶか? なんか、ぷるぷる震えてるぞ? 寒いのか? 待ってろ、今、泡流すからな!」

「ふわっ!?」

 その言葉と同時に、ざばざばっと頭からお湯を掛けられました。
 うぅん…河童さんの頭は嫌ですが…便利な物ですね、しゃんぷうはっとは…。

「んじゃ、ゆきおは浸かってろ。おいら頭洗うから」

 すぽっと僕の頭からしゃんぷうはっとを外しまして、星様がご自分の頭に被りながら、そう言います。

「ふぁい…。あ、僕もお返しに頭を…」

「だいじょぶだ。それは、おじさんにとっとけ」

「ふわあああ!?」

 ぼ、僕が…っ、旦那様の頭をっ!?
 僕が旦那様の頭に触れるのですか!?
 そんな不敬な事をっ!?
 お背中を拭くだけしかした事がありませんのに!?
 で、ですが、旦那様の御髪はどの様な感じなのでしょう?
 柔らかそうですが…。
 帰りましたら御髪を梳かせて下さいと、お願いしてみましょうか…?
 …奥様は触れた事があるのですよね…?
 …はっ!?
 旦那様と奥様は、ご一緒にご入浴された事はあるのでしょうか?
 ああああああ…あります、よね? ご夫婦なのですから…。
 きっと、旦那様はあの大きな手で、奥様の御髪を洗って差し上げたり、お背中を…。
 …羨ま…ああああ、僕は何を考えているのですか!!
 いけません、駄目です!!
 この様な事を考えてはいけませんっ!!

「ゆきお? お湯の中入ってないのにゆだったのか?」

「ふええっ!?」

 ◇

「うん? 雪緒ゆきお君は逆上せてしまったのかね?」

 お風呂から上がりまして、星様の浴衣に新品のぶりいふをお借りして『りびんぐ』へと戻って来ましたら、星様の父君様にそう心配されてしまいました。

「あ、いいえ…その…」

 …旦那様と奥様とのご入浴姿の想像をしたとか、それが僕だったら良…ふわわわわ…っ…!!

「うん? 外泊もそうだが、今日の雪緒君は少し様子がおかしいね? 何かあったのかね?」

 軽く首を傾げてから、そふぁに腰掛けた僕達に、星様の父君様が冷たい麦茶を差し出してくれます。

「あのな、ゆきお、おじさんと喧嘩したんだ。でも、あれはおじさんが悪い! ゆきお泣かせたし! おじさんも泣きそうだったけどな!」

「せっ、星様っ!!」

「…ほう? 詳しく話して貰っても良いかね?」

「ふえええ…」

 星様の父君様が、僕の目の前に膝をついて目を細めてそう聞いて来ました。
 気のせいだとは思うのですが、その目がきらりと光った気がしました。

「――――――――…なるほど、ね。雪緒君の味方をしてあげたい処だが、ゆかり君の気持ちも解るね」

 話し終えましたら、えみちゃん様が、四角い顎を撫でてそう言いました。
 あ、話している時に『私の事は"えみちゃん"と呼ぶ様に』と、言われてしまったのです。

「親父殿、なんで? ゆきお、おじさんの為に、頑張ってたんだぞ?」

「うん。その気持ちはとても尊い物だし、大切にするべきだね。…そうだね…。今、雪緒君の前で、怪我をした人が居たとしよう。その治療を今、正にしようとしていた時、紫君が瀕死の重傷を負った。雪緒君はどうするね?」

 不満そうに唇を尖らせます星様に、えみちゃん様は優しく諭す様に言いました後に、僕を真っ直ぐと見詰めて、そう尋ねて来ました。

「勿論、旦那様の元へ…っ…!!」

「うん、駄目だね」

 当然の様に言います僕に、えみちゃん様は、すっと目を細めました。

「…え…?」

 そして、その細められた目には、強い光が灯ります。
 とても深く鋭い物です。

「…解らないかい? これは仕事なのだよ? 君は、仕事を放り出す事になる。自分の仕事に責任を持てない人間なんて、何処にも受け入れて貰えない。人の命を預かる物なら、尚更だ。君みたいな人間は、私の部隊には必要無い。君の様な存在は害悪でしかないのだよ」

 ――――――――…あ…。

「…お仕事…」

 …そうです…。
 百貨店の店員さんは、お加減が宜しく無かったのに、最後までお付き合いして下さいました…。
 …それは…責任のあるお仕事だから、です…。
 自分の都合何て二の次なのです…。

「ひどいぞ、親父殿!」

 星様がそふぁから立ち上がりまして、えみちゃん様の背中をぽかぽかと叩いています。
 えみちゃん様は気にした風もなく、言葉を続けます。

「うん、酷いね。だが、そう云う物なのだよ。怪我をしたら直ぐに治してあげたいと云う、その気持ちは紫君も嬉しかったと思うがね? だが、仕事となればそうはいかない。…それに、だ。そう云う個人の感情に走る人間ほど、この仕事では先に逝ってしまうのだよ…紫君は、君にそうなって欲しくなかったのだと思うよ?」

 話して行きます間に、えみちゃん様の目の光はとても穏やかで優しい物へと変わっていました。

「…僕は…旦那様のお役に立ちたくて…」

 そのせいでしょうか?
 ぽつりと、僕の口から自然と言葉が零れました。

「うん」

 えみちゃん様は静かに頷いて下さいます。
 星様が、泣きながら話す僕の背中を撫でながら頷いて下さった時と同じです。

「…僕が…誰よりも早くに…怪我の治療が出来たのなら…喜んで戴けるのでは…と…」

 …僕は…本当に何て馬鹿なのでしょう。

「うん」

「…そうしたら…どんな時でも…旦那様のお隣に並んでいても…恥ずかしくない存在だと…邪魔者ではないと…」

 自分の事しか考えてませんでした…。

「うん」

「…そう思いましたのに…否定されて…悲しかったのです…悔しくて…僕は…僕では…奥様の様に…特別な…存在には…なれないのだと…奥様の様に…旦那様をお守り出来な…」

 自分が、そうしたいから…自分だけで満足して…旦那様のお気持ちなんて、考えていませんでした…。
 …押し付けていたのは…果たしてどちらだったのでしょう…?

「…うん? 何故、鞠子まりこ君が出て来るのかは謎だが…。君は立派に紫君を守っていると思うがね?」

 次第に俯いてしまった僕の耳に、信じられない言葉が飛び込んで来ました。

「…ふえ…?」

 顔を上げます僕に、えみちゃん様は優しく穏やかに笑って下さいます。

「うん。紫君が何故、家へ帰るのか…ようく考えてみる事だ。さあ、ご飯を食べようか? 雪緒君は暑いと食欲が湧かないのだよね? 大根おろしにしらすをまぶした物を用意したから、それだけでも食べてみないかね?」

 …旦那様が…お屋敷へ帰る理由…?
 それは、そこが帰る場所だからなのでは?
 違うのですか?
 他にどんな理由があると言うのでしょうか?

 それから夕餉の後、お風呂から出て来たえみちゃん様が『月が綺麗だし、ちょっと花見に行ってくるね。帰りは遅くなるから、寝てて良いからね』と、三段のお重に色々と詰めて、にこにことしながらお出掛けになりました。
 お花見?
 桜は、もうとうに散ってしまいましたが?
 星様と二人で首を傾げましたが、答えは出ませんでしたので、僕達は眠る事にしました。
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